罠は面倒
起きて体を伸ばしてから、昨日までより深いところまで進む。
木は太くなり、陽の光は遮られて薄暗い。
草も好き放題伸びていて、木の根元には苔が生い茂っている。
木には太い蔓が巻き付いていて、根元には魔物化していないのが不思議なくらい巨大な花が咲いていたりと、ひとえに森林といっても見せる姿は様々だ。
アンリに背負われたままキョロキョロしていると、こちらを伺ってくる生き物がいることに気づいた。
「なぁなぁアンリさん。後ろの木の上からこっち見てくるやつおるねんけど」
「あれはトラップモンキー。罠を仕掛けてそこに誘導してくる魔物」
「ほー。猿の獣人と比べたら随分小柄やな。ウチぐらいの大きさやん」
「体の大きさよりも身体強化と頭の良さに魔力を使っていると言われている。集団に出会ったら逃げることが推奨されている」
「へー」
追いかけてきているトラップモンキーは、少し離れた木の枝に立っており、片手には石を持っている。
その姿は目が赤く輝いていることから魔物とわかり、剥き出しになった歯がとても鋭い。
体毛は薄い茶色だけど、色々な部分が汚れて固まっていて、肩から腰にかけて蔓とカニバルフラワーの袋を組み合わせた肩掛け袋を持っている。
中に何が入っているのか気になるけれど、きっと碌なものじゃないはずだ。
「キィ!」
「なんや!」
石を持ち上げてバカにしたように鳴いてきた。
ムカついたウチはハリセンを伸ばしたけれど、届かない。
「キィ!キィ!」
「なんやねん!」
今度は持ち上げた石を投げるフリして何度も振りかぶってくるトラップモンキー。
投げてきたらハリセンで打ち返してやると、短くしたけれど結局投げてこなかった。
「キィー!」
「あ!こら、どこ行くねん!」
最後には石を袋にしまってから、別の木に飛び移ってどこかへ消えてしまった。
ウチらへの威嚇だろうけど、動じないから諦めたのかもしれない。
「トラップモンキーは離れていったで」
「恐らく仲間を連れて戻ってくる」
「1匹だと罠のところまで誘導できへんから?」
「たぶん」
「ふ〜ん。でも、ウチらには効かへんはずやけどな」
「頼もしい」
「せやろ」
トラップモンキーがどんな罠を仕掛けてくるのかわからないけれど、せいぜいくくり罠や落とし穴ぐらいだろう。
どちらも足を踏み出そうとしたら固有魔法に止められるから、引っかかることはないはずだ。
アンリが急なストップに対応できるか次第だから、事前に言っておいた方がいい。
体が急に動かなるのは、固有魔法に慣れているウチでも驚くから。
「わかった。できれば罠を見つけて試してみたい」
「じゃあトラップモンキーが戻ってきたら誘導されてみる?仕掛けられた罠見つけるのはできへんけど、それやったら勝手に見つかるやろ。たぶん……」
「そうしてみる」
ウチがライテ小迷宮にある落とし穴などでどうなったか話したら、背負った状態でも発動するのかを含めて試してみることになった。
トラップモンキーが仕掛ける罠ならどうにでもなるというアンリの自身からくる選択だろう。
ウチには踏み越えるという選択肢しかない。
デカすぎる落とし穴の場合、踏み越えられず迂回するしかないけど。
「キィー!」
「お、またやってきたんか!」
「さっきのとは違う個体」
「え?!アンリさん見分けつくん?!」
「魔力が違う」
「あ、そっちか」
魔物の外見から見分けがつくのかと驚いてしまった。
しっかり見ても、さっきのトラップモンキーとどう違うかわからない。
並べてみれば身長や外見の違いもわかるかもしれないけれど、そのために捕獲するのは魔物研究家の人たちに任せる。
ウチは興味ないし。
「キィー!キィ!」
「うわっ!石投げてきた!……めっちゃいいコース投げるやん。まぁ、効かんけどな!」
「キィ?」
確実にウチに当たったのに平気な顔をしているからか、トラップモンキーは首を傾げながらさらに石を取り出した。
それを投げられても固有魔法で弾かれる。
しかし、アンリは投げられた方とは逆の方向に進路をとった。
誘導されているように見せるためだろう。
トラップモンキーから見ると当たっていて、進行方向も変わっていることに満足したのか、今度はアンリの進む先を制限するように投げてきた。
身体強化された石の速度はなかなかで、地面に当たれば抉れてくぼみ、木にあたれば破裂したように抉っている。
確かにこれが体に当たってるのに平然とされたら首を傾げるだろう。
「キ!」
「キキ!」
「キィー!」
「うわっ増えた!しかも全員石投げてくる!こっわ!」
石を避けるように進んでいると、突然周囲の木にトラップモンキーが現れた。
ウチには見えないけれど、アンリが見ている正面側にも現れているようだ。
しかも、ウチが見える範囲だけでも全員が石を持っていて、木を飛び移るたびに投げようと準備してくる。
さらに、どうやって連携しているのかわからないけれど、構えたうちの数匹が進行方向に向けて石を投げてくるので、アンリはどんどん誘われるままに向きを変えていく。
そうして少し走ると、明らかに周囲の蔦の量が増えてきた。
「蔦で進路が邪魔されている」
「突っ込む?たぶん支えきれずブチ切れるで」
「いや、誘いに乗る」
「了解や」
肩越しに前を見ると、前方と左手に蔦でロープのように通せんぼしてあった。
アンリの腰の位置ぐらいのそれは、しゃがむとトラップモンキーにボコボコにされ、跳ぶと恐らく落とし穴に落ちるのだろう。
蔦の向こうは不自然に葉っぱが積まれていた。
アンリは蔦を避けるように右に進んだから結果を知ることはできなかったけれど、トラップモンキーの騒ぎ方は喜んでいるように見えた。
「ん?アンリさんどうしたん足止めて」
「これがエルの言っていた罠を踏んだ時の動作。なるほど。聞いていなければ焦るところだった。興味深い」
「あぁ。罠あったんか」
アンリの足は、一歩踏み出して地面を踏む前で止まっていた。
場所から考えると落とし穴があるようだが、見ただけでは全然わからない。
隠すための葉っぱも積もっていなければ、地面の色が掘り起こしたような周囲と異なるようなこともない。
・・・もしかしてさっきの蔦の先は落とし穴ちゃうかったんか?あからさまに落とし穴っぽい場所を見せておいて、本命の落とし穴に誘導する……もしそうやったらこいつらめっちゃ頭いいやん。時間があったらアンリさんに確かめてもらおう。
「キィー!!!」
「キィ!キィ!」
ウチらが落とし穴にはまらなかったことで、木の上で飛び跳ねて怒りを表すトラップモンキーたち。
ガサガサと葉が音を立て、何枚も散っていき、一通り暴れて満足したのか一斉に石を投げてきた。
四方八方から飛んできたけれど、アンリは危ない軌道のものだけを弾いて、残りは固有魔法に任せて受け止めた。
全部受け止めなかった理由は不明だ。
反射的に動いてしまったのかもしれない。
「いい加減邪魔」
そう言ったアンリは身体強化した足で一気に木を駆け上がり、新しい石を取り出しているトラップモンキーの首にナイフを突き刺した。
続けてナイフから手を離して、近くにいたトラップモンキーの首を一気に捻る。
最後に木を飛び移りながら進行方向のトラップモンキーの首を蹴り折りながら落とし、落下しながら別の個体の尻尾を掴み、地面に叩きつける。
これを肩越しに見るウチも大変だった。
「キィ〜〜!」
「キャ!」
アンリの暴れっぷりに恐れをなしたトラップモンキーの生き残りたちは、手にしていた石を牽制のように後ろ手に投げてから逃げていった。
素材になる部分が袋の中身だけということで積極的に追わず、ナイフの回収と中身のチェックだけで終わる。
結果は請負人から奪ったのか銀貨が数枚とナイフ、石ころ、草で包んだ毒薬の粉末がいくつかだった。
「おぉー、すげー。ウチの視界はビュンビュン変わっていったわ」
「酔わない?」
「平気やで!」
楽しく感じるぐらいだった。
身体強化をしているアンリからすると、一点を集中して見ているから酔うことはないらしい。
振り回される側独特の視点だった。
「お?なんか音聞こえる」
「何かが動いている。ゆっくり近づく」
アンリが体勢を低くして移動すると、露出した岩に角を擦り付けている鹿の魔物がいた。
鉄角鹿だった。
「こんな場所に出てくるんか」
「弱い魔物を食べれば生きていける」
「でも、周りには状態異常になる花とかあるで?」
「耐性ができたのかもしれない」
「なるほどなぁ」
向こうが気づいていなかったから、その間に離れて迂回した。
その後も色々な種類の魔物に遭遇したけれど、固有魔法の効果を得た戦意バリバリのアンリによって倒され、帰還の魔法陣の近くまで来ることができた。
もう少しで終わりだ。




