森エリアふたたび
ウチの準備は食料と着替え、寝る時のマントぐらいで、棒やボーラは置いてきた。
いざとなったらハリセンがあるし、ウチが戦うことになったらどうしようもない状態だから、極力荷物を減らす方向にしたのだ。
シルヴィアの足の速さはキュークスやガドルフたち獣人に引けを取らないぐらい早く、体も柔らかいから高いところから降りる時もふわりと着地できるらしい。
素材採取を仕事にしていて、ウチぐらいの重さの荷物なら、背負っていてもどこまでも走れると豪語していた。
「エルの荷物もわたしの軽量袋に入れるっす」
「よろしゅう!」
「じゃあ行くっすよ!」
屋台エミカでお昼用のお好み焼きを買ってから迷宮に入る。
そこからはシルヴィア任せだ。
アンリの場合は強化した足でいつも通り走り、少し一歩の幅が広がるぐらい。
しかし、シルヴィアは一歩一歩に力をものすごく込めているようで、姿勢を低くして爆走する。
手の振りも激しく、体も捻っての疾走だった。
固有魔法のおかげで酔わないけれど、ただ単に背負われているだけだったら、確実に吐くぐらい振動と視界がすごい。
「今日はここまでっす!」
「1日でエリア跨げるんか……すげー……」
アンリに背負われた時は2日かかった最初のエリアも、シルヴィアにかかれば1日だった。
しかも、これでも抑えているらしく、1人の時は夜番がいないため軽い休憩のみ。
それで森エリアまでほぼ寝ずに移動して、森前で長めの休憩をした後、帰還の魔法陣に向かって進みつつ素材採取をするという、なかなかのハードワークだった。
そんな方法のため、森エリアより先には行けてないらしい。
ウチがいれば行きやすくなるから、それにも期待しているとのこと。
・・・ウチもまだ沼まで行ってないからなぁ。弾けない魔物出てきたら困るけど、その時はシルヴィアが走って逃げてくれるやろ。慎重にいけば大丈夫か。
ウチを背中に背負ったまま横になった翌日、起きて周囲を囲んでいた草原ウサギのうち1頭を倒して朝食と昼食の肉を取る。
安全になったら解放してもらい体をほぐした。
「迷宮でしっかり寝るのは久々っすねー!」
「誰かと行くことないん?」
「組むことはないっすね。報酬のこととか面倒なんすよ。迷宮内で進行方向が一緒だったり、野営の準備をしているところにお邪魔させてもらうことはあるっす。もちろん報酬も払うっす。護衛代っすね」
「世知辛いなぁ……」
「何度も言うっすけどエル何歳なんすか……」
「7歳やで?」
「絶対7歳の反応じゃなかったっす……」
シルヴィアはぶつぶつと言いながらウチを背負い、昨日と同じように疾走する。
固有魔法のおかげで、踏み出した先の伸びた草が左右に割れる。
シルヴィアの体に触れる前に避けられるから、草で肌を切る心配もない。
出ている肌は手の先や顔ぐらいだけど。
請負人はよほど暑くなければ、長袖長ズボンを着用している。
草や枝、魔物の小さな棘などが刺さらないようにするためだ。
その服の上に革鎧や簡易鎧、全身鎧などを着て動かなければならないため、自ずと水分補給が大事になる。
そうして生まれたのが水生みの魔道具で、シルヴィアもウチから取れた水を飲んで喜んでいる。
「この水美味いっすね!」
「せやろ。ウチの水はなんでか美味いねん。固有魔法のせいやろな」
「他に考えられないっすね」
魔力に味があるなら別だけど、それならもっと知られていていいはずだ。
色々な人が水生みの魔道具を使っているはずなのに、ウチ以外に美味しい水を出す人がいないし。
こんなやりとりを流れる大河を見ながら、ゆっくりと水を飲んで休憩した。
「うわー……草が左右に分かれるのも気持ち悪かったすっけど、水だともっと気持ち悪いっすね……」
「そう?便利やない?」
「便利は便利っすけど、もっとこう……見た目に板とか出てわかりやすくしてほしいっす……。今だと勝手に分かれてるんで怖いっすよー」
そう言いながら分かれている水に手を伸ばすシルヴィア。
その手を避けるように、さらに水が押し凹む様を見て、嫌そうに顔を顰めているのだろう。
アンリは魔力を見れるから分けられているのもしっかり見れるけど、見えない人からするとこういう反応になるのが普通なのかもしれない。
かと言って何か対策できるわけでもないので、慣れてもらうしかない。
「今日は森の前で休憩っす!」
「了解や!朝から入るんやな」
「そうっす!いつもは走り抜けつつ素材採取するっすけど、今回はじっくりやるっす。優秀な護衛付きと思えば稼がないと損っすからね!」
「せやな!稼ぎは大事や!」
森の前で火を焚き、炙った干し肉とパン、乾燥野菜のスープでお腹を満たしたら、背中合わせに寝る。
囲まれることなく寝れたので、朝食を摂ってから森へと向かう。
ここからは速度を落とすのかと思いきや、浅いところの素材は興味がないらしく、勢いこそ弱まったものの、アンリの時よりだいぶ早く森の中を進む。
時折弾かれた魔物が後ろへと流れていくように見えてしまい、苦笑いを浮かべてしまった。
「弾くだけなら問題ないっす!」
身体強化した拳で、迫る魔物を殴って弾くシルヴィア。
わざわざ殴らなくても弾けるけれど、固有魔法付きの拳で殴ると一方的に攻撃できて気持ちがいいらしい。
拳が傷つくことを考えなくてもいいのは楽なんだとか。
魔物の皮と人の拳。
同じ量の魔力が流れていても、元の性能が違うため拳が負ける。
武具は魔物の皮や骨、鍛えた鉱物で作っているため素肌よりも強化しやすく、さらに壊れても問題がない。
そういった事もあってシルヴィアは戦闘を放棄しているけれど、ウチと一緒なら戦えるかもしれない。
一方的に殴り続けることができればだけど。
「こっからは採取するっす!念のためエルに見てもらってもいいっすか?」
「ええで。この辺はアンリさんとも一緒に取ったところらへんやし、珍しいもん以外は大丈夫やと思うけど」
「念のためっす!」
結果、特に変わったものはなく、全て問題なしだった。
それをほくほくと皮袋に詰めていくシルヴィアの手は、アンリと違って素早いのに丁寧だった。




