魔法使いサージェ
・・・朝や。少し曇ってるけど、雨は降りそうにない空模様や。
木戸を上げた窓から空を見ているとキュークスが起きた。
あくびを噛み殺した後、2人で着替えてガドルフ達と合流し、朝食をとって買い物に出かける。
ガドルフとベアロは消耗品の補充へ、ウチとキュークスはハーブと植物油を買って先に宿へと戻る。
果物は日持ちしないのかわからないけど、今日は見つけられなかった。
とは言っても人が多すぎて疲れたので、市場の半分も見ていないけど。
ランプ屋さんでは昨日の油をもう使ったのか聞かれたけど、足りなかったので追加で買うと誤魔化した。
ドレッシングの説明が面倒だったこともある。
そうして宿に戻ると、キュークスに作り方を教えつつ、香り違いで3種類のドレッシングができた。
レシピ代金は面倒を見てもらっているので、相殺という名の無料で納得してもらう。
「キュークス、お嬢ちゃんにお客さんだよ」
「どうぞ」
「失礼する」
軽い昼食を食べて部屋でのんびりしていると、女将さんが扉をノックした。
キュークスの返事で入ってきたのは、皮が綺麗に張られた木のトランクケースを持った男性で、ポーチが腰だけでなく、足や二の腕、胸付近にも付いている服を着た、茶色の髪をオールバックにして整髪剤で固めた人族の男性で、30歳ぐらいに見える。
見ただけでは他人の年齢はわからないので、ただの見た目年齢である。
・・・むすっとした不機嫌そうな顔やけど、イライラしてるようには見えへんな。仕事人間ってところやろうか。それにしても、魔法使いはローブに杖を持ってるイメージやったけど、全然ちゃうな。ポーチさえなければ事務仕事とかしてそうや。
「初めまして。領主様に雇われている魔法使いのサージェだ」
「初めましてキュークスです。本日はよろしくお願いします」
「ウチはエル!よろしくサージェ!」
「む。子供でも請負人見習いになるのなら、目上の人には敬称としてさんをつけなさい。貴族が相手の場合は様だ。さぁ、もう一度」
「はい!ウチはエル!よろしくサージェさん!」
「よろしい」
呼び方に注意を受けた。
サージェの言う通り、今後は呼ぶ時にさん付けで呼ばないとダメだろう。
請負人組合のミューズも同じだ。
キュークス達もさん付けで呼んだ方がいいのかと重いチラリと見ると、自分を指差した後拒否するように手と首振っている。
3人にはこのままでいいそうだ。
「なぜ敬称が必要かもあわせて説明しよう」
キュークスがサージェを席に案内して、自分はベッドに腰掛ける。
サージェに向かい合うようにウチも椅子に座ると、始まったのは診断ではなく敬称を付ける必要性についてだった。
やはり不機嫌そうな顔は真面目なだけで、しかも面倒見がいいおじさんだ。
子供なので気にしない人も多いけど、初対面で呼び捨てにするのは相手のことを知らないのに同等と見なしていると思われる。
ひとまずさん付けで呼べば、変な揉め事も発生しづらいなど色々教えられた。
もちろん子供同士ならさんを付けなくていいし、仲良くなったら外しても良い。
せめて初対面ではさんを付けるようにと釘を刺されて、ようやく本日の本題に入った。
「診断を行う前に何をするか説明する必要がある。変なことをしていないという証明のためにな。そのためには君がどれだけ魔法について知っているか確認したい。魔法をどうやって使うか知っているか?」
「キュークス達から聞いたのは、魔力を体から出せるかどうかで、出せるなら魔法使いになれて、出せないならなれないってことくらいやな」
・・・詳しくは魔法使いに聞けって言われたし。
「よろしい。では、その続きを説明しよう。魔力を外に出せたなら、その魔力を操ることができる。球体にして飛ばしたり、平面を作って下にあるものを潰したりだ。その時に火属性の魔石を通して魔力を出していれば球体や平面が火になる」
水の魔石を通せば水の球体や平面に、風の魔石を通せば風が渦巻く球体、上から下に吹きおろす風になる。
属性によっては必ず同じ形になるわけではないけど、形あるものは同じような現象を起こし、形のないものはそれぞれの特性にあった動きになるので、魔力で方向性を指定するらしい。
「属性がない場合はどうなるん?」
「無属性は魔力の増幅だな。威力を上げたり、飛距離を伸ばしたり、効果範囲を拡大するために使う。後は魔力を溜めることができる。属性の魔石はその属性でした溜められないが、人は無属性だからな」
火の魔石には火の魔力を溜めることができるけど、人間は無属性だから火の魔石に魔力を溜めることはできない。
獣人の一部種族が生まれつき水の魔力や火の魔力を持って生まれてくるので、溜めるならばその種族にお願いするか、溜めたい属性の魔力が多い場所に魔石を置き、時間経過で貯める必要がある。
獣人に頼む場合は金銭や物資によって契約し、放置して溜める場合は魔物に奪われないよう警戒と討伐が必要になる。
ちなみに、属性のある獣人はその属性以外を放出できず、魔石を通して属性を変えることもできないそうだ。
火を水や風に変えることができないのと同じらしい。
・・・魔法に関しては人間が万能なんやな。身体能力では獣人に勝てないけど、魔石で装備や体を強化すれば勝敗はひっくり返るかもしれんけど、それは獣人もできることやからなぁ。
「そして、魔力を外に出せない人のために魔道具がある。その人が持つ魔力を強制的に吸い出し、あらかじめ決められた魔法を発動する道具だな」
「魔力があれば誰でも使えるけど、同じ効果しか出ないってこと?」
「そうだ。誰が使っても指先ほどの火が出る着火、一定範囲を照らす灯り、飲める水を生み出す水生成などだな。もちろん攻撃に使える道具もある」
生活を豊かにする魔道具は一般にも出回るが、戦闘に使える物は国の許可がなければ販売できず、購入にもある程度の制限があってとても高価になる。
大規模な戦闘用魔道具は売ってすらなく、買えても個人が数人を相手にできる程度の物だけ。
それでも、使う人によっては犯罪に使われる可能性もあるため、とても厳しい審査を受けるか、契約魔法で使用制限をかけることになる。
・・・ナイフすら振り回すのに苦労するウチにぴったりやと思ってんけど、諦めるしかないな。どう考えても見習いのウチが買えるわけがない。こう、触れずにズバッとできるならめっちゃ助かるねんけどなぁ。
「最後に魔法使いだが、これは一定の魔力操作を行える者のことを指す。魔法使いに弟子入りして魔力の操作を教えてもらい、一人前になって初めて魔法使いを名乗れるのだ」
「魔力の操作?」
「球体や平面は簡単でな。駆け出しでもできることだ。この後行う、対象に影響を与えないほど薄く伸ばし、肉体状態を観測する使い方や、相手の魔力の流れに同調して放出する才能があるかを見る使い方だ」
「へー」
・・・複雑なことができて初めて魔法使いってことか。まぁ、一人前じゃないのに名乗られたら面倒なこと起きるもんな。請負人でも見習いって付くんやし。
話はひと段落したということで、早速魔力を使ってウチの体を調べることになった。
サージェは服にたくさんついたポーチの中から透明な魔石を取り出し、手に握る。
無属性の魔石を使うということは、威力を上げたりしているということだ。
・・・あのポーチから魔石が出てくるということは、属性ごとにポーチ分けてるんやろか?それとも魔石の質?なんにせよサージェは几帳面そうやわ。
ウチの体の表面に暖かい何かが当たっていると感じ、観測され始めたとわかった。




