風纏いの布と飛刃の剣
まずは布から確認する。
以前組合長の部屋でやり方を見たから、今回はウチらの取り分の布をハンカチ程度に切り、それにシルヴィアがゆっくりと魔力を流した。
自前の布を使うことで、組合に持ち込まなくても確認できるけれど、何か起きたら自己責任となる。
例えば燃えると知らずに切る前の布に魔力を流し、広範囲に炎を撒き散らして建物を消失させたりした場合だ。
切ることで価値が少し下がるため、ほとんどの請負人は組合に売却しつつ鑑定してもらうらしいけれど。
「おー。風が出てるっすね」
「風?涼しい?」
「少し強めに流したら涼しいっす。軽く流した程度だと特に感じないっすね。若干風が流れてるかもって感じっす」
「風纏いの布ですね」
「知ってるん?」
「はい」
職員によると火を吹く布よりも高額で取引されているらしく、着色してから主に貴族が着る服に使われるそうだ。
魔力を流せば風が生まれるため涼しく、また蒸れる部分だけに使っても良い。
男性は下着や靴下に、女性は下着や首元にハンカチなどで使うことが多く、常に高額の買取依頼が出ている。
そのため、組合としても数枚は買い取らせてほしいと懇願された。
何枚売るかは家に帰ってからの相談になるけれど、数枚は売ってもいいだろう。
相談に乗ってもらうこともあるし、屋台の件でお世話になっているから、こういう時に恩返しするべきだ。
「何枚売るかは帰ってからみんなと相談やな。ウチらも何か作るかもしれへんし」
「わかりました。こちらもチャッキーさんにお渡しする際打診してみます。ただ、あちらは団のため人員も多く、あまり期待できませんが……」
「あー……それは大変やな」
人数が多ければ要望も増えるだろう。
ウチらであれば2枚で全員分の服を作ってもあまりが出るし、そもそも全身分を作るほど思い切った使い方はしないはずだ。
獣人たちは着心地よりも動きやすさを重視しているし、そもそも毛があるからどうしても蒸れる。
アンリは研究材料があれば満足しそうで、ウチは特に欲しい服はない。
むしろ美味しい食べ物の方が良い。
料理で暑くなるミミにいくらか持たせても良いかもしれないけれど、心無い人に襲われる可能性もないとは言い切れないからおいそれと渡せない。
すぐに乾くハンカチぐらいなら良いかもしれないけれど。
とりあえず、シルヴィアさんが取り分のうち2枚ぐらい売ってくれることを期待しておいてほしい。
「これ使ったら沼潜れたりせぇへんかな?風で泥を押し出す感じで」
「うーん……。風の強さと沼の押し寄せる力どっちが強いかっすよね?大量の魔力を流しても風の強さはそこまでじゃないんで、泥を押し退けるほどの力はなさそうっす」
「そっかー。使ったらさっきのヘルムと組み合わせて沼の調査しやすなる思てんけどなー」
「そう簡単にはいかないっすね」
上手く使えば他の人たちでも沼地を探索できるようになるかと考えたけれど、そう上手くはいかなかった。
もっと強い風を生み出す物があればいけるかもしれない。
あるいは、ヘルムと合わせて着けられる鎧のようなもので、水中でも動けるようにするとか。
このエリアで活用できる魔道具が出てき過ぎると、なんとなく不気味だけど。
「それじゃあ次は剣っすね。エルじゃあ持つだけで一苦労なんで、これもわたしが検証するっす」
「ウチ可愛い可愛い女の子やから、そんな重くて危ないもの持てへんわ〜」
「可愛いのは否定しないっすけど、箱入りお嬢様なところは皆無なんで諦めるっす」
「可愛いのは否定せぇへんねんな。照れるわ」
ウチらのやりとりを見た組合職員が笑っている間に、シルヴィアが剣を手に取る。
鞘がない抜き身の剣は、光を反射してキラリと光り、刀身に周囲の風景やシルヴィアの顔を写した。
その剣を軽く振り回しているシルヴィアだけど、その剣筋はウチでもわかるほど慣れていない。
本当にただ振り回しているだけで、魔物に当てても切るのではなく叩くことになりそうだ。
しかし、シルヴィアが剣に魔力を流したことで状況が変わる。
握りから刃先まで薄らと光り、その状態で振ると刀身に宿った光が抜けて、魔力の刃となって壁に飛んだからだ。
「えぇ?!光るだけで何も起きないと思ったら剣撃が飛んだっす!あー!壁に結構な傷が付いてるっすよ!弁償っす!」
「あーあ。武器は室内で確かめたらあかんって勉強になったなー」
「火を吹いたとしても広いから大丈夫だと思ったんすよー……。魔力もそこまで流してないっすし……。まさか斬撃が飛ぶなんて想定外っす……」
「飛刃の剣ですね」
「ひじん?美人?」
「飛ぶ刃と書いて、飛刃と読みます」
「へぇー。有名なん?」
「いくつか報告が上がってますね。両手持ちの大剣もあれば、ダガーのような短剣が数本同時に見つかっています。ほとんどが持ち主のパーティで使用されていて、稀に売り出された時は貴族の方が購入され、騎士に下げ渡しているそうです」
「へー。じゃあウチらの場合はガドルフ?あ。でも、これはチャッキーさんとウチらで1本ずつやから、シルヴィアさんとは分けづらいな。買取金額の半分渡せばええ?」
ウチらだけで見つけた宝箱の場合、中身を半分ずつ分けるため1人1本ずつになるけれど、今回はチャッキーの探索情報を元に回収の依頼として動いている。
情報提供者のチャッキーが半分、残った半分をウチとシルヴィアで分けなければならない。
宝箱からわけられない物が1つしか出てこなかった場合は、組合に売却した時の金額を分けることになっている。
半額払えば自分のものにできるから、この剣ガドルフに渡すとしたら、ウチが半額払えばいい。
「エルが欲しいならそれでもいいっすけど、なんならこれをお土産にパーティに入れてもらえるよう交渉するっす」
「おー!それええな!ウチとしてはもうパーティ入ってる感覚やったけど、ガドルフたちとはまだそんなにやもんな。一緒に依頼受けたけど、あの時もウチとセットで別行動やったし」
顔合わせは済んでいるし、一緒に家で食事したこともある。
ビッグ沼地ガニをたくさん獲るための依頼には一緒に参加したけれど、戦闘班ガドルフたちと探索班ウチらでは、そこまで関わりが深くない。
一緒の拠点で寝泊まりしたし、色々話したからだいぶ仲良くなっているけれど、どちらもパーティに誘うようなことはしていないはず。
ウチの知ってる範囲では。
「たまにエルの家に行ってもほとんど依頼で居ないっすからね〜。あんまり話せてないんすよ。依頼の時に夜お酒飲みながら盛り上がったっすけど、その時は普通の請負人としてのやりとりだったっす。エルを頼むとは言われてるから、印象悪くはないと思うんすけど……」
「まぁ、一回頼んでみたらええんちゃう?あかんかったら何があかんか聞いて、そこを直してもう一回挑戦や!」
「そっすね。それしかないっす!」
やる気に満ちているシルヴィアの横では、突然始まったやりとりに目が点になった職員。
少ししてもう少し検証したいと言われたから、今度は外に出て岩や木に向けて魔力を流した剣を振るう。
念のため宝箱は全部持ってきていて、ウチはそこに腰掛けて検証している2人を見ている。
職員の指示に従って剣を振るうシルヴィアだけど、普段戦わないこともあって間筋が良くなく、狙ってほしいと言われた場所に上手く当てられない。
それでも上からの振り下ろし、横凪に振るい、全身で踏み込んで突くなど、様々な方法で魔力を飛ばしている。
しかも、剣の腕が良ければ飛ぶ斬撃も威力が上がるらしく、本職のガドルフが使えば鋭い攻撃ができるだろう。
シルヴィア不慣れな斬撃でも木に見ただけでわかるほど傷を付けられているし、突き放った岩は当たったところが少し凹んで周囲にヒビが入っている。
「これ、普段剣で戦ってる人が使ったらどうなるん?」
「わたしは実物を見るのが初めてなので、戦っているところは見たことがないのですが、少なくとも不慣れな方よりも威力は出るはずです。手にした方々が手放したという話しもほとんど聞きませんし、剣としても使い勝手が良いのでしょう。ごく稀に王都や大迷宮都市のオークションに出品されることもありますが、理由のほとんどが無茶をして腕を失ったり、金遣いが荒くなって首が回らなくなった結果です」
「強い武器持っても調子乗んなってことか〜」
「まぁ、そうですね。強い武器を得たことで高額の依頼を受けるようになり、仲間が負傷する。報酬が増えたことで派手な行動が増えて、小さな失敗からずるずると転落する。よくある話しです」
「世知辛いなぁ」
「エルさん何歳ですか……」
「今は7歳やな」
「そうですか……」
収穫の季節に入っているから徐々に寒くなり、それが過ぎれば8歳となる。
本当に7歳なのかと疑いの目を向けてきているような気がするけれど、そんな職員を無視してシルヴィアの元へ向かう。
正真正銘7歳なのだからどうしようもない。
「シルビアさん楽しそうやな」
「楽しいっす!これならわたしでも戦えるんじゃないかと錯覚するぐらいっすよ!」
「え?錯覚なん?戦えるんちゃうん?こう、少し離れたところからズバズバやる感じで」
「甘いっすよエル。相手は魔物、動くんすよ。わたしが振った程度で当たるわけないじゃないっすか。それに、魔物も魔力で体を強化してるんすよ?この程度の攻撃で倒せる魔物なら、直接切ったほうが早いっす」
「そういうもんか」
「そういうもんっす。だから、この剣は予定通りガドルフへの手土産にするっす。まぁ、それでも問題はあるんすけどね」
「ほうほう。どういう問題?売値の半額はいらんで。パーティに入ってくれるかもしれへんねんから、ウチからのお願い料や」
「それは助かるっす。稼ぎのほとんどが飛んでいっちゃいそうだったっすし。ただ、問題はそっちじゃないんすよ。いや、お金も問題っちゃ問題でしたっす……」
ウチと話したことで、お土産にするためには半額を払わないといけないことに気づいたようだ。
しかし、そのお金も払わないで済むとなったから、即座にほっと息を吐いている。
剣の買取金額次第では、今までの貯蓄だけではなく、今回受け取る魔道具も売らなければならないため、気にしなくて良くなったとしても背筋が冷えたことだろう。
ウチですら貯金の全部がなくなると言われたらゾッとするのだから。
「ほんで、問題って何なん?」
「ガドルフの魔力量っすね。獣人は人に比べて魔力量が低いけれど身体能力が高い種族っす。なので、身体強化に武具への魔力強化に加えて、飛刃の魔力となると足りないかもしれないっす」
「その剣が使えへんってこと?」
「あー、いや、問題なく使えるっす。ただ、斬撃を飛ばせばその分魔力を消費するので、戦闘に使える魔力が減って、長時間戦えなくなるかもしれないっす」
「ふーん。飛ばすかどうかは調整できるんやんな?」
「わたしにはできないっすけど、魔力を流して振るたびに全部放たれたらすぐ魔力切れするっす。そんな欠陥武器じゃないとは思うんすけど、慣れてないんでよくわからないんすよね〜」
「なんか……土産になるのか不安になってきたわ……」
「えぇ?!エルはわたしの味方っすよね?!ちゃんと援護してくれるっすよね?!」
「するする!するから落ち着いて!剣持ったまま迫るんやめて!弾けるけど危なく見えんねん!」
「あ、申し訳ないっす……」
魔力量も問題だけど、飛刃のコントロールも問題だ。
せっかくガドルフに渡しても、使えないのでは意味がないと2人して頭を抱えていたら、やり取りを見ていた組合職員が知っていることを教えてくれた。
飛刃の剣は、ちゃんと使いこなせれば必要な時にだけ刃を放てるようになり、通常の剣として普通に切れ味も良いらしい。
また、斬撃を飛ばした場合剣に負担はほとんどかからないため、研いだり整備する必要はほとんどなく、人によっては飛んでいる魔物のつゆ払いで放つこともあるそうだ。
つまり、振るたびに斬撃が飛んでいるシルヴィアは使いこなせていないだけで、物としては土産に十分どころかお釣りを貰っても良いぐらいだと太鼓判を押された。
パーティに入る許可をもらうだけで渡すものとしては破格だそうだ。
・・・迷宮の宝箱から出てきた魔道具を土産にパーティに入れてくれっちゅうのはやりすぎなんか。じゃあ、まずは普通に言うだけの方がええんか?ほんで、無理なら飛刃の剣出す?なんかそれやと賄賂みたいで嫌やな。受け入れる側もスッキリせぇへん気がするし、ガドルフたちはそういうのは嫌いそうやわ。やっぱそれとなくウチからガドルフたちに聞いた方がええな!それかいっそのことガツンと言うかや!シルヴィアさんパーティに入れたってって言うだけやし!やってみよかな!一応みんなの好きな料理を作ってからにしよ……。




