カニを求めし者たち
沼地ガニと沼地エビ、さらには沼地ナマズを獲ってから迷宮を後にした。
ナマズは肉をスープに入れて食べられるようになってきているらしく、まだまだ供給が追いついていないから高額で取引されているそうだ。
沼地エビは浅い場所で、沼地ナマズは少し進んだ場所から出てくることから、ただでさえ遠い沼地エリアの沼地に足を踏み入れなければならず、どちらもあまり数は取られていない。
沼地ガニに至っては、好んで食べる人がいなかったほどだ。
最近までは。
「おー。ウチらが持ち帰る前に誰か持ち込んでるやん」
「組合で話しかけてきた人たちじゃないっすか?」
「あの人らには殻の割り方も伝えたし、わざわざ屋台に持ち込まんやろ。たぶん」
「それもそうっすね。じゃああのカニを待っている列は以前食べたか、あるいは食べられなかった人たちっすね」
「せやな」
帰還の魔法陣から出て沼地ガニの足をミミに届けようとしたら、屋台の前に行列ができていた。
しかも2列。
さらに漂うカニの香り。
2列あるうちの短い方は、お好み焼きやハニー丸を注文する人のようで、エリカが注文を受けてミミが焼いている。
長い方の列はカニ目当てで、おじさんが多くて少しむさ苦しいけれど、鉄板に置かれた大きなカニの足から吹き出す汁の香りを楽しんでいるのか、すごく大人しい。
間にパーティメンバーの女性が挟まれることで、何とか見れる列になっていると思う。
全員が武装しているのもあって、ものものしい列だけど、なぜか全員漏れなく酒の入った杯を持って並んでいることから、飲み屋に入りきらなかった人たちにも見える。
というかなぜ酒をもっているのだろうか。
「酒はあれか」
「商機を見つけたんすね」
よく見るとカニの列の間をちょこまかと走り回っている子どもたちがいた。
1人が大きな蓋つきの壺を背負い、もう1人が木のコップと灼を持っていて、並んでいる人が酒を飲み干して手を挙げると、即座にやってきてお酒を注いでいた。
まだカニに辿り着いていないのに、そんなに飲んで大丈夫なんだろうか。
「ミミお疲れさん」
「エルちゃん!大盛況なんだよ!」
「みたいやな。それにしても、カニの足持ち込んでくるにしても早すぎひん?」
「エルちゃんが持って帰って来た日に食べた人が自分でも食べたいと取りに行ったからだよ。ただ、その人は上手く殻を破れなくてボロボロにしちゃったみたいで、調理方法を聞きに来た時に張り紙を見て依頼してくれたんだよ」
「なるほどなー。他の人にも振る舞える分取ってきてくれたのは助かるな。持って来てくれた人は?」
「食べ過ぎて動けなくなったから運ばれて行ったんだよ」
「そ、そうなんか……」
くすくすと笑うミミと、お好み焼きを盛り付けつつも笑ってしまったエリカ。
待っている人たちも話を聞いて笑い出したから、さぞかし面白い騒ぎになったんだろう。
見れなかったことが悔やまれるけれど、お腹いっぱいカニを食べられたらさぞかし満足できるだろうとも思う。
好きな物を倒れるぐらい食べるのには少し憧れてしまった。
いつかウチもしたいと思う。
「とりあえず盛況で良かったわ。これウチらが取ってきたカニの足な」
「カニが追加されたぞー!」
「「「うぉぉぉぉぉぉ!!」」」
「な?!なんや?!」
シルヴィアが軽量袋から次々に出す沼地ガニの足を見て、並んでいた先頭付近の人たちが雄叫びを上げた。
ビリビリと響く方向は次第に後ろへ伝播していき、大通りからは離れているはずのウチらの通りに人が集まってくる。
行列を見てとりあえず並ぶ人もいれば、並んでいる人に話を聞くいる。
以前のカニ騒動を知っている人たちは、またここかと屋台に目をやった後、同じ通りにある別の屋台へと向かっていった。
他の屋台に行ってくれるのは非常に助かる。
ただでさえ行列が邪魔で通行を妨げていたり、他の屋台に行きづらくなっているせいだ。
「1人当たり食べられる量が増えたから喜んでるんだよ。数が少ないから切り身のところを、エルちゃんのおかげで1人1本食べれそうだよ。それでもまだ残るぐらいあるのは、さすがエルちゃんと思うしかないんだよ〜」
「ウチの分もあるからな」
「わたしの分もっす!」
「わ、わたしとミミの分は?」
「もちろんエリカとミミの分もあるに決まってるやん!お客さんよりウチらが優先やで!そのために取ってきたし!」
ウチの言葉に並んでいた人たちは怒ることなく、むしろ当然だと何度も頷いていた。
依頼品じゃないのだから採取者が一番楽しむのは当然ことで、屋台を運営しているからこそのおこぼれに預かれているのが並んでいる人たちだ。
「他にもエビとナマズ取ってきたで。もうちょい奥行ったら全部ビッグになるらしいけど、それは次回かその次ぐらいかなぁ。探索中心やし」
「そうなったら出せる量が増えるんだよ!あと、エビはなんとかできるけど、ナマズは捌き方がわからないんだよ〜」
「あー、獣とは違って確かに難しそうやな……。お裾分けついでにお婆ちゃんとこ行くか」
「任せるんだよ〜」
屋台で忙しいミミとエリカに沼地カニの足と沼地エビの大半を渡して、煮込み料理のお婆さんのところへ向かう。
道中お隣2つと向かい側の屋台に、行列で迷惑をかけて申し訳ないと焼いたカニとお好み焼きを差し入れしておいた。
屋台を切り盛りしているとどうしても他の屋台が気になるけれど、自分のところを優先する必要があってあまり足を運べない。
隣にある果実水の屋台ぐらいだったら交代で抜け出しやすけど、それでも行列に並ぶほどの時間を取れるかと言われると、調理をする時間も必要なため難しくなる。
そのため、差し入れはすごく喜ばれた。
果実水屋台の孤児院の子どもたちからは、飲み物を求める人が増えたと、逆にお礼を言われたくらいだ。
「お婆ちゃーん!お裾分けとお土産ー!」
「おや、エルちゃんじゃないかい。屋台が繁盛していていいねぇ」
「材料用意するの大変やけどなー」
「そうなると仕入れ代もかかるし、なかなか難しいねぇ。おや、お裾分けはカニとエビかい?エビは煮込みに入れさせてもらおうかね。それでお土産というのは?」
「シルビアさんお願い」
「はいはい、これっす」
「沼地ナマズだねぇ。これはエルちゃんのところとは相性が良くない材料さ。焼きでもいいけど、肉の臭みがなかなか強いからハーブを入れないと食べづらいよ」
「そうなんや。そもそも捌き方わからんかったからお婆ちゃんならいけるかと思って持ってきてん」
「そうかいそうかい。なら、わたしの方で捌いてあげよう。肉を半分でどうだい?」
「半分の半分でええかな。味見する程度で。お婆ちゃんのところなら上手く調理できるん?」
「煮込みの味付けを少し変える必要はあるけど、ナマズ入りで作れるよ。そうだねぇ……肉はエルちゃんのいう通りの量でいくとして、煮込みができたら届けよう。お裾分け返しさ。これでどうだい?」
「じゃあそれで!ウチらは焼いた味確かめてみるわ!」
「はいはい。じゃあ捌いてくるよ。少し待ってなよ」
「はーい」
屋台を娘さんに任せてお婆さんが裏手に引っ込む。
そこにある調理場に受け取った沼地ナマズをどすんと置き、水をかけてから勢いよく捌き始める。
大人ほどもある沼地ナマズだけど、倒されていれば魔力が宿って捌きづらい食材となり、身体強化されたお婆さんの手でどんどん切られていく。
泥抜きはできないから大半は捨てることになるけれど、身の部分はほとんど無駄にならない。
内臓が軒並み食べられないだけだ。
「待たせたね。これが肉だ。焼くなら塩とハーブがおすすめだよ。煮込みはできたら持っていくけど、早くても明日になるさね。いつ頃がいいとかあるかい?」
「おおきに。せやなー……お昼に食べよかな」
「わかった。昼に屋台へ持っていくよ。この子がね」
「よろしゅう〜。じゃあまた明日!」
「色々ありがとさん」
お婆さんの屋台を離れて屋台エミカへと戻る。
列は相変わらず伸びていたけれど、周囲には酒を片手にカニの身を頬張る人で溢れかえっていた。
その中で従者を連れたピッシリとした服を着た人が屋台を挟んでエリカに何か話していた。
答えるエリカはぺこぺこと何度も頭を下げているけれど、ミミの表情はいつもと変わっていないので問題を起こす客ではなさそうだ。
孤児のエリカの知り合いにしては身綺麗で、請負人登録をしていないと入れないエリアなのに武具は従者しか持っていない。
どちらかといえば請負人というより商人だろう。
ウチとシルヴィアはエリカと身綺麗な人の方へと向かった。




