来客(ビシッとした人)
急遽増やした屋台の運営は、準備期間が少なくウチも出張る羽目になった。
新入りの子たちはエリカとミミに任せて、2人の元から1人ずつ移動させて作り方を教える。
調理はミミとエリカ任せだった2人だけど、 接客はできたのでお客さんの対応をしつつ、1品ごとに料理を覚えてもらった。
教えるウチはミミの柔らかくも多少の棘がある指導を受け、精神的に疲れて家でゴロゴロしている。
今はもう任せられるようになったから、こうして休んでいても問題ない。
そんなことを考えながら、床に毛皮を敷いてゴロゴロしていると家の扉がノックされた。
「はいはーい。どなたさん?」
扉を開けるとビシッとした黒い上下の服を着た、渋いおじさんが立っていた。
下手しても屋台に立たせるような人ではなく、ウチが利用する商店に立っている人でもない。
近い人を上げるとすれば、組合長のような立場のある人のように見える。
「こちらにアンリという方はいらっしゃいますかな?」
「アンリさん?おるで。何の用事か聞いてもええ?」
「はい。屋台で出している料理についてとお伝えいただければ」
「わかった。えーっと……こういう時って中で座って待っててもらうもんなん?」
「そうですね。中に入れて問題がなければ、そのようにするべきでしょう」
「見られて困るもんないし、じゃあ入ってもろて」
「わかりました。お邪魔いたします」
お客さん本人にどうするべきか聞くのは間違っているのはわかっているけれど、聞かないと立たせたままになってしまうから聞いた。
これがシルヴィアや孤児院関連の人だったら迷わず招き入れるのだが、相手は知らない人。
ただし、何やら立場が立派そうな人なので尚更困った。
・・・物売りなら入り口で商品見るだけで済むんやけどな。
「アンリさーん。アンリさーん。入るでー」
ノックしながら名前を呼び、そのまま開けて部屋に入る。
魔道具製作中であれば集中していて返事がもらえないので、協議の結果勝手に入っていいことになっている。
食事を待たされる側になってほしいものだ。
「アンリさーん。お客さんやで」
「わたしに?」
「せやねん。なんか屋台で出す料理がどうのこうの言うてた」
「料理だったらエルの仕事」
「それもそうやねんけどな。なんか偉い人っぽいから一緒に話聞いてほしいねん。あと、名義上の責任者は全部アンリさんになってるし」
キュークスよりアンリの方が街にいる可能性が高いため、何か起きたことを考えるとアンリの方が責任者に良いのではないかという話になった結果だ。
屋台の更新確認でキュークスを訪ねてきた組合職員が、3連続迷宮で不在だったことに対して苦言を言ってきたのもある。
今回のお客さんもそういった組合の情報を受けて、アンリを訪ねてきたはずだ。
「お待たせしました」
「貴女がアンリですか?」
「はい。アンリです」
「では、我が主人であるウルダー中迷宮伯から子爵位を賜っているリドリー家の依頼を伝えます。屋台で出している数々の料理に関して、レシピを購入する故料理人を送られたし。以上です」
「ほー」
懐から羊皮紙を取り出したおじさんが告げた内容は、料理に関する依頼だった。
しかし、わざわざ訪ねてくることが理解できない。
依頼なら組合を通して指名すればいいはずだ。
その場合、すぐに受けるかはわからないけれど。
「なんか面倒そうやな。指名依頼出さへんところが」
「貴族は組合を通さず直接依頼することも多いのです。それが良いか悪いかというのは別ですが、直接声をかけて動かせることを誇る方もいらっしゃいます」
「ほーん。やっぱ面倒やな」
「貴女は正直ですね。アンリさんは依頼をどうされますか?受けなくても罰があるわけではありませんが、受けた方が後々役立つことがあるかもしれません」
「え?断ったら貴族に睨まれたりせぇへんの?」
「レシピ購入の依頼ですので、断られても何かすることはないでしょう」
「他の依頼やったら何か起きるっちゅう言い方やな」
「そうですね。個人のスカウトの場合、敵対勢力に渡るくらいなら消すという貴族もいないとは言い切れません。他にも商会を運営している貴族であれば売りしぶられたりなども聞きます」
「おー怖」
「しかし、リドリー家は文官ですので、特にそういったことは起きないかと」
「依頼を受けても行くのはエル。問題ない?」
「ええんちゃう。ミミに行ってもらうのもなんか起きたらあかんし」
貴族が半獣をどう扱うかわからない以上、ミミに行ってもらうことはない。
教える相手は料理人だろうけど、その人が半獣を差別しないと保障されているわけでもない。
何かあっても害されることがないウチが行く方がいいだろう。
アンリは名目上責任者になっているだけで、屋台で出している料理の作り方を教えられるほど知っているわけでもないから。
「行くのはこのエル。それでも良いなら依頼を受ける」
「エルさんですね。屋台で出している料理を教えることはできますか?」
「一通り作れるし、指示も出せるで。手際がいいかは別として」
ミミに調理を依頼したのはウチだ。
そのミミから屋台のために手解きを受けたのもウチだけど。
そんなウチの品定めをしているのか、おじさんはしばらく眺めてきた後口を開いた。
「料理できるのであれば問題ないでしょう。報酬はこちらになります」
「金貨2枚は高額やな」
「それだけ欲しているということです」
欲している理由は教えてもらえなかったけれど、前にレシピを売った時は1人銀貨1枚だったことから、それだけ払ってでもレシピを買いたいという思いは伝わった。
そうして必要な材料を聞き出したおじさんは、明日の朝に改めて迎えにくると言って帰っていった。
その後は、念のため腸詰めのおじさんに事情を話して貴族が参入してくるかもと伝えた。
おじさん曰くリドリー家が商売に手を出すとは思えないとのことで、仮に出してきたとしても市場と迷宮前広場には影響ないだろうと結論づける。
・・・確かに。貴族が手を出すならしっかりした店やろうな。屋台には影響ないやろう。たぶん。それに、もう受けてもうたしな。いまさらジタバタしてもどうにもならんわ。
帰りがけに組合へ顔を出し、組合長のセイルにも念のため依頼について話したけれど、評判の良い貴族なので問題はなく、むしろ積極的に活動してアピールしても良いと助言をもらった。
家に帰ってしばらくするとミミも帰ってきたから、2人でレシピの書き出しと注意点をまとめる。
ガドルフたちは依頼で不在のため、帰ってきた時にはアンリから説明してもらおう。
何の依頼を受けたのか聞いてないから、いつ帰ってくるのかわからないけど。
ミミにしばらく新作料理はいらないと口酸っぱく言われながらレシピを書き切り、眠りについた翌朝、宣言通りビシッとした服を着たおじさんが迎えに来た。
馬車で。
「おはようございます」
「おはようございます。なんで馬車なん?歩いていけるで?」
「依頼とはいえこちらからお願いしているのですから、送迎はお任せください」
「ふーん。そういうもん?」
「そうですね。そういうものです。こちらの顔を立てていただけると幸いです」
「わかった。よろしくお願いします」
「はい。ではどうぞ」
わざわざ踏み台を出し用意してまで、馬車を使うところが貴族なんだろう。
大きな街とはいえ領地は街の外壁まで。
迷宮伯の元で運営されているため貴族の数は少なく、そのせいもあって貴族街は広くない。
数十件の屋敷がある程度なので、場所さえわかれば歩いても問題なく着けるだろうが、面子というものは面倒なものだ。
歩かなくて良いから楽だけど、ガタガタ揺れるせいでお尻が痛い。
スライムクッションを持ってこればよかったと後悔していたら、いつの間にか到着していた。
「ようこそリドリー家へ。では、ご案内いたします」
おじさんに手を引かれながら降りたところは屋敷の裏側で、期待していた綺麗な庭は見れなかった。
それでも屋敷の大きさに圧倒されていて、見上げた感じから借りている家の3倍ぐらいはあるだろう。
おじさんに案内されてたどり着いたのは厨房だった。
料理のレシピを教えるのだから当然かと納得しながら、中で待っていた人を見る。
案内してくれたおじさんより年上の人が1人、同じぐらいの人が1人、まだ若い青年が2人、ウチより少し年上の見習いっぽい子が1人だ。
その全員がウチを見ているけれど、睨みつけられるようなことはなく、むしろ歓迎されている雰囲気すらあった。
・・・子どもに教われるか!なんて言われんでよかったわ。その辺案内のおじさんが事前に伝えてくれたんやろか。




