カニ狩りパーティズ
ビッグ沼地ガニを長期間狩り続ける依頼は、準備に5日かかった。
ウチらの準備は1日で済んだけれど、商会側は色々と手配や根回しが必要だったそうだ。
その結果、迷宮へと続く大きな階段の前には、十数台の馬車にそれを引く馬、馬車の中には大量の資材や生活に必要な魔道具があり、大きな鉄板が入っているのも確認できた。
そんな色々積まれた馬車を、複数の請負人が身体強化任せに持ち上げて、迷宮の中へと運んでいく。
その人たちはそれだけが仕事だったのか、何度も往復して馬車を上げ切ると、いい笑顔を浮かべて屋台へと散っていった。
「すごい荷物やな」
「休憩できる場所を建てて、数十人の人を動かしますからね。足りないでは困るのですよ」
「ハイゼルさんも行くん?」
「はい。今回は現場を見ておこうと思いまして」
そう言ったハイゼルの近くには護衛のタンゼン率いる請負人パーティが控えている。
その後ろには馬車の護衛をするためか数パーティの請負人に、馬車の御者も兼ねているあんまり戦いに向いてない体つきのおじさんたちがたくさんいる。
少しお腹でてる人や、妙にほっそりした人など、護身用のナイフぐらいしか武器を持っていない人たちだった。
「あのおじさんたちも請負人なん?」
「あぁ、あの方々は請負人資格を持った商人や職人ですね。わたしよりも戦えない根っからのです」
「へ?なんで戦われへんのに迷宮まで入ってきてるん。大丈夫なん?」
「問題ないでしょう。それぞれお抱えの護衛は連れてきていますし、今の商機を逃す方が痛手ですよ我々には」
豪快に笑うハイゼルの話が聞こえていたのか、商人や職人はこちらを向いて笑顔で頷いていた。
商人や職人はハイゼルが付き合いのある商会にビッグ沼地ガニの話をした結果、協賛することを申し込んできた人たちらしい。
ハイゼルが所属する草原迷宮商会は、迷宮から取れる素材をそのまま売るのではなく、取引のある商会に卸すことの方が多い。
多少は自分たちでも販売するけれど、加工やら工程を別の商会に任せることでお金を動かしているそうだ。
今回参加した商会も建築、魔道具、食品、運搬と様々な職業が入り乱れる形となっている。
草原迷宮商会が長期間の狩りを行うから建築や生活に必要な魔道具を売ってもらい、採れた素材を優先して販売する。
それを基に作った魔道具や食品を街で売ってもらい、地域の活性化と共に儲けてもらうそうだ。
「さっさと馬車に乗り込んでくれー!すぐ出発だぞー!」
持ち込まれた物や人を見ながら話していると、出発だと急かされた。
護衛の請負人は幌や壁のない台だけの馬車に乗り、道中の魔物を警戒する。
警戒担当ではない請負人は、箱馬車や幌馬車に乗り込んで待機となる。
ウチらは幌馬車に詰め込まれた。
「やっぱ馬車の方が速いな」
「そりゃそうっす」
「身体強化したら瞬発力で勝てるかもしれないぐらいね」
「おー」
身体強化したら一瞬でも馬に勝てるのは凄い。
しかし、馬車ならウチを背負ったシルヴィアよりも早く、さらには遠くまで移動できた。
道中の戦闘も護衛が戦っているのを眺めるだけで終わり、ベアロのあいつは強い強くない談義を聞いて、どういったところに注目したのか解説を楽しんだ。
一見強そうに見える筋骨隆々なおじさんよりも、ひょろっとした剣士の方が、魔力の使い方が上手いおかげで強いなんてウチが見ただけで気付けるわけがない。
「到着だー!荷物を下ろしたら馬車をバラせよー!」
「馬と帰る奴はこっちに集合させとけー!馬車は分解するから置いてけよー!」
「食料はこっちだ!」
「雑貨はここだ!」
「建築資材はこっちだー!」
「俺たちも手伝ってくるから、エルはシルヴィアと一緒に座って待ってろ」
「はーい」
「わかったっす」
ガドルフたちも荷下ろしに参加して、力になれないウチとその監視員でシルヴィアが残された。
邪魔にならないように馬車から離れて沼地側に移動して、他の請負人と共に警戒に混じる。
沼地エリアの魔物はほとんどが沼地の住んでいて、日向ぼっこか何かは知らないけれど、たまに草原に出て来ることがある。
ウチとシルヴィアが探索している時に2回見た。
「さーてと、それじゃあ沼地探索するっすか?」
「なんでやねん。警戒中やろ。それに、沼地もこの辺りの入り口付近は探索済みやん」
「新しく魔道具が生えてるかもしれないっす」
「生えるて……。いや、合ってるんか?落ちてるとしても誰が落としたかってなるし……。いや、ちゃうちゃう。集団行動してる時に勝手なことしたらあかんやろ」
「今のうちにビッグ沼地ガニ探した方が効率いいと思うんすけどねぇ。警戒も十分人がいるっすよ」
「あー、うーん。そう言われるとそうやな……」
周囲の警戒は万全どころか人が余っているぐらいだ。
全員で積み下ろしをするにしても場所の確保が大変だから、少し持て余しているのだろう。
ウチとシルヴィアが抜けても全く問題はないけれど、流石に勝手に行動するのはまずい。
せめて誰かに言ってから沼に入るべきだ。
「なぁなぁハイゼルさん。ウチらはビッグ沼地ガニ探しにいった方がええ?見つけるまで時間かかるかもしれんし、警戒も人いっぱいおるやろ?」
「そうですねぇ……。これだけ人もいるので、すぐに見つかっても大丈夫でしょう」
「この辺にはビッグ出てけぇへんで。もっと遠くや」
「あぁ。エリアの最初の方は通常サイズでしたね。では、お願いします」
「お任せくださいっす!」
やけにキラキラした笑顔のシルヴィアが、元気よく返事をして、ウチを背負った。
嬉しそうな理由を聞いたら、戦えないのに警戒をすることが苦痛だと返ってきた。
身体強化をしても足止めできるかどうか。
相手がビッグ沼地ガニだったら攻撃範囲の広さに対応できず、1人だったら確実に死ぬとまで言われた。
見つけるだけの警戒にあたるくらいなら、ウチを背負って沼地の探索をした方が何倍も良い。
・・・野営しても魔物は倒せないウチと同じようなもんか。今はウチのおかげでできること増えてるし、その分できへんことが浮き彫りになったんやろなぁ。
「今回はビッグ沼地ガニが出るところまで一気に走るっす!」
「移動は任せてるから好きにしてもろてええんやけど、深い沼地やと前見えへんで?大丈夫なん?」
「問題ないっす!これでも1人で採取してたぐらいっす。気配には敏感っすよ」
「怪我せんしええか」
やる気に満ちたシルヴィアの宣言通り、深い沼地で周囲を泥の壁で囲まれても走り続けた。
そしてその勢いのままビッグ沼地ガニに体当たりを仕掛け、挑発されたと判断したビッグ沼地ガニに追いかけられる。
沼の影響を固有魔法で弾いているとはいえ、相手のテリトリーでは引き離すことはできず何度も攻撃を受ける。
草原に上がってから戦った時には見れなかった泥の塊を吐いたり、周囲の泥を爪に乗せて投げてくる攻撃もあった。
しかし、そのどれもがウチらに当たるも効果はなく、毎回ウチがちょっとビクッとするだけで済んだ。
「連れてきたっすー!」
「おう!見えてるぞ!」
ぶんぶんと手を振るシルヴィアの後ろには、シルヴィアよりも大きなビッグ沼地ガニ。
声を上げなくても警戒している請負人たちには丸見えだった。
ビッグ沼地ガニは途中何度か足を緩めることはあったけれど、その都度シルヴィアが強化していないナイフでガンガンと叩くことで再度挑発し、なんとかここまで連れてくることができた。
「俺が注意を引くぜ!」
「ベアロはただ戦いたいだけやろ!」
ウチらと入れ替わりに斧を肩に担いだベアロがビッグ沼地ガニに向かっていく。
シルヴィアと背中合わせに背負われているウチにはその動きが丸見えで、ニヤけたままのベアロは走った勢いそのままに跳び上がって、斧をビッグ沼地ガニの腕に叩きつけた。
前回の戦闘でも聞かなかった大きな衝突音が響き、近づくベアロに対して威嚇のつもりで頭上に上げていたハサミが大きく後ろにのけ反った。
当たったのは節と節の間だから殻に阻まれていたけれど、ウチでもわかるぐらいの白い傷が付いている。
さすがは威力を求めて戦斧を選択しているだけはある。
着地の隙を狙った逆側のハサミは、斧を盾にして防いでいるし、その間に他の請負人が駆けつけて討伐が始まった。
「シルヴィア押さえてろ!」
「了解っす!」
「動いてなければ狙えるぞ!おらぁ!」
大きな衝突音の後にメキメキと殻にヒビが入る音がした。
シルヴィアがウチの固有魔法を使ってハサミを押さえ込み、ハサミと腕の節にベアロが全力で斧を振り下ろした結果だ。
ヒビだけで済んだビッグ沼地ガニに賞賛を贈るべきか、他の請負人は小さな傷を付けるのがやっとな中のベアロの攻撃を褒めるべきか迷う。
そんな葛藤に翻弄されるウチを背中に置いて、いつの間にか討伐が終わってしまった。
まだ解体用のビッグ沼地ガニを加工した道具は完成していないから、切り分けるために小さなハリセンでペチペチと叩き、ちょっと良い解体ナイフを持った人たちが全力で切り分けていく。
荷運び用の台車に分けた足や本体を載せてロープで縛り、護衛と共に商会の人が帰還の魔法陣へと向かっていった。
沼地エリアではなく、一つ前の丘エリアへと。
流石にビッグ沼地ガニの乗った台車を引いて沼地を進むのは無理だったのだろう。
「よし!一部は警戒!残りは休憩だ!」
「次引っ張ってくるっすか?」
「休憩後でいいだろう。軽く食べたらどうだ?」
「そうするっす」
ハイゼルの雇った請負人の中で、主となるパーティの指示で全員が動く。
ウチらもパーティ単位で参加しているとはいえ、指揮には従うという内容で合意しているため休憩に入る。
その時間にビッグ沼地ガニを引っ張ってこれば効率が良いとシルヴィアは提案していたけれど、干し肉を渡されたことで折れたようだ。
引っ張ってきてそのまま戦闘に入ったのだから、リーダーとしても休ませたいのだろう。
ウチにはその気持ちがわかる。
請負人のリーダーに目を見合わせて頷いてみると、頷いて返してくれたことから、たぶん同じ気持ちだったのだろう。
ウチにも干し肉が渡されたけれど、催促したつもりはない。




