宝箱の川流れ
雨が上がった直後は、沼地エリアなのに巨大な湖に見える。
その中をウチを背負ったシルヴィアが水を左右に分けて進んでいく。
影響を受けないから足取りは軽く、遠くの拠点から見送ってくれた請負人たちから関心の声が上がった。
「また魔物流れてきそうやな」
「そうっすね。雨は止んだとはいえ水浸しっす。どこかに流れてるっぽいんで、そっちに進んでも良いかもしれないっすね」
「カニを引っ張りつつな」
「っす」
雨の中ビッグ沼地ガニを狩らないといけないほど切迫した状況ではなかったため、3日に及んだ雨は請負人にとっての休暇となった。
警戒担当以外は外に出ずに室内で訓練、それ以外は酒を飲んで過ごしている。
ウチからすると貝パーティだったけれど。
「魔物が全然いないっすね」
「全部流れていったんやろか?」
「あー、そうかもしれないっすね。カエルやナマズも流れていたっす。何度も雷も落ちたから、ほとんど向こうに行ったのかもしれないっすね」
「じゃあ今日は移動中心かー。ウチは背負われたままやけど」
「移動は任せろっす。エルの固有魔法あってのやり方っすから、どーんと構えてれば良いんすよ」
「せやな!」
効率よく狩る方法を編み出すのも依頼には必要だ。
魔物を誘うための仕掛け、通り道に罠、音や匂いで追い込んだり誘ったりなど色々。
それがウチらは固有魔法というだけのことで、他にはできない手法だから誇れることだ。
身体強化できないウチに色々な人が話してくれて、今ではちゃんと役立てようと考えられる程になっている。
たまに思い出してしまうし、活躍している人を見ると羨ましいと感じてしまうけれど。
・・・羨ましいのは仕方ないねん!シルヴィアさんも戦ってる人たち見て羨ましそうにしてるし一緒や!だから、ウチらにしかできへんことやったるわ!
「沼地ナマズっす!こうも周りが水だらけだと泳ぎやすそうっすねぇ!」
右側の水の壁に黒い影が写ったかと思いきや、そこから沼地ナマズが飛び出てきてぶつかってくる。
弾かれて水に戻り、何度かそれを繰り返したらどこかへ行ってしまった。
ハリセンで気絶させようとしたけれど、上手く当てることができずに取り逃したことになる。
背負われたままシルヴィア側にハリセンを伸ばす練習も必要そうだ。
「いつもならずっと襲いかかってくるはずっすけど、雨の後だと動きやすいから行動も変わるんすかねぇ?」
「さぁ?弾かれてダメージ受けてたし、これ以上は無理ー!ってなったんかもしれへんで?」
「おぉ。そっちの方が可能性ありそうっす。魔物は生き物を襲うとはいえ、生きてるから逃げることもあるっす。特に迷宮の外には不利だと思った瞬間脇目も振らずに逃げる魔物もいるらしいっすよ。見たことないっすけど」
「へー。なんかしぶとそうな魔物やな」
あまり出会いたくはない魔物だ。
必死に戦っても逃げられたら損しか残らない。
ウチなら足なり頭なりにハリセンを叩きつけて動きを封じれるかもしれないけれど、普通の請負人であれば罠ぐらいしか対処できないだろう。
あるいは圧倒的な身体強化か。
どんな魔物が逃げるようになるのか聞けば、ほとんどが長く生きた個体らしく、森深くや高い山の山頂、巨大な湖の底など人にとって厳しい環境に多い。
それらが食べるものを求めて縄張りを離れた時に被害が広がって請負人や騎士などが派遣されるそうだ。
「派遣は請負人なら指名依頼になることが多いっすね。しかも領地を管理している貴族の騎士と合同っす。お互い戦いに身を置いているから相入れないところがあってぶつかることもあるって聞いたっす」
「シルビアさんは行ったことないん?荷物持ちとか偵察とかで」
「ないっすね。荷物持ちなら他にもいるっす。偵察もしっかり本職が呼ばれるっす」
「そういうもんか」
「そういうもんっすよ。わたしは素材採取ばかりやってたっす。だから、そういう大物との戦いで呼ばれることはないっすよ」
「残念?」
「いやいや。命あっての物種っす。少なくともエルがいない時に強い魔物に近づくのは嫌っす」
「まぁ、せやな」
草原ウサギなどの見習いが相手する魔物ならともかく、森林や沼地エリアの魔物に1人で向かうのは自殺行為だ。
しっかりした武具を纏い、経験を積めば問題ないだろうけれど、戦闘能力の低いシルヴィアには厳しい。
ウチも同じで片っ端から気絶させた後ナイフでとどめは刺せるけど、魔力が抜けた素材は価値が下がるし、そもそも解体できない。
お互い苦笑しながら探索を続けていると、また右方向に影が写った。
「ん?魔物にしては気配を感じなかったっす」
「ウチはそもそも気配がわからん!」
「わたしも何か動いたのを目の端で捉えたとか、音が鳴ったとかでしかわからないっす。壁の向こうに何人いるとかは無理っすよ」
「へぇー。それでもウチにはできる気がせんわ……」
「頑張って集中して変化を感じるんすよ。エルならできるっすよきっと」
「う〜ん。そのうちな……」
できるまでずっと訓練は正直に面倒だ。
不意を突かれても固有魔法があるし、弾けない魔物がいるならそもそも近づかなければいい。
そんなことを考えていると、右側にあった影が大きくなり、固有魔法で弾かれてできた水の壁から一部が露出した。
「木と金属の縁取り?もしかして宝箱っすか?」
「え?宝箱流れてくるん?罠っぽくないそれ?」
「その可能性もあるっすね。エル見てもらえるっすか?」
「ほいほい……問題なしやな。なにも感じへんから罠ちゃうはずや。それにしても見た目は宝箱そのものやな」
「そうっすね。あと、確認なんすけど、開けるにしても、ここだと万が一で水浸しになるっすよね?」
「せやな。手を離した瞬間ドボンや」
ウチらを囲う水の壁は、ウチや効果の影響を受けているシルヴィアが不快に感じない程度の距離が空いている。
荷物が大きくなってウチら自体がデカくなるにつれて効果が満遍なく広がり、荷物が守られる分壁が近づいていく。
馬車ぐらいの大きさのものに背中をつけた場合、ギリギリ全体を覆えるかどうかぐらいで、その時水中にいたら全部を覆う薄い膜ぐらいの距離しか空かない。
今は宝箱らしき物にシルヴィアが手をついたことで、その宝箱も影響が出た。
宝箱全体が水を弾き、ウチらを囲う水の壁が若干近づいているはず。
ウチにはいまいちわからない差だけれど。
そして、このまま箱を開けてしまうと箱に接している物は影響下だけど、開けた衝撃で箱から離れた瞬間影響も無くなって水の中だ。
その結果壊れたり汚れてしまうことを考えると、箱ごと持ち帰って陸で開ける方がいい。
表面は濡れていて中にまで水が入っているかは見た感じわからない。
それをなんとか軽量袋に入れてビッグ沼地ガニを探す。
「そろそろビッグなのが出てくる場所っすけど……」
「あのデカさで流されたりするんやろか?」
「流されるより流れに乗るとかはありそうっすよ?」
「そういうもんかな?」
「そういうもんっす」
流れに身を任せるのは気持ちがいいのかもしれない。
ベッドや草原で全身を投げ出して脱力するのと同じような感じだと思う。
想像すると楽しそうだけれど、今水を受け入れてしまうと周囲の壁が崩れそうだから慌てて頭から追い出す。
そんなウチにシルヴィアは気づかずに突き進み、やがてビッグ沼地ガニを見つけた。
「運が良いっすね!カニを最初に見つけれたっす!」
「後は引っ張って戻るだけやな!」
手慣れたシルヴィアが水の向こうにいるビッグ沼地ガニに強化していない剣を叩きつけ注意を引く。
そのまま来た道を戻れば拠点で請負人たちが待っている。
「え?!何事っすか?!」
「何々?なんかあったん?」
「見てみるっす」
ビッグ沼地ガニをガンガンと剣で殴りつつ急いで拠点に戻ったら、請負人たちが魔物に襲撃されていた。




