見送りと担当教官
サージェが帰った後は、キュークスと柔軟しつつ
お喋りして時間を潰した。
話題は主に2つで、留守番中の事と診断結果についてだ。
留守番は1人でするので、キュークスと2人の部屋は広すぎるし、お金もかかる。
今の部屋は解約して1人部屋に移動して、キュークス達が帰ってくる時期に合わせて予約を取ることになる。
お留守番中の洗濯に関しては先払いしておいてくれて、それ以外の昼食代なども女将さんに預けはするけど、自分の稼ぎで生活する事になった。
すでにスライムの魔石代やレシピ代があるので何もなければ全く問題がない状態だけど、いきなり何かを作り始めてお金を使い切りそうだということで、保険の昼食代だ。
ドレッシングの件を出されたら反論できなかった。
・・・レシピが売れなければ仕事道具買えなくなるかもしれなかったし、衝動で動くのはあかんな。でも、ドレッシングないとご飯食べるの辛いから仕方ないねん。子供のウチに生野菜の塩かけはキツいで。
診断結果に関しては、ウチの考えを伝えて納得してもらった。
キュークスとしては身体強化ができなくて落ち込むんじゃないかと考えていたらしい。
・・・ちゃんと落ち込んだで。ほんのちょっとの時間やったけど、無理なことを諦めるのは早いうちがええんや。その方が別のことを考える余裕が生まれるからな。
準備物を購入し終わったガドルフとベアロにも診断結果について話した。
身体強化ができないことに戦うことが好きなベアロは驚いていたけど、ウチの考えを聞いたら納得した。
考えることを程々にして、力でどうにかできる請負人を選んだベアロには共感できたらしい。
話を終えたらいつものように身を清めてから就寝だ。
ちなみに、別のハーブを使ったドレッシングは3人に好評だった。
「行ってくるわねエルちゃん」
「気をつけてなー!」
「えぇ。エルちゃんもね」
「サージェさんも気をつけて!」
「あぁ。ありがとう」
翌日、1の鐘で門が開き次第出発する予定だったキュークス達に合流したのは、統一された鎧を着た人たちと、いかにも戦えませんといった風貌の文官、そしてサージェだった。
領地から調査に向かう魔法使いはサージェだったのだ。
そこに荷物を吊るした馬に乗ったキュークス達がやってきて、すぐに出発となった。
ガドルフとベアロは手を上げるだけだったけど、挨拶をしてくれたキュークスと、ついでにサージェにも見送りをしてあげた。
なぜか、やたらとウチのことを見てきたので気になったのである。
・・・残念やけどウチとサージェでは歳が離れてて無理やで。あと、タイプじゃ無いわ。ウチのタイプがどういうのかはまだわからんけど、少なくともサージェにときめきはないで!
見送りが終わって少ししたら1の鐘が鳴った。
ウチはあらかじめ用意していた荷物の中で、ウチの分だけを1人部屋に移動させる。
3人が置いて行った荷物もあるので、それに関しては後で女将さんが移動してくれる手筈になっている。
少なくとも2の鐘が鳴って、仕事が始まってからの話だけど。
・・・ウチが1の鐘で移動するのは起きる時間なのと、広い部屋に1人は落ち着かんからや。決して寂しいわけではないで!
移動した後は請負人見習いとして働くために買ってもらった服に着替えて朝食を取る。
レルヒッポを始めとしたレシピ販売で顔見知りになった人達、女将さんとポコナに激励されて宿を出た。
どうやらキュークス達からウチのことを見守ってほしいと頼まれていたのか、「何かあったらすぐに相談するんだぞ」と口々に言ってくれた。
・・・ポコナだけやで、純粋に頑張ってだけ言ってくれたのは。みんな心配しすぎやねん。
「おはようミューズさん」
「おはようございますエルちゃん。ちゃんと時間前に来れて偉いですね」
「せやろ!途中で何かあるかもしれんから、早めに着くようにすんねん!」
踏み台を使ってミューズに挨拶をする。
時間を守るのは常識である。
始業時間に仕事ができる状態にしておかないと、時間丁度に来るお客さんがいたら困るからだ。
始業時間で準備してもいいという考えもあった気がするけど、準備の時間は人それぞれなので開始の時間を統一するためにもその方がいい。
「エルちゃんの考え方は素晴らしいです。他の方も見習ってほしいですね。それでは、早速身体測定の会場に行きましょう、と言いたいところなのですが、エルちゃんには担当教官が付きます」
「担当教官?」
「はい。戦闘、運動、移動や夜営、採取に雑事を付きっきりで教えてくれる方です」
「それはウチが紹介されたからのやつ?」
確か紹介制度の中に、希望の講義は個人で受けることができるとあったはずだ。
それにしては規模が大きい気がするけど、それだけ目をかけられていると考えていいのだろうか。
「紹介の件も含めてです。エルちゃんがサージェさんに診断してもらった結果、他の子達と同じメニューは厳しいと助言がありました。そのため、個人でエルちゃんを見れる方をお呼びしました」
担当教官が付いたのは、サージェさんが原因だった。
ウチの体に一番詳しいのはサージェさんなので、他の人と足並みを揃えられないから個別にした方がいいと提案されたのならわかる。
でも、人の手配までできるのは不思議だ。
もしかして領主お抱えの魔法使いだから、権力に任せたんだろうか。
「なんでサージェさんがそんなことできるん?」
「サージェさんも請負人なんですよ。今は領主様の依頼で専属になっていますけど、元々はパーティを組んでいました。今回はその元パーティメンバーの方を教官として手配してくれています」
「なんか至れり尽くせりやな……。そこまでしてもらうようなことはなかったはずやで……」
「研究……でしょうね。知識を増やすことに貪欲なので、領主様の下に着くぐらいですから」
「ウチの固有魔法を研究したいってことか」
それなら納得できる。
サージェの魔法を弾いたのだ。
ウチでもどういう仕組みでどこまで弾けるのか気になる。
・・・となると、担当教官は魔法が使える人なんかな?魔法使いってそうそうお目にかかれる人じゃ無いと思ってたけど、案外おるねんなぁ。
「それでは呼んできますね」
「はーい」
受付の前で待っていると、食事処からミューズと1人の少女がやってきた。
年は15、6歳ぐらいだけど背は低め。
茶色い髪を肩で切り揃えていて、赤みがかった右目。
左目には黒い眼帯をつけていて、表面には透明な魔石が付いていた。
灰色のマントの下には、サージェと同じようにポーチがたくさん着いた服を着ている。
腰には短い剣や細長いナイフなど片手で持てそうな武器が複数下げられていて、防具は動きやすさを重視しているのか、革製の胸当てとグローブぐらいだ。
眠そうな目で歩いてきたかと思うと、ウチを見て少し目を見開いた。
・・・驚かせるようなことなんて無いねんけどな。それにしても、ポーチが付いている服のせいでサージェに雰囲気が似てるように見えるわ。それよりも、眼帯が格好いい!すごく強そう!
「何?」
「眼帯格好ええなって!」
「そう、ありがと」
素気ない返事だけど、頬は少し赤くなってるし、目はウチを見ないようにしているので、照れていることは丸わかりだ。
「わたしはサージェの娘、アンリ。よろしく」
「ウチはエル!よろしく!……ってサージェさんの娘?!結婚してたんか……」
それに加えて娘を請負人にしてパーティに入れるなんて、なかなかの過保護だと思う。
・・・もしかして、その過保護がウチにも影響してるんか?何でやねん。




