いざ、中迷宮へ
孤児院を後にしたウチらは、取り急ぎ組合に行って屋台の申請をした。
場所がある程度決められるそうだけど、キュークスから周りの安全が確保できる場所と指定され、受付のおじさんもウチやミミが屋台に立つと聞いたら即座に決めてくれた。
準備も含めて4日後に開店することになったから、帰りに孤児院に寄ってエリカに伝える。
見習いを卒業していて請負人になっているエリカは、装備を整えて向かうと返事をしてきたけれど。
・・・迷宮前広場で屋台するだけやで?潜らへんで?武器とかは……まぁなんかあった時用にあってもええか。お客さんおらん時に気晴らしで軽く潜るのはありちゃうか。あかんかな?魔物が溢れることが昔はあったらしいし、備えるに越したことないな。ミミには全力で逃げてもらおう。
「明日は迷宮に入るぞ」
「お?情報収集終わったん?」
「あぁ。とは言っても全部の情報を聞けるわけじゃないから、気をつける魔物や場所、どんな迷宮かを聞いただけだが」
「十分だろ!命に関わる情報を1番に仕入れるところは流石だな!俺はライテ小迷宮で言う階層主の情報を聞いてきた!酒場でな!」
「情報収集するのになんぼ使うたん?」
「んぁ?銀貨数枚程度だぞ」
「まだこの街来て数日やのに20日分以上使うてるんか!さすがベアロやわ!」
「誉めんなって!」
「ははははは」
本人が褒められてると思っているならそれでいい。
幸せな方が人生楽しいからだ。
「わたしは採取物を中心に調べたわ。詳しくは現地でね」
「アンリさんは?」
「魔道具の試作」
「なんかできた?」
「ライトスティックなら」
材料を買ってきて組み立てただけらしい。
それでもウチにはできないのですごいことだ。
今後は他の簡単な魔道具も材料を揃えて組み立てて、その次に色々組み合わせてオリジナルの魔道具を作るそうだ。
いきなり王道を逸れなくて良かったと、ほっと胸を撫で下ろした。
すっとんとんだから撫でやすい。
「とりあえず今日は様子見で潜ろう。説明は中に入ってからの方がいいだろう。言葉で聞くより見た方が早いからな」
「軽い運動ってとこだな!」
「ミミは夕食の準備頼む」
「はいだよ!」
昼食は各々屋台で済ませていたので、今から迷宮へ行ってもすぐに夜になる。
用意された道具も泊まりを想定しておらず、本当に様子見だけで済ますつもりらしい。
慣れるまで無茶をしない堅実な戦い方がガドルフのやり方だ。
「これが中迷宮の入り口か」
「登るんか……1段1段でかいねん!」
迷宮広場へと続く門を抜けると、ライテの4倍以上ある広場に屋台がいくつも出ていた。
座って食事を取る場所もまばらにいくつもあり、通りながら眺めてワクワクした。
そして屋台が左右に連なる大通りをまっすぐ進むと、急に四角い大きな建物が出てきた。
登り階段を囲うような建物は階段以外に窓すらなく、薄暗い階段を登るしかないようだ。
その階段はライテの階層と同じく1段1段が大きく、ウチはよじ登らなければ上がれないだろう。
その1段も数歩進まなければ端につかないのだから、誰用に作ったのか一度製作者を問い詰めたい。
今回はベアロに背負われて登ることになったけれど、もしも1人で潜ることになったら行きだけでめちゃくちゃ疲れることになる。
ライテは下りだったからまだ良かったけれど、ウルダーはウチに優しくない。
「おぉー!階段登ったら草原が広がっとるのは気持ち悪いな!絶対そんな空間なかったやん!外から見たら完全に空やったやん!なんでやねん!」
「お、落ち着けエル!どうしたんだ急に!」
「いや、おかしいやん!」
「迷宮はそんなもんだろ!ライテも地下深く潜ったけど全部違う空間なんだよ!なんというか魔法的なやつだ!」
「むぅ〜。でも、これは気持ち悪ない?建物の中に入ったのに草原広がっとるし、空まであるねんで!」
「そういうもんだ!気にすんな!」
「えぇ〜?!ベアロはもっと気にした方がええんちゃう?」
「気にして腹が膨れて金になるならな!」
「じゃあ無理やな!」
学者になって迷宮の謎を解き明かせればお金になるかもしれないけれど、どう考えてもベアロには無理だ。
こんなやりとりをベアロの背中に背負われながらやったウチらの足元には、当然登ってきたばかりの階段がある。
階段の周りには補強のための石でできた足場があり、そこを降りると草原だ。
それが前後左右に広がっている。
どう考えても迷宮広場の頭上に草原が広がっていないとおかしい現象だけど、魔法だから仕方がないと諦めるしかない。
階段を登っているうちに別の空間に入ったということだ。
頭上には空、綺麗な雲が流れている。
草を揺らす風が気持ちよかった。
「もういいか?」
「ええで」
「わかった。見ての通りウルダー注迷宮は草原の迷宮だ。ライテの5階ごとに出現する魔物が変わるのと違い、ここはエリアで分けられる」
「エリア……じゃあ迷宮振では階層が増えるんじゃなくてエリアが増えるってこと?」
「そうらしい。エリアはこの出入り口を中心に円形に広がっているわけじゃなくて、正面の方に伸びる形で広がっている」
「ほぉ〜。じゃあ後や左右は?」
「真っ直ぐ行ってしばらくすると見えない壁があるらしい」
「へぇー」
箱庭空間ということだろう。
正面に広がる草原に目を向けても、ガドルフの言うエリアの境はわからない。
距離があるからか、そもそもエリアを分ける壁のようなものもないのかもしれない。
「エリアってどんなんなん?」
「まずここが草の低い草原で第1エリアだ。続けて草の高い草原、丘のある草原、川が流れている草原、森林が広がる草原、沼地のある草原と6つのエリアになる」
「へー。出てくる魔物も段々強くなるん?」
「単純な強さでは測れない部分もあるらしいが、概ねそうなるな。遠い方が大型になって力も強くなったり、厄介な特性を持っていたりするそうだ」
「なるほどなぁ」
ライテ小迷宮でいう階層がそのままエリアになっているようだ。
明確に違うのは地続きだからエリアを跨いだ魔物の移動も起きやすいということと、階層主ではなくエリア主になるが、そのエリア主はテリトリー内を徘徊している。
後は帰還の魔法陣が各エリアの真ん中ら辺にあり、薄い光が立ち昇っていて目を凝らすと方角がわかるということだった。
頑張って目を凝らすと、遥か先の上空がキラキラしていることに気づく。
そこの下に帰還の魔法陣があるはず。
「とりあえず今日は様子見で軽く狩りをするか」
「何が出てくるん?」
「エルの好きな魔物だ」
「スライム?別に好きちゃうで」
「スライムも出るが草原ウサギが出る。他にも草原ニワトリや草原ウシ、草原イモムシなんかもいるな」
「ウサギ狩りか……。魔石狩りの方がええなぁ……。それにしても肉ばっかりやな。イモムシは除いて」
「イモムシもクリーミーで美味しいのよ?素揚げにして塩で食べるのがおすすめよ」
「そうなん?じゃあ取ろか」
ウチを背負ったベアロを先頭に草原を進む。
出会う魔物全てベアロが斧を一振りするだけで倒すことができる、いわゆる初心者エリアのおかげでやることがない。
アンリがウチの軽量袋を使って素材を収納していき、キュークスが片手間に草原イモムシを捕まえていく。
大人の手でガッツリ掴むくらい大きいイモムシを、生きたまま皮袋に入れる。
倒していないため袋ごと蠢くのを眺めて生きがいいなと考えていたけれど、アンリはそれが嫌なようでキュークスから距離を取っていた。
「今日はこのぐらいにしておくか」
「そうだな!この辺だと俺たちには弱すぎる!肉が取れるのは良いが、もっと血が沸るような戦闘がしたいところだな!」
「わたしはそこまでじゃないけど、もう少し手応えが欲しいわね。ちょっと小突いただけで倒せる魔物は作業になるもの」
「わたしは素材が欲しい」
「有用な素材は2つ先の丘のある草原からね。薬草ぐらいだったら次の背の高い草原でも見つかるけれど、魔道具に使うならね」
「わかった」
「エルはどう?」
「どう言われても背負われてただけやしな〜。今のところウチが活躍できそうな場所言うたら……沼地?」
「森林でも毒キノコとか集めれるわよ」
「あーキノコあったな。まぁ、屋台落ち着いてからでええかな。肉はウチが気絶させてミミにトドメと解体任せたら手に入るし」
「エリカも戦えるはずだから連れて行くと良いわよ」
「せやなー。いっぱい肉集まったら孤児院に持って帰ってもらってもええしな。使いきれへんのは勿体無いし」
ウチは屋台を中心に掃除の依頼をこなしていくつもりだ。
固有魔法が必要になればガドルフたちについて行って手伝い、ついでに美味しい食材がたくさん手に入れば良いと考えている。
結局ライテと変わらず、基本的に自由に過ごして良いことになり、明日からガドルフたちは迷宮へ。
ウチは屋台の準備を進めることになった。
ちなみに草原イモムシの塩焼きは、皮がぶにぶにと噛み切りにくく、中身はトロッとした半個体のようなもので、味はそこまでしつこくなくほんのり甘かった。
後書き
イモムシは食べたことがないので味は想像です。
素揚げの蜂の子やイナゴの佃煮は美味しかったです。




