カニの暴力(香りと味)
沼地ガニの足がシルヴィアの軽量袋からはみ出すぐらいの量を持ち、帰還の魔法陣を使って帰ってきた。
ミミとエリカのいる屋台の裏で大半の食材を置き、残りの素材を持ったシルヴィアが組合へと換金に向かう。
後で合流してカニパーティの予定だ。
まだ昼前だからちょうど良い時間だろう。
「しゃあ!カニ焼くでぇ!」
「これをこのまま焼くの?殻付きだよ?」
「エリカは普通のカニも食べたことないんか。殻付きで焼いた方が旨みが凝縮されるはずやねん。たぶん」
「たぶんなんだね」
「あれやあれ。肉焼く時の肉汁を閉じ込める感じや」
「それならなんとなくわかる」
「ミミはわかるよ!エルちゃんが考えたハンバーグみたいな感じなんだよ!」
「はんばーぐ?」
「うん!作るのに準備が必要だからあんまり食べないけど、とっても美味しいんだよ!」
肉塊を刻んで挽肉を作るのが面倒だから、食材が中途半端に余っている時にしか作らない。
当然準備に時間がかかるから屋台でも出していないし、ライテの請負人組合にも知られていないウチとミミのマル秘レシピだ。
ガドルフとベアロには肉を噛んだ時の歯応えが無いことが不満だけど、味は良いと言われている。
トマトソースで煮込んだり、丸めてスープに入れても美味しい。
そんなことをミミがエリカに話しながら、屋台に沼地ガニの足を並べていく。
ウチの水で洗ってから置いたから、じゅわじゅわと水が弾ける音が鳴った。
「川で食べた沢ガニみたいに体は食べないんだよ?」
「魔物でデカいからなー。砂抜きできへんねん。沼地におるから砂抜き必要やけど、倒してもうたら抜けへんし、生かして捉えたら危ないねん」
「頑丈な水槽が必要なんだよ。仕方ないんだよ」
「そういうこっちゃ。それでも足だけでめっちゃ美味いで。ウチもシルヴィアさんも唸るほどや」
「楽しみなんだよ!」
お好み焼きを売りつつ、鉄板の端っこでウチの腕ぐらいあるデカデカとした沼地ガニの足を焼く。
お客さんたちも気になるようでチラチラと見る人もいれば、何を焼いているのか聞いてくる人もいた。
聞かれたら正直に沼地ガニの足だと答える。
硬い殻はどうするのかと聞かれるので、企業秘密だと返答して引き続き焼いていく。
商品として売れそうな時のために、沼地ガニのハサミを使って切る方法は教えない。
「赤くなってきたんだよ!」
「ひっくり返そか」
片面が赤くなってきたので、トングでひっくり返す。
どうしても傾き、断面から温度の上がった体液が漏れる。
それふぁじゅわっと音をたてて鉄板の上で踊り、独特の香りを放つ。
初めて嗅いだエリカは少し顔を顰めたものの、鼻のいいミミはくんくんと顔を近づけて嗅いでいる。
並んでいた人たちも鼻を鳴らし、香りを放った沼地ガニの足を凝視している。
・・・悪いけどまだ売りもんやないねん。せめてウチらが食べてからや。値段は……その時考えよう。食べ物やからそこまで高くはせんつもりやけど、取りに行くのが面倒やからなぁ。難しいわ。
「両面赤くなったんだよ!」
「ほんなら一旦手前に引き寄せて、鉄板から下ろして」
「はいだよ」
「このハサミで横に切れ目を長く入れてくれへん?」
「わかったんだよ。パカって開けるようにすればいいんだよ?」
「そうそう。節まで切れば取れるはずやで」
「やってみるんだよ」
お客さんに見えないように一旦鉄板から下ろす。
ミミにハサミを渡して切れ込みを入れてもらったら、再度鉄板に戻す。
切れ込みからエキスが溢れ出し、さっきよりも強い香りが周りに広がる。
並んでいる誰かがごくりと喉を鳴らしたようで、ミミの目もキラキラし始めた。
香りに慣れたエリカもすんすんと鼻を鳴らし、お好み焼きを売りつつもチラチラと沼地ガニの足を見ている。
「よっしゃ!ミミ、殻剥いで!」
「わかったんだよ!」
トングで反対側を押さえ、ヘラをハサミで入れた切り込みに差し込んで、一気に押し上げる。
パキパキと割れていく光景に、沼地ガニの硬さを知っている人たちが驚いていたけれど、ギリギリ千切れない程度まで切れ込みを入れたにも関わらず音が出るのにウチは驚いている。
パカリと開いた殻に鎮座するテラテラと光る火の通った赤い身。
溢れ出るエキスが鉄板にぶつかってさらに強くなるカニの香り。
鉄板を見ていた全員が喉を鳴らしたように見えた。
「よっしゃ!切り分けて味見や!」
「待ってたんだよ!」
「こ、これは美味しそう!」
手前に寄せてナイフを入れる。
ぷつぷつと繊維が切れるたびにじゅわりと溢れるカニのエキス。
切り分けたらそれぞれのフォークを突き刺し、息を吹きかけてから口に入れる。
「んまっ!煮込みも美味いけど焼きも美味いわ!」
「んん〜!!!美味しいんだよ〜!!!」
「美味しい!もっと食べたい!」
ぱくぱくはふはふと3人で食べ進める。
もちろんお好み焼きはしっかり焼きながらだ。
だけど、並んでいる人たちはお好み焼きではなく沼地ガニの足を見ていた。
「な、なぁ嬢ちゃんたち。注文の追加でこれは頼めないのか?」
「ん?これは商品ちゃうで」
「へ?商品じゃないのに屋台で焼いたのか?何のために?」
「え?食べるためやけど……あかん?」
「いや、ダメじゃない。ダメじゃないぞ。ダメじゃないけど、この香りはあんまりだろう……」
眉を下げてこちらを見る列に並んでいたおじさん。
言う通り商品でもないものを屋台で焼き、それを目の前で美味しそうに食べられてはたまったものではないだろう。
ウチがされたら、せめて見えないところでやってくれと叫ぶかもしれない。
・・・宣伝がてら焼いて、販売は次回ぐらいに考えとったけど、さすがにやりすぎたか……。しゃーない。足は20本以上あるし売るか!
「しゃーなしやで?銅貨10枚で1切れや。沼地まで行かなあかんから高いねん」
「買う買う!5切れくれ!」
「銅貨50枚やで?パン50個分や。ええの?」
「問題ない!売ってくれ!」
「まいど!」
そうと決まれば焼く足の数を増やさなければならない。
幸いエリカもお好み焼きを焼けるようになってきているし、ウチもできる。
2人合わせてミミに及ぶかどうかという手際だけど、沼地ガニの足を調理するミミにばかり負担をかけてられない。
その旨を2人に話し、立ち位置を変えて手際よく準備していく。
「これは何だよ?」
「それは沼地の底から出てきた実や!後回し!」
「了解なんだよ!」
屋台裏でごそごそと皮袋を漁っていたミミの手には、切ると中に穴が空いている沼地で見つけた実が握られていた。
それは今関係ないので戻してもらい、沼地ガニの足を取り出してもらう。
お好み焼きを待っていたおじさんには、味見した時の切り身を渡したから問題ないけれど、これが続くとカニの供給が間に合わない。
美味しく食べる方法やレモンを絞るなどは後日にして、とりあえず一気に焼かないといけないだろう。
「お!この香りはここの新商品だったか!」
「今日限定の試供品や!」
「やったぜ!」
どんどん列をさばいていくうちに、沼地ガニの足を焼き始めたころに並んでいた人たちの対応は終わった。
今は香りに連れられてやってきた人の対応中で、列の中には美味しい煮込みの屋台を出しているお婆さんもいる。
「お婆ちゃん!いらっしゃい!」
「こんにちはエルちゃん。わたしにもお好み焼きとカニをいただけるかしら?カニは3切れね」
「まいど!せや!お婆ちゃんにはこれも持っていってもらうわ!」
「あら?これは何かしら?何かの……野菜?」
「せやねん!沼地のなんか花?蔦?がいっぱいあるところで、蔦に繋がっててん。煮込んだらほくほくで美味しいし、焼いたらパリッとしつつもねっとりしてて美味しいねん。お婆ちゃんならなんか良い感じにできるかと思ってお裾分けや!」
「まぁまぁ!新しい食材ね!腕が鳴るわ!満足いくものができたら持ってくるから、ぜひ食べてちょうだいね」
「待ってるで!はいこれ、お好み焼きと焼き沼地ガニ!」
お婆さんには沼地で取れた、切ると中に穴が空いているいくつも繋がった不思議な実を持って帰ってもらった。
ウチより長く料理に携わっているから、何かいいものが作れるかもしれない。
カニはしばらく独占するつもりだけど、あの実は単体で食べても素朴な感じなので、色々な人が料理して美味しい食べ方を見つけてもらう方がいい。
ウチには思いつかない料理ができるかもしれないし。
「あ!カニ焼いてるっす!」
「シルビアさんお帰りー」
「ただいまっす!わたしの分あるっすよね?」
「え?あー……ちょいまってな。並んでる人の中でカニ食べる人ー?」
ウチの声に全員が手をあげる。
カニ大人気だ。
「ごめん。足りへんわ」
「そんなっす〜……」
ガックリと肩を落とすシルヴィア。
自分たちでも食べられるよう大量に取ってきたけれど、屋台で焼き始めたのがダメだった。
並んでいる人の分で終わりというか、若干足りないので小さく切って安くした。
どうしてもカニが食べたいわけではなかったけれど、香りを嗅いだら食べたくなるのが人間だ。
1日休んでまた沼地エリアに行くことになった。
カニ食べたい……




