宝箱の中には
「んぁ?……あー、寝てたんか」
ごろごろと気がむくままに床を転がっている間に寝てしまったようだ。
普通床で寝たら体が痛くなるらしいが、ウチの固有魔法はそういうところにも影響しているようで、どこも痛くない。
寝違えることもなければ寝癖も付かず、普段生活している間にいつの間にか恩恵に預かっていることが多い。
おそらく知らないうちに何か色々起きているのだろう。
「お。エル起きたっすね」
「おはようさん」
「顔洗ってきたら確認するっす」
「確認?なんの?またなんかあったん?」
「あの後は数体流れてきただけで問題は起きてないっすよ。確認は今日持って帰ってきた宝箱っすよ」
「あぁ!そういや流れてきたの拾ったな!」
寝起きですっかり忘れていた。
そしてウチらの会話が聞こえたガドルフたちも近づいてくる。
「エル、宝箱を見つけたのか?」
「すごいじゃない!沼地エリアでは宝箱見つかってないのよ!」
「宝箱持って帰ってきたのか!また宝箱増やすんだな!そのうちエルの部屋が宝物庫になりそうだ!」
がははとベアロが笑って言う。
宝箱を見つけたのは2回目だが、どちらも持ち帰っているのだから、この先見つけても持ち帰ると思われても仕方がない。
気持ちの上では部屋に宝箱があると気分が上がるから、基本的には持ち帰ろうと思っている。
荷物が多くて入らないとかであれば、中身だけでもいいけれど。
「なんで開けてないんだ?」
「水中やってん。開けるだけなら手を付いてるからいいねんけど、物が箱から離れた瞬間水の中に流れていくかもしれんかったから、箱ごと回収してん」
「はぁー。便利な固有魔法だが、色々制限というか、使い方を考えなきゃダメなんだな〜」
「ベアロみたいに全力で叩きつけるだけやったらウチも楽やねんけどな」
「おいおい。俺だって攻撃する場所や相手の動きを見て考えてるぞ。見ただけじゃわからんかもしれんが」
「それはすまんな。じゃあ開けるで」
ベアロの戦闘能力は疑っていない。
けれど、ただ単にウチから見れば全力で攻撃しているだけにしか見えないのだ。
そんなことはベアロもわかっているから、いつか鍛えてやるからなと頭を撫でられて、注意を宝箱に移す。
固有魔法が反応しないから罠はないはずだけど、念のため開けるのはウチで、みんなには少し離れてもらう。
毒や矢などが撒き散らされた時に被らないようにするためだ。
「よっこいしょ!」
「もう少し丁寧に開けられないの?」
「箱がでかいからしゃーないやん!」
「エル小さいものね」
全力で蓋を押し上げて、向こう側へと押し出す。
反動でガタリと揺れたけれど、何かが飛び出てくることはなかった。
中には見覚えのある形のものが5つ、見覚えのない形のものが5つ入っていた。
見覚えがあるのは沼地の底から出てきた、壊れた魔法剣の魔道具と一緒で、もう一方は料理が載って出てきそうなお皿を逆さまにした物だった。
「これ、あの魔道具っすね」
「あー、アンリが弄り回していたやつか?」
「そうそう。魔法剣の魔道具っす。ガドルフも見たんすね」
「あぁ。実に楽しそうだった。もう一方の皿を逆さまにしたようなやつは?」
「それは知らないっす。料理が美味しくなる魔道具の皿とかだったらエルが手放さないっすね」
「違いない」
くっくと喉を鳴らすガドルフ。
そんな魔道具があれば手放さないどころか買い占めると思う。
逆さまになった皿を手に取り、表面をじっと見てみる。
何かが書かれていることなく、ツルツルとした触り心地のいい材質だ。
裏面に何かないかとひっくり返すと、金属の取っ手がついていて、皮巻きつけて持ち手を作っている。
裏面にはたくさんの線が書かれていて、一部が凹んでいる。
その凹みを指で押すと、取っ手を中心にして反対側の一部がぽろっと外れた。
どうやらここに魔石を入れるようだ。
「魔石入れれるから魔道具確定やな。でも、なんの魔道具やろか?」
「取っ手を持てば湾曲した面が外側に向くから盾じゃないか?」
「魔法の剣と盾のセットが5つ。状態にもよるけど相当な値が付くわね」
「俺たちには合わないな!ガドルフが使えるかもしれんが」
「重さのない剣なんて使えない。盾もいつ魔力が切れるかわからないからな。使うにしても慣れるのに時間がかかるだろう」
「そういうもんなん?」
「そういうもんだ。重さのバランスなどが手に合った武具、使い慣れた形状、日々の手入れ、そういったことを踏まえてこそ信頼できる武器となる」
「へぇ〜」
ナイフとボーラ以外は持っていないウチにはわからないことだけど、要は使い慣れた武具が1番ということだろう。
そして、この魔道具たちは使い慣れた形状とは違う。
魔力を流すと一定の形になる剣とはいえ、今使っている剣と刃渡りや厚さが異なり、何よりも魔力でできた剣には重さがない。
土や水を使えば少しは重くなるけれど、火や雷では威力はあれど使い方に慣れるのに時間がかかるはず。
そこをガドルフは嫌ったようだ。
「壊れてるかもしれんし、とりあえず使ってみよか。無属性の魔石で」
「そうっすね。属性はその後っす」
剣の魔道具に無属性の魔石を入れ、魔力を流す。
以前と同じように魔力で剣が作られたけれど、透けることなく切ることもできた。
宝箱から壊れた物が出ないのかはわからないけれど、少なくとも今回手に入れた物は使える状態だった。
水で作ってもしっかりと刃が形成され、試しに木片に突き立てたらしっかりと刺さり、端を切ればスパッと切れる。
どうやら水流を利用しているようで、鉄を切るには威力不足だけれど、木や皮ぐらいならなんとかできる。
土はそのまま叩きつけ、風は複数風の刃で切り刻むように、火と雷は焼き切るように木片を切った。
「普通に使えるやんこれ」
「だが、消耗が激しいな。この木片は迷宮内で採取した物だから魔力があるし、魔物を相手にするとさらに強い魔力を宿している。魔力同士をぶつけている都合、消費が激しくなるのはわかるが……」
ガドルフの言う通り問題は魔石の消耗具合だ。
建築のために採取された木には迷宮の魔力が籠っている。
そこに攻撃を加えるためには、ある程度こちらも魔力を込める必要がある。
剣の魔道具ではそれが剣自体となり、攻撃に使えば当然減る。
相手が強大であればあるほど消費する魔力は増えるというわけだ。
魔道具に流す魔力を増やして剣の強さを上げることはできても、その分間石が消耗する。
魔石なしで魔力を流して自前の剣を作り出すこともできたけれど、これは魔力消費が魔石ありよりも当然激しくなり、激しい戦闘には使えないと評された。
魔石なく使うのは魔道具といえるのかと思ったけれど、魔力を流して魔物素材の特性を使うという面では魔道具だろうと納得した。
「ほんじゃ次はこっちやな。推定盾の魔道具」
「握って魔力を流すだけっすね。わたしがやるっす」
剣の魔道具は、実演も兼ねてガドルフに使ってもらった。
盾の魔道具なら誰が使っても危険はない。
打ち込みするならこれまたガドルフになるけれど。
剣と盾を持って堅実に戦うのはガドルフだけで、ベアロは大きな斧、キュークスは棍で殴るスタイルだ。
ウチとシルヴィアは戦闘極力避けているし、ここに居ないアンリはナイフや魔法で素早く戦うため盾は持っていない。
これが使えればウチとシルヴィアで1つ確保するのはありだろう。
「じゃあやるっす。……おぉ!半透明な盾が展開されたっすね!」
「表面も覆われているな。もっと流せるか?」
「了解っす!……大きくなったっすね」
「横から見ると厚くもなってるな。流す魔力で中の魔石を反応させて魔力を放出というところか。1流して1を放出していたら割に合わないが、魔石の魔力を使うことで数倍の盾を作る……慣れたら使い勝手がいいかもしれないな」
「ガドルフ使うっすか?」
「いや、盾は相手の視界を遮るのにも使っているからな。半透明ではその戦法が使えない。やはり縁がないようだ」
「魔石変えたら使えるかもしれないっすよ?」
「そのために魔石を集めるのも管理するのもな。手入れに知識も必要そうだ。遠慮しておく」
「そうっすか」
パーティ唯一盾を使うガドルフには合わなかった。
そこから魔石を変えて試してみると、土は透明ではない上にそこそこ硬く、武器がめり込んだ状態で魔力を追加すれば土に組み込むことができた。
水は流れで剣の軌道が逸らされ、風は抵抗が凄く、火は近づくと熱い上に武器を急速に劣化させていく。
雷に至っては鉄の武器で切りつけた瞬間通電して反撃を喰らうことになった。
剣を取り落としたガドルフを見て、キュークスは少なくとも1つはシルヴィアが持つように言ってきた。
戦闘に使うなら場所や相手に合わせて魔石の入れ替えが必要になる。
固有魔法の影響を受けていれば攻撃されている中でも入れ替えができ、時間をかけてでも属性付きの盾を展開できれば殴ることで武器としても使える。
そして、盾を持つなら剣も合わせて持てばいいということになり、1セットはシルヴィアとウチの物になった。
「残り4セットどうしよか。アンリさんに1セット渡す?」
「分解して弄るためにか?勿体無いな。それなら有効活用してくれそうな場所に売り込んだほうがいいだろう。必要であれば確保した物を見せてやればいい」
「その結果壊れたらどうするん」
「その時は諦めろ。無くても問題なく活動できるのだし、消耗品が壊れたと思えばいいだろう」
「せやけど、使ってて壊れたんとちゃうなら、なんか勿体無い気がするやん」
「それなら貸さなければいいだけだ」
「そりゃそうやけども」
貸してほしいと言われて断れるか判断できない。
1つしか無くてもそこまで大事な物ではないから、悩みつつも貸し出す姿が思い浮かぶ。
その結果壊れてしまっても、仕方ないで済みそうだ。
少なくとも使うことのないウチは。
何かあったら使うことになるシルヴィアが気に入って貸さなくなるかもしれないけれど、その時は2人で相談してもらおう。
ウチは関係ない。
「じゃあ残りの4セットどうする?商人もおるし売る?」
「商人に売るなら組合長に売ったほうが絶対いいっす。以前の報告でも欲しがってたっすよ」
「う〜ん。お金には困ってへんし、そういう時は恩を売れってライテ組合長も言ってたしなー」
ライテ組合長ベルデローナの教えだ。
スライムの魔石採取や、値段のついていないジャイアントスライムの魔石について、お金を持て余していることを話した。
料理用の魔道具を作ってもらったとはいえ、それで屋台を開けば徐々にだけれどお金が貯まる。
だからといって素材を捨て値で売るぐらいなら、人を雇ったり仕事を生み出して貢献しろと言われ、価値がある物をお金の代わりに信頼や恩として売れば後々自分に返ってくると助言も受けた。
ベルデローナ自身も現役時代に人を助けたり、難易度の高い素材採取を捨て値で請け負ったりと色々していたらしい。
そのおかげで街ではある程度のお願いを聞いてもらえるようになったとか。
「じゃあ組合長とこ持って行こか。いらんって言われたら売ればええし」
「そうっすね」
残り4セットの行方も決まり、宝箱を閉じて部屋の片隅に移動、周りを別の木箱で囲ってパッと見ただけではわからないように偽装した。
ウチら専用の拠点とはいえ、戦闘のために全員出払うこともある。
念のため見られないようにした方が平和に済む。
盗むような人をハイゼルが雇っているとは思わないけれど、魔が刺すことは誰にでもあるだろう。
あれの価値が一生遊んで暮らせるくらいだとしたら、一か八かに賭ける人もいるかもしれない。
「あ、いつもの試し忘れたっす」
箱を眺めているとシルヴィアが何かを思いついた。
そのままウチに近づいてきて、床に丸まらせると、背中に何かを置かれた。
「何しとるん?」
「盾の魔道具置いたっす」
「……結果は?」
「起動したっす。弾かれる盾が出たっす」
「亀みてぇだなエル!」
シルヴィアが確認したかったのは、ウチの垂れ流し魔力を使うとどうなるのかだったけれど、結果は固有魔法が見てわかりやすくなっただけだった。
笑うベアロは放置して、言われたことをしっかり確認すると、確かに丸まって背中に盾を展開している姿は亀だと理解できた。
・・・この亀モード使い道あるんかな?袋小路に追い詰められた時にウチを壁に使うとか?こういうことできるって頭の片隅にでも置いて置ければいいな。いざという時忘れてそうやけど。




