カニ屋台の商談
「あ、エルちゃんお帰り。えっと、この方は孤児院を運営している商会のご子息様です」
「ウチはエル!この屋台の主人やで!まぁ、ほとんど迷宮に潜ってて屋台にはおらんことが多いけど」
「シルヴィアっす。エルと組んで迷宮に潜ってる請負人っす」
「おぉ!これは丁寧にありがとうございます!わたしはハイゼルと申します。先ほどエリカが伝えた通り、孤児院を運営している商会で、商会長の息子です。こちらは護衛のタンゼン。何かあった時のために連れているだけですのでお気になさらず!」
ハイゼルに紹介されたタンゼンは、こちらにぺこりと頭を下げたら一歩下がった。
自分は話に入らず警護に専念するという意思表示だろう。
「ハイゼルさんはなんで屋台に来たん?というか請負人なん?」
「わたしは請負人であり、商人でもあります。三男なので商会を継げる可能性は低く、良くて支店を任される程度です。それならば自分で売れる物を探して好きに売る方が楽しいです。広めたほうがいい物は父や兄に話して物流に乗せてもらったりしています」
「おー。なんか楽しそうやな」
「兄2人と姉、妹からは自由すぎると呆れられていますがね」
「5人兄弟なん?」
「はい。わたし以外は全員商会の仕事をしていますよ。暇と思われるわたしが適度に孤児院の視察もしています」
「だからエリカのこと知ってたんやな」
「エリカは問題を起こしたこともあるので、一族全員知ってますけどね。おてんばで有名です」
エリカが仕事をクビになることになった、請負人のポイ捨て注意事件のことだろう。
ハイゼルの口ぶりからは、孤児院で過ごす姿も含まれてそうだけど、ウチらの前では大人しく、仕事にも真面目に取り組んでくれているので、おてんばな印象はない。
言われた本人は顔を赤く染めつつも、盛り付けたハニー丸にハチミツを追加でかけた物を、客の女性請負人に渡していた。
「それで、わたしがこの屋台に来た理由ですが、一つはカニを食べるため。もう一つは商談です」
「ふむふむ。あれやな。殻の綺麗な割り方教えてくれーってやつやろ?」
「惜しいですね。さらにその先の屋台を起こす許可もいただきたいです。この味をここだけで独占するのは勿体無いので、せめて街に住む人にも楽しんでもらいたいと考えています」
「そしていつかは名物に?」
「そうなると嬉しいですね!」
ハイゼルは昨日の朝に出先から街へと帰ってきたそうで、商会への挨拶の後孤児院で子供たちと過ごしていたそうだ。
そこに屋台を終えてクタクタになったエリカが戻ってくる。
お好み焼き数枚と、すでに切られていて焼くだけになったカニを持って。
昨日の時点で沼地ガニの足は持ち込まれていたけれど、時間も遅かったため提供は少なめになった。
その結果、ミミとエリカ、孤児院へのお裾分け分が確保できたらしい。
お好み焼きは軽く焼いて温め直すだけで食卓に出され、年少の子供たちがお腹を膨らませる。
お好み焼き以外にもパンやスープ、薄く切られた肉なども並べられているけれど、エリカが働き出してからはお好み焼き人気が凄い。
そして幼い子供たちの食事が済んでから、働きに出ている子たちが食事をする。
その時に沼地ガニの足焼きを出し、ハイゼルもひとかけら食べた。
その結果が今日の屋台視察と、運が良ければ店主と交渉だった。
ハイゼルは運が良い方だろう。
「それで、どうでしょう。殻を上手く切る方法と、屋台の出店から今後の展開を任せてもらえないでしょうか。もちろん情報の買取です」
「うーん……シルビアさんどうする?」
「そうっすねー……情報売って屋台出してもらったら良いんじゃないっすか?これから沼地ガニの討伐や持ち込みも増えそうっすし、それを屋台一つで焼き続けるのは難しいっす。お好み焼きを焼くスペースも小さくなってるっすよ?」
「せやねんなー。行列も道どころか他の屋台の前まで伸びとるし、あんま良くないわなー」
幸い人通りが多い場所ではないけれど、お婆さんの煮込みを目当てに来る熟練者も多い。
果実水とは逆側のスープ屋台も昼や夕食どきは少し並ぶぐらい人気があるから、カニが持ち込まれ続けたとしたら対応できない。
いっそのことカニを焼くためだけの屋台を出すことも考えたけれど、調理を任せる人もいない。
ならばハイゼルに丸投げするのもいい案だろう。
継続してお金は入らないけれど、仕入れから調理、販売の面倒さからは解放される。
焼く以外にも提供するネタはあるから、ウチらの屋台でもまだまだ稼ぐこともできるだろう。
すぐ真似されると思われるけど、レモンはまだシルヴィアしか知らない味付けだ。
「よし!ウチは情報売る方に決めた!」
「エルがいいならわたしも賛成っす」
「おぉ!ありがとうございます!早速人のいないところに移動しましょう!」
さぁさぁと勢いよく歩き出すハイゼルと、それを追う護衛のタンゼン。
ウチとシルヴィアも付いていき、迷宮広場の中でも屋台すら出ていない端っこへと移動した。
そして来た道をタンゼンに警戒させて、ハイゼル自身はウチらに向き合った。
採取用のナイフぐらいしか装備していないとはいえ、武具なしで会ったばかりの請負人の前に無防備に立てるものなのかと少し心配になった。
あるいは素手で戦う才能があるのかもしれない。
「あ、わたしは盾で身を守るのが得意ですが、直接戦闘は苦手なので、頭に血が昇っても攻撃してこないでくださいね」
「それ言ってええん?」
「初撃を防ぎさえすればタンゼンが助けてくれるので。服が頑丈ですし、身体強化も使えるので問題ありません」
「そういうもんか?襲われないようにすればええんちゃうん?」
「万が一というのがあるでしょう?それに、わたしが言ったことを信じるかどうかはあなた方次第です。本当は隠し武器を持っているかもしれませんよ?」
「なんで取引前に不信感与えるねん……」
「わたしが護衛の視界から外れたことを不思議そうに見ていらっしゃったので説明したまでです」
「ふーん。確かに疑問には思ったけど、正直あんま興味ないわ」
「そうですか。でも、そんなものですよ世の中は」
「なんか急に難しいこと言うやん」
「エルさんが年齢に似合わず色々と考える鋭い方なので楽しくなってしまいました」
たははと笑いながら頬を掻くハイゼルは、申し訳なさそうに頭を下げる。
どうやらからかわれたようだ。
タンゼンに聞いたらハイゼルの主張は本当のようで、魔物素材でできた服に魔力を流せば、正面から襲われる分には身を守れるとのこと。
さらにタンゼン自身も周囲を警戒しつつウチらのことも警戒しているので、簡単に遅れは取らないと豪語してきた。
・・・まぁ、ウチらは戦闘力ないコンビやし?別に警戒する必要もないやろうけどな。悔しくないで。
「さて、商談前の雑談はこのくらいにして、本題に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええで。これがジャブやったんか……からかわれたとばかり思ったわ」
「いえいえ、お客様をからかうなどとんでもない。普段は交渉相手の好きな物や欲しそうな情報などを調べ上げてから挑むのですが、何分エルさんは幼く情報が少ない。護衛について疑問を思っていたようでわたしとタンゼンをチラチラ見ておられたのでお答えしただけです」
「よう見とるな!」
「商人ですので」
商機には敏感ということだろう。
ウチの疑問を解消しつつ場を和ませようとしたんだと思う。
少々言葉選びがギリギリで、不信感を抱きそうになったけれど、ハイゼルは面白い人に感じる。
会話のテンポも良いので話しやすい。
「ほんじゃあ情報やな。値段はそっちで決めてくれてええけど、ウチとシルヴィアさんで割れるようにしてな」
「承知しました」
「とは言っても簡単やで。沼地ガニのハサミなら沼地ガニの足の殻に刃が通るねん。胴体の殻は強化せんと無理やけど、足の場合は素材同士でできたで」
「なるほど……解体ナイフなどではなく素材同士で……。盲点でした。手に入れた素材を切り分けるのに、素材の爪や牙を使う発想はなかなか出ません。エルさんは柔軟な発想力もお持ちのようですね」
「せやろ。もっと褒めてええんやで」
ウチが誇らしく語っている内容は、迷宮での休憩時にシルヴィアが検証した内容だ。
もしもハサミが本体部分よりも強い場合、今後大量の沼地ガニを取る際の専用武器として使えるのではという発想からだったが、そう上手くはいかなかった。
魔力で強化すればハサミでも本体部分に突き刺すことも可能だったけれど、それならば愛用の武器を強化して倒せば良い。
わざわざ持ち物を増やす必要はない。
あくまで魔力消費せずに簡単に倒せればと思って行った検証だ。
「ちなみに、今ハサミ部分はお持ちですか?あればそれも買い取りますよ」
「足取る時にハサミも取ってるからいくつかあるで。食べるん難しいからほとんど捨ててるけど」
「今使ってるハサミが使えなくなった時用の予備っす。魔物素材の加工が得意な工房でもうちょっと使いやすくする予定でもあるっす」
シルヴィアにハサミを取り出してもらい、直接ハイゼルに渡して良いのか悩んですこし彷徨った後、念のためタンゼンの手を経由して4本のハサミを渡した。
自分では取りに行かない階層なのか、色々な角度からハサミを眺めるハイゼルはとても嬉しそうだった。
「いいですね。素材そのままよりも切れ味が増したり、持ち手をつけて使いやすくなるでしょう。もしかしたら足以外を切るための道具にもなるかもしれません」
「足以外?たとえば?」
「今すぐには思いつきませんが、大きさを考えると、なにか細かい物を切る時などでしょうか。良い感じであればそれも商品にできます」
「はー、そこまで考えられへんわウチは」
「商人になれば全ての判断基準が売れるかどうかになりますよ。どうですかエルさん。あなたの発想力を活かすためにも、ぜひ商人に」
「嫌やわ。面倒そうやもん。ウチは美味いもん食べられたらそれでええねん。料理も片付けも買い出しも任せて、食べるだけが理想やな。新しい食材に出会うために移動するのや、迷宮の景色見るのは楽しいから全然ええけど」
「残念振られてしまいました。それにても食道楽ですか。その年でそこに至るのは早すぎる気もしますが、そのおかげでわたしも沼地ガニに出会えました。感謝します」
ペコリと頭を下げられたけれど、それでもウチより高い位置に頭はある。
大人に頭を下げられると背中がむずむずするため、代金を受け取って早々に別れた。
ハイゼルは沼地ガニの情報に金貨20枚出し、ウチとシルヴィアで折半。
高すぎると抗議したけれど、回収は数ヶ月あれば問題なく達成できると豪語されたため受け取るしかなかった。
ハイゼルは数日かけて準備をして、自らが率いる請負人パーティで沼地ガニを狙いに行くことにしたと、別れ際に話してくれた。
帰ってきたら迷宮前広場に1つ、街中に2つほど屋台を開き、組合に定期的な沼地ガニの納品依頼を出すことも。
それが始まればウチらの屋台の行列もすこしはマシになるだろうと一息ついて屋台に戻り、沼地ナマズの肉を焼いて食べた。
お婆さんの言う通り独特の風味があって、ハーブを使って臭みを取らないと美味しくない。
ミミの料理の腕が、まだまだ発展途上だと知らしめる一品に仕上がり、悔しそうにしているのが印象に残った。




