クズ肉の使い道
掃除の依頼も落ち着いたから、今日は1人で市場を巡ることにした。
入り口近くにあった塩で味付けされた炒り豆を買い、ぼりぼりと食べながら露店や屋台を見て回る。
なぜか色々な人に見られている気がするけれど、豆を手掴みで貪り食べているウチに見どころはあるのだろうか。
「そこのお嬢ちゃん。豆を美味しそうに食べてるお嬢ちゃんだ。見ていかないかい?」
「ウチ?」
「そうだよ。食べてる時目がキラキラしてるお嬢ちゃんだ」
見られている理由がわかった。
しかし、この炒り豆が美味しいので仕方がない。
ただ炒って塩をかけただけでなく、味が付くように軽く油をかけていたのを見ている。
さらに少しの乾燥ハーブを入れる事で、風味がとてもいい。
そんな豆を1粒ずつ口に放り込み、ぼりぼりと食べながら声をかけてきたおじさんの商品を見る。
「木の食器やな」
「側面を見てくれ。色々掘り込んであるんだ」
「おぉ!ほんまや!これは草と花、こっちはキツネ。お、カニもあるやん」
「カニが流行ってたから急遽彫ったんだ」
木の器の外側に、小さくカニが掘られていた。
中には内側に彫られている物もあり、ウチが気に入ったのは底面に小さく犬や猫が彫られて賑やかになっているスープ皿だ。
「これおっちゃんが彫ったんやんな?」
「そうだぞ。木皿は工房で作ってもらったが、磨きと彫りは俺がやったんだ。こう、磨き上げたり細かく彫るのが楽しくてな。他にも木工細工もあるぞ。これだ」
「おぉ!木彫りの鳥やのにめっちゃ細かいやん!」
おじさんが出してきたのは台座に乗る鳥で、色こそ付いていないものの、ふっくらとした体に折りたたんだ羽、つぶらな瞳に丸く整えられたクチバシと、その完成度は非常に高い。
目を輝かせているウチを見てチャンスだと思ったのか、おじさんはまだ途中までしか彫られていない木の塊を取り出し、細長い刃物でしゅっしゅっと削るところを見せてくれた。
それを炒り豆を食べながら見ていると、市場に来ていたウチぐらいの子どもたちも一緒になって眺め始め、そのまま大人も足を止めて作業を見つめることになった。
「お母さんこれ欲しい!」
「あら、可愛いカップね。そうねぇ……このカップとお皿を2つ頂こうかしら」
「こっちはこの皿を!」
「ありがとうございます!」
「おぉ、売れた」
子どもは外面に花や鳥が彫られたカップを、親は皿などを買っていく。
木彫りの置物を手に取る人は多いけれど、装飾が多いため値段もそれなりになり、購入には至っていない。
おじさんもそれはわかっているようで、あくまで技術を見せるために数個置いているようだ。
それは鳥、犬、猫、ウサギ、イノシシと割と見れる生き物ばかりで、そこにカニが含まれているのは違和感があるけれど、おじさん曰くカニが1番売れている。
沼地ガニの足が食事処で出るようになってからだそうだ。
変なところで影響に出会うものだなと感じつつ、ウチもカップと木皿を選んでいく。
ミミは犬、キュークスはキツネ、ガドルフはオオカミ、ベアロはクマとして、アンリは花、ウチはカニが彫られている物にしようとしたけれど、数が足りていなかったため、彫るのをお願いして別のお店を見る事にした。
「豆なくなったなぁ。次は何食べよ」
家具や雑貨などの露店をチラ見しつつ、食べ物を売る屋台が多く集まっているところを探す。
果実水を購入し、腰に手を当てて豪快に飲み干したら、ウチを見て買う人が何人か発生していた。
そうして彷徨い歩いた先で腸詰めを作って売るお店があった。
仕入れた肉を細かく叩き、湯煎した豚や猪の腸に香草と一緒に詰めてから茹で上げる物で、加工する必要があるため切り分けられた肉よりも高い。
それでも食事処ではお酒と一緒に注文を受けるほどの人気商品で、迷宮前の屋台街にも2つ出店している。
「おっちゃん!おすすめ1つ!」
「おすすめか?全部おすすめだから全部1本ずつでいいか?」
「そんな食べられへんわ!」
「はっはっはっ!だよな!そうだな……このレモン汁を混ぜたさっぱりしたやつはどうだ?女性に人気なんだ」
「じゃあそれで!」
「あいよ!」
茹で上げて保存された腸詰めを鉄板で焼き始め、じゅうぅぅといい音が周囲に響く。
すでに焼き上がりを待っていたお客さんに、木皿に盛られた数本の腸詰めと木製のフォークが渡され、ぱきりと音を立てて食べる様を見せつけられた。
ウチも早く食べたい。
「待たせたな!腸詰めレモン汁味だ!」
「おぉー。熱々やなぁ」
「火傷しないように気をつけろよ!」
お金を払って木皿とフォークを受け取る。
木皿には4本の腸詰めが盛られていて、レモン汁だけでなくハーブも入れられているから、ところどころ緑の粒のようなものが見える。
抵抗を受けながらフォークで刺すと、ぷくりと肉汁が溢れ出して木皿を濡らす。
そのまま口元に持っていけば肉の香りに加えてハーブとレモンが存在を主張する。
腸詰めを口に運んでかぷりと噛めば、ぱきりと音をたてて割れる。
断面からは肉汁が溢れ、口の中に肉の旨みが広がるけれど、それを追うようのハーブの香りが鼻を抜け、レモンが肉汁を洗い流すようにさっぱりとした後味を残す。
完全にレモンになるのではなく、濃い肉汁がレモンで薄まり、いくらでも食べられそうなところがとても良い。
「うまぁ!めっちゃ美味いわこれ!」
「ありがとよ!配合には拘ってるからな!いくつかの酒場にも卸してるんだが、嬢ちゃんには縁がないな」
「せやな。家の酒飲みはどこかの酒場で味わってるやろうけど」
ベアロのことだ。
家ではミミが肉を焼いてくれるため、腸詰めを出したことはない。
依頼で外に出る時も干し肉ばかりなので、今回初めて食べたことになる。
屋台で出ていることは知っていたけれど、食べ歩きでは近くの屋台しか巡っていないせいだ。
市場にも毎日出ているわけではないらしく、たまの買い物でも見かけたことはない。
「どうしたじっと見て。作り方が気になるのか?この腸詰めは俺と嫁と子供で作ってるんだ。ほとんどを店に卸しているけど、一部を屋台でも売ってるって感じだな。ついでに目の前で作れば見せ物にもなるから、ここで作ってるのもある」
「ほー。やっぱ作ってる姿見せるのは影響あるんやな」
さっきの木皿などに彫るのもそうで、完成品を売るだけでなく、作業風景を見せることで集客している。
現に今も何人かが腸に肉を詰めるところを眺めていて、少しすると鉄板で焼いたものではなく持ち帰りでいくつか買って行った。
買った腸詰めを食べ切ったから、せっかくなので違う味も楽しみつつ売れ行きを眺めていると、おじさんは腸に詰め込まなかった肉をひとまとめにしている事に気がついた。
「なぁなぁおっちゃん。その肉の破片?どぉするん?」
「ん?これか?これは持ち帰ってスープに入れるぐらいしか使い道がないな」
「ふーん。細切れやもんなー」
「そうなんだよ。ひとまとめにしても焼いてる時にボロボロ崩れるからな。腸詰めごとに配合が違うせいでひとまとめにしたら味のばらつきで商品にはならないし、あまりが多く出た時はちょっと困るんだ」
「んー……バラバラにならんかったらひとまとめにして焼けるから……」
閃いた。
そこからはおじさんとの交渉だった。
うまくいけば作り方を教えることを条件に、余った細かい肉を格安で購入させてもらう。
肉を受け取った後は傷まないように手早く帰宅。
食糧保管用の比較的涼しいところに置いて、ミミの帰りを待つだけだ。
「あ。お皿とか受け取らな。あと、繋ぎに使う野菜も買わんと」
せっかく帰ってきたけれど、すぐに市場へ取って返す。
お願いしていた皿やカップを受け取って、野菜を購入したので、また市場うろうろする。
新しく掘り出し物を見つけることはできなかったが、帰りに炒り豆をまた購入した。
ベアロが喜ぶだろうし、ウチもぽりぽりする。
ミミが帰ってきたら作ってもらって、みんなの評価が良かったらおじさん報告する。
さらにはお好み焼き屋台で新メニューにするつもり。
早くミミが帰ってくることを期待して、日向でぽりぽりしているうちに寝てしまい、アンリに部屋へと運ばれてしまった。
慌てて起きると、ミミはすでに夕食の準備を進めていたので急いでメニューを追加してもらった。
今度挑戦する時は屋台まで言いに行こう誓う。




