崩壊した開拓村
-迷宮王国へスペラス 北東の果てにある開拓村-
「なんでこんなことに……」
御者が呆然と呟いた言葉を聞いた。俺も同じ気持ちだ。
目の前に広がる開拓村は廃墟になっていた。
魔物の数が山脈を隔てた他国と比べると遥かに多い迷宮王国では、小さな村でさえ結界を作り出す魔道具を使っている。
万が一壊れた場合は、即座に予備の魔道具に切り替えて領主に報告する必要があるため、人知れず村が崩壊するということは近年発生していない。
少なくとも俺は知らないし、領主の仕事を請け負った商会の商人もしらないようだ。
「ひとつ前の村でさえこの村がこうなっていることは知りませんでした……」
商人はここから馬車で2日かかる前の村で、いつものように開拓村の話をしている。
その時は開拓村が魔物に襲われただとか、天災に見舞われたというような話はなく、いつも通りの対応だった。
あののんびりとした村長がこの事を知った上で黙っていたとしたら中々の役者だな。
「とりあえず……護衛を残していただいて、そうですね……ガドルフさん達に探索をお願いします。獣人の能力で何かわかる事を期待しています」
「わかった。ベアロ、メリクス行くぞ」
「おう!」
「えぇ」
俺はパーティメンバーの2人に声をかけて村の中に入っていく。
熊の男獣人ベアロ、狐の女獣人キュークス、狼の男獣人である俺ことガドルフの3人だ。
獣人は獣の手足の指が5本になり、二足歩行と喋れるようになった種族だ。
普通の人類同様の作業ができるようになったが、保有魔力が少ない。
その分、魔力をうまく使う事で獣だった時の力を発揮することができる。
様々な種族の獣人がいるが、同種の獣も存在する。
なぜ、獣人と獣に別れることになったのかは解明されていないが、生きる分に支障はないので問題はない。
魔力を使うことで強化するのはベアロは力、キュークスは耳、俺は鼻とそれぞれ役割を分けている。
そうする事で魔物の襲撃にも、こういった探索にも活かせるため、いろいろな場面で声がかかる。
残りの請負人は普通の人間なので、馬車の護衛に残したようだ。
「物資運搬の護衛のはずが、とんだ事態に遭遇したな!」
「そうね。村が人知れず壊滅するなんて何十年ぶりかもわからないわ」
ベアロが瓦礫を退けながら話し、キュークスが答えた。
今回俺たちが受けた依頼は、開拓村を管理している子爵領からの、物資輸送に対する護衛依頼だ。
ここの開拓が成功したら、少し先にある山への拠点になる予定で、山で野草や魔物の素材を取って発展させていく予定だと道中聞いた。
運良く鉱脈を見つけることができれば更に発展が見込めることもあって、辺境に接する領地はこぞって開拓しているというのは有名な話しだ。
それだけ開拓しているという話が広がっているにも関わらず失敗したという話はないので、今回の件がどれだけ異常かはわかる。
あるいは他でも起きていてもみ消されているかだが、人の口に戸は立てられないのでどこからか広まると思う。
「俺は向こうを探してくる」
「おう!」
「気をつけてね」
2人と分かれて村の奥へと向かう。
中央の広場を通り過ぎ、村長の家らしき、周囲よりも一際大きな瓦礫の中を探索する。
結界の魔道具は村長の家か、村民が全員集まれる集会所に設置する決まりだからだ。
「お、あった……が、魔石がないな」
瓦礫を退けながら探していると魔道具が見つかった。
しかし、動力源となる魔石が嵌め込まれる部分には何もなかった。
予備も同じで、更に周囲を調べてみても魔石が見つからない。
魔物が襲撃後に魔石を得たとしたら魔道具に傷が少なく、スライムのような魔法生物が取ったとしたら魔道具ごと溶けて無くなるはず。
魔道具自体はほぼ無傷で、魔石だけがなくなる現象に思い当たることがないので、考えることは報告先の専門家に任せることにした。
「ふぅ。色々気になるところはあるが、他の場所も調べるか」
瓦礫が多くて探しづらいのもあるが、村人の遺体が一切見つからなかった。
結界が無くなって魔物に襲われてから結構な時間が過ぎているということになる。
骨すら見つからないので、スライムによって全て溶かされているのかもしれない。
「このあたりで戦闘があったのか?やけに荒れているな」
村から山へ向かうと、途中で地面が抉れていたり焼け焦げている場所があった。
結構な範囲に広がっているので、なかなかの戦闘が起きたようだ。
ここでも武器や防具、遺体はなく、ただ戦闘の痕跡があるだけか。
「ん?微かに匂いがするな……あの廃墟からか?」
戦闘の跡から更に山の方へ進むと、村から離れた場所に家の残骸があった。
山へと向かうための猟師が住むための場所だろうか。周囲に畑はなく、少し先に壊れた柵があることから村の端だということがわかる。
そこから木材や草の匂いに混じり、わずかに人の匂いと排泄物の臭いが漂ってきた。
「これは……地下室からか」
瓦礫の下には匂いの元はなかったが、地下へと続く四角い扉があった。
恐らく冬に備えて薪や食料を保存するための場所だが、襲われてから遺体を魔物が食べ切るほどの時間が経過しているので、生きてはいないだろう。
その割には腐敗臭がしないのは、よほどいい保存場所なのか、それとも特別な何かがあるのか。
「女の子?しかも、生きてる?なぜだ?」
扉を開いた先には両手で何かを握っているのか、5歳くらいの女の子が横向きに倒れていた。
髪はくすんだ金色で、肌の色は白い。
獣人ではないし、一部だけ獣の特徴が出るハーフでもない。つまり高確率で普通の人間ということになる。
周囲には干し肉や薪などの保存物が少しだけあったが、どれも手をつけたようには見えない。
・・・とりあえず運び出して、着替えや清めはキュークスに任せるか。さっき退かした中にまだ使えそうな大きな布があったはず。
地下室の扉を見つけるまでに移動させた物の中から、大きな布を取り出した。
そこに女の子を寝かせて、頭が出るように体を包み込んだ。
冷たい地下室にいたはずなのに、不思議なことに体は冷えていないし、痩せ衰えてもいなかった。
同じ体勢でずっといたから筋肉は固くなっているけど。
・・・何か特別な魔道具を持っているのか?あるいは、固有魔法を発現してこの状況を引き起こしたのか?追い詰められたら発動する事があると言われる固有魔法ならあり得るかもしれないな。
考えながら他に使えるものがないか確認したが、着替えすら使えそうなものはなかった。
保存食は外に放り投げて野生動物に処理を任せる。
一通り探索し終えたので、女の子と結界の魔道具を持って、馬車を止めた村の入り口へと戻った。