献上品
「やっとカニが来たぞー!」
「今回は傷を少なくだ!」
「時間をかけても良い!節だけを狙っていけー!」
沼地探索をし続けて10日は経った。
カニよりナマズやエビが襲いかかってきて、魔物の数が減ったからかワニやカバも数体仕留めることにもなった。
今回は運良くビッグ沼地ガニを引っ張れて来れたけれど、何やら請負人たちの言動がおかしい。
いつもならさっさと倒すところなのに、陣形を整え、ロープで動きを止めようとさえしている。
「何してるん?なんで一気に攻撃せぇへんの?」
連れてくるまでがウチらの仕事で、次の探索までに昼食を取るためシルヴィアの背中から降りたウチは、討伐を指揮している請負人に話しかけた。
ハイゼルの護衛ではなく、今回の長期討伐のために雇っている人だ。
「おぉ!嬢ちゃんいつも引っ張ってくれてありがとな!こっちでも斥候職のやつらで引っ張っているが、効率が段違いだ!んで、今の状況だよな」
ウチとシルヴィア、リーダーの3人で囲まれて動きづらそうなビッグ沼地ガニを見る。
10人を超える請負人で囲み、振り回されたり突き出されるハサミをいなし、吹かれる泥を盾で受けたりと防御一辺倒だ。
ベアロでさえ斧の面で攻撃を防いでいるのだから、何か明確な目的があるのだとわかる。
「ハイゼルさんから手紙が届いてな。できるだけ傷の少ないビッグ沼地ガニを2体以上ご所望だ。だから、次の探索ではビッグ沼地ガニじゃなければ振り切ってくれ」
「それはええけど、なんで傷少ないやつ欲しいん?この集団って食べるためにたくさん集めるのが目的ちゃうかったっけ?」
「普段はそうだ。嬢ちゃんたちのおかげで引っ張りやすいから色々狩っているが、俺たちはビッグ沼地ガニを大量に街へと送るのが目的だ。だが、ちょいと騒ぎすぎたようだ」
ガリガリと頭を掻きながら、届いた手紙を懐から取り出したリーダー。
改めて読み返してくれた内容を聞くに、先に運んだビッグ沼地ガニを領主や貴族、豪商に振る舞ったところ献上する話が出たそうだ。
同じ流れをスライムクッションで経験しているウチは、またかと渇いた笑いが出てしまった。
別に大事にしたいわけじゃないのに、勝手に周りが大騒ぎするのだから困ったものだ。
ウチはただ美味しい物や珍しい物を楽しみたいだけなのに。
「献上品のために綺麗なやつが欲しいんやな」
「そうだ。いくら魔力がこもっていて腐りにくいとはいえ、傷がついたところから傷んでいくからな。できるだけ傷をつけずに仕留めたいんだ」
「ふーん。ならウチらも押さえ込みに参加した方が良くない?動き止められるで?」
「そりゃありがたいが、休憩も必要だろ。いずれ俺たちだけでもやらなきゃならんことだし、今回は見ててくれ。危なくなったら助けてくれる程度でいいさ」
「わかった。じゃあ見とくわ」
「食べ物取ってくるっす」
観戦してほしいと言うのならしっかり楽しみたい。
裂いた干し肉と干し野菜スープを持って、戦闘にならなそうな場所に陣取る。
何かあれば身体強化したシルヴィアにウチを投げ込んでもらえばいい。
その時スープを持っていたらどうなるのかちょっと気になる。
溢れるけれど、ウチにかかる分は弾かれるのだろうか。
「時間かかりそうやな」
「まだ足の一本も切れてないっすね」
「ロープも、カニの力で引きちぎられてるやん」
「一瞬動きは止められてるんで、その隙に切らないとダメっすね。それかもっと硬い紐状の何かを用意するかっす」
「せやんなぁ」
硬い紐状の何かについて心当たりはないけれど、普通のロープで輪を作って頑張って引っ掛けても、ビッグ沼地ガニが思いっきり引っ張ればすぐに千切れてしまっている。
ほんの少し引っ掛かる程度の足止めしかできておらず、できるだけ傷つけないという条件のせいでそのチャンスに攻撃することもできていない。
条件さえなければロープが引っかかった時点で攻撃を仕掛けるはずだ。
「ロープを束ねろ!数で押さえ込め!ベアロ!下がってきたハサミを押さえられるか?!」
「やってみる!」
「他のやつは押さえられているハサミにロープを大量に巻き付けろ!」
一本では足りないとなり、ベアロが攻撃を受け止めたところを、複数人でロープを結んだ。
複数人が引っ張ると押さえられるようで、ハサミを持ち上げようとプルプルしているところを、節を狙って何度も切りつける。
その攻撃に以前持ち帰ったビッグ沼地ガニのハサミを加工した片刃剣が使われているからか、比較的楽に切れたと思う。
ハサミが切れたことでロープの引っ掛かる所が減り、何本か抜けたせいで攻撃している人が残った腕で吹っ飛ばされるなどがあったけれど、概ね順調に倒すことができた。
ハサミ2本を切り落としたら逃げようとしたので、ベアロ含む体の大きい人たちで退路を阻んで押し留めているのは見ていて楽しかった。
押せ押せの言葉で身体強化した大人がカニを全力で押す。
カニも抵抗して沼地に戻ろうとする。
魔物と人の力比べだ。
「次からはまず足だな」
「ハサミを意識しながらだと難しくないか?」
「先にハサミを一つ落として、もう一つを押さえ込んでいる間に足を落とすか?」
「割ける人数が減るけど大丈夫か?」
「問題ないだろ。ハサミで挟まれない限り大した怪我はしないだろ」
「押しつぶされるのにも気をつけねぇとダメだろ」
「それもあったな」
複数人で解体しながら次のビッグ沼地ガニをどう倒すか話し合っていた。
献上品として求められているものは、王家に1体、大迷宮伯に1体で、それ以上取れたら領主やこの街の貴族にも渡すことになる。
もちろん王家や大迷宮伯に献上するのは領主経由だから、ウチらは特に意識することなく狩ればいいだけだ。
ハイゼルは領主に納品するから色々考えることが多いようで、すでに迷宮を出て活動している。
先に狩ったビッグ沼地ガニを優先的に領主や貴族に振舞って、この先の根回しなどを行なっているそうだ。
・・・街の産業にするためには貴族や豪商に認められた方がやりやすいらしいけど、ウチにはようわからん。認められてなかったらどうなるんやろな。奪われたりするんやろうか?あまり騒ぎすぎたら怒られるやろうけども……。
「ほんじゃ次見つけてくるな」
「よろしく頼む!ビッグ沼地ガニじゃなければ振り切ってくれ」
「了解や!」
「ハリセンで動けなくするだけだからエルにとっては簡単なことっすね」
数日かけてとりあえず休憩用の大きな小屋や、長期滞在者用の家が数軒できた場所を後にして、沼地へといつも通り進む。
ちなみに、ウチが持ち込んだ大きな樽とお湯を出す魔道具も設置済みで、一部の請負人がお金や魔石を払うことで利用しているそうだ。
主に女性の請負人や商人。
「なにか近くにいるっすね」
「カニかな?」
「速いから違うっすね!」
「ナマズやん!とうっ!」
横から飛び出てきたビッグ沼地ナマズにハリセンを叩き込もうと振るう。
速さに対応できずナマズからハリセンにぶつかってもらう形になり、頭ではなくお腹に当たった。
それでも魔力を散らされて動きが鈍り、地面をバタバタと蠢くしかできなくなったから、トドメとばかりに頭もハリセンで叩く。
そうして魔力が抜けたビッグ沼地ナマズは気を失い、泥に呑まれることになった。
さすがに死にはしないだろうけど、見ていて不安になる光景だ。
「やっと見つけたっす」
「長かったなー」
魔物と遭遇すること10を超え、その尽くがビッグ沼地ガニではなかった。
出会い頭攻撃を受けて、弾かれたところをウチがハリセンで叩いて昏倒させて逃げることを繰り返した。
ウチらが通ってきた沼地の底には、ナマズやエビ、ワニなどのビッグ沼地魔物が転がっているのだろう。
どれくらいで回復するのか観察してみたい気持ちも少しある。
そんなウチらの前にはのんびりと日光浴するビッグ沼地ガニがいた。
沼の中ではなく外に出ている珍しいパターンだ。
「見えてるなら簡単に釣れるっすね。石でも投げるっす」
「当たる?」
「さすがにあの大きさなら当てられるっす」
草原に落ちてある手のひらサイズの石を掴み、身体強化を使って投げるシルヴィア。
結構な距離が空いているにも関わらず、山なりではなく一直線で石が飛んでいき、バコンと音を立ててビッグ沼地ガニに当たった石は砕け散った。
パラパラと破片を撒き散らす甲殻は傷がついておらず、のっそりとこちらに向き直ったらハサミを両方頭上に掲げて威嚇してきた。
口からもブクブクと泡を吹き出していることから、日向ぼっこを邪魔されたことで相当お怒りらしい。
その気持ちはわかる。
「連れて行くっす」
「よろしく!」
シルヴィアが拠点に向けて駆け出す。
そうすると背中合わせになっているウチの前には、追いかけてくるビッグ沼地ガニが視界いっぱいに広がる。
時折攻撃させて戻らないように調整しながら進んでいる間、背負われた状態で魔物を挑発できるように投げられる何かが欲しいと考える。
身体強化できないから石よりも弓などの飛距離を伸ばせる物がいいだろう。
弓は絶対に引けないけれど。
久しく使っていないボーラのように、振り回して勢いをつけられると良い気もする。
帰ったら相談しよう。
そんなことを考えているといつの間にか拠点近くまで戻っていて、準備万端の請負人たちにビッグ沼地ガニを引き継いでもらう。
ウチらが探索に出てからも色々と話し合ったようで、戦う場所が整えられていて、ロープも重ね合わせて太くなった物が置かれていた。
「手筈通りに!」
「やるぞー!」
ウチらと入れ替わるように請負人たちが駆け出し、ビッグ沼地ガニの注意を引く。
釣られて整えられた場所へと移動したら、複数箇所から輪にしたロープが飛んでハサミを固定する。
何度も練習したのか、いくつかは外れたけれど半分以上引っ掛かり動きを封じる。
回収して重ねてロープが投げられてどんどん動けなくなる。
そこに節を狙った請負人たちが殺到してガンガンと叩き切り、気づけば討伐が完了した。
「めっちゃ早いな!」
「慣れたらこんなになるんすね」
「早く倒さないと他に魔物が来るのが迷宮だからな。効率良くだ」
「なるほどなー」
戦闘には参加しなかった指示担当の請負人と話し、解体を軽く眺めた後割り当てられている休憩所へと向かった。
お風呂と食事を済ませたら、ゆっくりと寝るつもりだ。
「あ、そうや」
「どうしたんすか?」
「さっき考えてたんやけど……」
装備を解きながら飛び道具についてシルヴィアに相談した。
返ってきた言葉は投げるよりも棒などで突つく方がいいとの言葉だったけれど。
挑発するならそれなりの威力があるか、見た目で驚異が感じられる方がいいけれど、身体強化できないウチにそれを求めるのは酷だと評された。
言ってることは納得できたから、棒の代わりに細長くしたハリセンで突つくことにした。
叩いてないから抜ける魔力も少ないだろうと想像してのことなので、明日には試してみようと思い、却下されたことに対してビッグじゃない沼地ガニをやけ食いしてから寝た。
体が小さいからそこまで食べられなかったけれど。




