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迷宮王国のツッコミ娘  作者: 星砂糖
ウルダー中迷宮

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227/305

討伐記念祭

 

 推定固有魔法の影響で寒くなる現象は3日続いた。

 その間に水位も下がり、3日目には草原含めてしゃりしゃりの沼地になった。

 魔物の動きが鈍いことで、ビッグ沼地ガニを引っ張ってくるのは他の請負人に任せて、しゃりしゃりの草原を歩いて音を楽しんだり、丘エリアの洞窟に入って素材採取をしていた。


「おや?エル、こんなところで何を……本当に何をしているのですか?」

「ん?おぉ!組合長やん!なんで迷宮に?」

「視察ですが……。それは何ですか?」

「これ?泥団子やで!」

「それは見てわかります。投げるつもりですか?魔物には効かないはずですよ?」

「え?作って楽しんでるだけやけど……。この後砂かけてサラサラにすんねん!」

「そ、そうですか。では、頑張ってください」

「おおきに!」


 沼地ギリギリでシルヴィアと一緒に泥団子を捏ねていると、組合長のセイルがやってきた。

 他にも何人も請負人と組合職員も連れていて、何を視察するのかわからないが、組合の運営は大丈夫なのか気になった。


 ・・・全員武装しとるし、魔物は問題ないんやろうな。書類仕事溜まりそうやけど、他の人がやるんかな?ベルデローナさんも書類が面倒だとボヤいていたんやけど……。


 セイルは細身体に似合わずギリギリ片手で持てそうな柄の短い両刃の斧を、後腰に2本下げている。

 鎧も金属製で、小手や足具もしっかりつけている前衛タイプだった。

 脱いだらムキムキなんだろうか。


「できてきたっすね。後は丘エリアで取ってきた砂で整えて、使い古した布で磨けばツルツルになるっすよ」

「ほーい。シルヴィアさんは組合長の視察気にならんの?」

「組合職員の視察はたまにやってるらしいっす。普段人が行かないところとかを重点的に行って、魔物の生息具合とか調べるらしいっすよ。忙しかったら依頼で請負人を派遣することもあるらしいっす」

「ほーん。書類仕事だけやないんやなー」

「書類専門の職員も半分ぐらいいるんじゃないっすかねー。流石に全員戦えるわけじゃないはずっす」

「そうなんかー」

「あ、砂多すぎっす。もっと手に乗せるぐらいから始めるっす」

「わっさーってやったらあかんのかー」


 泥団子に砂をまぶしながら会話するウチの手には、しっかりと泥と砂が付いている。

 この泥団子作りは、何もただ遊んでいるわけではなく、固有魔法のオンオフをウチの意思で切り替えられるように訓練するために行なっている。

 意識しなければ泥は手に付かず流れてしまう。

 最初は泥を持ちたいと思うところから始まり、1日かけてようやく泥団子を作れるようになった。

 それでも食事のことを考えたり、魔物が遠くに見えたりして動揺すると泥を弾き、最初からやり直しになる。

 今の泥団子も5代目で、先代たちは弾かれた勢いで破裂して、周囲に泥をぶち撒けたこともある。

 慎重に砂を掴んで泥団子に塗り込み、それを何度も繰り返す。

 疲れてきたら泥団子を木の板に置いて、固有魔法を意識する。

 すると手についた泥や砂がパッと弾かれて地面に落ちる。

 残ったのは綺麗になった手だけだ。


「シルヴィアさん慣れてるな」

「そりゃ子供の頃、エルぐらい小さい時に何度も作ったっす。流石に迷宮の中で作ることになるとは思ってなかったっすけど」

「そりゃそうやな。魔物がおる場所でのんきに泥団子作りなんて普通せえへんわ」

「普通じゃない自覚はあるんすね」

「そりゃこんなことしてたらな。めっちゃ見られるし、人によっては泥団子爆破の被害にも合ったしな」

「あれは笑ったっす」


 思い出したシルヴィアがくすくすと笑う。

 話しに上がったのはウチが必死に泥団子を捏ねていた2代目のことだ。

 なんとか手の上で丸まり始めた泥を睨みつけながら必死に捏ねていると、いつの間にか近づいてきていた請負人に横から声をかけられた。

 いきなりの事に驚いたウチはうわっと声を上げ、同時に意識しなくなった事で泥を排除しようと固有魔法が発動した。

 どういう魔力の動きがあったのかはアンリでなければわからないけど、手の上の泥団子が爆発したのは確かだ。

 ウチにかかる泥は弾かれて地面に落ちたけれど、真横にいた請負人は泥を浴びた。

 逆隣で泥を丸めていたシルヴィアも同じく。

 2人とも小さく悲鳴をあげて、一時的に阿鼻叫喚と化した現場を、他の請負人が腹を抱えて笑っていた。

 泥を被った請負人は、しょんぼりしていたけれど、聞きたかったビッグ沼地ガニのおおよその生息域はしっかりと聞いて行った。


「ん?なんか騒がしいな」

「そうっすね。何か起きたにしては喜んでいる人が多いっす」


 泥団子がひと段落してツルツルピカピカになった頃、拠点で大きな声が上がったかと思ったら、それは歓声に変わった。

 それぞれ自分の武具を頭上に掲げて声を上げる請負人もいれば、まだ昼過ぎなのに酒の入った壺を持ち出して注ぎ始める請負人もいる。

 食堂からは料理がどんどん持ち出されて、なぜか始まる野外パーティのようになっている。

 何事かと泥団子をウチらの拠点に対比させてから、パーティ会場となっている広場に向かう。


「なんかあったん?」

「おぉ嬢ちゃん。泥団子はできたのか?」

「できたで!」

「そいつは良かった!んで、ここ騒ぎについてだったな。聞いて驚け!ついに!ついにだぞ!沼地エリアのエリア主が倒されたんだ!」

「おぉ!ホンマに?!ずっと逃げられてたエリア主を倒したんか!」

「そうだ!まぁ、たまたま逃げた先に組合長たちの視察班がいて、そこで足止めしているところに請負人が追いついてトドメを刺したらしいんだがな」

「それありなん?組合長の功績うんぬんで揉めそうやない?」


 必死に戦って追い詰めたと思ったら、たまたま遭遇した請負人に取られるということは無いわけではない。

 迷宮内の魔物のほとんどがすごく好戦的で、死ぬまで追いかけてくるのがほとんどだ。

 しかし、今回のエリア主のように不利になったり、一定量傷付いたら逃げる魔物もいる。

 逃げた先で別の請負人に遭遇して倒された場合、素材の取り分などは話し合いで決めることになる。

 逃した側としては勿体無い話だけど、襲われた側としては手負いで凶暴になっている魔物の相手をすることになるから、ある程度の報酬は欲しいところだ。

 お互いに落とし所が見つからない場合、組合が間に入ることもあるけれど、今回は一方が組合だから面倒そうだ。


「そこはほら、元請負人の組合長だから上手くやるだろ。こう、素材の一部を融通するとか、出てきた初回討伐報酬の宝箱の中身を優先的に購入する権利とか色々……」

「まぁ、わたしたちには関係ないっすし、討伐記念で盛り上がればいいっすよ」

「そうだな!嬢ちゃん食え食え!」

「おー!じゃあ食べてくるわ!」


 今回盛り上がったままなし崩し的に始まったのは、エリア主を討伐した記念で開かれる飲み会で、費用は商会持ち。

 本来であれば討伐したエリア主の一部を展示して、街ぐるみで盛り上がるそうだ。

 ウチらは依頼の都合で街に戻れないため、ここで盛り上がってもらうという気遣いでもある。


「あれ?ウチがライテでジャイアントスライム倒した時、こんな盛り上がりなかったで?」

「それは色々巡り合わせの問題だ」

「おぉ。ガドルフも珍しく飲むんやな」

「こういう時はな。で、ライテの時の話だな。まだ階層の攻略法もできてないところを、固有魔法で突破しただけだから、盛り上がる準備もできてなかったんだ」

「盛り上がる準備?お酒や食べ物の備蓄がなかったってこと?」

「いや、気持ちの方らしい」

「気持ち?う〜ん、ようわからんわ」

「わかりやすく言えば、どれだけ苦戦したかだな。攻略にかかった期間、払った犠牲、それによって得られる物。こては素材や宝だ。そういったものが重なって盛り上がるんだ」

「あー、ウチらの時は階層できてすぐやったし、ウチの固有魔法でぱぱーっといけたから、街ぐるみでは盛り上がられへんかったってこと?」

「言い方が少し悪いがそんな感じだな。犠牲が少なくて良いことなんだが、迷宮を用する街としては肩すかしを食らったようなものだ」

「なんとなくはわかるけど……」


 ウチからするとライテの依頼を受けてから結構頑張ったけれど、請負人たちからすると攻略にかかった期間や犠牲は極端に低く、溶解液吸い取るくんが登場したことで攻略も容易になった。

 むしろ攻略方法ができてからの方が盛り上がったといえるだろう。

 スライムクッションという新たな街の産業ができ、ウチほど簡単にではないけれど、他の請負人がジャイアントスライムを倒すこともできた。


「それに、討伐者が子供だと酒を持って盛り上がれないだろう。固有魔法についても広まっていなかったのもあって、組合で告知された程度だったはずだ」

「あー、確かに討伐したのがウチやとわかっても、あんま盛り上がられへんな」


 街で行う討伐記念祭は、討伐したパーティを讃える祭りでもある。

 商会は組合にある素材を買い取り、付き合いのある料理人に料理させ、それを振る舞う。

 酒の提供などは領主貴族が行ったりと、街を上げての1夜限りの祭りだ。

 そこにウチみたいな子どもが討伐者として出てきたら、何の冗談だとしらける人もいるだろう。

 ウチなら絶対に「何で?無理やろ」と言うはずだ。

 実際、ウチも組合で何人かにどうやって倒したのか聞かれた。

 全部固有魔法で返したけど。


「シルヴィアさんも飲むん?」

「そうっす。こういう時は飲むもんすよ」

「そういうもんか」

「そういうもんっす」


 周りが飲んでいるから自分も飲むというようなものだろう。

 さすがに迷宮に中なので、お酒を飲むのも警戒するのも持ち回りになっている。

 キュークスとベアロは昼食後にすぐお酒を飲みたくなかったようで、今は警戒組に混じって時間を潰していた。

 そして夕方までの1次会でお腹いっぱいになったウチは、早めにお風呂に入って拠点に引っ込んだ。

 有料のお風呂は今日も盛況で、女性の請負人たちがエリア主の討伐話で盛り上がっているのが、遠くでも聞こえていた。


「エリア主倒したことでこんなに盛り上がるんやなー」

「結構な被害も出てるんで仕方ないっすねー。できれば最初は固有魔法持ちをぶつけずに倒したいはずっすよ」

「なんで?早く倒せるに越したことないやろ?」

「その考えもありなんすけど、固有魔法で倒す方法だと他の請負人が倒せないっす。そうしたら固有魔法持ちを占有することになるっす。さらに他の請負人が倒せないと儲けも1人に集中して妬まれるっす」

「なんか、色々考えなあかんねんな……。倒せる人が倒せばええやん」

「その倒せる人が複数いた方がいいって話っすよ」

「ふ〜ん」


 なんとなくで理解しておいた。

 ウチは難しく考えず、必要とされたところに向かっていくだけだ。

 あまりにもやりすぎたら周りが止めてくれることを信じて。

 そうしてウチは眠りにつき、夜遅くに訪れた組合長たち視察班と、エリア主を倒した氷の固有魔法持ちとは遭遇しなかった。

 朝起きてそのことを聞いたけれど、一目見たかったとしょんぼりする寝起きとなった。

 ちなみに宝箱からは、魔力を流すと刀身を伸ばせる剣が出たらしく、分割できないため組合の取り分はエリア主の素材となったそうだ。


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