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迷宮王国のツッコミ娘  作者: 星砂糖
ウルダー中迷宮

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216/305

先にやるのはウチ

 

「これを焼いてほしいねんけど」

「無理なんだよ!」


 屋台街にミミの叫びが響き渡った。

 シルヴィアが軽量袋から取り出したのはビッグ沼地ガニの足が2本。

 すでに小さなハリセンで殻を剥く準備は整っていて、後は解体を任せてから鉄板で焼くだけだ。

 だから、それをミミとエリカに伝えようと解体前に寄ったら、全力で拒絶された。

 首を横にぶんぶんと振っているし、隣にいるエリカはビッグ沼地ガニの足を見てあんぐりと口を開けている。

 並んでいた人たちも呆然と足を見ていた。


「何が足らん?解体はこの後お願いするねんけど」

「鉄板が足りないんだよ。それに、火加減も難しくなるんだよ」

「鉄板と燃えるくんかー。鉄板はすぐ用意できるやろうけど、燃えるくんはなー。アンリさんが作れたらええんやけど……」


 まだアンリは作れないはずだ。

 やはり、設計図と完成品の流出を覚悟して、街にある魔道具工房で作ってもらうべきかもしれない。

 広まっても便利になるだけだから、特に気にする必要はないかもしれないけれど、念のため保護者に相談してからにしよう。

 ひとまずは今回持って帰ってきたビッグ沼地ガニの足をどう焼くかだ。


「面白そうなことをしてるねぇ」

「お婆ちゃん!今回も沼の実取ってきたで!」


 屋台の近くで騒いでいたからか、ウチの帰還に気づいた煮込み料理の屋台を営むお婆さんがやってきた。

 今のところ沼の実を使っているのはウチらとお婆さんのところだけなので、数個だけ手に入れてお裾分けしている。

 お婆さんからは沼の実を入れた煮込み料理を貰っている。


「ありがとうねぇ。それで、この大きなカニの足だけど、どうやって焼くか困ってたんだろう?街で催し物をやる時に使う大きな鉄板と焼き台があるから、それを借りて焼けばいいよ。管理は……どこだったかな?」

「大きな鉄板と焼き台……あぁ!あれはいざって時の炊き出しで使うから請負人組合で管理してるぞ!」

「そういうことだよ。組合でどうにかなるようだ」

「せやな。おおきにお婆ちゃん!請負人のおじさん!」


 ウチとお婆さんのやりとりを、先頭に並んでいたおじさんが捕捉してくれた。

 普段は使わない調理用の大きな鉄板が請負人組合にあるらしい。

 少し詳しく聞くと、教会が炊き出しを請負人組合に依頼することがあるそうで、催し物の時以外は請負人組合で管理、使用していた。

 それを借りることができれば、後は焼く場所と火を確保するだけになる。

 鉄板と一緒に屋台も借りるつもりだから。

 そうと決まればシルヴィアと一緒に組合へ行き、解体をお願いした後に交渉しよう。


「これの解体をお願いしたいっす。注文付きで」

「注文?内容によるぞ。追加料金もな」

「問題ないっす。内容は左右じゃなくて上下に殻だけ真っ二つにしてほしいっす。他のビッグ沼地ガニと違って、持ち込んだものは簡単に解体できるはずっすよ」

「へぇ、そうかい。なら、他と変わらなかったら料金は上がるぞ?」

「それでいいっす。よろしくっす」


 解体受付では足が乗せられなかったため、解体場へ移動してから2本の足を大きな机に置いた。

 何人かで一気に解体するのか、シルヴィアと話した解体担当者は、解体ナイフを持った何人かを呼んで足を取り囲んでいた。

 それを見届けてから、ウチらは受付へと向かう。


「いらっしゃいませシルヴィアさん、エルさん。今日はどういったご用件ですか?エルさん宛に掃除の指名依頼は来てませんよ」

「そっか、おおきに。でも、今日は依頼の確認ちゃうねん。なんか炊き出しで使う大きな鉄板があるらしいやん。それを借りたいねん」

「炊き出し用鉄板をですか?炊き出しの依頼書を持たずに?」

「せやねん。ちょっと大きな食材を焼きたくて、お婆ちゃんに言うたら組合で大きな鉄板あるって聞いたから来てん」

「そうですか。残念ながら、あれは炊き出しの依頼や催し物の依頼の時に使う物で、貸し出しはしていないんです」

「あー、備品っすもんね。せめて貸出用品だったら話は別だったかもしれないっすけど」


 話を聞いた時はいけると思ったけれど、組合が管理しているとはいえ貸出はしていなかった。

 3人でうーんと悩んでいると、受付の後ろにある書き仕事などを中心にしている事務担当のおじさんが休憩がてらこちらに近づいてきた。


「どうしたんだ?何か問題か?」

「あ、別に問題という程ではないんですけど……。炊き出し用にある大きな鉄板を使いたいそうです。ただ、あれは貸出用品ではないので出せませんと返事をしたところです」

「ふむ。確かに貸出はできません。価値はそれほど高くないとはいえ、備品を持ち逃げされては困りますので」

「まぁ、そうっすね。請負人なら罰せられるかもしれないっすけど、逃げられたら面倒なことになるっす」

「逃げたら実力のある請負人を差し向けますけどね。それで、鉄板は何に使うつもりなんですか?炊き出しですか?」

「炊き出しちゃうで。大きなカニの足を焼きたいねん。屋台で使ってる鉄板やと足りへんし、今から作ってもらうのもあれやん。だから借りられへんかな思ってん」

「そういうことですか……。そうですねぇ……。お2人が持ち逃げするとは思わないのですが、うーむ。手がない訳ではないですな」

「ほんまに?貸してくれるん?」

「はい。依頼を出していただければ可能です」

「依頼?」


 貸出の依頼を出すのだろうか。

 貸してくれるのは組合なのに、その組合に依頼を出す理由がわからない。

 貸出料として依頼料を取りたいのかもしれない。


「炊き出しの依頼をシルヴィアさんかエルさんに出していただきます。そしてその依頼を出されてない方に受けていただきます。これで炊き出し用の鉄板は使えますし、返却されなければ依頼を受けた方が罰せられます」

「なんかズルない?」

「賢い方法でしょう?」


 おじさんが片目を瞑って答えてきた。

 可愛くない。

 せめて受付のお姉さんがするべきだ。


「冗談はこれぐらいにして、こういうグレーな方法は他にもあるんですよ。領主様がその息子の実績づくりに指名依頼を出すようなものです」

「何となくでしかわからんけど、そういうもんか」

「えぇ、そういうものです」


 そういうものとして理解しておく。

 おじさんとやりとりをしている間に受付のお姉さんが用意してくれた依頼書に、シルヴィアが炊き出しの依頼を出す。

 それをウチが受ける。

 依頼料は最低額の銅貨2枚で、報酬は銅貨1枚。

 残りの銅貨1枚は組合の手数料となった。

 手続きが終わればおじさんに倉庫へと案内されて、大人が簡単に寝っ転がれるほど横長の鉄板と、鉄板を支えるための留め具付き鉄の棒を渡される。

 鉄板の下で火を起こすだけの簡単焼き台のようだ。


「これでよろしいでしょうか?」

「問題ないと思うけど……」

「問題ないっす。焼けるっす」


 確証がなかったからシルヴィアに目を向けた。

 鉄板とビッグ沼地ガニの足はどちらもウチより大きい。

 その2つのどちらが大きいか、鉄板に足が乗せられるかについて自信がなかったから。

 その点シルヴィアはウチより大きく、鉄板で焼くということも知っていて、カニの足と鉄板両方に触れているから、大きさの比較がしやすいはずで、その予想は当たっていたようだ。

 そして棒を軽量袋に入れて、鉄板を担いだシルヴィアと解体場へ向かって足を回収し、屋台へと戻った。


「借りてきたでー」

「エルちゃんどこで焼くの?」

「ん?裏手で良くない?ここも含めてウチらが借りてる場所やろ?」

「それはそうだけど……。裏手って下ごしらえしたり備品を置く場所のはずだよ?」

「そっかぁ。じゃあ机とか並んでるところ空いてるし、あそこでええんちゃう?」

「そうっすね。わたしが許可もらってくるっす」


 エリカに指摘されて場所に困ったけれど、座って食べられるように机がたくさん並んでいる場所の横が空いている。

 請負人たちが食事をする際に武具や迷宮で取ってきた物を置くスペースだ。

 他にも屋台から少し離れるけれど、訓練や準備をするための広場もある。

 今回は食べ物を扱うということで、机横のスペースにした。

 無事シルヴィアが許可を取ってきてくれたから、棒を立てて鉄板の準備をした。


「しゃー!やるでー!」

「やるっすよー!」


 調理はウチとシルヴィアで行う。

 ミミとエリカは屋台があるからだ。

 それを机を囲んでいる請負人たちがチラチラと見ていたけれど、ビッグ沼地ガニの足を鉄板の上に置いてからは凝視されるようになった。

 そんなことはお構いなしに火加減の調整と、焼き加減の確認に必死になっていたら、いつの間にか周囲に人集りができていた。


「めっちゃ囲まれてるやん!」

「そりゃこんな良い匂い放たれたら来るだろ!」

「ここで出してるってことは買えるんだよな?!」

「食ったばかりなのに腹が減ったぞ!」


 火加減の調整と焼き具合の確認、溢れた汁が鉄板で焼ける香りに恍惚としている間に、鉄板の周辺は人で溢れていた。

 一応調理の邪魔にならないように距離は取ってくれているのか、少し間を空けて香りを楽しんでいるおじさんたち。

 少し離れたところには、女性の一団もいる。

 一応ミミのところにビッグじゃない沼地ガニも4つ置いてきたけれど、ここにいる人たちは屋台に寄ってないだろう。


「なんぼにすればええと思う?」

「屋台で出す沼地ガニよりも高い方がいいと思うっす。向こうは一切れ銅貨10枚だったから、こっちは15枚でいいんじゃないっすか?」

「せやな。そうしよか。薪代には十分どころか儲けもしっかり出るし。後はどれくらいに切るかやけど……。そこのおっちゃん!」

「俺か?なんだ?味見か?」

「残念ながら味見じゃないねんな〜。このカニの足を切り分けるねんけど、どれくらいの大きさがいいと思う?値段は銅貨15枚!」

「むむっ」


 ウチの問いかけに、鉄板の真正面にいたおじさんが唸る。

 周囲はお前の選択が大事だとか、大きく言えだとか好き勝手囃し立てる。

 あまりにも大きすぎるとウチが却下するから大丈夫なはずだけど、この盛り上がり方はちょっと怖い。


「そうだな……。身も大きいし、ステーキぐらいで切り分けると食いでもあるんじゃないか?」


 周りが盛り上がる。

 どうやらステーキぐらい肉厚で大きく切り分けたら良さそうだ。


「これくらいでどない?」

「おぉ!美味そうでいいじゃねぇか!」

「じゃあこれで銅貨15枚な!買う人は並んでや!」


 ウチの号令に文句言わずサッと並ぶおじさんたち。

 遅れて女性の請負人パーティも並び、遠巻きに様子を見ていた人たちも並ぶ。

 パッと見た感じで30人以上いるようだけど、足1本で50人前は余裕である。

 しっかり切り分けたら100人でも行き渡りそうなこのビッグ沼地ガニの足は、もう一本ある。

 じゃんじゃん切り分けてはお金を受け取り、合間にウチとシルヴィアも味わっていると、少し離れたところで一緒に狩りをした請負人に囲まれたハイゼルと目が合った。

 にっこり笑っているのは商機を見たからだろうか。

 ウチはたまにこれが食べられたらそれでいいので、後は本職のハイゼルに任せることにして、とりあえず頷いておいた。

 ハイゼルは首を傾げていたけど。


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