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迷宮王国のツッコミ娘  作者: 星砂糖
ウルダー中迷宮

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214/305

ビッグ沼地ガニ討伐戦

 

 ウチを背負ったシルヴィアは、沼地エリアの奥へと進む。

 沼地を突っ切れば早いかもしれないけれど、魔物との遭遇率も上がるため、沼地の周囲に広がる草原部分を選んで進んでいる。

 その後ろには少し距離を空けて、屋台でカニを味わっていた請負人たちが続いている。

 ウチが大声で宣言したことで興味を引いてしまったからだ。

 ウチがシルヴィアに背負われることで、後ろに向けて目を向けることになっているせいか、あまり近づいてこない請負人集団。

 適度に距離を保ったまま、草原のために魔物と遭遇することなくビッグな魔物が出てくる場所までやってこれた。


「ビッグが住んでるからやろうけど、沼地もめっちゃデカいな。向こう側の草原見えへんやん」

「探索するのも面倒になる程っす」

「こん中に大人を挟んで振り回す沼地ガニがおるんやんな?」

「そうっすね」

「何も動いてへんで?」

「潜ってるんすかねぇ?」


 ウチらの前には対岸が見えないぐらいの沼地が広がっていて、誰も活動していないせいか波風立っていない綺麗な平面だ。

 時折遠くの方でポコポコと気泡が弾けている様子から、そこに魔物がいるのがわかる。

 それでも岸辺からは結構離れていて、固有魔法がなければ沼地に入るか弓などで注意を引くしかないため、非常に面倒な戦闘になるだろう。

 平地でなら倒せる相手でも、足場の悪い沼地や体が半分沈んだ状態となると勝手が違うから、簡単には狩れない。


「どうする?入ってみる?」

「わたしたちには引きつける方法もないので、それしかないっすね。エルは問題ないっすか?」

「問題?」

「付いてきてる人に固有魔法がバレるっすよ」

「別にええよ。秘密にしてへんし、聞かれたら答えるぐらいやわ。だってウチみたいな見習いぐらいの子どもが迷宮の奥におるねんで?気になるのはしゃーないわ」

「それはそうっすね。わたしも別パーティにいてエルを見かけたら声かけると思うっす」

「せやろ」


 話がひと段落したので、シルヴィアが沼に足を入れる。

 その足を避けるように泥が分かれて、ぽっかりと底まで見えるようになる。

 そんな現象を少し離れたところから見ていた商会の請負人たちがざわついていたけれど、ウチらに影響はないので無視して進む。

 最初は足首ぐらいだった沼も、奥へと勧めば膝、腰と深くなり、やがてウチらを飲み込むぐらいになる。

 頭上は空いていて迷宮の空が見えるぐらいだけど、周囲は泥の壁しかない。


「こっからじゃ大まかな方向しかわからないっすね」

「泥の壁やもんなー。ここで背負子壊れたらシルビアさんえらいことになるな」

「怖いこと言わないでほしいっす!後で点検するっすよ!帰ったらもっと頑丈なやつにした方がいいか検討もするっす!」


 シルヴィアの不安を煽ってしまった。

 もしも今背負子が壊れたら、頭上よりも上に広がっている泥の壁が一気に押し寄せてくる。

 ウチは固有魔法で弾けるけれど、シルヴィアは飲み込まれて沼の底に沈むことになり、底から這い上がれるかはわからない。

 身体強化はできるから、恐らく脱出することは可能だろうけど、その後の移動も時間がかかるせいで魔物に襲われたら危ないだろう。

 念のため背負子を軽く触って問題ないか確認したら、シルヴィアから今は触らないでほしいと叫ばれた。

 ごめん。


「ん?なにか動いたっす」

「どこ?」

「右っす」

「んー?」

「わたしから見てっす」

「あ、こっちか」


 しばらく進んだところで足を止めて周囲を警戒する。

 背中合わせになるよう背負われているため、シルヴィアの言う右はウチにとっての左になる。

 固有魔法頼りであまり警戒しないこともあって、咄嗟の方向指示に弱い。

 普段はそれぞれ見たい方を見ているし、前方はウチに見えない。

 物を見つけたら見えるように体を傾けてもらうか、手渡してもらうことばかりだ。

 今後はもう少し注意して動いた方がいいかもしれない。


「泥で何も見えへんけど、なんか固有魔法反応してるな」

「何かいるってことっすね」

「まぁ問題ないって感じはするから、出たとこ勝負でええんちゃう?」

「怪我しないとしてもいきなりは驚くっすよ」

「それはそうやな」


 立ち止まって周囲を警戒し続ける。

 前方はシルヴィア、後方はウチと分担していると、ウチから見て左手にあった固有魔法の感覚が移動する。

 徐々にウチの正面へと周り、少し止まったかと思ったらさらに動いて右側へ。

 少し感覚が薄くなったから離れていくのかと考えたところ、急に泥の壁から何かが飛び出してきた。


「おー」

「うわぁ?!何ごとっすか?!」


 後ろから襲われた形になるシルヴィアが大声を上げた。

 ウチらを挟み込むように大人の胴体ほどもある何かが、泥の壁から突き出ている。

 いや、実際に挟んで真っ二つにしようとしているのか、力を込めてプルプルしている。

 泥の壁から出てきたのはビッグ沼地ガニのハサミだった。

 巨大なハサミはウチらを丸々挟み込んでもなお余り、シルヴィアの手を前に出しても先に届かないぐらい大きい。

 断面は鋭く、下手に手を触れたら切れてしまうだろう。

 そんなハサミに挟まれても、固有魔法はきっちりと仕事をしてくれている。


「後ろに周ってるなら言ってほしかったっす……」

「ごめんやで。なんか感覚薄なって離れていったとばかり思ってん」

「次からはお互い気をつけて報告しあうっす」

「せやな。気をつけるわ」


 安全だとわかっているせいで、報告が遅れてしまった。

 今度は感覚の動きも伝えようと決意して、いまだにギチギチと挟み切ろうとしてくるビッグ沼地ガニのハサミを見る。

 普通の沼地ガニはシルヴィアなら倒せるウチよりも大きいぐらいのサイズだけど、ハサミだけで大人を挟み切れそうなほど大きいビッグ沼地ガニを倒す方法は考えていなかった。

 何とかなると思っていたけれど、大きすぎて何とかならないかもしれない。

 ウチがハリセンで叩いて魔力を散らせて、そこをシルヴィアが倒せばいいはずだけど、魔力が散れば味が落ちそうだし。


「どうやって倒すっすか?」

「シルビアさん頑張れへん?」

「まぁ……時間をかければいけるかもしれないっすけど、傷だらけになる上に持って帰るのも大変っす。岸に引き連れて行って、ついてきた人たちにも戦ってもらった方が良くないっすか?」

「えー。それしたら素材も分けなあかんやん」

「でも、エルが欲しいのは美味しい部分っすよね?そこを優先してもらえたらいいんじゃないっすか?数が欲しいならしばらく引きつけ役やればいいっす」

「んー……その方が早く倒せる?」

「間違いなく早いっすね」

「じゃあそうしよか」


 決まれば早かった。

 ハサミをここ開けて逃げ出し、距離を保ったまま岸まで戻れば簡単についてきた。

 こっちから攻撃していないからか、弱い獲物に見えているのかもしれない。

 泥の壁を掻き分けるように岸へと戻れば、泥が減り始める途中からビッグ沼地ガニが泥より上に体を表す。

 それを見ていた岸辺に残った請負人たちが、臨戦体制で迎えてくれた。

 シルヴィアがサッと取り分などの話をつけて、共闘することが決まった。

 こちらの要望は最初の一口がエルであること、食材は山分け。

 向こうに要望は量が欲しいからもう2匹ほど連れてきてほしいというものだった。


「くるぞ!」

「足の節を狙え!」

「身軽なやつは後ろから登れ!」

「ハサミに気をつけろ!しっかり武具に魔力を流せ!」

「ハサミの片方はわたしが押さえ込むっす!」

「任せた!」


 ビッグ沼地ガニの甲羅を得るために戦ったことがある請負人に指揮を任せて、10人以上の請負人がビッグ沼地ガニと対峙する。

 全身陸地に上がってから見る大きさは、大人ほどの高さで曲がっている足、それに支えられる巨大な体と、なかなかの迫力だ。

 少なくとも1人で戦う相手ではないように見える。

 強固な武具と上手い身体強化があれば可能かもしれないけど。


「おらぁ!……堅ぇな!」

「ハサミくるよ!」

「任せるっす!」

「大丈夫だとしても怖い光景だなぁっと!おらぁ!」


 積極的に足を攻撃する請負人がいたけれど、節の位置が高いため、表面に剣を叩き込んで弾かれていた。

 その隙を狙ったようで右手のハサミが迫り、ウチを背負ったシルヴィアが割り込んで止める。

 攻撃されながらビッグ沼地ガニを誘導しても無傷だったところを見ていても、咄嗟の動きには驚いてしまうようだ。


「押さえたっす!でも、止まるのはハサミとハサミに繋がっている部分だけっす!」

「十分!下がってるなら節が狙える!」


 開いたハサミに体を突っ込み、両手で押さえるシルヴィア。

 固有魔法の影響で手が切れることなく、こちらから掴んでいるせいで離すこともできなくなった。

 そこにハサミの付け根を狙って剣を叩きつける請負人によって、人で言う手首部分に切れ込みが入っていき、しばらく攻撃を続けると切断することができた。


「ギチギチギチギチ!」


 ビッグ沼地ガニは泡を吹き出しながらハサミが切れた腕をブンブンと振り回しつつ後退する。

 その腕に何人かが巻き込まれて吹っ飛ばされたけれど、強化していたからそこまでのダメージはないようで、すぐに起き上がっていた。


「もう一度止められるか?」

「やってみるっす!」


 振り回される腕の軌道に体を入れたけれど、固有魔法に弾かれて拘束できなかった。

 迫ってきた瞬間を掴み取らないといけないけれど、巨大な分大きく動くため難しい。

 何度も挑戦してようやく掴んだ時には、別の足の表面にヒビが入るほど攻撃できていた。


「暴れてる腕を掴むより、他の足を掴んで止めた方がよくないっすか?」

「できるのか?さっきのはハサミを押さえ込んでいただけだろう?」

「できるはずっすよ。エルできるっすよね?」

「できるで。動くことで掴んでるウチらが危なくならんように動かれへんねん。もっとくっ付いたら足も攻撃受けへんようになるかもしれへんけど、掴むだけなら問題ないやろ」


 ウチの言葉を試すようにシルヴィアが手を添えると、ビッグ沼地ガニの足が動かなくなる。

 そうなると動きを止めている原因を排除すべく攻撃も加えられたけれど、固有魔法で弾かれる。

 試しにシルヴィアががっしりと抱きついたら、足全体に請負人の攻撃が通らなくなり、逆に手を痛めそうになっていた。

 こうして色々試しつつ、どう戦えば効率がいいか探ったけれど、結局動きを封じて力任せに攻撃を加えるだけになった。

 しかも、ある程度ダメージを与えたり足を切断すると逃げようとするので、終盤はシルヴィアが沼への壁として塞がり続けることになった。

 その甲斐あって随分ぼろぼろになった請負人たちと、ビッグ沼地ガニの死体を囲むことができた。


「後は捌いて焼いたり煮たりするだけやけど……デカいな」

「これ捌けるっすか?」

「とりあえず纏めるから、どうするかはそれから考えようぜ。取り分の事もあるしな」

「せやな」


 請負人のおじさんに従って、散らばった爪や足を草原に集める。

 そこから分配の話だけど、揉めないように気をつけよう。


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