さらばライテ
ライテ小迷宮伯からの呼び出しから14日経った。
その間に掃除の依頼でお世話になった人たちに挨拶を済ませ、休息の季節で溜まった掃除も終わらせた。
さらに顔馴染みとなった請負人や市場の人たち、迷宮前の屋台の人たちにも挨拶を済ませている。
後はウチの屋台エミールを閉店する作業と家の鍵の返却、ベルデローナや料理長、ポールへの挨拶ぐらいだ。
「ポールは屋台続けへんの?」
「あぁ。俺の研修は終わりだ。次は別の見習いが組合の名前で屋台を出すことになった。好評だったからな」
「ハニー丸が?」
「いや、全部がだ」
「毎日盛況やったしな。ポールは組合の厨房に戻るん?」
「そうだ。屋台の連中を補佐しながら、色々な料理を覚えていくんだ」
「おぉ!それはええな!頑張ってな!」
「もちろん。それよりレシピはいいのか?何個も送ると損になるぞ」
「ええねん、ええねん。そん時は何か送ってもらうから。大きなスライムクッションとか、スライムベッドとかな」
「対応を考えているならいい。気をつけろよ」
「そっちもなー」
朝イチはそこまで忙しくないため、下ごしらえをしているポールを捕まえて話した。
エミールはエとミが抜けるためポール1人になるから閉店。
その後は組合から別の見習いが研修として派遣されて、屋台を開くことになるそうだ。
材料の準備や収支管理で、思った以上にポールが成長したからだろう。
次の見習いが成長したら、その次の見習いをという風に続いていくのかもしれない。
「おや、エルさん。味見しますか?」
「する!料理長のドレッシングは美味いからな!」
ポールから離れて、サラダにかけるドレッシングを作っていた料理長に話しかけた。
ウチが作ると油に塩、果汁ぐらいしか混ぜないけれど、料理長はそこに3種類以上混ぜて味を整えている。
手順を見たミミが再現しようとしたけれど、口当たりがくどくなり、思った味にならないとしょんぼりしていたのを思い出す。
それでもウチが作るより十分美味しいけれど。
「ん〜。んまっ。やっぱ料理長の腕はすごいな〜」
「ありがとうございます。それでエルさん。組合長からレシピの件は聞かれましたかな?」
「聞いた聞いた。ウチが何か思いついたら送ってほしいんやろ。ええで別に。ウチも卵や牛乳買えるようにしてもろたし。でも、レシピ多なったらスライムクッションとか送ってな」
「えぇ、もちろん見合った対価をご用意しましょう」
「料理長のレシピでもええで。ミミが欲しがるし」
「ふむ。いくつか用意しておきましょう。手の込んだやつをね」
「よろしゅう!」
料理長との話はすぐに終わった。
後は組合長と話すだけだ。
いつも通り受け付けで組合長がいるか確認してから扉をノックして中に入る。
朝のお茶を楽しんだ後だったようで、部屋に爽やかな香りが充満していた。
「もう出るのかい?」
「うん。馬車やけどちゃんと村に泊まるために」
「余裕をみるのはいいことだ。さて、請負人証の更新はすでに終わっているだろうし、こっちから改めてすることはないね。挨拶忘れはないかい?」
「無いはずやで。掃除の人たちや市場の人にもしたし、会わへんかった人には伝言頼んだ」
「魔道具工房は?」
「したで!」
いくつかの魔道具を作ってもらいながら、街を離れることを伝えている。
他にも見習い迷宮騎士を取りまとめているセーラや、魔物研究家のチェリッシュとジーンとも挨拶を済ませている。
セーラからは大迷宮に来たら顔を出せと言われ、チェリッシュからはウチのコネでスライムクッションを大量に手に入れられないかと言われた。
そんなコネはないので断ったけど、そうするとアンリにお願いして皮だけたくさん手に入れてもらっていた。
なぜ大量に必要なのかは聞かなかったけれど、なかなか大変そうで締まらない別れになった。
なんとなくだけどチェリッシュとはまた合う気がする。
「中迷宮へ行くなら道中の村に肉関連を届ける依頼を受けな。あんたたちはパーティだけで移動するだろうから、護衛依頼は受けないんだろ?」
「せやで。ウチらのペースでのんびり行くねん。荷運び依頼はキュークスが手続きしてたし、ついでにウチらの分の生干し肉も買ってくれてるはず」
「あれは名物だから買って行って損はないね。それじゃあ元気でな。何かあればまた寄ってきな」
「うん。お世話になりました!」
ベルデローナに向けて勢いよく頭を下げる。
色々なことを教えてもらって世話になっている。
ある部分ではガドルフたちより世話になっているところもあるだろう。
人との繋がりや貴族の話などなど。
そんなベルデローナと別れて組合を出ると、馬車に荷運び依頼の荷物を積み込んでいるところだった。
これらを詰め終わったらウチらが乗り込んで出発だ。
「ついにライテとお別れやな」
「寂しい?」
「いんや。達成感はあるけど、ポコナと別れた時みたいな寂しさはないな。ミミがまだ店におったらわからんけど」
「ミミはエルちゃんに買い取ってもらえて良かったんだよ!料理も楽しいんだよ!」
「道中の食事は期待してるで!」
「任せてだよ!」
準備は力のある獣人組に任せて馬車に乗り込み、先に乗っていたアンリとミミに合流する。
ミミはウチの奴隷だから、一緒に街を離れることになっている。
本人もそこまで思い入れはなく、料理ができることに喜んでいる。
「中迷宮はどんな場所なん?」
「草原が広がっているらしい」
「街の外みたいに?」
「そう。他にも林や丘、沼地や小さい川があると聞いた」
「へー。まんま外やん。どこが迷宮なんやろな」
「ミミは食材が気になるんだよ!」
「沼地にワニが出る」
「ワニのお肉!味が気になるんだよ!」
これから向かう先について盛り上がっていると、荷物の積み込みが完了したようで、キュークスとベアロが乗り込んできた。
御者はガドルフで、休憩のたびに獣人組で交代する予定となっている。
アンリは馬とのコミュニケーションが上手くいかず、ウチとミミはそもそも御者ができる体じゃない。
ウチは背中をつけて馬車の保護、ミミは料理でアンリは警戒を担当することになっている。
「よし、出発だ。目指すは草原の中迷宮がある迷宮都市『ウルダー』。途中の村で泊まりつつ荷物を渡していくぞ」
「道中の村は5つよ。特産品は野菜や薬草ね」
「普通やな」
「山や川が近くないとそんなものよ。鉱石もなければ魚も獲れないもの」
「そういうもんか〜」
「そういうものよ」
馬車が動き出してもしばらくは街中だ。
街道に出たとしても街の近くであれば、そこまで魔物が出てくることはない。
キュークスやミミと話しながらのんびりと過ごすことになるだろう。
・・・結局、ウチがおる間にジャイアントスライムの魔石に値段付かへんかったな。値段が決まり次第どこの組合でも受け取れるらしいけど。お金には困ってへんし、まぁええか。これでライテとはおさらばや!みんな元気でな!
街を出る時に窓から顔を出していたけれど、車内に戻ってスライムクッションにもたれる。
これのおかげで馬車の移動が楽になったし、夜寝る時も地面の硬さに悩まなくて済む。
これが1番の収穫かもしれない。
そんな風にライテの思い出を振り返りつつ、ウチらは東に向かった。




