ここでもウチは装備品
「エル。明日迷宮に行こう」
「ほ?ええけど、なんかあったん?」
ウチができる掃除の依頼が順調に減ってきて、いつものように空き時間で屋台の呼び込みをしていると、アンリがやって来て迷宮へ誘って来た。
ガドルフたちは一足早く迷宮に向かっていて、てっきり一緒に行ったと思っていたから驚いた。
「素材採取に付き合ってほしい」
「固有魔法あると便利な場所なん?」
「そう。毒キノコや蜘蛛の巣、毒液や毒の鱗粉など色々ほしい」
「誰殺すん?」
「魔物。ここの魔物にはここの毒を煮詰めたやつじゃないと効果が薄い」
「人狙わんのやったらええで」
「よろしく」
そう言うと明日の準備をするとアンリは去っていった。
明日は採取がメインになるので、なるべくたくさんの皮袋を用意するそうだ。
それをウチの軽量袋に入れて、アンリが魔力を流して使う。
ウチはアンリの背中でじっとしていればいい。
「ほな、行ってくるわ」
「気をつけてだよ!」
「森林は体がおかしくなる攻撃してくる魔物が多いからね!あと、キノコは食べちゃダメだよ!」
「大丈夫大丈夫!ウチに任せとき!」
「絶対に食べちゃダメだからね!」
「食べへんわ!採ってくるだけや!そんな食い意地張った奴に言い聞かすほど言わんでもええやん……」
「エルは食い意地張ってる」
「嘘ぉ?!そんなことないやろ〜」
「食べきれないぐらい屋台で買うのはよくあること」
「それはアレやん。味見やん。味見大事やで?市場調査っちゅうやつや」
アンリたち保護者は、ウチとミミによる市場調査の弊害をエリカから聞いている。
要するに食べられない量を買って、その後の動きに支障が出ているのだ。
最近は近くの屋台にいる子どもと一緒に食べているおかげで、はち切れそうな腹具合から満腹ぐらいにはなっているけれど。
・・・屋台の数が多いのが悪いねん。スープひとつとっても入れる具材や煮込む時間、味付けの塩や香草の量が違うんやから、試さな勿体無いやん。仕方ないねん。香草も煎るかどうかで風味めっちゃ変わるもんあるし、奥深いで……。
朝食を食べたばかりなのに屋台の料理について考えているウチを、アンリは手早く背中にくくり付けた。
手を振るミミとエリカに向かってウチも手を振り、アンリが階段を登るのを切り替わる視界で確認した。
ここからは移動に注力することになっている。
初めての背の高い草のエリアだけど、ウチは休憩以外は足を下ろすことなく通過した。
弾かれることを利用して、戦闘は全て無視して進んだせいで、魔物同士の争いが何度も起きていたけれど、良いのだろうか。
勝った方がちょっと強くなるはずだけど、草原ウサギや草原ニワトリだから誤差のようなものだろう。
恐らく。
きっと。
「これから川を渡る」
「小さい川やなー」
背の高い草原を抜けると徐々に草が低くなり、最初のエリアぐらいになってしばらくすると水の音が聞こえてきた。
川のエリアは大きな川が1本と、小さな支流が幾つか分かれては合流している。
川の上流と下流へ向かっても、見えない壁で遮られることはすでに証明されていて、なぜか流れる水に潜ってもそれは同じだそうだ。
そんな川の最初は大人なら膝が濡れるぐらいの深さで、ウチの固有魔法の影響を受けているアンリは、水の抵抗を受けずに歩くことができている。
底の石には苔がこびりついているけれど、滑るのは危ないからか踏んでも滑らず進めていた。
ウチからは戻ってくる水で渦が巻かれているところしか見えなかったけれど。
「大きい川に来た」
「おぉー。釣りした場所よりでかいんちゃう?」
「そう。大きい。水性の魔物も多い」
「どんなんおるん?」「魚系、沢カニ、川エビ、ワニ、カバ、魚を狙う鳥、水を飲みにくる動物」
「めっちゃおるやん。魚食べたくなってきたわ……」
「エルが捕まえればいい」
「いけそうならハリセンでやってみるわ」
頑張ってハリセンを振ったけれどダメだった。
ハリセンの軌道で水が避けていき、その水に飲まれるように魚が移動した。
釣りの時のような上手く空間に飛び込んでくれれば良かったけれど、そういった魚はウチらに当たると反動で川に戻ってしまう。
アンリとウチだけでは、飛び込んだ勢いのまま行動不能にできるほど広い空間は確保できなかった。
やっぱり船や板にウチが寝そべらないとダメそうだ。
「おい!なんだお前ら!どうやって川の中歩いてるんだ?!」
「ん?おー、船かー!」
「おう!これは組合管理の船だ!で、そっちは?」
「請負人やで」
「それが聞きたいんじゃねぇよ!まぁ、おおかた魔法か固有魔法だろうけどよ!」
頭の上から声をかけてきたのは、船を漕いでいるおじさんだった。
川面で歪んで見えるせいで何人乗っているかは分からないけれど、川を渡らせる小舟らしい。
上から見ると川の中に穴が空いていて、それが移動しているものだから、新しい魔物かと剣を抜いて近づいてみたら人だったというわけだ。
思わず声をかけてしまうのも仕方がない。
ウチでもそんな現象を人が起こしていたら声をかける。
「今回の固有魔法もすげぇなぁ……」
「規格外ですね……」
「人って自分より深い川を歩いて渡れるのね……」
結局、川の上だとどこから襲われるか分からないから、対岸まで進んでから改めて話した。
固有魔法だからということで、乗っていた人にも納得してもらえたけれど、ウチは話の中で一つ気になった。
「今回もって他の固有魔法の人も川自力で渡ったん?」
「ん?あぁそうだ。1人は岩を生み出す能力で、自分で足場を次々作って渡るのさ。もう1人は氷の魔法を使えるんだが、川面を凍らせて渡る様なんてもう神秘的だぞ」
「すごいなそれ!なんかウチの渡りかたが地味に感じるわ」
「見た目の派手さはねぇな!」
「なー。もっとピカピカ輝けへんかな」
うむむと唸りながら力を込めても、特に変わることはなかった。
アンリからはいつもキラキラしていると言われたけれど、他の人に見えていないなら趣旨と違う。
誰にでも見える固有魔法なら威嚇にも使えるのにと頬を膨らませる。
「魚ありがとー!」
「何かあったら固有魔法で助けてくれよー!」
貴船に乗っていた請負人から、渡っている途中で倒した魚の魔物を貰った。
ウチが捌いているところをじっと見ていたからだろう。
この人たちも食べるために捌いていただけなので、ウチらに分けることは問題なかった。
むしろ腐らせるだけの魚を分けるだけで、固有魔法持ちと関わりが持てるならと喜んで分けてくれた。
魔物化した魚の身はとても美味しく、塩だけでも十分楽しめた。
ハーブもあればさらに美味しくなっただろうけど、残念ながら近くには生えていなかった。
「今日もこれで寝る」
「これにも慣れたな。朝起きて体ほぐせばええし」
ウチとアンリは背中合わせのまま縛られて、地面に敷かれた布の上に寝転がる。
別に囚われているわけではなく、睡眠中も固有魔法の効果を切らさないようにするためだ。
普通は3人以上のパーティを組んで活動し、夜は不寝番を順番にこなすはずで、それは外の時間に連動して暗くなる迷宮の中でも同じ考えだ。
しかし、ウチらは2人である。
よって交互に警戒できれば問題なかったけれど、ウチはお子様なのでしっかり寝たい。
というか眠気に抗えない。
アンリ1人に不寝番を任せると、翌日の移動に響く上に色々任せすぎて申し訳ない。
その結果、体を痛めないように敷いた敷物の上にマントを羽織って寝ることになった。
ちゃんと寝れるか悶々と考えていたウチだけど、眠気には勝てずしっかり寝れた。
アンリも初日は何度か警戒のために起きたけれど、一度魔物にちょっかいをかけられたけれど問題ないことを確認できて、以降ぐっすりだったらしい。
魔物と争ったことに気づかなかったのも、睡眠を邪魔しないように固有魔法が動いたんだと思っている。
決してウチが鈍いわけではないはずだ。
「おはよう」
「んーっ。おはようさん。体ほぐすから解いてほしいわ」
「すぐ」
ぱらりと拘束が解ける。
お互い軽く体を伸ばしたり、捻ったりして固まった体をほぐした。
今日中に森林の前に移動するつもりらしいので、ここからのアンリも軽く走る。
それでもウチの全力疾走よりも数倍速く、身体強化の凄さを体感させてくれる。
後ろ向きだけど。
「森やな」
「その通り」
予定通り森林エリアの中心に広がる森に着いた。
今日は入らず夜を明かし、明日の朝から森の中で1夜を過ごす予定だ。
帰りは中心にある帰還の魔法陣から。
エリア主には出会わないように祈っておく。
気持ちは大事だから。




