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迷宮王国のツッコミ娘  作者: 星砂糖
ウルダー中迷宮

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238/305

子爵の事情とレシピ交換

 

「こちらはエル。料理のレシピを教えていただきます」

「ウチはエル!よろしく!」


 手を挙げて挨拶すると、料理人のおじさんたちが頷いて返してくれた。

 無口なタイプらしい。

 ウチを紹介したら自分の仕事は終わったのか、案内してくれたおじさんは厨房を後にした。

 残されたウチと料理人たち。

 どうすればいいかわからず困っていると、1番年上のおじさんが椅子を出してくれた。


「まぁ、座れ」

「うん」

「ワシはゲイル。ここの料理長を務めている。レシピについてはワシが教わる予定だ」

「ウチはエル」

「それはさっき聞いた。それで、アンダスからどれくらい聞いているんだ?」

「アンダス?誰それ」

「エルを案内していた男の名だが、あいつまた名乗らなかったのか」


 ゲイルの反応から、アンダスが名乗らないのはこれが初めてではないことがわかる。

 ため息を吐いたゲイルに聞くと、アンダスは仕事のできる人間だけど人付き合いが苦手で、基本的には裏方仕事を主としている。

 言われたことはキチンとこなせるけれど、それ以上のことをしないのか、できないのか、できるけどする気がないのかといったところがある。

 今回の件でいえば依頼を受けさせて、ゲイルに引き渡すところまでが仕事となり、その件に関しては完遂しているため文句を言いづらい。

 しかし、可能であれば依頼を出した理由なども事前に伝えておいてほしいものだとゲイルがこぼす。

 ウチとしてもそれには同意で、何か事情があれば新しい料理を考えることができたかもしれない。

 ミミには止められていたけれど。


「とりあえず事情説明からだな。とは言っても簡単なもんさ。近々ウルダー迷宮伯家で近隣の領地持ち貴族を招いたパーティが行われるんだ。その時の目玉はビッグ沼地ガニの姿焼き。その他にも色々料理を作る。そこで、最近話題になっている料理も披露してはどうかと進言した貴族がいてな。そこからリドリー家に手配するよう指示があったわけだ」

「ふーん。進言した貴族の人が手配したらええんちゃうん?」

「いやいや、貴族の中ではそう簡単にはいかないのさ。上が思いついたことでも、本人らが動くには相当の理由がいる。人に指示を出して動かしている間にやることもあるだろうしな。もちろん、上が主導でやる時はちゃんと動くぞ。だが、今回は街や請負人の間で話題になっている珍しい料理を用意するだけだ。上流階級の人たちが準備するもんじゃねぇ。俺が覚えて振る舞って、受けが良ければ他の家に派遣される程度さ」

「へー。そういうもんなんや」


 我が家の料理人が美味しい料理を考案したので振る舞い、そして相手の料理人に教えるというのが、貴族の間で行われるらしい。

 そこにレシピ代はなく、立場が上の者が下の者に取り計らったりすることが報酬になる。

 今回の件では、新しい料理の進言が採用されたことで上流階級貴族が持て囃され、さらに手配に尽力したリドリー家もその恩恵に預かれるということだ。

 相手が平民なので無理やりレシピを献上させることもできるところを、相場よりも高い金額を払って手配するところが良い職場だとゲイルは言う。

 貴族によっては命令するだけで成果を取り上げるところもあるけれど、ウルダー中迷宮都市は栄えていることもあり、そういった行動を起こす貴族はいないそうだ。

 その子どもたちは教育中のため生意気だったりするそうだけど。


「一個気になるねんけど、そんなにウチらの料理話題になってるん?」

「知らんのか?貴族の方々でも有名だぞ。沼地ガニを低コストで食べられるようにした請負人の屋台で、目新しい料理が次々と出てきて迷宮前広場が盛り上がっていると。生憎ワシらは請負人じゃないから入れないから話題だけだがな」

「うーん。屋台の売れ行きはおかげさまで良い感じやけど、誰にも声かけられへんし話題になってるとは思わんかったわ」

「当事者は得てしてそんなもんさ。誰かに事実を突きつけられて初めて立場がわかる。さて、早速始めようじゃないか。事前に言われたものは用意しているぞ」


 示された場所には複数人で使用するための大きな調理台があり、そこに揚げ物用の食材と硬くなったパン、くず肉とそれを細かく刻むための手回し式機材、大量の油と小麦粉や塩がある。

 教えるのは各種カツと肉団子にぺたんこ焼き、パスタとなり、ハニー丸は焼き台がないので対象外だ。

 そして用意してきたレシピを書き出した物をゲイルに見せ、説明しながら実際に作る。

 ウチの説明を聞きながら隣で作業するゲイルの方が手際が良く、出来上がった料理の見栄えでも負けた。

 味も初めて作ったはずなのにウチよりも素材の味が活かされていて、長年料理に携わっている実力を見せつけられた。


「これは美味いな」

「ゲイルさん、これは子どもに人気になりそうですよ」

「名前はもうちょっと貴族向けに考えたほうがいいかと思いますが、目新しさはありますね」

「ですが、領主様の宴に出すなら華やかさもそうですが、一味違うところもほしいですね」

「そうだな……。何か足すか、あるいはソースで味を変えるか……。色々試してみるか。エルの嬢ちゃんも手伝ってくれ。材料使い放題だぞ」

「それええん?!やるやる!」


 試食を終えた料理人たちが意見を出し合うのを横で聞いていると、案だしに駆り出された。

 華やかさはウチにはできないので放置するとして、味を変えるのなら協力できそうだ。

 ウチが見たことのない高い材料もあるだろうし、色々試してみよう。


「これ何?」

「それは乾燥させたキノコだ。削って料理にかける」

「これは?」

「燻して水分を抜いた魚の身だ。削って使う」

「じゃあこれは?」

「骨を空炒りしたやつだ。削って使う」

「削るもんばっかやし、パンもここに置けばええな」

「そういう保管場所だ。パンは削った粉を保管するから、パン自体は置かないぞ」

「さよか」


 最初に確認した場所は、乾燥した物を置いておく場所で、殆ど削って使う物だった。

 他にも乾燥させたハーブの棚、液体の詰まった壺の棚と、種類ごとに分類されている。

 果物もいくつかあり、中には砂糖付けにされた高級品もあった。

 焼きたてのパンや肉に添えて口直しするらしい。

 他にも果物を大量の砂糖で煮詰めたジャムなんかもあった。


 ・・・なんやねん口直しって。水でええやろ、水で。甘いものと塩っぱいもの交互に食べると止まらんようになるし、あんな感じなんやろか。


「これはなんなん?」

「これはチーズです。牛や山羊、羊の乳を使った加工食品ですが、量を作るのが大変なので、街では貴族の方ぐらいしか食べてないですね。街の中にある牧場では作られていないので、生産している村に注文するしかないです」

「へー。高級食材やな」

「はい!」


 チーズのことを教えてくれたのは、1番若い見習いの子だった。

 名前はジルベール。

 このチーズは昼食で使うため、彼が手に取ろうとしていたところだった。

 せっかくなので使い方も見せてもらったけれど、何やら白いドロっとしたソースに野菜を並べて、その上にチーズを削ってオーブンで焼いていた。

 ジルベールは賄い用の準備をしていたけれど、野菜の並べ方で指導を受けていたから一緒に聞いた。

 置く場所で熱の通り方が変わるから、通りにくいものを外側に置くといいらしい。

 そうして出来上がった料理とスープにパンとサラダが昼食として配膳され、賄いをうちを含めた全員で食べる。

 屋敷で働いている人たちの賄いもあるため、すごい量の料理が準備されている。


「んまっ!なにこれ!めっちゃ美味いやん!チーズが香ばしくって濃厚な味やのに、さらに白いソースがまったりとした下に残る塩っけと旨みを出しとる!ジャガイモやニンジンもホクホクで味が濃厚やし、このソースとは違う味やから野菜の味が際立つわ!」

「おぉ……嬢ちゃんすげーな」

「しかも、このソースなんか味が深いな!白いからなんかの乳かと思ったけど複雑な味がするし、とろとろしててなんか体あったまるわ!」

「料理人として嬉しいですねゲイルさん」

「あぁ。そうだな」

「むぉー!残ったソースパンにつけると違った香ばしさが!すごいなこれ!」


 気がつくと出された料理を全て平らげてしまっていた。

 チーズのかかった料理なんて、パンでソースまでこそいで食べたからツルツルピカピカになっている。

 もっと味わいたいという気持ちを隠して、他の人たちが食べているものを見ながら水を飲む。

 この水もウチの水ではなく、料理人が水生みの魔道具で出したものだ。

 さすがに固有魔法や背中から魔力が垂れ流しになっていることは話していない。

 その必要もないから。


「そんなに気に入ったのなら作り方教えてやろうか?」

「ホンマに?!めっちゃ嬉しいわ!おおきに!」

「あぁ。金を払ってるとはいえこれだけ流行りのレシピを出してもらったんだ。料理人として何か土産でもと思ってな」

「おぉー!太っ腹やな!」


 昼食の片付けをジルベールと一緒にこなした後、白いソースことホワイトソースの作り方を教わる。

 温めた牛や羊の乳に塩と小麦粉を入れるものだけど、小麦粉がダマにならないよう少しずつ入れるのが面倒だった。

 火加減の調整も難しく、とりあえず強火でやればいいと思ったけれど、火が強すぎると乳が沸騰して風味が飛んだりダマになりやすかったりと、なかなか上手くいかない。

 それでも大まかな作り方がわかったから、あとはミミに伝えて練習してもらうだけだ。

 使い方はスープに入れてもよし、オーブンで焼いてもよしで、ウチならパスタに絡めると伝えたら即座に試作することになった。

 野菜を煮込んだスープをベースにホワイトソースでとろみを出し、具材にキノコを使ったものは高評価だった。

 干し魚をほぐしたものも高評価だけど、肉はあまりパッとせず、トマトソースの方が合っている気がした。


「トマトソースのパスタにチーズかけたら美味そうやな。トマトの酸味とチーズの塩っけが合いそうや」

「ふむ。やってみるか。ジルベール」

「はい!」


 ゲイルに言われてトマトソースパスタにチーズを削り入れるジルベール。

 ナイフでこそぎ落とすため大きめに切られているけれど、パスタの熱で次第に溶け始める。

 そのチーズをトマトソースとパスタで巻き込んで口に入れると、予想通りトマトの酸味にチーズの塩っけが口の中で混ざり合う。


「ウチこれ好きやわ!チーズ欲しいなぁ……。ゲイルさんどうやったら買える?」

「貴族御用達ってわけじゃないが、なかなか出回らんからなぁ……。数月に1度市場で売っているぐらいだが、それも貴族が買わなかった分を出しているだけで高級品だ。1番良いのはどこかの豪商に頼んで仕入れてもらう方法だな」

「豪商……。草原迷宮商会は豪商?」

「迷宮商会はどこの迷宮でも豪商だぞ。なにせ迷宮から得られる素材のほとんどを取り扱うぐらいだからな。ただ、迷宮外の素材や野菜などの食料は他の商会に譲るようにしているはずだが……。エルは迷宮商会に伝手があるのか?」

「ハイゼルさんとは知り合いやねん。今度頼んでみるわ」

「おう。それでいいだろう。別の商会を通して仕入れてくれるだろうからな」


 草原迷宮商会は魔物素材を組合から買い取り、その素材を各商会や職人に販売する。

 もちろん職人が直接組合に買いに行くこともできるけれど、在庫の管理を組合がしていたら倉庫がパンクするため、欲しい時に欲しいだけ買うなら組合ではなく迷宮商会の方が可能性が上がる。

 迷宮の素材を他の街に運ぶのも仕事だけれど、職人が作った物や農村での食料の販売にはほとんど手を出していない。

 ほとんどなのは、持ち前の販路で売って欲しいと頼まれることもあれば、お金に困った農村から買い取ってほしいと頼まれることがあったり、取引のある商会から購入依頼があった出先の物を取り扱ったりするからだ。

 それはどこの迷宮商会も同様で、領主や貴族から不定期に査察が入るほどの厳しさもありながら、しっかりと利益を出せるということで、請負人を経て商会に所属する人もいるぐらい人気のお店となっている。

 むしろ戦える人は素材採取要員や護衛として雇われている。

 そんな商会にウチからレシピを買い取ったハイゼルがいるのだから、ダメ元でお願いするのはありだろう。


「ウチチーズ好きやわ。これならぺたんこ焼きの中に入れてもええやろし、包み焼きの中にも入れれるな」

「肉だが合うか?」

「トマトスープに肉入れることもあるし、トマト寄りなら合うんちゃうかな」

「それもやってみるか」


 聞くところによると、肉料理にチーズは合わせていないそうだ。

 チーズの臭みが肉の風味と合わさって良くない味になるらしい。

 確かにチーズには独特の風味があるから、合わない食材もあるだろう。

 しかし、ものは試しということで、ゲイルがサッとチーズ入りぺたんこ焼きとチーズ入り包み焼きを作った。


「うーん。そのままで食べるとどっちも味がくどいな」

「だが、トマトソースは確かに合うぞ。これならもう少し調整すれば出せる」

「どんな調整するん?」

「チーズの種類を変えたり、入れる量を減らしたりだな」

「ほうほう」


 ゲイルの発言もメモに記載する。

 これをミミに渡して頑張ってもらうつもりだ。

 新メニューはいらないと言われているけれど、渡せば喜んでくれるだろう。

 そう思って後片付けを済まし、依頼は達成ということで報酬をもらい、家に帰ってミミを待った。

 帰ってきたミミに意気揚々とホワイトソースのレシピや、チーズの使い方について書かれた羊皮紙を渡したら怒られた。

 今は新しいことに挑戦するよりも、今の料理をもっとうまく作れるようになるところらしい。

 怒りつつも羊皮紙は返してもらえず、ミミの貴重品入れとなっている箱に仕舞われたけれど。


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