焼きより揚げ
アンリに魔法剣について話していると、ミミが屋台から帰ってきた。
夕食どきということで、シルヴィアも誘って4人でエビカニパーティを行うことにする。
ウチのお腹が限界だから。
「え?これを揚げるんだよ?」
「そうそう。カツみたいにしてほしいねん」
「カニカツとエビカツ?やってみるんだよ」
「よろしゅう!」
屋台のように焼こうとしたミミを止め、カツと同じように卵液を通して粉々にしたパン粉を付けて揚げてもらうようお願いした。
ガドルフとベアロが気に入ってることもあって、肉を揚げるのは慣れたものだけど、魚はあまり獲れないこともあって挑戦回数が少ない。
トラウトカツぐらいだろうか。
新しい料理に挑戦できるミミは嬉しそうで、試食に付き合わされるアンリとシルヴィアは少し不安そうだ。
失敗して焦げた料理を食べさせることはあっても、最初から美味しくないものを作ったことはないのに失礼だと思いつつ、ミミと一緒に料理を作る。
「わわっ!油がすごく跳ねるんだよ!熱っ!顔に当たるんだよ!」
「あれかな?エビは水分多いからとか」
「確かに濡れた手で揚げ物している時はよく跳ねるんだよ!エルちゃん変わってほしいんだよ!」
「任せとき!揚げるタイミングだけ教えてな!」
「もちろんだよ!」
いつも揚げ物はミミに任せているけれど、今回はウチが担当する。
2人とも背の低い子供だから、足場を使って料理している。
何とか鍋の中を見れるぐらいの高さのせいで、跳ねる油が顔に当たる。
ミミと立ち位置を変わって油の様子はウチが見ることで、跳ねる油を気にせず作業できる。
サラダ作りはミミに譲り、指定された物をトングで挟んで油を切るための土台付き容器に入れる。
そこにミミが軽く塩や塩とハーブを混ぜた物を振りかけて仕上げていく。
そして調理者の特権、味見だ。
上がったカニカツとエビカツをまな板に乗せ、指先で軽く抑えながらミミが包丁を入れる。
ザクッと軽やかかつ小気味良い音が響いたかと思ったら、衣に覆われて隠されていた香りが一気に広がる。
思わずミミと2人で喉を鳴らしてしまうぐらいの香りに加え、断面はウチらを誘うようにテラテラと光っている。
「絶対美味いやんこれ……」
「焼いた時より香りが強い気がするんだよ……」
フォークを手にして湯気が上がるカツに手を伸ばす。
切った時とは違うサクリとした音と、肉とは違う柔らかくもするっと入る食感を楽しみ、見た目も香りも暴力的なカツをゆっくりと口に含む。
「んんー!!ウチ焼きより好きやわこれ!」
「美味しいんだよ……」
「え?!ミミ泣いてるやん!そんなにか!美味いけども!」
ウチは全身を使って美味しさを表していたけれど、ミミは口以外を微動だにせず味わっていた。
そのつぶらな瞳からはポロリと涙が溢れ、幸せを噛み締めているようだ。
ミミは肉よりエビ派ということだろうか。
その気持ちはわかるし、ウチもカニより断然エビ派だ。
プリプリである。
「カニは焼きの方が美味しい気がするんだよ」
「せやなー。なんか揚げたらくどい気がするわ」
「あんまり数欲しくない味なんだよ〜」
お互いに感想を言い合いながらどんどん揚げていく。
そして熱いうちにリビングへと運び、夕食が始まった。
焼きと揚げのカニとエビ、日持ちしない黒パンより柔らかく焼いたパン、しっかり出汁をとったスープに、果物のすりおろしを入れたドレッシングのかかったサラダ、さらにメインとしてうさぎ肉のステーキだ。
この全てをミミが調理するのは、最初はどうかと思ったけれど、料理ができることが嬉しいミミには問題無い様で、今では調理場の主人として立派に勤めている。
足りないのは身長ぐらいだろうか。
「うはぁー!これ美味いっす!なんなんすか!エルのせいで普通の食事が楽しめなくなりそうっす!」
「エビ美味しい」
シルヴィアとアンリにも好評だった。
ここでもカニは濃すぎるということであまり数は出ず、沼地エビのカツがパクパクと減っていく。
途中味変としてレモンをかけてみたら後味がさっぱりとして、いくらでも食べれそうだと盛り上がった。
「もっと味変えれたらええのにな」
「塩やハーブ、レモン以外ってことっすか?」
「そうそう。ドレッシングみたいに組み合わせ変えたやつで味変えるとか、トマトソースみたいに付けたら良いやつとか。そうしたら商品のバリエーションも出るやん?」
「商品……これも屋台で出すんすか?」
「いやいや。流石に手が足らへんよ。なぁミミ」
「揚げ物を出すなら、揚げ物だけの屋台がいいんだよ。絶対ガッツリ食べたい人が並ぶんだよ」
「え?もしかして手が足りんことないん?ミミならできるん?」
「エリカに調理もしてもらったらできるはずなんだよ」
「そうなんか……。まぁ、揚げ物は追々で。そんな手を広げてもしゃーないし」
「そうっすか。迷宮終わりにガッツリ食べられたら嬉しいんすけどね」
「ステーキでええやん」
ウチは迷宮で疲れたところにガッツリ肉のカツはしんどい。
むしろあっさりとした野菜スープの後に甘い物を摘める方が帰ってきたことを実感できると思う。
肉なら迷宮内で現地調達できるし。
「そういえばあの実は上手いこと使えそう?」
「擦りおろしてお好み焼きに入れたら生地がふっくらしたんだよ。後は普通に焼いてホクホクを楽しむか……あ!揚げてみても良いかもしれないんだよ!」
「おー。せっかくやしやってみる?何個か取ってきてるし、お婆ちゃんところ以外に持っていく先もないねん」
「今なら油も温かいし、作ってみるんだよ!」
シルヴィアから沼地の底から取れる実を受け取って厨房へと向かったミミ。
洗って切って生地を付けたら揚げるだけだから、ほんの少し待つだけで出来上がった。
ウチはもうお腹いっぱいだから一切れ食べれたら十分なのに、アンリとシルヴィアはまだ食べている。
大人はずるい、早く大きくなってもっと食べれるようになりたいと考えていると、揚がった実を皿に乗せたミミがやってきた。
味付けはもちろん塩である。
「おー。真ん中に穴が空いてるのは何度見ても不思議やなー」
「スープに入れると美味しいのはわかってる。揚げても問題ない?」
「それはわからん!そのために食べてみるんや!」
「実験台になるのはいつものことっす!」
「ミミ味見は?」
「あえてしてないんだよ!」
「さすが!わかってる!」
「味見してから出してほしかったっす!」
スープで美味しいのだから揚げてもそこまで悲惨なことにはならないだろう。
恐らく。
きっと。
それぞれの皿に穴の空いた実を切って揚げたものが置かれる。
示し合わせたわけでもないのに、一斉にフォークを手に持ち、実に突き立てる。
カニやエビより硬さがあるため、衣と一緒に実までザクリと刺した感触がしっかり手に伝わる。
それに軽く塩をつけて、少し息を吹きかけてから口に含む。
火傷しないけれど、その場合はウチの口に触れてないことになるから味もないからだ。
「おぉ!ウチはこれが一番好き!歯応えがええわこれ!」
「美味しいんだよ。最初はホクホクでしっかり歯応えがあるのに、噛めばねっとりした食感に変わるのも面白いんだよ」
「食べられる。もっと濃い味がいい」
「そっすねー。味は衣の香ばしさや塩っ気がありますけど、もっとパンチの効いた味があれば食感と合わさって良い感じになりそうっす」
「やっぱ味付けかー。ミミ、トマトソースみたいなやつにも挑戦せなあかんっぽうで」
「うーん。ソースを作るには長時間煮込まないとダメだから時間が足りないんだよ」
「難しいなぁ」
「奥が深いんだよ」
「子どもの会話じゃないっすよね?」
「いつもこんな感じ」
「そうなんすねー」
うちの料理長の研鑽に関する話だから、子どもだろうと気にする必要はないだろう。
美味しいこそ正義なのだから。
どこかでミミのソース作りに時間を割くべきだろうか。
あるいは『スライド式火力調整機燃えるくん』を増設して、屋台の裏でソースを作り続けても良いかもしれない。
今のトマトソースは前日に作ったもので、無くなったら終了となるけれど、裏で作り続けられるなら導入してもいいだろう。
ライテで作ってもらった時に設計図ももらっているので、魔道具工房ならどこでも作ることができるはずだ。
一度注文したらその店で取り扱われる商品の仲間入りしてしまうけれど、ほしい魔道具が手に入るなら構わない。
売れるたびに最初に考えた人へお金が入るシステムなんて存在しないし、管理も大変だから仕方ない。
「屋台増やすかどうかはもうちょっと考えてからやな。ソースの件も」
「わかったんだよ」
何にせよ、動くのならばキュークスたちにも相談してからだ。
屋台の手続きや新しく人を雇うにも、ウチ1人ではできない。
そもそも何かするにしても、もっとこの街に慣れてからの方がいいだろう。
悪目立ちすれば、またいちゃもんをつけられるかもしれないし。
どうしてもというのであれば、ハイゼルを巻き込んでみるのもありだろう。
うんうんと頷くウチを3人が呆れた目で見ていたけれど、気づかない振りで流しておいた。




