大雨の影響
拠点が魔物に襲われているとは言っても、防衛用の木の柵を背に戦っているから建物は無事だ。
それでも沼地から上がってきた50を超えるビッグじゃない魔物に、討伐のために待機していた10人ばかりの請負人では気が抜けない。
全員がビッグ沼地ガニと戦うわけではないため、残りは他のエリアに行ったり、雑事をこなしているはず。
ここが草原エリアの最初であれば数人の請負人で対処できたはずだけど、沼地エリアは最新のエリアで、始まり付近とはいえ魔物は強い。
1対1なら負けないにしても、複数と対すれば攻撃のタイミングを潰され、防御一辺倒になる人もいる。
戦闘方法によっては正面から相手しない人もいるだろう。
知らなかったとはいえ、こんな状況にビッグ沼地ガニを連れてきてしまったのは悪手過ぎる。
「ど、どうすれば良いっすか?」
「わからん!わからんけどビッグ沼地ガニは沼地に戻した方がええやろ!」
「そうっすね!戻るっす!」
背後に迫っていたビッグ沼地ガニに向き直って剣で叩く。
そのまま横を抜けて沼地へと進んだけれど、ビッグ沼地ガニはシルヴィアを追わずに拠点を見ていた。
まずいと思った時にはもう遅く、戦闘音や怒声に注意を引かれたのか、ビッグ沼地ガニは巨体を揺らしながらシャカシャカと駆けていく。
咄嗟に出したハリセンも間に合わず、2つのハサミを上に構えて請負人たちに向かっていき、混戦状態のところにズンと振り下ろされた。
狙われた請負人は咄嗟に後ろへ下がったけれど、攻撃に夢中になっていた魔物はハサミで潰されている。
もしかして魔物の数を減らしてくれるかと淡い期待を抱いたけれど、その考えは甘いとばかりに請負人を追い始めた。
他のビッグじゃない魔物たちは巻き込まれては堪らないと考えたのか、ビッグ沼地ガニが狙っている請負人以外に向かっていく。
それはウチらも例外じゃなかったから、とりあえずハリセンで頭を叩いて気絶させていく。
遠慮はしない。
「魔物が密集してるとこに突っ込んで!んで、そのまま通り過ぎて!」
「わかったっす!」
「気絶させたらどうとでもなるやろ!」
怪我をしないシルヴィアが魔物と請負人の間に体を突っ込み、ウチがハリセンで叩く。
そして頭を叩けて気を失ったり、手や足を叩けて動きが鈍った魔物を請負人が倒す。
目の前の魔物を処理したら、ウチらに続いて移動。
またハリセンで叩いた魔物に攻撃を加えていく。
どんどん後を追ってくる請負人の数が増え、数人はビッグ沼地ガニの攻撃を必死にさばいている人の援護に向かう。
さすがに10人近くで戦う相手を1人に任せるのは酷なのと、ウチ1人の援護にそこまで人数はいらない。
「早く!そっちを!なんとか!して!くれ!」
「こいつ俺たちを無視しやがる!」
「お前なにしたんだよ!」
「俺が!知るわけ!ないだろ!なんで!俺ばっか!狙ってくるんだぁ!!」
ビッグ沼地ガニの方へ3人向かい、それぞれ注意を引くために攻撃を加えているけれど、なぜか防いだり避けている最初の請負人を執拗に狙う。
沼地ガニの装備を使っているなどの狙われそうなところは見られない。
マントを羽織っているからひらひらしたところに惹かれているのだとしても、それは他の請負人も同じだ。
魔物が怒る理由ははっきりとわからないけれど、なんとなく一つ思いついた。
「おっちゃん!沼地ガニになんかした?ビッグじゃない方な!」
「あ?!そりゃ全力でっ!叩きっ!割ったぞ!」
「それ見られて怒らせたんちゃうか!」
「仕方ねぇだろ!魔物がわらわら!集まってきた!んだしよ!」
「運が悪かったと思って頑張りや!」
「ちくしょう!」
あくまで予想だけど、連れてきた直後にビッグ沼地ガニが見ていた中で、あの請負人が沼地ガニを倒したのだろう。
その結果、大きさこそ違うけれど同族を倒されたことに怒ったのかもしれない。
魔物の気持ちはわからないが、納得できそうな理由を探したらこれに落ち着いた。
トラップモンキーの群れで1体倒したら執拗に狙われたことがある請負人もいたらしく、相手を倒し切るか逃げるかしか手はないと解決にならない助言をしていた。
「とりあえず早く助けてくれ!耐えるだけでもきつい!」
「よっしゃ!おっちゃんらウチに続いて早よ魔物倒して!」
「おう!」
「任せろ!」
「さっさと倒すぞー!」
シルヴィアが走り、ウチがハリセンを振り、おじさんたちがトドメを刺す。
途中で湖と化した沼地から追加の魔物が何十体も現れたけれど、それもなんとか倒してビッグ沼地ガニとも戦う。
現れる魔物に備える側とビッグ沼地ガニと戦う側に分かれ、結構な時間戦闘した結果、ようやく全部倒すことができた。
「疲れたっすー……」
「お疲れさん」
シルヴィアは濡れた草原に座り込む。
まだ魔物が来るかもしれないからウチを解放することはできず、背負われたまま周囲を見回すと他の請負人たちも力尽きてぐったりしている者がほとんどだ。
ベアロとガドルフは立って周囲の警戒しているけれど、キュークスは地面に大の字で空を仰ぎ見ている。
他の請負人たちも座り込んだり寝転んだり、体力に余裕がある人は倒した魔物を種類別に分けたりしていた。
几帳面だ。
「お疲れ様ですみなさん!温かい食事を用意していますよ!」
「警戒は早めに戻ってきた他の人たちに任せて、みなさん休んでください!」
戦闘が終わったことを確認できたから、拠点から買取担当の商会所属請負人がやってきた。
他にも別エリアで素材を集めていた請負人も連れていて、片付けや警戒を頼んで入れ替わる。
ウチらからは、魔物の魔力を散らしているため素材の価値はない可能性があることを伝えて食堂へ向かう。
肉中心の食事をしながら、なぜ大量の魔物に襲われたのか聞き取りをする。
「2人が沼地というか濁った湖というか、まぁあれに潜って行って少ししたら、遠くの方から沼地ナマズが流れてきたんだ」
「それ皮切りにカエルやナマズ、カニにワニ、カバなんかが続々と流れてきてな。もしかするとだが、2人が湖に入ったことで少し流れが変わったのかもしれん」
「そんなことあるん?」
「エルの固有魔法で周囲の水が壁になってるっす。それが戻る時の流れっすかね?それほど強い流れだとは思えないんすけど……」
ウチを背負ったシルヴィアが水の中を進もうとすると、前や横の水が押し除けられて壁になる。
頭上も空気を取り込むため水面までぽっかりと穴が空く。
後ろのウチ側は、ウチを挟んで膨らんだ軽量袋が濡れないように、大きく空間ができている。
そのまま移動すれば前の水は押し除けられて、後ろの空間は閉じる時に水が流れ込む。
深ければ深いほどその勢いは強くなるから、ウチらが移動するだけで大きな水の流れができていたのかもしれない。
後ろにいたウチの考えをシルヴィアに伝えると、他の請負人も含めてよく考えられていると褒められた。
照れる。
「ま、まぁ、こうなるとわかってればもうちょい人増やして警戒するだけでええんちゃう?ビッグなやつ連れて来んかったら倒せるやろ?」
「数には数で応戦っすね」
「柵を増やしたり堀を作っても良いかもな」
「ビッグ沼地ガニと戦うために整えた場所も、今回の戦闘でパァだ。色々整えたほうが良さそうだな」
「雨の影響でこんなことになるとはな。商会への報告はあっちに頼むとして、俺たち警戒組は仕事が増えたぞ……」
「討伐組も引っ張るのに人員割き辛いな。調達組は肉や木材といった物を集めて来ないといけないから人数減らすのもなぁ」
「増員か?そこまで儲けがあるのか?」
「さぁ?素材の売り上げとか考えると損していることはないと思うが」
「最新エリアだしな」
戦闘担当の請負人たちが今後のことを話し合う。
今の沼地湖状態がいつ終わるのかわからないため、ビッグ沼地ガニの討伐を中断するか、魔物が流れてくるのを受け入れてウチらを送り出すか、別の人たちが引っ張ってくるかだ。
結局、ウチらでは警戒を強めることと、防備を増やすことしか決定できず、狩りについては商会の要望次第になる。
ウチらだけで決められることには限界があるからだ。
「さて、これからどうしよな?」
「方針が決まるまで暇っすね。拠点でごろごろっすね」
「お風呂に入る?」
「魅力的な提案っすけど、戦闘があるかもしれないからやめとくっす」
食事を終えたウチらは、割り当てられている拠点で床に転がり、文字通りごろごろし始める。
シルヴィアは体をほぐしたり装備の点検、ガドルフたち戦闘組は武具の手入れ。
やることのないウチは、そこまで広くない床の上を行ったり来たりしている。
こういう時固有魔法のおかげで汚れないのは楽だ。




