沼地の底から出てきたものは
2人だけのカニパーティの翌日食べる硬いパンと干し肉は、どこか寂しい感じがした。
それをもそもそと食べたら出発だ。
「沼地ガニは全部倒すっす!」
「よろしゅう!でも、あんまり早く倒しすぎたら腐らん?」
「魔物は魔力が多いので腐りづらいっす。けど、帰りを決めてからの方がいいっすね。安全のためっす」
「そうしよか。ちなみにビッグ沼地ガニはおるんやんな?」
「いるっすよ。でも、食べないのは一緒っすね。ビッグの場合は茹でるのも面倒な大きさなんで。硬さもっす」
「あー、細かく切り分けるのも手間やもんな」
人より大きくなったカニなら食い出があると思ったけれど、その分甲殻は硬くなるし、強くなる。
その結果調理の面倒さは上がり、砕いた甲殻についてくる肉を削いでまで食べるほど食べ物に困っていないこともあり、ハサミを武器の素材に、本体の甲殻を防具の素材にするぐらいだった。
これからはハサミで甲殻を切ることで食べやすくなるから、あとは茹でるための大きな鍋か、焼くための鉄板があればいいだろう。
お好み焼きの具材にしてもいいし、出汁も取れる。
「沼地エビも持って帰るっすか?」
「具材は多い方がええし、そうしよか」
「ちなみにビッグ沼地エビは高級食材っす。砂抜きできなくても食べれる部分が多いので人気っす」
「おー。エビは食うのになー」
「ほんとそれっすね。今まで無駄にしてきたことを考えると悔やまれるっす」
ビッグ沼地ガニを倒しても武具の素材にしか使っておらず、無駄に廃棄された身を想って難しい顔をしているシルヴィア。
知らなかったのだから仕方ないと割り切りつつも、あの味に魅了されてしまったことで勿体無いと感じてしまうようだ。
「お。大きな沼地っす。中に入ってみるっすよ」
「問題なしや!でも、ゆっくり入ってな」
「もちろんっす!」
沼地ガニや沼地エビのいるところでは沼地に入らなかった。
あまり大きくなかったので、底を調べるのは諦めたからだ。
しかし、今目の前に広がるのは家数軒分ぐらいある沼地で、少し離れたところにはワニの魔物が獲物を探していた。
沼地ワニは普通のワニより力が強くて素早く、尻尾を使って地面を叩いて勢いよく突進してくることがあるそうだ。
肉は脂が少なくてさっぱりとしているらしく、女性に人気らしい。
皮は防具や小物の素材に使われることが多く、ワニ皮専門のお店もあるそうだ。
「おー。ここでも同じっすね。水とその下にある泥が避けていくっす。これ、底なし沼だとどうなるんすか?」
「底なし沼……沈んだらウチでは出られへんやつかな?それやったら入ろうとした時に足が止まるはずやで。落とし穴に落ちられへんみたいに」
踏み込んだところは水と泥が周りに避けられて、若干湿った地面を踏んでいるところだった。
泥地とは違い水もあるため結構な深さになっていて、ウチならばお腹より上に水が来るだろう。
これが底なし沼だったとしたら、落とし穴の時のように入るのを邪魔されるはずだ。
アンリも止まったから、シルヴィアも止まるだろう。
ウチと比べると大体同じような体型、体重だろうし。
「お?早速なにかあったっす!」
「おぉ!幸先ええやん!」
沼地を数歩進んだら、シルヴィアの足元が柔らかい土じゃなく、灰色っぽい石を踏んだ。
周囲は土ばかりだからただの石かもしれないけれど、ここにしかないのは逆に気になる。
「ツルツルした石?なにか彫ってある感じっすね」
慎重に灰色の石の周囲を掘り進めると、どうやらただの石ではなさそうだった。
掘る時にもウチの魔法は役に立っていて、石に沿って手を突っ込むだけで土が退いた。
そして、ある程度掘り出してから引き抜いたのは、ウチでも抱えられるぐらいの石像だった。
「石像っすね」
「価値あるんこれ?」
「研究とかしてる人なら欲しがるっすけど、高値では売れないっす。まぁ、放置するのもなんだか嫌なんで、組合で買い取ってもらうっす」
「ふーん。あれ?これ人族の像やんな?それにしては耳横に長ない?」
象は胸の前で腕を交差させていて、腰から下は棒のようにまっすぐだった。
そこに彫り込みを入れて足や装飾を表現している。
顔のところものっぺりとしているけれど、獣要素が全くないことから人族というのがわかる。
弓のようなものも彫られていて、後ろには矢筒のような膨らみもある。
しかし、耳にあたる部分が横に突き出すように尖っていた。
ウチらの耳はこんなに飛び出ていないし、獣人でこの位置に耳があるのは猿の獣人系だけど、その人たちも尖っていなかった。
ウチが首を傾げていると、シルヴィアが何か思いついたようだ。
「もしかしたら耳長族の石像かもしれないっすね」
「耳長族?」
「昔居て、今はいない種族っす。森に住んでいた耳長族はエルフって呼ばれていたっす。聞いたことないっすか?」
「聞いたことないなー」
「エルは教会に行ってないんすね。じゃあ後で簡単に説明するっす。今は他にも石像がないか探すっす」
「はーい」
ウチの認識ではウチみたいな人族と、獣が人の体になった獣人族、後はミミのような人族に獣人の耳が生えたり手足だけが獣のようになる半獣しかいないし、見かけたことはない。
獣人は獣の種類が豊富だからある意味別種族なのかもしれないけれど、ひとまとめで獣人族と呼ばれているし、ミミたちはどんな獣の一部であろうとも半獣でまとめられている。
その中に耳長族はいなかったし、ウチに色々教えてくれたライテの組合長ベルデローナも言ってなかった。
色々思い出しているうちにシルヴィアが周囲を探索して、他にもずんぐりむっくりした背が小さくて筋肉質っぽい石像と、人族っぽい石像。
さらに獣の耳を模して口も獣のように尖らせている石像も見つかった。
さらに小さな棚のような石も見つかったけれど、その周辺から砕けた石ばかり出てきたので、それ以上の探索はやめた。
運良くいくつかの石像だけが残っていたのだろう。
それを皮袋にしまって、沼地ワニに襲われないうちに離れた。
「お話しは夕食を食べる時にするっす。まずはもっと探索っすね」
「了解や!」
そうして次に向かった沼地は、水の上に何かの草が伸びているところだった。
この草を引っ張っても何も取れず、咲く花も薬にしたりはできないらしい。
今回は根本を調べるためにやってきている。
「予想通りっす!根元にしっかり埋まってるせいで、上の葉を引っ張っても途中で蔦が切れるんすよ!かといって中に入ったら戦闘できないぐらい深いっす」
「確かにこの水の量は戦いに向かへんな」
水はシルヴィアの胸を超えて首の下ぐらいまである。
それを周囲に避けているから、ウチからすると水中しか見えず、泥で濁っていて何が起きているかすらわからない。
たまに葉っぱなどが流れてくるのを楽しむぐらいだ。
「蔓の根元に何かあるっすね。慎重に掘るっす」
水面に出ている草から伸びる蔦を握り、水中へと伝っていくと、柔らかい土の中に潜り込んでいく。
目標の蔦を切らないように慎重に掘ると、泥だらけの茶色い実のようなものが現れた。
でこぼこしていたそれはくびれがあり、そこで終わりかと思いきや続きがあるもので、取り出した時にはくびれが5つもある実となった。
・・・なんかビビッときたな。煮込んだり揚げたりすると美味い気がする……。生はそんなに美味しない感じなんか?とりあえず何個か取ってもらって、夕食のスープに入れてみよかな。
「これなんなんすかね?」
「食べられる気がする。ビビッときてん」
「これ食べるんすか?泥の中から出てきたっすよ?」
「大根とかも土の中から出てくるやん。ちょっ周りの水が多いだけやって」
「ちょっとどころではない水の量っすけどね。じゃあお試し用にもう何個か取っていくっす。夕食に試してみればいいっすけど、どうやって試すっすか?」
「ウチが口に入れられたら害はない判定できるで。美味しくなくても口に入れられるけど」
「はー、毒味もできるんすね。やっぱ便利っす」
言いながら追加で3本取ってくれた。
この後は追加で探索をしたけれど、軽い昼食を挟んだ後も色々な魔物を見かけるだけで、これといって収穫はなかった。
そうそう掘り出し物があるわけがなく、石像を見つけただけでも運が良かったようだ。




