お調子者のチャッキー
草原の狼団から何かされるかもと警戒して数日、いちゃもんをつけてきたおじさんが以前の2人と、さらに見知らぬ若い男性を連れて屋台にやってきた。
以前のやりとりが広まっていることもあり、わいわいと賑わっていた周囲が静まり返り、4人の動向を見守っている。
「らっしゃい。購入するなら列に並んでや」
「おぉ!本当に半獣が屋台出してるじゃねぇか!しかも調理担当で!」
「でしょう!裏方じゃなく表なんですよこの屋台は!」
「うるさいな!早よ並べ!邪魔やねん!」
やってきた4人のうち2人は付き合いでついてきたのか、手持ち無沙汰に周囲をチラチラ見ている。
いちゃもんをつけたおじさんは、新しく連れてきた青年に色々話しかけているけれど、屋台の前でやるのはやめてほしい。
通路は向かいにも屋台があることもあって十分広く取られているけれど、並んでいる列に加えて正面に4人も立たれたら流石に邪魔だ。
並んでいる人も迷惑そうにみているし、屋台越しに調理しているところ覗かれたらミミの気が散る。
油が跳ねておじさんたちに飛んだら何か言われそうなのもある。
「おぉ!悪い悪い!じゃあ並ぶか!」
「へ?並ぶんですか?」
「あぁ!食ってみなきゃわかんねぇだろ!美味けりゃいいじゃねぇか!」
「で、でも、半獣の作った料理ですよ?!」
「そんなこと言ったら下ごしらえを半獣に任せても一緒だろうが。食いもんで勝負してるんだ。味で評価してやれよ。まぁ、不味かったら叩き潰してもいいがな」
笑いながら列に並ぶ青年を追って、おじさんたち3人も並んだ。
・・・いや、あんたらも食うんかい。てか、1人並べばええだけやん。代表して人数分買えよ。
思ったことは口に出さず、ミミが揚げた物を皿に盛り付け、ソースを別皿に添えて受け渡していく。
騒ぎを聞きつけたのか、兵士2人を伴った組合職員が1人距離を空けてこちらを見ていた。
これで何かが起きたとしてもなんとかなるだろう。
きっと。
「ようやくか!」
「何にする?注文受けてから揚げるから、出来上がるまでちょっと時間かかるで」
「だから並んでる時に何を食べるのか聞かれたのか。初めてなら見て決めてもいいって言われたからそうしたけど、それだと待つんだな」
「常連さんは食べたい物決めてから並ぶからな」
話しながら青年の注文を聞いてメモする。
それを子どもたちに見えるところに置けば、材料の切り分けから衣をつけるところまでしてくれる。
そして、ミミの前には揚げ物鍋が3つ。
1つは目の前で注文を受けてから揚げる用で、残りの2つは下ごしらえ担当の子どもが列で聞き取った注文品を揚げる用だ。
2グループに分けて揚げることで効率を求めている。
「おすすめは?」
「やっぱ肉かなー。今日は沼地エビが入ってきてへんし。あ、芋揚げたやつは酒飲む人らに人気やで。野菜はニンジンとカボチャが甘くて美味しい。苦いもの平気ならピーマンもええな。タマネギもいけるで」
「商品ほぼ全部じゃねぇか」
「どれも美味いっちゅうことで」
「はぁ〜、仕方ない。全部だ。肉は3つずつで」
「まいど!ウサカツとイノカツ3つずつで、野菜とキノコは1つずつ。後は揚げ芋盛りやな」
残りの3人も野菜の増減はあれど注文を済ませて列を離れた。
その間に列で注文を聞いた人へと揚げ物を提供し、少ししたら4人の分が揚がった。
それをお盆に載せた皿に盛り付け、ソースの説明をしつつ渡した。
待っている間にスープにパン、お酒を購入していた4人は、お盆を受け取るとそそくさとテーブルに付いた。
1人はにこにこと、3人は少し俯きながら席について食べ始める。
周りの人たちがしっかり見てくれているから、ウチは屋台に集中してソースを小皿に盛り付ける作業に戻った。
「おい!めちゃくちゃ美味ぇじゃねぇかこれ!」
「ん?もう食べ終わったんか。おおきに。食器の返却は横の箱に入れてな」
「おぉ!ここだな!んで、なんだこの料理!俺たちが依頼で街を離れている間にデカいカニの料理も出てるしよ!」
「あー、沼地ガニな。アレも美味いな。沼地エビも美味いし、泥抜きした沼地貝も美味かったで」
「そんなことになってるのかよー。俺も依頼じゃなくて迷宮が良かったなー。沼地エリアができて戦いにくいことがわかった頃に依頼で外に出てさー。帰ってきたのはつい最近だしよー。その間に迷宮で新しい素材出てるじゃん。稼ぎどき逃したー」
若干項垂れながらぶつぶつと話してくる青年。
揚げ物を提供しながら相槌を打っているけれど、ウチに話しかけていいのだろうか。
残された3人は微妙そうな顔をして、少し離れたところで様子を伺ってくる。
いちゃもんをつけようとした側からすると困ったことになっているだろう。
わざわざ話しをつけて連れてきた人が、文句を言う相手の料理を食べた上に絶賛しているから。
しかもそのまま和気藹々と話し始める始末。
ウチが連れてきた側なら頭を抱えそうだ。
「何の依頼受けたん?」
「貴族同士の小競り合いだなー。水源の権利がどちらにあるか定期的に争ってんの。下流の村からすると納税先が変わるから問題だけど、結局お貴族様に振り回されているだけっていうね。馬鹿みたいにな話さ」
「うわー……面倒そう」
「面倒だよー。お互いに雇った傭兵をぶつけ合うだけで自分とこの戦力は出さないからね。そのせいもあって戦う側の俺たちは極力死者を出さないようになってるけど。まぁ、それでも怪我はするし、今回腕を切り落とされた団員もいるなぁ」
「うわっこっわ」
「だろー。魔物相手に怪我をすることもあるけどさー。請負人同士でやり合った結果ってのがやるせないわー。しかも理由が貴族の馬鹿な利権が原因だろ」
大きなため息を吐く青年。
利権についてはよくわからないけれど、税が自分のところに入ってくるようにする以外にもあるのだろうか。
水は大事だからウチが考えつかないようなこともあるかもしれない。
それにしても、そんな依頼に付き合うのは嫌だし、それで腕を失うなんて馬鹿げていると思う。
「しかも、この争いが茶番だって噂もあるからなー」
「茶番?」
「そうそう。あくまで噂だぞ?水源の権利を賭けてそれぞれが雇った傭兵を戦わせて決めてるってな。貴族的には金をばら撒きつつ戦いを観て楽しんでるって話だ」
「うーん……なんか無駄やない?お金使うだけなら祭りとか道の整備とか色々あるやん。ただ単に仲悪いだけなんやできっと」
「まぁ、そうだろうな。実際隣合っていて仲悪いし、争う理由も水源から流れる川を領地の境にしてるかららしいし」
「へー。まぁ、噂は噂っちゅうことやな」
「だな」
仲が悪いのか、あるいは実は噂通りなのかもしれないけれど、ウチには関係ない。
巻き込まれないように話半分で聞いておいた。
「ほんで、屋台はどうするん?」
「どうって?」
「なんでここ来たんか忘れたん?」
「ん?あ!あー!そういうことね!最初のあの話のことな!」
食事に夢中で忘れていたようだ。
話題が大元に戻ったから後ろの3人にも元気が戻るかと思ったけれど、相変わらずしょんぼりしたままで、恨めしそうにこちらを見ている。
いや、あれはこの後怒られるかもしれないことを察して気落ちしている顔かもしれない。
「まぁ、なんだ、あれだよあれ」
「どれやねん」
「勢いっつーか、のせられてテンション上がったっつーか、まぁ、美味かったし……なかったことにしてくれ!」
バッと頭を下げる青年。
謝っているにしては言葉が足りない。
「頭下げるんはええけど、迷惑かけたならちゃんと謝らなあかんのちゃう?」
「そうだな。すまなかった」
もう一度頭を下げる青年。
後ろの3人も気まずかったからか、同じように頭を下げた。
3人に関しては言葉はなかったけれど、ひとまず代表して謝ってくれたから良しとしよう。
周囲の人たちもこれで揉め事は起きないだろうと安心した顔をしているので、これ以上引っ張るとややこしくなりそうだ。
「よし!許した!これでこの話はおしまいや!で、なんでこんなことになったん?」
「あー、まぁ、なんつうか、俺たちが大迷宮に潜ってた時に半獣と色々合ったんだよ。しかも、最前線を行く俺よりも、中盤で足場を固めていたこいつらの方でな。だから半獣に対して溜まってるものがあったんだろうな」
「ほーん。何があったか聞いてもええん?」
「いいぞ。つってもそんな複雑なことじゃないけどな。大迷宮のある都市はめちゃくちゃデカいんだけど、その分荒れた場所もあってな。そこの一部で半獣が集まって生活してるんだ。半獣だからと定職に就けなかった奴らの集まりだな。そんで、そういう奴らは請負人になって迷宮で稼ぐのが大半になるんだが、まぁ、なんだ……。弾かれた側からすると弾いた側は敵に見えるよな。だから衝突が多くてな。さすがに殺し合いまではいかなかったけど、殴り合いや獲物の奪い合いなんかで揉め事があったんだよ」
「はー。でも、自業自得みたいなもんやろ?半獣やからって差別したんやから、やり返されただけやん」
ミミを雇っているウチとしては、半獣側を庇いたくなった。
雑に扱ってきた相手に優しくする必要はない。
とはいっても殴り合ったり獲物を取り合うのは褒められたことじゃないけれど、ウチとそこの3人は人族なのに考え方の違いで軽く戦ったぐらいだ。
簡単には片付きそうにない。
「向こうからすると人族ってだけで何かされるかもって思ってるからな。先制することは敷かないかもしれないが、やられたこっちは収まりがな。そこからは互いにやってやり返してが繰り返されてって感じだ」
「ふーん。なんか面倒そうな場所やな。ウチは今のところ行く予定もないし、気にせんとくわ」
「いやいや、頭の片隅には置いといてくれ」
「えー、しゃーなしやで」
あまり関係ないとは思うけど、いつか行った時のために覚えておければいい。
今のところ中迷宮を楽しんでいる途中だから、行く予定はないけれど。
組合長のセイルから宝箱探しの依頼も受けているし。
「ほんと迷惑かけて悪かったな。今更だが、俺はチャッキー。草原の狼団で斥候をしている。人呼んでお調子者のチャッキーだ!」
「ウチはエル。こっちは半獣のミミ。で、お調子者って褒め言葉なん?」
「おう。よろしく。んで、お調子者は普通は弄られ役の二つ名だが、俺は違う。俺の調子は依頼や偵察先の状況で上下するんだ」
「んー?難しい依頼やったらお腹痛なるってこと?」
「そういうのもあるな」
「あるんや。ただ繊細なだけちゃうん?」
「繊細……なんかしっくりこないな。こう魔物の集団を見つけて、左から近づこうとしたらテンション下がって、右から近づこうとしたらテンション上がるんだ。んで、右から近づいたら上手く不意打ちできるのに、左から近づいたら途中でバレて攻められることになる。こんな感じなんだがわかるか?」
「んー。雰囲気を察して勝手に気分が変わるってこと?」
「あー、多分そんな感じだ。面白いことに1枚の依頼書を目の前にしたとするだろ。連れて行く人員によって依頼書を目の前にした時の気分が変わるんだよ。上がれば依頼はこなせる。下がれば苦戦する。体調に出たら失敗するってな具合だ」
「それは便利やな」
体調が悪くなるならそもそも依頼には出ないだろう。
そんなツッコミが口から出そうになったけれど、気合いで止めた。
ウチの固有魔法が側から見たら便利に見えるように、チャッキーの直感のような感覚のようなよくわからないものも便利に見える。
まさに斥候向きの能力だろう。
詳しく聞いても固有魔法のように魔力でどうこうするものではないらしいけれど。
「そんじゃあまぁ、なんだ。迷惑かけたな」
「それはもうええって」
「おう。じゃあ、何かあったら力になるから言ってくれよな」
「何かあったらな」
「おう。よし!帰るぞ!」
チャッキーは3人を連れて帰っていった。
それを見た組合職員も組合に戻り、ここからは周囲の請負人や屋台の人たちの話を聞く時間だ。
何か起きるかもとワクワクしていた人たちは良かったなと一言だけで離れていくけど、心配してくれていた人たちは口々に見たことを確かめるように話し始める。
その中で気になったのはチャッキーが結構な実力者だということで、草原の狼団の中で2番目に実力のあるパーティで活動しているらしい。
だからおじさんたちは実力で劣るから、チャッキーに従っていたということだ。
請負人の集まりだから実力主義になりやすいらしい。
今の時点で沼地エリアを活動場所にしているウチも、いつかは団に入るだろうから気をつけろと口々に言われた。
・・・ウチより強い人なんていっぱいおるけど、固有魔法のおかげで変なことになりそうやな。いっそのことウチが団作るのもありやろうけど……運営面倒すぎるやろうからパスやな。代わりに考えたりお金の調整してくれる人がおったらその時にでもや。




