使用用途がわからない
陽が落ちてから検証するのは危ないと判断して、探索を中断して沼地から上がり草原に戻った。
少し休憩してから検証を始める。
「枝拾ってきたっす」
「ウチには使えへんから頑張ってー!」
「わたしも苦手なんすけどねぇ……」
苦笑いで剣の魔道具を手に取るシルヴィアは、深呼吸してから魔力を流し始める。
嵌め込まれているのは無属性の魔石で、属性は無属性の検証が終わってから行う。
「じゃあ切るっす」
「よろしゅう」
「あれ?手応えがないっす……。しかも枝が切れてないっす!」
刃を退けた枝は元のままだった。
向かい側から見ていた限り、刃は枝に触れていたし、なんなら地面に生えている草にまで当たっていたはずだ。
なのに枝も草も切れていない。
「あれちゃう?押し当てるだけじゃなくて押したり引いたりせんとあかんとか」
「あー、魔力だから重さがないかもっすね。やってみるっす」
「ウチは横から見とくわ」
その結果、刃は切ろうとしている物体にあたっているものの、魔力で構成された刃が凹んでいるだけなことがわかった。
つまり、剣の形をしているけれど、魔力で物を切れないというわけだ。
「え?切れへんのに剣の形にするん?なんで?」
「これじゃないと攻撃できない何かがあるとかっすかね?」
「あースライムとかの魔力で動いてるやつなら切れるかもってこと?でも、アイツら物理的な膜あるで。今の感じやと膜切れへんのちゃう?」
「じゃあゴースト系などの体がない魔物とかっすかね」
「それはあるかも知れへんな。なるほど、魔力で体ができてる系のやつ特攻か……。昔ってそんなにそういう魔物多かったんやろか」
「そんな話は聞いたことがないっすねぇ。失われた話なのか、語るほどじゃない常識なのかはわからないっすけど」
「うーん……。考えるのはセイルに任せよか。悩む時間が無駄や」
「確かにそうっす」
考えるための情報が少ないウチらでは時間の無駄だ。
それならば実際に起きることだけを検証して、後は依頼主に丸投げすればいい。
そうと決まれば次に確かめたいことだ。
個人的な興味なのでシルヴィアは難色を示すかも知れないけれど、ウチとしては知っておきたいことの検証を提案する。
「その剣でウチを切って欲しいんやけど……ってめっちゃ嫌そうな顔するなぁ」
「当たり前っす!どこによくわからない物で仲間を傷つける請負人がいるんすか!」
「良かったやん。初めての存在になれて」
「全然良くないっす!怪我でもされたら一生忘れられないことになるっす!」
「まぁまぁ、固有魔法は大丈夫って判断してるし、ほんのちょっと試すだけや。かる〜く、先っぽだけ。な?」
「嫌っすよ〜」
「ここから見つかったということは、今後それを持った人が現れるかも知れへんし、何かあって敵対するかも知れへん。大丈夫なのはわかっててもどうなるか気になるねん。なぁ〜お願い」
「……軽くっすよ」
「ゆっくりでええよ。おおきに」
本当に嫌で嫌で仕方がなく、渋々とした表情を隠しもしないシルヴィアが、魔力の剣をウチに向けてくれた。
シルヴィアから刺したり斬らせたりするのは可哀想だから、ウチからゆっくりと手を近づけていく。
切先に手のひらが触れた瞬間バチバチと何かが弾ける音がして、ウチの手のひら付近から魔力らしきものが飛び散る。
しかし、よく見ると飛び散っているのはシルヴィアが持つ剣の方で、減った部分を修復しようとしているのにウチの手のひらが邪魔で修復できず、周囲に飛び散ってしまっているだけだった。
つまり、見た目で何かが起きているのは剣の方だけで、ウチには何も起きていないように見えているというわけだ。
「すごいっすね」
「こんなんなるんやな。もうええで、おおきに」
「ふぅ……。じゃあ次は属性を試すんすね」
「せやな」
無属性の魔石を取り出し、少し迷ってから水属性の魔石を嵌め込んだシルヴィア。
何かあった時に一番被害が少なそうという判断らしい。
火は燃えるし、風は切れたり吹っ飛びそうで、土は土の剣ができるだけっぽいので後回し、雷は危なそうという理由だった。
「じゃあやるっす。……予想通り水で剣ができたっすね」
「剣の内部でも水が流れてて綺麗やな」
無属性の剣も綺麗だったけれど、あれは光る素材でできた剣のような綺麗さだった。
水の剣は透き通った中に水が流れているようで、夕日を反射してキラキラと輝く別の綺麗さがある。
この剣を持って舞えばたちまち人気になるかも知れないと、酒場の前や中で歌や音に合わせて踊る踊り子を思い出した。
「これなら実態があって切れるんじゃないっすか?重さは感じないっすけど」
「やってみよか」
ぶんぶんと手首だけで剣を振り回していたシルヴィアが、枝に向けて水の魔法剣を振り下ろすと、無属性の時とは違いぱきりと呆気なく割れた。
横から見ていたウチの目にも、刃が枝を押さえ込んで破るところが見えた。
つまり、切れなかったのは無属性に実体がなかったからだと思われる。
もう一度無属性に切り替えて地面に突き刺したり、恐る恐るシルヴィアが刃を触ったりした結果、ウチらの想定が当たっていることがわかった。
実体のない魔力だけで剣の形に押さえ込んでいるだけで、少なくとも物を切る能力がないのが無属性となる。
「水の魔法剣なら枝は切れるけど木は小さな傷が付く程度っすね」
「おー、あんま強くない感じか」
「鍔迫り合いなんてしたら相手の剣が突き抜けてきそうっす」
「それも試そか」
水の魔法剣を構えたシルヴィアに、解体用の大ぶりなナイフをぶつけてみる。
刃同士が当たった瞬間は抵抗を感じたけれど、後はスルスルと中に入っていき、突き抜けてシルヴィア側に出てしまった。
シルヴィアの予想通り鍔迫り合いは無理なようだ。
「これも使い道わからんな」
「燃えてる魔物には大ダメージとかじゃないっすかね」
「おー、そういう魔物はおるん?」
「山の迷宮や火山付近にはいるっすよ」
「ふーん。そういう属性の強弱に特化した武器なんかなこれ」
「そんな気がするっす」
次は風の魔石だ。
予想では強い風が吹いている剣か、鋭い風で切れる剣の2つになっている。
「おー。根元から剣先へと風が吹いてるな」
「何の意味があるんすかこれ」
現れた剣は無属性の輝く魔力の剣が薄くなり、風を噴き出す物だった。
枝は風で転がるけれど切れることはなく、木も傷つけられなかった。
何かを冷ますときには有効かもしれない。
「なんやろなー。髪乾かすときに便利そうや」
「洗い物とかもっすね。全く戦闘向きじゃないっすよ」
「せやなー。残念な魔法剣や」
話しながら土の魔石に切り替える。
出された刃は想像通り土が固められてできており、もちろん実態もある。
なぜか水と同じで重さは感じず、だけど枝は問題なく切れた。
木に小さく傷をつけるのも同じで、鍔迫り合いは水よりできるけれど、鉄の剣と比べると土なので脆い。
魔物相手に振り下ろしても、土が弾けて終わるだけだろう。
地面や木に振り抜いたときはそうだった。
魔力を流している間はすぐに刃が元通りになるのが良い点かもしれないけれど、武器としてはもっと強度がほしいところだ。
「これならウチは水の方がいいわ。キラキラして綺麗やし」
「そうっすねー。しっかりと受け止められるぐらい硬かったら使い道もあるんすけど、この強度じゃ子供同士の遊びにしか使えないっす」
「実はおもちゃやったりして?」
「……可能性はあるっすね。ずいぶん高価なおもちゃになるっすけど」
魔道具をおもちゃ感覚で渡せるほど過去の文明が繁栄していればあり得る仮説だ。
子供同士で遊ぶのであれば殺傷能力がないことに説明がつく。
無属性なら当たっても意味がないし、水なら濡れるだけで済み、風は強い風に吹かれるだけ、土は汚れるだけで終わるだろう。
火と雷にすれば自衛には使える程度の武器になりそうだから、物心ついた子供におもちゃ兼護身用の武器としてはありかもしれない。
そんなこと考えている間の火の魔石へと切り替え終わり、深呼吸してから魔力を流し始めるシルヴィア。
根元に蝋燭のような火が出たかと思ったら、一気に燃え広がって放射するように剣を形作った。
辛うじて剣とわかる程度の申し訳なさだけれど、吹き付ける熱気からしっかりと火だというのがわかる。
「枝はもちろん」
「こうなるっすよね」
そこには真っ二つになった枝がある。
断面は焼け焦げていて、とても切ったとは言えない。
焼き切ったと言われたら納得できるけれど。
「木ももちろん」
「こうなるっすね」
目の前には表面が焦げた木。
吹き出す火を当てられたのだから当然だった。
生木なので乾燥しておらず、表面すらみずみずしい木を焼き切って倒すほどの火力は魔法剣にはない。
しかし、対人戦であれば大火傷間違いなしで、当て続けられたら腕ですら焼け焦げるだろう。
火だから実体がなく、鍔迫り合いで止めることもできない。
受け止めようとしたら素通りして手を焼いてくる剣なんて怖い武器だ。
魔物相手にどこまで通用するかわからないけれど、少なくとも水や土よりダメージはあるはずだ。
暗い場所でも松明の代わりになるだろうし、汎用性のある魔法剣かもしれない。
「最後は雷っすね」
「これも危なそうやな」
「痺れる程度ならいいんすけど、試す場所がないのが残念っす」
「人で試すのも難しいし、その辺はセイルさんに任せればええやろ。なんとなく検証とか好きそうなイメージあるし」
「セイルさんは請負人にしては細かい方っすね。というか組合長になるような人たちは細かいところまで見れないとダメっす。そうじゃないと副組合長の負担が増えるっす」
「乱暴者だと補佐するの大変そうやなー」
「そういう人が必要な場所もあるらしいっすけどね」
荒くれ者が集まりやすい辺境や、治安の維持に厳しい都市などだろう。
他国へと向かう道が敷かれている場所ならば治安の維持に厳しく、鉱山や林業で栄えている村や町の場合荒くれ者に厳しくなるを得ない。
ライテ組合長のベルデローナからは、降りかかってくる火の粉は自分で払えるようになれと言われているから、もしも荒くれ者に襲われそうになったら、迷わずハリセンを抜くつもりだ。
「雷の魔石は……怖いっすね」
「電気が迸ってるな。ウチには効かへんけど、こんなん当てられたら痺れるだけじゃ済まへんで」
「街を守る兵士にはいいかもしれないっすね」
「全員に配備されたら悪いことする人おらんくなりそうやわ」
「いいことっす」
「せやな」
出現した刃は無属性の魔石を嵌め込んだ時と同じく、魔力でできたロングソードだった。
違いは色味が黄色いのと、刃の周りで発生する小さな雷で、シルヴィアが恐る恐る指を近づけると、バチンと音を立てた。
シルヴィアの指先が焦げたりすることはなかったけれど、手が若干痺れているらしく、相手を拘束するために使うのが良さそうな属性だった。
枝は弾け飛んだように分かれ、木はあまり傷がつかなかった。
試しにと水を出してそこに突っ込むと、バリバリと雷が周囲に飛び散るように発生して、慌てて距離を取ってしまうということもしてしまった。
好奇心は時に牙を向く恐ろしいものである。
「これどうするよ」
「どうするってどういうことっすか?」
「いや、結構便利やからウチらで一個持っといて、もう一個見つかったら組合に提出するのもありかなって」
「でもわたしたちには使い勝手が悪いっす」
「せやな。だからシルビアさんに許可もろて、ウチのパーティの人に使ってもらうとかありかもなーって」
「なるほどっす。それを足がかりにわたしを売り込むんすね」
「そこまで考えてなかったけど、実績としてはありやな」
「考えてなかったんすか」
「うん。偶然や」
ウチにそういった謀は向いていない。
いつだって行き当たりばったりの直感全開で当たって砕けろだ。
固有魔法のおかげで砕けないことがわかっているからこその生き方だろう。
「せっかくやからその魔法剣ウチの背中に当ててほしい」
「あー、水生みの魔道具みたいに使えるかもしれないからっすね。魔石は無属性でいいっすか?」
「せやな。他のはどうなるかわからんし、とりあえず無属性で」
「了解っす」
後ろに回ってもらい、出現する刃がシルヴィアに当たらない角度で柄を当ててもらう。
ウチからは全く見えないけれど、シルヴィアの反応からすると問題なく刃が出現したようだ。
「おぉ!無属性なのに触れるっす!ん?いや、触れる直前で止まってるっすね。これなら切れなくとも叩けるっす」
「叩くだけならハリセンがあるからいらんかな。というか背中から剣が生えた子はどうなん」
「魔物っすね」
「せやんな。ウチには合わへんかー。これが刃を飛ばす魔道具やったら良かったのに」
「おー。それならエルでも使えそうっすね」
「せやろ。いつかウチでも使える背負って遠くを攻撃できる魔道具作ってもらうねん」
「その時はわたし何すればいいんすか」
「盾持って撹乱?」
「んー、それはちょっと怖いっす。魔力を吸い出す機能がついた魔道具があればわたしでも戦えるようになるかもしれないっすね」
「ええやん!シルビアさんの魔道具はそういう感じやな!」
お互いに合う魔道具について語り合いながら、夕食の沼地エビを食べて寝た。
明日も探索だ。




