ライテとお別れ話
休息の季節が過ぎて暖かくなり始めた。
つまり1年が無事に過ぎ去り、7歳になったということだ。
そしてそんなある日にライテ小迷宮伯から呼び出しを受けて、家を借りている全員で向かった。
「よく来てくれた。座ってくれたまえ」
「悪い知らせじゃないから緊張しなくて良いよ」
案内された部屋には先に何かを話していたのか、小迷宮伯と組合長のベルデローナが待っていた。
ウチをアンリとキュークスが挟むように3人掛けのソファに座り、ガドルフとベアロは後ろに立つ。
ソファの座面や背もたれにスライムクッションを使っているようで、以前と比べて感触が良い分座るのに微調整が必要になっていた。
「ええなこれ。背中も柔らかい」
「良いソファだろう。他領に販売するものは事前に目を通しておきたいからな。一通りのスライム製品は我が家に納品されるようになっている。これも君のおかげだ。ありがとう」
「ええねんええねん。スライムどうにかするのが依頼やったし」
「こちらの期待以上の成果には、それに合った報酬も出さなければな。今回呼んだのはその話だ。その前にお茶を」
ライテ小迷宮伯が合図をすると、使用人がワゴンを押して入ってきた。
机の周りに座っている者の前のお茶とお茶請けのハニー丸。
後ろに立っている2人は護衛と思われているためか何もなし。
用意が終わったら使用人が出ていき、それぞれお茶やハニー丸を口にする。
ミミの味だった。
「まずは依頼の件だな。ジャイアントスライムの魔石の採取に、スライムを倒す魔道具の開発支援。さらにスライムの皮を使った新製品開発まで行ってくれている。元の報酬に色をつけておく」
「おおきに」
「そして、報酬を渡すということは依頼が終了したということにもなる」
「あー、確かに。終わったら報酬もらうんやしな」
「そうだ。ジャイアントスライムは請負人の手で問題なく倒されるようになり、ビッグスライムの皮もまだまだ足りない状況が続くが供給されている。エルの固有魔法に頼らなくても良くなったのだ」
「ええことやな」
ウチしかできないことはあっても良いけれど、今のように求める人が多いのならばたくさんの人たちが狩れる方がいい。
ウチは新しく固有魔法でしかできないことを探せばいい。
例えば水の中にある物を取ってくるとか、無駄に熱い場所にある物を取ってくるのようなことを。
「我が領地にとってはいいことだが……。エル、君にとっては良くないことだろう。ベルデローナに確認したが、今はやる事がないらしいな」
「せやなー。掃除の依頼がちょくちょく増えてきたけど、休息の季節は暇やったわ。外寒いから屋台もあんまりやったし、雪降った時は市場もまばらやったからやることなかったわー」
休息の季節では人があまり外に出ず、収穫物も少ないため市場は閑散としていた。
外に出なければ掃除は自分たちでやるし、ウチを雇って掃除するなら荷物を移動させておかなければならない。
わざわざ寒い時期にそんなことをしたいと思うお店はなく、その分ウチへの掃除依頼が無くなる。
市場も準備不足だった時用の保存食や布製品、準備されていた薪が高音で売られているぐらいで、ほとんどの人たちは手仕事を行うため家にこもっている。
ちなみに休息の季節で1番割がいい手仕事はスライム皮のクッション作りだった。
お店で大物を作り、各家庭で1人用のクッションを作るという分業のおかげで、芽吹きの季節になって行商が盛んになった瞬間飛ぶように売れていった。
「そこでだ。君たちに行ってほしいところがある」
「お?ついに中迷宮?」
「残念ながら違う。小迷宮だ」
「ほー。面倒な魔物出てくるん?」
「そうだ。詳しくは現地で確かめてほしいのだが、蘇りの小迷宮こと砂漠地帯にある流砂の小迷宮だな」
「りゅうさ?」
「流れる砂と書いて流砂と読むのだ」
「流れる……砂?川みたいに?」
「ふむ……そうだな。その認識でいいだろう。後は実際に見てみることを勧める」
「そこに行くのは依頼なん?」
「いや、依頼ではない。だが、苦戦していると聞いてな。本来であればこちらも苦戦するはずだったが、エルのおかげで十分以上助かった。だから、次は他の困っている迷宮を勧めているのだ」
「ふ〜ん」
左右のアンリとキュークスを見た後、後ろのガドルフとベアロにも視線を向ける。
ウチとしてはどこへ向かっても良いけれど、みんなの要望があるなら聞いておきたい。
表情を見るとアンリはどちらでもという感じで、キュークスとガドルフは苦笑い。
ベアロは場所について知らないのか眠そうに小さくあくびをしている。
「流砂の小迷宮ねぇ……」
「あまり気は進まないな……」
「そうなのか?なんかあったか?」
「ベアロは覚えてないと思ったわ。アレよ。アンデッド迷宮」
「おー、ゾンビ、スケルトン、ゴーストの食えない魔物が出る場所か」
「あぁ。そしてゾンビが獣人に不人気だ……」
「腐肉だからか……。俺は行きたくないねぇな。依頼なら仕方ないが……」
「わたしもできれば行きたくないわ。あそこは序盤がゾンビだし、道中もスケルトンやゾンビが混ざって出てくるはずよ」
「俺も同意見だ。獣人に勧める場所じゃない」
「そんな場所なんか……。残念やけど今は行かへんかなぁ」
「仕方ない。向こうには自力で頑張れと伝えておく」
ライテ小迷宮伯は断られるのがわかっていたかのように肩をすくめた。
そのまま裏話を始める始末で、先方から可能であれば送ってほしいと連絡があったそうだ。
請負人だから本人が了承すればとのやりとりをした上で、約束通りウチらに勧めたわけだが、結果は獣人組の反対にあって却下。
ライテ小迷宮伯は断られた旨の手紙を書くことになった。
貴族は自領に迷宮があるかどうかを抜きにしてある程度のやり取りがあるが、やはり迷宮伯同士の方が密になるようで、有望な請負人を融通し合うことがあるそうだ。
もちろん報酬や名産品のやり取りの回数が増えることになる。
どうしてもということならば、ウチとアンリだけで行ってもいいかもしれないけれど、それは言わないでおいた。
たぶん、本当に困ったら向こうから声をかけてくるだろう。
「行かないとなると……あんたたちここでやることはあるのかい?」
「俺たちは討伐依頼を受けているが、エルがなぁ……」
「迷宮でやることないし、正直暇やで」
「そうか。依頼もひと段落したから、別の小迷宮か、あるいは中迷宮に挑戦してみるのはどうだ。ベルデローナ、問題はあるか?」
「ないね。ガドルフたちは安定した討伐を重ねているし、アンリは優秀な魔法使いだ。エルは条件付きだが討伐は優秀だし、採取も背が届けばできるだろう。何より掃除の依頼で絶賛されているのが大きいね。依頼も完了したことだし、今度来たら昇級だね」
「おー。石もらえるんやな」
「そうさ。階層主を昏倒させたりジャイアントスライムを余裕で倒せるから討伐は3にしたいところなんだけど、エルの見た目だと要らぬ問題を起こしそうだから2に。雑事は掃除限定だが見ただけでわかる優秀な働きだから3に昇格だ。ついでにあたしの保証書を付けてやるから、街を移ったら組合に見せな。紹介状じゃないから見せるだけで回収するんだよ」
「おー、これが保証書。おおきに。中見てもええの?」
「好きにしな。大したことは書いてないよ」
ベルデローナから渡された丸めた羊皮紙を開く。
中には固有魔法を有していること、ライテ小迷宮の階層主を昏倒させることができること、ジャイアントスライムを一撃で倒せること、掃除で汚れだけを取り除けること、特殊な環境で身を守れることをライテ請負人組合の組合長ベルデローナが保証すると書かれていた。
ちなみに昏倒の部分には注釈が書いてあって、トドメは他の者が刺す必要ありと書いてある。
これはウチのできることをまとめた保証書で、お前に何ができるちびすけと言われたら見せればいいそうだ。
後は売り込みたい時ぐらいか。
紹介状はベルデローナの名前を使って仕事を斡旋してもらうことに使えるけど、これはあくまで保証するだけだから、仕事は自分で受ける必要がある。
相手が書かれている内容を見て斡旋することもあるらしいけど、ウチの見た目から最初は様子見だろうと言われた。
「みんなは中迷宮に挑むということでいいん?それとも他の小迷宮行く?いきなり大迷宮行くのはありなん?」
「中迷宮を飛ばして大迷宮に行くのはやめておきな。小迷宮とは勝手が違うから、中迷宮で慣らすもんさ。普通はね」
「そうなんやな。じゃあ中迷宮?」
「そうね。近くの中迷宮だと草原になるわ。わたしは問題ないわよ」
「わたしも」
「俺も問題ない」
「俺もだ!」
「じゃあ中迷宮行くということで」
「わかった。ならライテ小迷宮伯としてこれを渡しておこう」
ウチらがここを離れて中迷宮に行くと決めたら、ライテ小迷宮伯が懐から羊皮紙を取り出した。
そこには中迷宮都市内部にある農場エリアで買い物ができるように推薦する旨が書かれていた。
保証人はもちろんライテ小迷宮伯だ。
「お礼はレシピでいい。組合に送ってくれれば自ずとこちらにも伝わるからな」
「わかった。ウチも卵や牛乳欲しいし、レシピ送るだけなら全然ええよ」
どうやらウチの出している料理をお気に召しているようで、これからも出てくる料理が欲しいらしい。
この保証書はレシピ代ということだろう。
ちなみに中迷宮用の用紙があらかじめ用意されていたことが気になったから色々聞いてみたところ、懐から他にも羊皮紙が出てきた。
流砂の小迷宮がある街への紹介状に農場エリアの買い物権、場所を書き込むだけで使えるようになる農場エリアの買い物権などだ。
つまり、どう話が転んでも対応できるように、あらかじめ書類を用意していたということになる。
大変そうだ。
「家の鍵はここを去る時に返してくれれば良い。しばらくは準備や依頼の消化に時間が必要だろう。繰り返すが、依頼の完遂ありがとう。何か起きた時はその力頼らせてもらう」
ライテ小迷宮伯がウチの目を見て言ってきた。
屋台の話やジャイアントスライムの倒し方、スライム迷宮についてなど色々話し込んだ後、そろそろ終わる雰囲気が出たところだった。
ウチは頷いてそれに返事をすると、差し出された手を握り返した。
これで本日の呼び出しは終了となり、ベルデローナと共に屋敷を後にした。
「街を離れる準備をしながらでいいから、エルが掃除で関わった人たちに挨拶しなよ」
「わかった。溜まってる掃除も終わらせるわ」
「よろしく」
ベルデローナと別れて家に帰る。
もうすぐこの家ともお別れだと思うと少し寂しくなった。




