新しい食材
シルヴィアとコンビを組んで、ウチにもいいことがあった。
それは掃除の手が増えたということだ。
小物の拭き取りや、店舗の掃除ぐらいなら1人でできていたけれど、売るための家の掃除や倉庫の掃除なんかでは、孤児院から人手を借りていた。
それをシルヴィアにしてもらうことができるようになったから、ウチとしては手続きが楽になった。
孤児院の子からするとお小遣い稼ぎができなくなってしまったわけだけど。
・・・それにしても、ウチを背負ったシルヴィアさんやったらあんまり汚れが落ちひんのは意外やったなー。危ないもんからは守れるのに、固有魔法から遠なると効果が落ちるんやろか。そういえば馬車に背中つけた時も完璧に守られへんかったっけ。つまり背中につけるものが大きいほど効果が落ちる?どう確かめたらええんやろか。今度アンリさんに相談しよ。
「じゃあ今回は沼地エリアに行くっす!」
「よっしゃー!気合い入れて背負われるでー!」
「気合いいるんすか?」
「いや、いらん」
「そうっすよね」
だって背負子に座ってるだけだし。
こんなやりとりをしている間に準備が完了し、一足飛びに迷宮へと続く階段を登る。
そして速度を緩めることなく草原を疾走していくシルヴィア。
目指すは1番新しいエリアの沼地だ。
「森はどうするっすかねぇ」
「どしたん?」
「森の中を突っ切るのと、外を周るのとどっちが楽か考えてたっす」
「中の方がええんちゃうん?ついでにめずらしいもんあったら拾えばええし」
「いやー、それだと他の素材無視することになるじゃないっすか。勿体無いと感じちゃいそうできついっす」
「なら、外やな。何も考えず走ればええねん」
「そうするっすか。突っ切るより時間はかかるかもしれないっすけど、気持ちは楽っす」
森を前にして足を止めたシルヴィアだけど、話した結果中には入らず外周を回ることに決定した。
森林エリアの魔物はほとんど森林に出てくるから、草原ウサギや草原ニワトリを遠目で見るだけで、戦闘することなく3日かけて走り抜けた。
ふと気になって森の中を突っ切れば2日かからないのかと聞いたけれど、森の中は木が邪魔で走りづらいから結局3日はかかるだろうとのこと。
つまり、素材を取るかどうかの違いだった。
「ここが丘エリアっす」
「なんかでこぼこしてるな」
「あのボコっとしている丘の下に洞窟が広がっているところもあるっす。全部じゃないんすよ。その洞窟も中で繋がっているところもあれば、枝分かれしつつも入り口は一つだけのところもあるっす。そういう場所は鉱石が取れるらしいっすね」
「ようわからんわ」
「繋がっているところは魔物が多くて、繋がっていなければ鉱石が多いって覚えとくといいっす」
「なるほど。シルビアさんはどっちに素材取りに行くん?」
「逃げ場がないんで入ったことないっす。エルと一緒ならどっちにも入れるっすけど、鉱石は掘らなきゃいけないんで、繋がってる方にはいると思うっす。ヒカリゴケや光キノコ、土や岩の素材とかなんであんまり狙うつもりないっすけどね」
他の人が取る分で十分だそうだ。
そうして丘の間を駆け抜けること2日。
途中小さめの丘の上から飛び降りるなど固有魔法の効果を確かめつつ、沼地エリアに到着した。
やっぱり背中から離れれば離れるほど効果が弱まるようで、飛び降りた時は足が少し痺れていた。
ウチが同じ丘から飛んだ時は、ふわりと着地できるのに。
ウチが成長すれば効果が上がったりしないだろうか。
「沼地って聞いてたから一面沼かと思ってたけど、案外そうでもないな。むしろ草原ばっかりやん」
「入ってすぐは足を取られる程度の泥地っすね。少し行くと家ぐらいの沼が出てきて、もっと行くとエルが想像している大きな沼も出てくるっすよ」
「へー。目標はそこ?」
「そうっすね。最終的にはその沼で何か取れたらいいっすけど、その沼にはエリア主のジャイアントポイズンフロッグがいるっす」
「ここはカエルか。ちなみに丘は?」
「ミミズっす。洞窟を拡張しているみたいなんすけど、デカくてぶよぶよしてるから攻撃が効きづらくて手間取るっす。その割に素材に使えるものも少ないので、基本放置っすね。その方が掘れる場所増えていい感じっす」
「なるほどなー」
聞くだけでもミミズは面倒そうだ。
ぶよぶよとした皮膚のくせに魔力を通せば簡単には切れないだろう。
さらに地面を掘り進む力もあって、攻撃力がないわけじゃない。
巨大なミミズが体を振るだけでも脅威になるだろうし、何より見た目を受け付けない人が多そうだ。
虫系が苦手な請負人は多いと聞いたことがある。
その次のエリアとなるここのカエルも足場が悪そうだし、ポイズンというだけあって厄介なのは簡単にわかる。
しかも巨大なカエル。
女性の請負人が無視はいけるけどカエルとヘビはダメだと盛り上がっていたところに遭遇したこともある。
ウチはどちらもいけるけど、シルヴィアはどうなんだろうか。
「わたしはどっちも好きじゃないっす。嫌いでもないけどエリア主の時点で縁がないっすね。戦えないんで。遠目で見るだけで十分っすよ」
まさか巨大なエリア主に素手で挑むわけにもいかないだろう。
スティングのように魔闘を学んでいれば別かもしれないけれど。
そう考えると魔闘はシルヴィアに合っている気がするから、今度ミミと話してもらおう。
基本の訓練や戦い方、強化の仕方などは教わっているはずだ。
スティングは面倒見が良くて、あれこれ口出ししていたし。
「じゃあ泥に足を入れてみるっす」
「ウチの感覚やと問題ない感じやし、川の水と同じ感じになると思う」
「わかったっす!おぉ……泥が避けていくっすね。でも、ベタベタした部分が横にずれて、下にある湿った部分を踏めるっす。これは走りやすくていいっすね」
シルヴィアの足元は、避けられた泥でこんもりしていた。
泥が蓄積していた層を越えて、少し湿った土を踏んでいる。
これなら草原の柔らかい土と変わらないから、移動速度は落とさず済むだろう。
「じゃあ走るっすよ」
「はーい」
土を巻き上げてシルヴィアは走る。
足を上げたら避けていた泥が足のあったところに流れ込み、元の泥地に戻る。
そうして幾つかの泥地を越えていくと、今度は泥地に水が張られたような沼に出た。
比較的小さいはずの沼地だけれど、ウチらが寝そべっても余裕のあるぐらい大きい。
近くには水でも飲んでいたのか、ウチの身体ぐらいある丸い体をしたカエルがゲコゲコと鳴いていた。
「ポイズンフロッグっすね」
「ビッグじゃないん?普通のカエルより大きいで」
「ビッグは大人よりも大きいやつに名付けられるっす。これはエルよりも小さいから普通のポイズンフロッグっす」
「そっかー。倒せる?」
「これぐらいならわたしでもいけるっす!」
言って一気に駆けるシルヴィア。
ポイズンフロッグに近づいて左足で思いっきり踏み締めると、右足を勢いよく振り抜く。
蹴られたポイズンフロッグは靴の形に変形して、紫色の液体を吐き出しながら遠くへ飛んでいった。
変な声も出たけれど、聞き取れないぐらいだった。
「倒せたん?」
「恐らく?これだと確認が面倒っすね。襲われる危険がなくなったから良しとするっす」
「毒液は?」
「かかってないっす。かかったとしても弾けるんすよね?」
「せやね。見た感じ大丈夫や」
「やっぱりすごいっす」
「ちなみに何毒なん?」
「いくつか種類があるんすけど、紫だったので赤くなったあと出血する毒っすね。放置すると爛れるっすけど、薄めると皮膚を綺麗にしてくれるっす」
「そんな使い方もあるんか」
毒から解毒剤が作れるように、使い方次第で色々な効果を発揮させられるのだろう。
この毒はわざわざシルヴィアが採取する必要がないらしく、出会ってもビッグじゃなければ蹴って飛ばすことになった。
「お!カニや!」
次の沼地ではぶくぶくと泡立っているところがあり、シルヴィアが石を投げると全体的に体が青い、ウチの顔ほどもあるカニが現れた。足を伸ばしても膝ぐらいだから、近づかなければ脅威ではない。
しかし、近づいたら本体ぐらいある2本のハサミで挟まれて真っ二つになるのだろう。
ハサミの内側も鋭くなっていて、うっすらと金属に近い色合いに見える。
「沼地ガニっすね。泥を吐いてくるっす。あと、強化していない鉄の剣ぐらいならあの爪で断ち切ってくるっす。
「ふむふむ。ちなみに美味しい?」
「え?沼地ガニっすか?泥が詰まってて食えたもんじゃないはずっすよ」
「泥抜きは?」
「綺麗な水に入れてしばらく放置するやつっすよね?捕まえても入れ物突き破られるっす」
「じゃあ足!足だけへし折って持って帰られへん?茹でたらいける気がするねん!感やけど!」
「んー。じゃあ1匹丸々倒すっす。それで後で挑戦してみるといいっす。沼地ガニ食べるなんて聞いたことないっすよ」
渋々シルヴィアは沼地ガニと戦ってくれた。
ハサミと泥を勢いよく吐いてくる攻撃は弾けるし、なにより素早く動くシルヴィアには元から当たらない。
迫るハサミを避けて足の節を思いっきり蹴る。
みしみしと鳴るけれど、何回か蹴るとポッキリ折れた。
そうして身動きが取れなくなった沼地ガニに対して、甲羅の隙間にナイフの切先をなんとか突き刺して、その状態の沼地ガニを持ち上げ、勢いをつけて地面に叩きつける。
ナイフが地面に押されて沼地ガニの体の中に突き刺さり、それがトドメとなって動かなくなった。
戦い方が美しくないけれど、ナイフに魔力を通せないから、切り開くことができないシルヴィアなりに頑張ってくれていた。
「これで倒せたっす!」
「お疲れさん!じゃあ早速今日の食事にしよう!」
「じゃあ軽量袋に入れておくっすね」
皮袋に入れてから軽量袋に入れた。
体液や付着した泥や水で他の素材をダメにしないようにだ。
「お!エビもおるやん!」
次の沼地ではぶくぶくに石を投げると、勢いよくエビが飛び出してきた。
大きさはウチのお腹くらいで、背中の甲殻が硬い。
勢いと硬さで体当たりをしてくるのに加え、正面からだと沼地ガニのように鋭いハサミで切ってくるらしい。
沼地エビは蹴り飛ばして遠くへやった。
「沼地エビっすね。こいつは食べてるっすよ。茹でた後外殻を叩き割って、砂を避けるように表面に近い部分を切って食べるっす」
こいつも砂抜きはできないらしい。
「じゃあ沼地ガニも食べれるんちゃうん?」
「沼地ガニは叩き割ったら一緒に肉も剥がれるっすよ。そもそも叩き割るのに一苦労するっすから、わざわざ削いで食べる前に捨てるっす」
「あー、食べられるようにするまでが面倒なんかぁ」
普通の沢ガニや沼地で取れる魔物じゃないカニなら、水瓶などに入れて数日待てばいい。
海にいるカニなら砂抜きはいらないはずだけど、ここは沼地で砂というか泥を吐くぐらいだ。
砂抜きは必須となるだろう。
それができなければ本体は食べられず、堅牢な甲殻に覆われた足は細長く、砕いたら身も一緒に千切れてしまう。
なんとか甲殻だけを切り離すことができなければ、食べるのが難しそうだ。
しかし、ウチには案がある。
それがダメだったら潔く諦めるつもりだ。
「で、どうやってたべるんすか?」
「えっと、まずはハサミを切り離して欲しいねんけど……引きちぎってもいいし、捻りちぎってもええで」
「死んでるとはいえ沼地エリアの魔物っすからねぇ。捻るっす」
何度も捻ることで、ぶちぶちと繊維を引きちぎりながらハサミが取れる。
そのハサミを使って甲殻の間を断ち切ると、少し抵抗があるもののすんなり切れた。
同じ魔力が宿っているとはいえ、武器のハサミと防御の甲殻では強さが違うと予想したけれど、正解だったようだ。
その様子を見ていたシルヴィアが感心したような声をあげていた。
それを横に足をハサミで切り分けていく。
本体は泥が多かったので潔く諦めて捨てた。
「鍋にウチの水を入れて、あとは茹でるねん」
「茹でるのはいいっすけど、身はどうするんすか?」
「茹でた後ハサミで切るねん。切り込みを入れたらちぎれるやろ……たぶん」
「たぶんなんすね」
「初めての魔物やし、しゃーないやん」
「それはそうっすね」
そうして足をぐつぐつと煮込んでいると、青かった甲殻が赤くなり、いい匂いが漂ってきた。
その香りにウチとシルヴィアはごくりと喉を鳴らす。
程よく火が通ったら、シルヴィアがハサミを使って甲殻に切れ込みを入れる。
そして切り込みの上部分に指を引っ掛けて、力一杯引っ張ると、節までの口角が剥がれた。
「おぉ……」
「なんすかこれ……やばいっすよ……光ってるっす……」
現れたのは湯気をあげる赤と白の身で、焚き火の火を反射してとぅるんとるぅんに光っていた。
香りの暴力も力強さを増して、早く食べろと言わんばかりだ。
その誘惑をなんとか振り切ったシルヴィアは、もう一本の足を鍋から取り出して同じように甲殻を剥く。
ウチの分だ。
「んはぁー!うっま!ちょっとの塩でめっちゃ締まる!味も濃厚で甘味もあるし!塩で旨味と甘味が引き立つわー!なんやねんこれ!」
「……!……!……!」
シルヴィアは無言で食べていた。
時折キラキラした目でウチを見てきたけれど、はふはふと口を動かすだけで言葉にはならなかった。
1本食べるとまた1本とばかりに次を剥き、結果ほとんどをシルヴィアが食べてしまった。
一本の身は指2本分ぐらいの太さで食べ応えがあったから、ウチは2本食べたら十分だったけれど、シルヴィアは8本以上食べていたと思う。
1本の足でも節の分だけ切り分けられるから、足の数以上食べることができた。
「どう?美味かったやろ?」
「最高っす……」
「屋台で出したら売れるかな?」
「間違いなく売れるっす……。少なくともわたしは買いに行くっすね……」
「じゃあ明日は屋台用にいくつか取って帰ろ。お試し屋台でミミとエリカに頑張ってもらうわ」
「いいと思うっす。あんな感じに身を纏められるなら、他の料理にも使えそうっすね」
「せやな。レモンかけてもええやろし、先に剥いて焼くのもありかもしれへん」
「屋台街で騒ぎになるっすよ」
行列ができるぐらいなら問題ないけれど、食べられないことで文句を言われるのは面倒だ。
できるだけ多くカニを持って帰らねばと意気込む。
「でも、美味かったやろ?カニのとぅるんとぅるん煮」
「美味かったす。あと、その名前はどうかと思うっす」
名前は再考の余地ありだ。




