ビッグ沼地エビとビッグ沼地ナマズにビッグ泥貝
休憩を終えてシルヴィアと沼の中を進む。
周囲一帯泥の壁で覆われていて、唯一外の景色が見れるのは頭上にぽっかりと空いた穴。
しかし、迷宮の外と同じ天気とはいえ流れる雲はどこか作られたように感じられ、鳥が飛んでるわけでもない空は見ていて楽しくない。
ウチはいわゆる暇を持て余している状態だ。
シルヴィアの足元を見て何かないかと探してみるも、探索を生業にしていないウチには石とそれ以外の区別がつかない。
呼び止めるのは効率が悪くなるだけなので、初回以降やらなくなった。
地面に向けていた視線をまた空に向ける。
暇だから。
「寝てるっすか?」
「起きてるで。でも、眠なったら寝てまいそうやわ」
「変わり映えしないっすもんねー。まぁ、寝ても固有魔法は維持されるからわたしとしてはどちらでもいいんすけど、暇なのは辛いっすね」
「せやねん。なんかないかな?」
「うーん……。思いつくのはハリセン伸ばして周囲の牽制や土の中確認すかねぇ?」
「それや!」
上から見てわからなければ、土の中を掻き分ければいい。
すぐさまハリセンを細長く伸ばして地面に突き入れれば、ハリセンの動きに沿って土が退かれていく。
そうして見ても石は石だけれど、上から見るだけよりもはっきりわかる石になった。
これなら変わった形の魔道具であれば見逃さないだろうと、暇つぶしの方法も手に入れたウチは張り切って土をかき回す。
石、石、石、泥の塊は突いたら崩れる、石、貝殻、石、石と見事に石ばかり見つかる。
よくもこんな中から魔道具を見つけられるものだと、改めてシルヴィアの凄さを感じた。
経験が必要だと1人納得していると、ガンという大きな音がシルヴィア側から聞こえた。
「魔物っす!」
「いきなりやな!」
衝突音と共に巻き上げられた泥が上から降ってきた。
カニならば近づかれたらシルヴィアが気づいてくれるけれど、今回はその隙もなく攻撃されている。
キョロキョロとウチが見える範囲を見回してみても、泥の壁の奥に影が映ることはなかった。
一応ハリセンを振りやすい長さに戻して構えていると、少し離れたところでばしゃーんと泥に何かが落ちる音がした。
もしかしてぶつかってきた衝撃を固有魔法で跳ね返されて、頭上に吹っ飛ばされていたのかもしれない。
「後ろからも何か来るっす!」
「わかった!しっかり見とく!」
「ハリセンで叩いてくれても良いっすからね!」
「了解や!」
細長く伸ばしていたハリセンを振りやすい形に戻し、何かが飛びかかってきても叩けるように備える。
しかし、ウチの準備は無駄に終わった。
飛びかかってくる魔物の速さにウチが対応できなかったからだ。
その結果、泥を纏った巨大な何かがウチにぶつかって跳ね返り、お腹を見せたかと思ったら仰向けで倒れて泥を巻き上げた。
出てきたのは沼地ナマズのビッグで、ウチを丸呑みできそうなほど口が大きく、それに合わせて体も巨大だった。
頑張ればシルヴィアも丸呑みできるかもしれない。
「こっちはビッグ沼地ナマズやったわ!」
「最初のはビッグ沼地エビっす!」
首をシルヴィア側に向けると、これまた大きなエビが背中を向けて体当たりしてくるところだった。
当然弾かれてまた打ち上げられる。
そして泥を巻き上げる繰り返しだ。
それに、沼地エビと沼地ガニはどちらも味はいい。
是非とも持って帰りたい。
そのためにはシルヴィアに宣言しないといけない。
「どっちも美味いやつやな!」
「わたしたちに仕留められないことを除けば大漁っすね!」
「ハリセンで叩く?」
「魔力が丸々抜けたら味落ちるっすよ?」
「せやったな。じゃあ連れて行こか!」
「そうっすね!」
そうと決まれば転進して、2体の魔物に傷にならない攻撃をしながら引っ張っていく。
時折獲物の取り合いか、お互いに攻撃し合うこともあって、1体を連れて行くのとは違った難しさがあった。
しかし、拠点設営をしている20人を超える請負人たちからすると、カニほど硬くないビッグ沼地エビや、巨体から繰り出される突進やのしかかりに気をつければ良いビッグ沼地ナマズはそれほど問題ない相手だった。
今までも何度も狩られていることから、ウチとシルヴィアは戦闘に参加せず探索に戻って良いと言われた。
せっかく戻ったけれど、また転進して沼地へと進むことになった。
「こうしてみると沼地ガニばかり引っ張れたのが凄いんやな」
「そうっすね。よく考えれば他の魔物もいるのはわかってることだったす。それに、沼地エリアの始まりから少し横にそれたら沼地ワニとか沼地カバとか他にもいるんすよ。それが大きくなってこの辺りにもいるかもしれないっす」
「ワニにカバかー。美味しいんかな?」
「ワニはあっさりむっちりらしいっす。カバは皮は使えても食べれなかったか、よっぽど長時間調理しないとダメだったはずっすね」
「へぇ、ワニか……」
「探さないっすよ」
「そりゃそうやな。でも、出てきたら仕方ないな。出てきたら」
「まぁ、その時は引っ張って行くっすけど」
こんなやりとりをしながら沼地を往復することもうすぐ10回。
ビッグ沼地ガニに遭遇することなく、エビやナマズばかり引っ張って行くことになっている。
カニ以外はハリセンで気絶させて放置するべきかと相談したけれど、これだけ被害なく引っ張って来れるなら是非とも倒したいと言われた。
街が大きいため少し狩った程度では需要の方が上回るらしい。
「お!なんか埋まってる!白くてでかいやつ!」
「おぉ!宝箱とかっすかね?」
シルヴィアに背負われながら通った所周辺を、伸ばしたハリセンでかき混ぜていると、泥の茶色に混じって白い何かが見えた。
それは蓋なのか平べったい部分が見えていて、薄く溝のようなものがいくつか走っている。
ハリセンから伝わる感触だと、少なくとも地面より硬そうで、ハリセンが突っ込めない事から一つの物体だとわかる。
もしも土だったらウチの邪魔判定で、ハリセンを突き入れることもできるし、掘り返せるはずだ。
つまり何かしらの物体であることがわかる。
「これ箱じゃないっすね。叩いた感じが木じゃないっす」
「え?そんなんわかるん?」
「見た目と叩いた感触と音の響きっすね。ほら、ちょっと甲高い感じするっす」
「……わからん」
「比べる対象もないんで仕方ないっすね。とりあえず掘り起こしてみるっす」
シルヴィアが鞘に入ったままの剣で掘り起こしている間、背中合わせなウチには空しか見えない。
お預けを食らったような、途中も見たいような気持ちが渦巻くけれど、ウチなしだと泥に塗れて生き埋めになってしまうから提案すらできない。
ガリガリザクザクと掘る音を聞きながら、宝箱だとしたら無傷の魔道具が出てきてほしいと祈ってみる。
「うわっ!動いたっす!」
「え?!宝箱の魔物とか?」
「いるかもしれないっすけど、聞いたことないっすね。ちょっろ強めに叩いてみるっす」
時間をかけて剣に魔力を流し、それで白い何かをガンガンと叩く。
そうすると白い何かはピクピクと反応して、やがてふるふると震えが大きくなって自ら土を退け始めた。
慌てて距離を取るも相手の方が早く、シルヴィアに向かって白い何かが大きく口を開けてきた。
ウチらを挟むように左右に白い壁ができたように見えるけれど、固有魔法のおかげで怪我一つない。
そっと押すように抜け出してから改めて見ると、巨大な貝だとわかった。
「ビッグ泥貝っすね。実物はビッグじゃないのも含めて初めて見たっす」
「美味しいん?」
「泥を含んでて食べられるものじゃないっす。生きたまま捕まえるのも魔物だから無理なんで、泥抜きもできないっす。ビッグなら切り分ければ何とかなるかもしれないっすけど……」
手前の沼地でもごく稀に見つかる魔物だそうだ。
もちろんそっちはビッグではないけれど。
上に乗っても襲われることはないけれど、噛める位置で立っているとたまに攻撃してくる。
他にも泥を吐いてくることもあり、それは沼の上に出ている時にしてくるそうだ。
今回はこちらからちょっかいをかけたせいで、怒らせたのだろう。
食べれないのならあまり興味はないが、食べる努力はしてみようと思う。
「例えば、例えばやで?やるわけじゃないで?」
「どうせやることになるっす。変な遠慮せずにさっさと言えば楽になるっすよ」
「まぁ、せやな。この貝が入るぐらいの桶に水入れて蓋して、その蓋の上にウチが乗ってたら泥抜きできそうやない?」
「……否定できないっす。普通サイズでも勢いよく泥を吐かれたら蓋なんて壊れるはずっす。でも、固有魔法の効果が及んでる蓋ならあるいは……」
「せやろ。やってみん?」
「桶が……あー、拠点のところならあるっすね」
「せやねん。蓋はなんか適当な板でええし」
「ただ、それをするためにはエルが長時間板の上に寝転がる必要があるっす。どれだけ時間がかかるかわからないっすよ?」
「それはそうやな」
確かにシルヴィアの言う通りだ。
昼寝程度の時間で済めば良いけれど、大きさから考えるに相当な泥を含んでいるだろう。
ぺっと一回吐き出すだけで済むとは思えないし、長時間探索に出ないのは依頼違反だ。
諦めるしかないかとハリセンを思いっきり叩きつけ、動かなくなったビッグ沼地泥貝を置いてカニを探すことにした。
「まずはビッグじゃない泥貝からや」
「諦めないんすね」
「当たり前やん」
・・・美味しい物のためなら、ウチは頑張れるで!




