壊れた魔力路
サージェの肉体状態を観測する魔法は、ウチの周囲を暖かい何かが包み込み、ゆったりと漂うような感覚になった。
この何かが魔力だということはわかる。
これを弾かないということは害がないことも。
「ふむ。外傷はなく、健康だ。ただし、筋肉量が少ないので運動は苦手。請負人見習いなら体力測定や基礎訓練があるのである程度は改善されるだろう。ただし、長時間歩く訓練や荷運びなどの体の使い方が重要なことに関しては、自分でも練習をした方がいい。体のどこに負担がかかって、どうすれば改善するのかを考えながら実践するんだ。経験が物を言うこともある。あと、体が柔らかい」
「体が柔らかい」
・・・最後の一言に全てを持っていかれたわ。何で体が柔らかいことに注目してんねん!そりゃキュークスと一緒に柔軟してるし、それをする前から足を広げて体をぺたんと床につけられたけども!
「何を不満そうな顔をしている。体が柔らかいのは重要だぞ。衝撃を逃しやすくなるので怪我をしづらくなるし、無理な体勢になっても体を痛めない。請負人の引退理由の一部が体を壊すことだと言われるぐらいだからな」
「そりゃ硬いより柔らかい方が良いんやろうけど、最後に取ってつけたように言うから……」
「観測結果を伝えただけだ。それよりも運動をした方がいいことは認識しておきなさい」
「はぁい」
・・・ウチは花を摘んだり、日向ぼっこして過ごしていた。あと、よく寝ていた気がする。母上のお手伝いで服を畳んだり、掃除の手伝いはしていたような気もうっすらと思い出せる。せやけど、一緒に遊ぶ子もおらんかったし、駆け回ったりはしてない。その結果が運動不足……まぁ、子供やし!今から駆けまわればええんや!
ウチが一人納得して奮起していると、サージェが次の準備を始める。
先程使った魔石を収納して、別の魔石を取り出した。
その魔石にウチは見覚えがあった。
「その魔石……」
「む?これは昨日請負人組合に納品された高品質の無属性魔石だが?」
「ウチが取ったスライムの魔石やと思う。4つあった?」
「確かに4つあったが……。これがスライムの魔石?攻撃と同時に体内の魔力を増加させるため一気に半分のサイズになるはずだが……」
サージェが魔石を4つ取り出した。
やはりウチが納品したスライムの魔石だった。
魔石は大きさと属性で管理されているので、どの魔物から取れたかは気にされない。
組合から高品質の魔石が納品されたと連絡を受けたので、できれば同じサイズの魔石をもっと仕入れて欲しいとお願いして買い占めたそうだ。
「その子の固有魔法よ。傷付かないの。スライムにとっては攻撃というより捕食しようとしていきなり魔石がなくなる感じね」
「固有魔法の内容は文官経由で聞いていたが、そんな使い方があるとはな」
キュークスの説明にサージェが目を見開いて驚いていた。
ガドルフも慌てて止めようとし、キュークス達にも怒られたやり方なので、普通じゃないのはわかっている。
でも、ウチにとっては大丈夫だという確信があってのことだけど、それを説明することができない。
「では、スライムを見つけたらでいいので、また取ってくれると嬉しい。このレベルの品質はなかなか手に入らないのでな」
「見かけたら取っとくわ。あんまり道に出てけぇへんから、4つしか取れんかったんや」
「スライムを探すなら森の中だ。他の生物の死骸や、魔力のこもった草やキノコを食べているからな」
「うん。見習いとして森に入った時に探してみるわ」
移動中はウチが森の中に入ることはなかった。
魔物に襲われる危険性よりも、迷子になる可能性が止められた原因だった。
魔物が出る森の中を歩いたこともなければ、道を示すために木に傷をつけることもできない。
ガドルフ達が護衛すれば入れるけれど、彼らの護衛対象は商隊なので離れるわけにはいかなかったからだ。
なので、請負人見習いとして森へ入った時にスライムを探すことにしている。
「よろしく頼む。それでは魔力の流れを見ていく。わたしの魔力を流し込むので、少し違和感があるだろうが、害があるわけではないので我慢してくれ」
「わかった」
サージェが魔石を握った手でウチの手を握る。
サージェの手、魔石、ウチの手の順になっているので、サージェの魔力を魔石で強化してウチに流し込むようだ。
・・・魔力を放出できるとしたら、魔石で増幅されてサージェに流れることになるねんけど大丈夫なん?そもそも、ウチは固有魔法で放出されてるは気がするねんけど。ウチの周囲を包むように弾くし。
「うわぁ〜。なんかゾクゾクする。くすぐったいわ〜」
「静かに……ん?いや、まさか……どういうことだ?……少し強く流す」
「うわっ!ビリビリする!」
握られた手から緩やかに流れていた暖かい魔力が、勢いを増して蠢いているように感じる。
くすぐったくも気持ちいい流れだったのに、急に勢いのある流れに変わったせいで、大丈夫なのか不安になった。
それにより固有魔法が発動した。
「うぉ?!弾かれた……これが固有魔法か……」
「えぇ?!診断に失敗したのにめっちゃ冷静やん!試したん?」
「そうではない。今から説明する」
なぜかサージェは息を切らしていて、額に汗が浮かんでいる。
どうやら相当集中していたようで、目をぎゅっと瞑った後、苦い顔で話し出した。
「簡潔に言おう。魔力が流れる道を魔力路と呼ぶのだが、君の魔力路は壊れている」
「壊れとる?でも、固有魔法は発動してるんやろ?」
「そうだ。魔力路は背中側に穴が空くように壊れていて、放出された魔力のほとんどが君を覆う事で固有魔法に使われている」
「ん?じゃあウチは魔力を放出できてるってこと?」
「いや、漏れ出していると考えてほしい。その結果、君の体内には余剰魔力がない。これによる弊害はわかるか?」
「体内に魔力が余ってないってことやろ?んー……あ!もしかして魔道具使えないんちゃうん!」
魔力を強制的に吸い出して決められた魔法を発動する魔道具。
体内に魔力がほとんど余ってないということは、吸い出す魔力もないということで使えなくなり。
「魔道具に関しては生活道具ぐらいなら使えるはずだ。あれに使うのは起動の魔力だけだからな。それよりも一番の問題は身体強化が使えないということだ」
体内に残ったわずかな魔力でも、火をつけたり水を出したりはできるようだ。
生活に困ることはなさそうで、その部分については安心できる。
でも、身体強化問題になるところにはピンとこない。
「身体強化は攻撃に威力を出したり、素早く動くためのやつやな」
「それに加えて荷運び、長距離移動時の疲労緩和、部分強化による偵察など使用方法は多岐にわたる。要は請負人として活動する上で使用する基本がほとんどできないということだ」
他の見習いが持てる荷物でも、ウチには持てない。
全員で移動するために走っても一番遅く、体力もすぐに切れる。
目だけを強化して遠くを見ることもできないので、パーティを組んでいたとしても、一人だけ確認できない。
ウチがリーダーであれば、このダメな部分を覆す何かがなければ仲間にはできない。
固有魔法が覆せるものになれば安心できるが、移動に関してウチに合わせてもらうことになるデメリットは覆せないと思う。
移動にかかる日数が増えると、それだけ準備や消耗も激しくなるからだ。
「大変やん!!」
「そうだ。大変なんだ。固有魔法がその大変さをカバーしてくれるものだと良かったのだが、魔力が生まれてすぐ漏れ出しているためコントロールできない自動発動となっている」
「おぉ…………。でも、どうにもできないならしゃーないな!身体強化は諦めて自分のできることをしっかりやろう!」
酷く苦い顔をしたサージェに大変だと言い切られた。
固有魔法のコントロールができないのであれば、考えるだけ無駄になる。
ないものねだりよりも、あるものを生かさなければ楽しく生きることはできない。
「わかっていないようだな。基本ができないと足並みを揃えて活動ができなくなる。つまり、パーティが組めなくなるということだ」
「せやな。でも、どうにもできへんのやろ?だったら、できないことに嘆くよりも、できることを伸ばしていかんと。悩んで解決するなら悩むけど、無理なんやったら無駄やもん」
「それはそうだが……本当に6歳か?なぜそこまで達観しているんだ」
「何でって言われても、そういうもんやとしか。他人を羨んでも仕方ないやろ?ウチはウチにできること精一杯頑張るねん!」
どれだけ期待していても失敗すれば全てを失うこともあるし、平穏は急に壊れることもある。
それを知ってるからだと思う。
「そうか。わかった。もしかしたらだが、成長することで使用できる魔力が増えるので、その時は固有魔法がコントロールできるようになったり、身体強化ができるようになるかもしれない」
「魔力路が直ることは?」
「壊れている者に出会ったのが初めてなので何も言えない。だが、恐らく直らないだろう。今までの経験からそのまま成長するだけだ」
「そっか」
「では、診断内容を書くのでしばらく待ってくれ」
子供の診断を行い、その子が成長後に再度診断した結果、魔力路が大きくなることはあれど形は変わっていなかったそうだ。
体内にある見えないものだから、体に合わせて大きくなるだけというのはわかる気がする。
あとは成長した時にどうなるか期待するしかない。
・・・せめて固有魔法をコントロールできたらなぁ。弱めて余った魔力で身体強化できるかもしれんのに。穴はよくわからんから期待もできへんわ。
「書いたぞ。同じような症例がないかは確認しておこう。何かあれば直接来るか呼び出す」
「わかった!よろしく!」
「口調の矯正はおいおいだな」
フッと笑うサージェ。
なんだかんだで穴の空いた魔力路を初めて見たためか、思ったより楽しめたみたいだ。
今も色々と仮説を立てているようで、ウチの診断結果を書いた羊皮紙とは別の物に書き溜めている。
「何か聞きたいことはあるか?」
「全然違うことやねんけどいい?」
「答えられるかはわからんが、いいだろう」
「数年前に子供を連れた魔法使いを見かけたりしてへん?」
母上の情報について聞いた。
もしも母上が魔導国から北の山を越えてなければ、この辺りの街に立ち寄っている可能性がある。
何かから逃げていたら大きな街は避けるかもしれないけど。
「子連れの魔法使い?いや、見たことも聞いたこともないな。それが母親だったりするのか?」
「うん。父上と母上とウチで開拓村へ行ってるみたいやねん。ほんで、母上は魔法使いやったはずやねん。どこから来たのか知りたいねんけど……」
「そうか……。やはり、わたしの記憶にはないな。母親の名前は?」
「そこは思い出されへん……」
「すまない」
「サージェさんが謝る必要無いで」
・・・思い出せないウチが悪いんや。父上が母上のことをどう呼んでいたか。逆もまたわからんし。
「そうか。まぁ、それでもだ。では、失礼する。何かあれば力になろう。その代わり、スライムの魔石を取ってくれ」
「森へ行けたらな!」
「それでいい」
サージェが部屋から出て行った。
母上達の情報はなく、普通の請負人として活動するには大きなハンデがあることもわかった。
でも、ウチには固有魔法があるから、これを活かせるように努力しよう。
・・・具体的には全然思いついてないけど!とりあえず運動しよ。




