賑わう沼地とほとりの屋台
カニは焼き、あるいは茹で。
エビは焼きも湯でも揚げも万能。
沼地の実は揚げというころがわかった日から2日休み、また沼地エリアに戻ってきた。
今回も沼地探索だ。
「お?なんかようけ人おるな」
「そうっすね。みんなカニ狙いっぽいっすね」
「どこぞの商会が依頼でも出したんやろなきっと」
「あー。あの商会っすねきっと」
ハイゼルの商会だ。
ウチらから情報を貰ってすぐに請負人を送り込んだのだろう。
沼地エリアの始まり地点周辺には請負人がそこそこ居て、一様に大人が1人は確実に入る籠を背負っているし、一部ではカニの足が飛び出ている。
頑張れば2人が入りそうな籠を見て、背負子じゃなくてもいいんじゃないかと考えながら沼地エリアを奥へと突き進んでいく。
この辺りは探索済みだから、人を避けていくに限る。
沼地ガニも奥に行けば大きくなるし、ウチらが探索していないところでは人の2、3倍近いビッグ沼地ガニも出てくる。
食い出を求めるならビッグを狙ってもいいかもしれないけれど、ウチらじゃなければリーチの差で怪我を負う危険性が一気に高まる。
心の中で請負人に声援を送り、気がつけば探索していない沼地の底に入っていた。
「なんか貝殻とか出てきたっす」
「おぉー。デカいな。魔道具やったりせん?」
「貝殻型のっすか?あり得なくはないと思うっす。貝の魔物だったら素材にもなるはずっす。一応持って帰っておくっす」
「一個ちょうだい」
「どうぞっす」
シルヴィアが見つけた貝殻は、平べったいものや巻き貝、色も白から黒っぽいものに青や赤などの鮮やかなものがあり、大きさはうちの手のひらにちょこんと乗るものもあれば、しっかり握らないと落としそうなほど大きいものなど様々だった。
それを皮袋に入れていき、大きな巻き貝をもった時に声をかけたらそれを貰えた。
「何してるんすか?」
「え?巻き貝を耳に当ててるだけやで?」
「何お意味があるんすか?耳当てにしては硬いっすよ?砕けたら刺さるっすよ?」
「巻き貝を耳に当てたら海の音がするらしいやん?だからやってみよ思って」
「何すかそれ。聞いたことないっす」
「なんかざーざー聞こえるわ。あんま楽しくない……」
「聞くだけなら酒場や広場で披露されている吟遊詩人の歌の方がいいっす」
「それを言われたら何も言えへんわ。遊び心も大事やで?」
「迷宮の中で遊び心求めてるのはエルぐらいっす」
「アンリさんも求めてるで」
「そう言われるとそんな気がしてきたっす」
魔法に興味深々だったアンリは、魔道具の作り方を見て魔道具にも興味を持った。
そして今は素材に興味が移っていて、魔物を見ると素材にしか見えず、どんな特性があるか攻撃させて確かめている。
ウチが食べられるかを気にするように、魔道具として使える部位がないか探しているのだ。
魔力で強化された防具や盾を使い、散々魔物の攻撃を受け止めている姿は、横で見ていると狂気すら見え隠れしている。
一部では迷宮騎士の新しい訓練ではないかと言われていた。
「レンガっぽい石や何かの道具っぽいものも出てくるようになったすね」
「ゴミやな」
「もしかしたら歴史的価値があるかもしれないっすよ?」
「持って帰るならウチはカニの方が良いと思ってしまうわー。歴史的価値ってあれやろ?めっちゃ調べるから買取まで時間かかるやつやろ?面倒やわ」
「確かに時間はかかるっすけど、場合によっては高額になる物もあるかもしれないっす」
「う〜ん。あんま興味ないな。ウチは堅実に稼ぐ方が良いわ」
「堅実に稼ぎたい人は屋台と請負人を兼任したりしないっす!」
そうだろうか。
自分で狩った魔物の肉で屋台をすれば仕入れにかかるお金が減る。
狩りに出る分屋台をやる時間も減ってしまうから、その辺りは貴重な魔物を狙うなどしてバランスを取れば良い。
しかし、シルヴィアの言う通り屋台に注力して、肉は請負人に頼んだ方が堅実さでは上だろう。
これ以上は反論せずに黙っておくことにした。
「またガラクタっすね」
「今度はなんなん」
「よくわからない何かが書かれた布っぽいビロビロっす」
「なんやそれ。泥の中から出てきたら使い道ないんちゃう?書かれてる内容もわからんやろ」
「そうっすけど、一応持って帰るっす」
「好きにしたらええけど……綺麗にできる人おるんやろか」
「わかんないっす。その辺含めて丸投げっす」
「せやな」
どうしてもカニや沼の実と一緒にいれて欲しくない物以外なら、シルヴィアの判断に任せている。
結局レンガやよく分からない棒、欠けた器に金属の破片などを1つの皮袋にまとめて入れて、さらに軽量袋の中に突っ込む。
カニや沼の実は別の皮袋に入れているから、袋同士がぶつかることはあっても、中身が混ざることはないので安心だ。
そもそも全部に泥がついているから、混ざる前で汚れているけれど、気持ちの問題である。
「おー?なんかできてるっす」
「ん?屋台っぽく見えるな」
「そう言われるとそう見えるっすね。迷宮で屋台?森林エリア付近で村を作ろうとしているやつの一環すかね?」
「どこでも美味しいものが食べられるみたいな?ええやんそれ」
「想像っすけどね。あと、お金足りなかったらどうなるのかとか色々気になるっす」
「じゃあ行ってみよか」
「そうっすね!」
3日かけて沼地の調査をした帰り、ひとつ前のエリアにある期間の魔法陣を目指していると、エリアの境に木製の何かが建っていた。
家っぽい部分もあるけれど、突き出た屋根の下で窓口のようにぽっかりと開いたところに人が群がっているのは、屋台か料理を持ち替えられるお店のように見える。
しかも、その建物の周りにはとりあえず削り出しましたとばかりの無骨な机や、座れればいいんだろと言わんばかりの丸太がゴロゴロしていて、遠目でも買った物を食べているように見えている。
そんな場所に近づいていくと、カニやエビの焼ける匂いが漂ってきた。
「カニとエビっすね」
「行動早すぎへん?どうせハイゼルさんとこやろ」
組合で話した請負人たちが屋台まで出すとは思えない。
そうなると沼地ガニの捌き方を教えた残りはハイゼルしかおらず、本人も請負人だったことからこういった行動をとっても不思議ではない。
早いとは思うけど。
「いらっしゃい!沼地ガニと沼地エビの屋台だよ!持ち込みで値引きもあるよ!」
「やっぱり屋台やったか」
建物に近づいたら窓口になっている部分にいるおじさんから声をかけられた。
予想通り屋台のようで、鉄板の上で沼地ガニと沼地エビが焼かれている。
あと、肉類も。
野菜はない。
運ぶのに手間がかかるからだろう。
「なんだい嬢ちゃん背負われてるじゃないか。怪我でもしたのか?」
「大丈夫!元気やで!」
「そうかい!そりゃよかった!ところで食べていかないか?まだできたばかりであんまり人が来ないんだよ!」
「3日前にはなかったし、客入りに関しては仕方ないんちゃう?それにしては結構客おる気がするけど」
「ここに居るのは商会に雇われている請負人がほとんどさ。カニやエビを取りに来たついでに味わってるんだよ。自分たちが獲った食材がどうなるのかの確認だな」
「なかなか受けはええ感じやな」
「ああ。だが、酒がないのがなぁ……。迷宮で食う取れたての美味い物。酒が欲しくなるってもんだが、周囲の警戒もしなきゃならねぇ。貧乏くじとは言えないがままならねぇな」
「魔物出てくる場所で酒はなぁ……」
周りで盛り上がっている人たちが飲んでいるのは、皮袋か水生みの魔道具で出された水だ。
それでも美味しいことに変わりはないけれど、大人としては酒が欲しくなるんだろう。
シルヴィアも家でカニやエビを食べる時は酒を用意していたし、アンリも飲んでいた。
ウチとミミは水か果実水だけど。
「せっかくやし食べよか」
「そうっすね。持ち込みで」
「あいよ!食べきれない分は買取に回すから、とりあえず腹一杯になるまで食ってくれ!会計はそれからだな!」
「へー、そんなやり方なんやな」
「計算が面倒そうっすね」
「会計は商会の奴がやるから問題ないんだ。俺は調理といざって時の戦闘担当だ!」
獲ってきていたカニとエビを渡し、ついでとばかりに色々話を聞く。
やはりハイゼルが所属する商会が出した屋台兼宿泊所のようで、エリアの境目は魔物の出現率が下がることからこの場所に決めたらしい。
狙いは迷宮の中を探索する請負人に沼地ガニの美味しさを知ってもらうことで、味を知れば持ち帰るのに忌避感がなくなるからだ。
それぐらい沼地ガニは食材として嫌われている。
流通させる前に取ってくる人の理解を得たいというのがハイゼルの言い分で、そのための迷宮内出店となる。
最初は売れないだろうから、普通に素材採取や探索も行い、赤字を補填する。
それだけ力を入れてくれるなら、沼地ガニが街で食べられるようになるのも早そうだと、1人頷いて満足した。
「お待ち!味付けは塩とレモンだ!」
「え?!レモン真似されとる!」
「ん?真似?俺は商会から言われた通り出してるだけだが……。というか真似って発案者の請負人2人組ってお前さんたちか!」
驚く店主のおじさん。
さっきまで得意げに沼地ガニがいかに美味いか、殻を剥く方法は教えられないものだと色々説明していたことを思い出して、若干耳が赤くなっている。
それよりもレモンが出てきたことの方が、ウチにとっては問題だ。
家か迷宮の中でシルヴィアと楽しんだ時にしか出していないから、ウチらから知られる可能性は低い。
にも関わらず、ハイゼルは自力で辿り着いていたようだ。
恐るべし商人の売るための努力。
ウチが考えられる程度の味変にはすぐ気づくのだろう。
しかし、エビ揚げは出されていないから、まだ新しい屋台の案はある。
そんなことを食事をしながら考えていると、別のテーブルで食べていた請負人が話しかけてきた。
「なぁなぁ。沼地ガニを積極的に狩り始めたのはお2人って本当か?」
「え?そうなん?誰も狩ってなかったん?」
「盾た防具のために本体を狩る人はいても、食べるために足を狙ってた人はそんなにいなかったはずっす。なのでわたしたちで合ってると思うっすよ。たぶん」
「たぶんなのか」
「沼地ガニの足の食べ方をハイゼルさんに教えたのはウチらやで。積極的に狩ってるつもりはないねんけど……」
「軽量袋から足が突き出るほど集めてるのは積極的だろ。俺たちはまだ皮袋が程よく膨らむ程度しか集めれてないしな」
「そうなん?近づいてガッとやるだけやろ?」
「その近づくのが面倒なんじゃねぇか。石投げて沼から出てくるのを待った方が安定して戦えるぞ」
「あー、それもあったな」
固有魔法のおかげで苦労していないから意識してなかった。
ウチらは沼の中に突っ込んでいき、攻撃を受け付けないことをいいことに、一方的に殴ったり足を折ったりやりたい放題している。
しかし、普通の請負人は足が取られたり、場所によっては腰よりも深い沼で戦うようなことはせず、魔物を誘き寄せている。
ビッグが付いていないとはいえ迷宮に出てくる魔物だから、沼地ガニですらウチより大きい。
そんな魔物に身動きが取れない場所で襲われたら、たとえ実力があったとしても発揮できずに負けるだろう。
そう考えると量を取るためにたくさんの請負人を派遣し、カニやエビ以外の素材も集めて資金調達に回すのも納得できる。
「んで、ウチらに何か用なん?カニ取るコツは沼地に入って戦うことやで。その方が見つけられるし」
「お前ら中に入ってるのかよ……すげーな。ってそうじゃねぇそうじゃねぇ。聞きたかったのはビッグ沼地ガニやビッグ沼地エビを倒しに行かないのかってことだよ」
「ビッグを?シルビアさんどうなん?」
「んー。沼地の探索に時間かけてるからしばらく先になりそうっすねー。何か聞きたいことでもあるんすか?」
「いや、雇い主から可能であればビッグも倒して、味を確かめてこいって言われてるんだけどよぉ。ビッグはデカい沼地の真ん中とかに居て、誘導できないんだよ。そこで大量にカニを獲っているお前さんたちに声をかけたってわけだ」
「ほー」
言われて味が気になってきた。
沼地エリアで活動していればいつか遭遇するだろうから、その時に満を持して全身全霊で確かめれば良いと考えていた。
しかし、ハイゼルが指揮するこの人たちが先に味わうとなったら話が違ってくる。
話題になっていない食材を最初に食べられるチャンスがあるにも関わらず、それをみすみす逃してしまうのは負けた気がする。
ウチらであればちょっと遠出して、恐らく無傷で勝てる戦闘をこなすだけでいい。
わざわざ遠くから注意を惹きつける必要も、泥に体を取られながら沼地を進む必要もない。
倒しやすい魔物が先に取られてしまうぐらいなら、予定を変更して倒しに行くべきだろう。
いや、行くしかない。
たとえ広めるのがハイゼルの商会だとしても、美味しいへの一番乗りは譲れない。
大きな魔物は魔力含有量も多く、巨体になることで大味になることもない。
野菜に魔力を与えて大きく美味しく育てる技法もあるぐらい、食材と魔力の関係は確立している。
つまり、普通の沼地ガニですら美味しいのだから、その3倍以上大きく強いビッグ沼地ガニは更に美味しいはずなのだ。
「行くで……」
「ん?」
「どうした嬢ちゃん」
「ウチらが行くで」
「どこにっすか?」
「ビッグ沼地ガニを倒すんや!ほんで美味しいに一番乗りするんや!」
ウチの宣言が商会に雇われた請負人が多く集まる屋台前に響いた。




