掃除のエル
-孤児院のダン-
ここ最近孤児院の空気が変わった。
女の子組にたくさんの仕事がきて盛り上がり、食事の内容も豪華になっている。
仕事が増える前はお腹がそこそこ膨れたらいい方で、後は勉強の成績が良かった時にご褒美で量が増えるぐらいだった。
でも、今はほぼ毎日売れ残りの食べ物が持ち帰られていて、お腹いっぱい食べられて皆んな嬉しいと言い合っている。
中でも一度仕事についたけれど、何か揉め事に巻き込まれて解雇されたエリカはすごく楽しそうだ。
他にもシエル、ノンナ、ベルの3人が雇われて、日々屋台で働いているらしい。
「なぁダン。シエルたち大丈夫かな?」
「ん?ヨーギが何を心配してるのかわかんねぇけど大丈夫だろ。院長先生たちがしっかり確認してたし」
「だけど女の子ばっかり雇ってるよ?変なおじさんじゃないの?」
「シエルのことが気になるのは仕方ないにしても、エリカの話とかちゃんと聞いとけよお前」
「あー、うん、ごめん……」
「いいか?まず、エリカやシエルたちの雇い主は女性……いや、女の子だ。俺たちよりも小さい奴な」
「え?それはそれで心配なんだけど……」
「ちゃんと保護者もいるから大丈夫だろ」
いつも大人と一緒に孤児院にやってきて院長先生と話しているのを見たことがある。
出資者のハイゼルさんとも話していて、屋台の出店場所や内容について相談していたはずだ。
その姿は大人顔負けで、ハイゼルさんが感心して頷くところも見た。
保護者の大人はそんな女の子に全て任せているようで、たまにある確認の質問に答える程度だった。
「そうなんだ……。それにしてもシエルたちだけじゃなくて僕たちにも仕事くれないかな?」
「俺たちが料理するのか?できなくはないけど、あんまり好きじゃねぇな。手順多くて混乱するし」
「うーん。料理以外がいいね」
そんな話をしながら迷宮の草原エリアでウサギを狩って組合に売るといういつもの仕事をこなす。
夜には売れ残りの食べ物を持って帰ってきた屋台組と一緒に食事をとって就寝。
今日も迷宮で狩りかと変わらない仕事に少しの変化を求めつつ、武具の借用のために組合へ向かったら受付の人に呼び止められた。
手が空いているなら狩りではなく別の人が受けた依頼の補助をして欲しいという内容だった。
狩りで得られる報酬よりも高額だったため、肉が手に入らないけれど受けることにした。
食いしん坊のテッドが少し不貞腐れたけれど、この班のリーダーは俺だから無理やり納得させた。
帰りに屋台で肉串を買うことが条件だったけれど。
「お。この子ら?」
「はい。エルさんのご要望通り身体強化できる見習い4人です」
「おおきに!これで指名依頼できるわ!」
「はい。無理せず頑張ってくださいね」
「ほんまおおきに!助かるわー!」
受付の人が俺たちの前に連れてきたのは、見習いなりたてぐらいの女の子。
服は俺たちと変わらないものを着ているけれど、その綺麗さがおかしい。
まるで新品のように汚れがついておらず、それはサラサラと揺れる金色の髪も同じだ。
碧色の目はぱっちりと開いていて、何が楽しいのかわからないけれどキラキラしているように見える。
というか、よく見なくても気づいた。
「孤児院に来てる子だよな?エリカたちに仕事をくれてる人」
「お?ハイゼルさんの孤児院の子なん?せやったら話が早いな。ウチはエル。今日から数日自分らと一緒に掃除の依頼するからよろしく!」
「俺はダン。こっちがヨーギで、こいつがオルト、この大きいのがテッドだ」
「うんうん。みんなウチよりデカいし、力仕事得意そうやな!」
やる気がみなぎっているエルに先導されて、俺たちは商会の倉庫が立ち並ぶ区画へと連れてこられた。
その中にある少し奥まった倉庫に着くと、エルが振り返って仕事の内容を説明し始める。
倉庫の中には家具などの大きなものがあり、それを外に出すのが俺たちの仕事。
エルは出された家具を拭き上げて綺麗にし、中が空っぽになった倉庫も拭き掃除する。
倉庫を拭き終わったら、出した家具を俺たちが中に入れて終了となる。
「運ぶのはわかったけど、拭くのは俺たちもやった方が早くないか?」
「せやねんけどな。依頼主が求めてるのはウチの固有魔法で拭き上げた家具やねん。もちろん家具の足を拭くときは持ち上げて助けてもらうやろうけど、拭いてもらうつもりはないな」
「固有魔法……わかった。俺たちは家具の運び出しに集中する」
なぜエルに依頼が来たのかようやく理解した。
俺たちが手伝いで呼ばれた理由も。
着いたら説明すると言われて、道中は他愛もないことを話しながら進んでいたせいで、何をするのかいまいちわかっていなかった。
「よろしく。あ。運び出す順番は気をつけてな。ちゃんと元通りに戻さなあかんねん」
「はぁ?そんなのわかんねぇだろ?」
「オルトやっけ。商会が運営している孤児院におるのに、商品のこと考えへんのはあかんで。ええか?倉庫を使とる商会の人らは何があるか記録してんねん。せやのに場所変わってたら探さなかんやろ?手間増やしたら怒られるんやで」
「うっ。で、でも、どうすりゃあいいんだよ。出した順番なんて数が増えたら覚えられないぞ」
「出した順番で並べるなりできるやろ。自分で考え!と言いたいところやけど、ちゃんと道具持ってきてるで。ほらこれ」
エルが背負っていた袋から大きな布包みを取り出し、広げると中には小さく切られた白い布が出てきた。
染める前の端切れのように見える。
同じく出されたものをじっと見ていたオルトが手に取って眺める。
「なんだこれ?端切れか?」
「せやで。しかもウチが事前に数字を書いたやつ!読めるやんな?」
「バカにすんなよ。商会仕込みの計算もできるぞ」
「ならあとは簡単や。数字ごとに2枚ずつあるから、家具に1枚置いて倉庫を見立てたこの大きな布にもう1枚置いたら配置わかるやろ?」
「おぉ!なるほどな!小さいのにすごいなお前!」
「せやろ。じゃあ作業開始や!」
俺とヨーギで家具に端切れを置き、端切れが置かれた家具をオルトとテッドが運び出すことにした。
端切れを置き終わったら俺たちも運び出しに加わるつもりだ。
エルは何やら曲がりくねった変な棒を取り出し、その棒を背中に向けて当てて、背後に置いた桶に水を出していた。
水生みの魔道具だろうけど、わざわざ背中から出す必要はあるのだろうか。
疑問に思いつつも害はないので気にせず作業を進めた。
数字が書かれた端切れには、途中で気が散ったのか花やウサギなどの絵が描かれているものもあった。
お世辞にも上手いとは言えない絵に苦笑してしまう。
「なぁ。あのエルってやつの固有魔法すげーぞ。一拭きでめちゃくちゃ綺麗になるんだ」
「掃除の固有魔法か。地味だな」
「戦いには使えないけど、安全な場所で引く手数多だろうな」
「仕事に困らなさそうだよね」
戦いに使える固有魔法だと一度の稼ぎは多いが、命の危険もある。
しかし、掃除の固有魔法ならば仕事には困らない上に、とても綺麗になるならお金を払ってでも雇いたい人はいるだろう。
俺たちも商会の建物掃除するときに、金属をひたすら磨くこともある。
その磨き上げる時間が短くなるだけで、建物や道具の管理が楽になるのがわかる。
今も金属製の棒をキュッと一拭きしただけで、汚れが全て落ちて綺麗に光を反射するようになっていた。
「おーい!そろそろ昼食や!これ持って迷宮前広場のお好み焼き屋台行ってきて!エリカのおるところやからわかるやろ?」
昼を知らせる3の鐘が鳴ったら、エルが木札を渡してきた。
そこにはお好み焼き引換券と書かれていて、5枚用意されている。
聞けばエリカが働いている屋台の食べ物を引き換える木札で、迷宮に潜るときにお金を持って行かない人のため、時前に木札を購入して迷宮帰りに食べられるようにしているそうだ。
迷宮内でお金は使えないから、潜る前に全部家に置いていくのは普通だ。
最近1番奥のエリア前に休憩所ができ、そこなら使えるらしいけど、道中の素材を買い取ってもらえるから持ち込まなくてもなんとかなる。
俺とヨーギが代表して受け取りに行き、オルトとテッドは作業を続けることになった。
「あれ?ダンどうしたの?」
「エリカの雇い主からこれを渡されたんだ。5枚頼む」
「わかった。味はどれにする?大盛りも無料よ」
「4枚は肉のやつで、4枚は大盛りがいいな。エルの分は大盛りの方がいいのか?」
「食べる量は普通ぐらいだから、大盛りじゃなくていいわ。じゃあ肉スペ5で4つ大盛り作るから、横にそれて待っていて」
「おう。頼んだ」
エリカが手早く焼いた物をベルが木皿に盛り付ける。
2枚のお盆に載せて倉庫へと持ち帰り、手早く食べたら作業の続きだ。
エルが食べ終わるのを待ってから家具を運び始める。
食器の返却はエルが帰りにするらしく、1カ所にまとめている。
そうして仕事終わりを知らせる4の鐘が鳴る少し前に作業が終了し、報酬を受け取るため組合で解散した。
「いい稼ぎになったな」
「昼食もあるし、元に戻すのが少し面倒だけど戦うより危険はないしな」
「昼食もっと多くてもいい」
「それはさすがに厚かましすぎるだろ」
今日の感想を言い合いながら孤児院に戻り、エリカが持って帰ってきたお好み焼きが追加された夕食を食べ、水で清めてから寝る。
ここ最近の夜の流れだ。
そして翌日も4人揃って組合へと向かい、武具を借りようと受付に近づいたら、また呼び止められた。
「お?昨日の見習いやん。今日も?」
「はい。似た内容なので知ってる人の方がいいかと思いまして」
「おおきに!ウチのやり方知ってる人の方がやりやすいし助かるわ!」
今日もエルの手伝いだった。
昨日とは違う倉庫で、昨日より小さい椅子などが中心の家具を運んでは拭き終わった物を入れてと繰り返す。
そして翌日も受付で呼び止められて、エルの元へと連れて行かれた。
「もうあれやな。自分ら指名した方が早い気がするわ。前の日に孤児院に連絡したらええか?」
「あ、あぁ。それでいいぞ」
「組合着いてから仕事振られるよりも前の日にわかっていた方が気持ちは楽だね」
「わかった。じゃあ今日から3日は倉庫の依頼で、そのあとは3日かけて屋敷の掃除な。昼食はお好み焼き用意するで。それでええ?」
「は?そんなに仕事があるのか?」
「せやねん。最初の倉庫の依頼主が他の商会に勧めたらしくてな。ちょこちょこ依頼入ってくんねん。しかも、ついに使てない屋敷の掃除まで。この街にどんだけ屋敷ある思ってんねん」
「あー、そりゃ仕事が多くあっていいんじゃねぇか?」
「ないよりある方がええけど、手が届かんとこ多すぎて嫌になるわ」
仕事が多くて嫌になるとは贅沢な悩みだと思いつつも、大きな家具を拭くために色々工夫しているところを見ているから何も言えなかった。
大きさの違う木箱を組み合わせて階段状にして、なんとか家具の天辺を拭いたり、クローゼットの中で棒に付けた布巾を精一杯伸ばしていた姿が頭をよぎる。
そうして倉庫や屋敷の掃除をする日々が始まった。
屋敷は最低限の管理しかされていないところばかりで、俺たちは庭の草むしりや高いところにエルを届かせることが仕事になった。
挙げ句の果てには食事処の休憩時間に食事スペースを磨き上げるなど、時間に追われる仕事まで舞い込んでくる。
最後にはエルだけでは終わらないため、俺たちの掃除能力もずいぶん上がり、孤児院の掃除も任されるようになってしまった。
今ではすっかり掃除の依頼を受けまくるパーティだと認識されていて、組合で掃除の依頼が貼られたら、他の請負人に勧められるほどになった。
嬉しいかどうかは置いといて。
「今日は何するんだ?」
「草むしりと屋根の掃除だな」
「1番少なくむしったやつが孤児院の掃除だな」
「えー。のんびりやろうよ。エルいないんだし」
今回は綺麗に磨き上げる必要はないからエルはいない。
つまり、エルの妙な迫力と効率化を求める声に追い立てられる必要はなかった。
だから、のんびりやりたいヨーギの気持ちもわかるけれど、残り2人のやる気を出すためには何か賭けた方がいいのもあって悩ましい。
エルがいたらテキパキと区画を分けたり、作業内容で人を分けるけれど、居ない今は俺たちの判断でやることにした。
エルはちょっと変な喋り方をするけどいい奴だ。
ただ、仕事の事になると口うるさくなるのがちょっと面倒だな。




