小さく叩く
「ダメみたいっすね」
「やっぱあかんか。ハサミがデカすぎるもんな」
10人を超える請負人で倒したビッグ沼地ガニ。
それを解体しようとそれぞれが解体ナイフを手にしたけれど、魔力で強化しても殻を破ることはできなかった。
ならばと武器を手にして振るえば、殻と一緒に身もぐちゃぐちゃになる。
足の捌き方を教えた商会に雇われている人という事で、開き直ってビッグ沼地ガニのハサミを使うやり方を教えたけれど、2人がかりで扱うハサミは上手く使えず失敗した。
外側を持った2人が体をぶつけ合うようにしないと切れないのだから、息があってる2人組じゃないとできない。
それをガッチリとしたおじさん2人でやるのだから、見た目が良くない。
戦闘後だからぼろぼろで、おじさん急接近は非常に良くない。
せめて身綺麗だったら……結局は変わらない。
「これどうやって持って帰ってるん?」
「足は捨てていくな。砕いたら中身と混ざるだろ?だから、使える部分がないんだよ。食うのもなんか気持ち悪いじゃねぇか。肉って感じもしねぇしよ。だから、本体とハサミぐらいだな」
「もったいないけど食べづらいならしゃーないか。体とハサミはどうやって解体してるん?」
「俺たちが使うようなナイフじゃなくて、専用にこしらえて魔物素材で強化したやつを使ってるはずだ」
「おー、専用の道具か。おっちゃんたちもそれ持ったらええんちゃうん?」
「おっちゃんたちも持とうとはしたんだがな。強化した分魔力消費が激しくなるんだ。魔力を消費して魔物を倒した上で、さらに魔力を消費して解体するのは効率が悪いし、いざという時に戦えないかもしれまいだろ?だから、持ち帰りやすいように一部だけにしてるのさ」
「ほうほう」
迷宮の中で戦えなくなったら、後は死ぬだけだ。
帰還の魔法陣を目指して進んだとしても、いつ魔物に遭遇するかわからない。
そんなリスクを負うぐらいなら、持って帰る素材を厳選して、価値のあるものだけにするのは納得できる。
お金や実力があれば解体専門の人員を連れて迷宮に入る事もできるけれど、ビッグ沼地ガニについてはまだその価値があるかわからない状態だ。
「で、どうやって解体しよか。というか、そもそも何で解体できへんの?いまいちわかってへんねん」
「あー、お子ちゃまには難しいか。簡単にまとめると俺の解体ナイフの力を10とするだろ。魔力で強化しても15ぐらいにしかならないんだ。でも、カニの足は30の力がないと壊せなくて、50の力がないと綺麗に切れないんだよ。嬢ちゃんが見つけたハサミで切る方法は、50の力があったって感じだな」
「元からすごい力があったってこと?」
「そうだなぁ……。元の力は30か40ぐらいで、溜まってる魔力のおかげで50や60になったってことなんだが……」
「素材に魔力が溜まってるから強なってるってことやんな?」
「そうだ。時間をかければ魔力が抜けていくから素材自体は弱くなる。それを職人たちが魔力を流しながら作業して補強したり、使用者が魔力を流して強化するんだ」
「ふむふむ。じゃああのビッグ沼地ガニの足から魔力がなくなったら切りやすなるってことやんな?」
「そうだが、殻を利用するのはともかく身は腐るぐらい時間がかかるぞ」
「大丈夫や!ウチに任せとき!」
ハリセンを出して、節で切り落とされた足に近づく。
そして上から一気に叩きつける。
スパンと響く乾いた音に、周囲の請負人たちが注目した。
ウチは解体に挑戦していた人を呼んで、叩いた部分を中心にもう一度やってみてほしいとお願いし、その結果を待つ。
2人はダメだったけれど、3人目で殻に切り込みを入れることができた。
どうやら解体ナイフの性能が違うようだ。
「お嬢ちゃん何したんだ?」
「ん?これで叩いて魔力を抜いてん」
「魔力を……。それも固有魔法だよな?」
「せやな。直接魔物を倒したりはできへんけど、気絶させるぐらいならなんとかなるで。人間も」
「そりゃこえぇな。よし!殻を剥ぎ取れたぞ!」
「よっしゃ!焼く……のは鉄板ないか。切って煮込む?」
「それしかないな」
大人ほどもある長い足の一部だけ殻を外し、中から出てきた肉厚のカニの身を鍋に入れる。
野営用の鍋なので、切った身を入れるだけでほぼ満タン。
水を入れて火にかけたら、沸騰したお湯が溢れてしまった。
そうして出来上がった茹でたビッグ沼地ガニの身を、ウチが1番最初に口にする。
これが全員で狩る時の約束だからだ。
「んー?普通の沼地ガニとあんま変わらん?むしろ普通の方が美味しいかも?」
「どれどれ……。本当っすね。なんかあっさりというか後味が濃厚じゃないというか……。いや、美味しいことに変わりはないっすけど……」
「あー、そりゃあれだ。身の魔力も抜けてるからだろう」
「強く叩きすぎってことやな」
全員で味見をした結果、誰もがいまいちと評した。
原因はハリセンで思いっきり叩いたことで、身に宿る魔力も無くなったことで味が落ちたらしい。
魔力で野菜を季節関係なく育てたり、上質にする事もできるのだから、その魔力がなくなれば味が落ちるのもわかる。
魔力自体に味があればもっと面白いことになりそうだけど、さすがにそれはないそうだ。
「じゃあ今度は弱く叩くな?」
「あぁ。解体は任せろ」
そうして何度もハリセンで叩いたら解体して茹でることを繰り返した。
ウチのお腹いっぱいになり、これ以上食べられなくなったぐらいで、ちょうど良い叩き方が決まった。
それは、ハリセン自体を小さくして、軽く叩く程度で、力加減はそこまで難しくなかった。
「美味い!これなら名物になるな!」
「見た目のインパクトもありますね!」
「屋台2つか3つ繋げて鉄板で焼いたら良いだろう!」
「やっぱ焼きで食べたいよな!」
そんな風に盛り上がるのを若干恨めしげに見る。
徐々に味は良くなっていたけれど、完成したものを食べる余裕はなかった。
シルヴィアは堪能していたけれど。
そして問題はまだ残っている。
ウチ以外で捌く方法だ。
しかし、これはビッグ沼地ガニのハサミを上手い事加工すれば、近いうちに対応できるだろうということだ。
そして別れ際には、しばらくウチにビッグ沼地ガニの採取依頼が舞い込むだろうと言われた。
ハサミと足の確保に力を入れたいんだろう。
ハイゼルから依頼がくれば受けると言って、ウチとシルヴィアは沼地の探索に戻った。
お腹を空かせるために。




