ビビッときたから材料集め
請負人組合を背に、住民エリアの大通りに足を踏み入れた。
周囲を見回してみても、大通りだからか先程までと大差がなく、たくさんの大きなお店が並んでいる。
取り扱っている物は雑貨、服や布に靴、フライパンや鍋などの調理道具、家具、パンなどの生活で使う物で、武器や防具などの戦いに必要な物は売ってない。
武具を買うなら逆側にある請負人向けのお店に行くという住み分けがされている。
歩いている人も多く、ポコナと手を繋がないと迷子になりそうだ。
「こっちに来るのは初めてや」
「昨日街に着いたばかりだもんね。配達の依頼を受けたらこの辺りにも来るようになると思うよ」
「そうなんや」
この辺にあるお店からどこかの家に届けるのか、あるいは請負人組合から素材を届けるのかもしれない。
組合と大通りにあるお店の距離は近いけど、忙しいと受け取りに行けないこともあるだろう。
「大通りを東に行くと高いお店が、西に行くと市場があるの。今日はこっちだよ」
「いろんな声が聞こえる!」
「夕方以外はいつも賑わってるんだ」
ポコナに手を引かれて曲がった路地は大きく、左右にも食材や料理店などのお店があった。
その奥からガヤガヤと賑わっている声が聞こえてくる。
朝は街中の畑や周辺の農家で採れた新鮮な野菜を、昼からは朝のうちに近場で狩られた獣の肉を目当てに人が集まる。
夕方は余った食材で作られた料理が出るため、仕事帰りや独り身の人達が買いに来るそうだ。
「ポコナは何買うん?」
「お肉と塩とハーブ!野菜は畑の分で足りるみたいだから今日は買わないの」
「じゃあ今日の夕食はハーブで焼いたお肉?」
「そうだよ。スープには入れないし、ハーブが苦手な人は言ってくれたら塩焼きのお肉になるの」
夕食のメニューは決まっているけど、ハーブが苦手な人には対応するところも、いい宿としての評判になっているんだと思う。
そんなことを考えながらいろいろなお店が並ぶ路地を進むと広場に出た。
街に来る途中に寄った村の中央広場よりも大きく、たくさんのお店と人で賑わっている。
「ここが市場だよ!」
「うわぁ〜!めっちゃ色んな店あるやん!」
大通りや路地沿いのお店は色々な野菜を販売していたけど、市場では1種類しか売っていない人、2、3種類売ってる人など様々だけど、どのお店も量が多いことが共通している。
他には屋台で軽食を出すお店、木を彫って作った何かを売るお店、品数は少ないけど剣を地面に敷いた布の上に並べているお店など様々だ。
店の場所は早い者勝ちらしく、全く違う種類のお店が並んでいるところもあれば、野菜を売っているお店が固まっているところもある。
街に住んでいる人か、外からやってきたかである程度順番が決まるせいだ。
もちろん街の外から来た人の方が遅く、いい場所は取られているので、同じ外の人達で固まる傾向にあるらしい。
「えっと、今日はどこに出てるかなぁ……。あ、あった!行こうエルちゃん!」
「うん」
最初に立ち寄ったのは塩屋さんで、岩塩の塊と砂のように山盛りになった塩が置かれていた。
潮の山は岩塩を削った物で、スコップ一杯あたりで生産する、削るのが面倒な人用に販売しているらしく、露店の店主がゴリゴリと削っては山を高くしている。
とても手が疲れそうな作業を見ているうちにポコナが買い終わったので、ウチも記念に小さめの岩塩を買おうとしたけど、所持金が銀貨しかなかったので、想定外のお釣りになった。
・・・目を丸くしたおっちゃん。ごめんやで。お金の価値はキュークスから説明されたからわかってるつもりやねんけど、両替は忘れてたわ。
お金は銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨と大きくなり、それぞれ10枚で次の硬貨になる。
主食の大人の手のひらより少し大きいぐらいのパンが銅貨1枚で、野菜や塩などは量り売り。
服や靴などは大銅貨や銀貨で買えて、中古の武具は品質にもよるけど銀貨から金貨。
新品の武具だと金貨以上になる。
加工費が含まれているぶん、素材よりどんどん高くなっていく。
路地沿いにあったお店は、市場に並ぶ前に野菜を買い付け、良い品を集めて一度に買えるようにしたお店なので、その分高くなっている。
もちろん、良い品が全て買われるわけではないので、少しでも良い物を求める奥様方によって、朝は争奪戦さながらの光景になる。
ちなみにウチが買った手のひらサイズの岩塩は銅貨5枚だったので、お釣りが大銅貨9枚と銅貨5枚でじゃらじゃらだ。
「なんかめっちゃ見られてるな」
「エルちゃんが銀貨を出したからだね。お金を持ってるお客さんだと思われたんだよ」
腰のポーチにじゃらじゃらとお金を入れていると、周りのお店の人からめっちゃ見られていた。
固有魔法のおかげで奪われる心配はないとはいえ、不用意に高額なお金を出してしまったことを反省する。
しかし、今更注意しても遅く、売り込みたい人達が次々に声をかけ始めた。
「お嬢ちゃん!新鮮な野菜はどうだ!」
「こっちのキノコもいいぞ!」
「木彫りのブレスレットはどうだい?お嬢ちゃんはもっと飾った方がいいんじゃないかい?」
「綺麗な布で服を作るのはどう?今なら裁縫用の針もおまけするよ!」
「えっと……」
「すみません!今日はお使いなので今度見ます!行こうエルちゃん!」
怒涛の勢いでかかる声に何と返せば良いかわからなくなっていると、ポコナがウチの前に出て一言宣言してくれた。
そして振り返ると、ウチの手をとって駆け出す。
声をかけてくれたお店の人たちから「次は見てくれよ!」「良い品用意しとくよ!」などの声が聞こえてきた。
「ありがとうポコナ。助かったわ。一度にあんな声掛けられたん初めてやったからどう返せばいいかわからんかったわ」
「どういたしまして。時間があるなら興味のある場所を見ればいいし、気になる物がないなら今度見るって言って移動すればいいんだよ」
「今度はそうするわ……」
驚いた後に走ったから少し疲れた。
そこからは人の間を縫うようにゆっくり進み、ハーブを売っているお店に向かった。
ポコナが選んだお店は、ハーブの種類は少ないけど、鉢植えごと露天に出しているところだった。
他の乾燥ハーブを売っているお店よりも高いけど、そのぶん新鮮なハーブが手に入るので、料理人からは人気があるらしい。
「ウチもこれを少し買うわ」
「塩はわかるけど、ハーブはどうするの?」
「今は秘密!上手くできるかわからんし」
「そっか。楽しみにしておくね!」
ポコナがハーブを買っている間に、ウチは売られてるハーブの匂いを嗅いでいた。
すると、香りに引き寄せられたのか、頭の中にビビッとドレッシングの作り方が浮かんだ。
いきなりのことに驚いてビクッとなったけど、ポコナと店主のおじさんは会話に夢中で気づいていなかった。
食べたことがないはずなのに、食べたことがあるような感覚に陥り、なぜか作り方までわかる不思議な現象。
なんとなくそういう物だという感覚もあり、それは固有魔法で攻撃を受けても大丈夫な時の感覚と似ていたので、たぶん固有魔法の一瞬だと思う。
詳しくはわからないけど、ひとまず害はないので作ってみることにした。
思い浮かんだのは沢山あって、植物性の油と塩、香り付けにハーブや柑橘類。
野菜を使ったドレッシングや果物を使う物も思い浮かんだけど、今は簡単なハーブドレッシングに挑戦するつもりだ。
「次はお肉だよ」
「うん」
お肉を取り扱っているお店を探しながら、油を売っているお店を探したけれど見つからなかった。
それはお肉を買ってから大通りに戻るまでも同じだった。
「エルちゃん、何を探してるの?」
「油が欲しいねん。植物から取れる油が」
「油はランプ屋さんで売ってるから、大通りだよ。こっち」
キョロキョロと周囲を見回していたウチに、ポコナが油のことを教えてくれて、お店まで連れて行ってくれた。
油はランプに使用する物で、蝋燭を使う庶民からすると高級品になる。
料理を作るときに引く油は、ほとんど食べられない動物の脂身を使っていて、ランプ用の油を口にすることはないそうだ。
貴族だと美容のために油でマッサージをする事もあるようだけど、それでも口にすることはない。
「油をどう使うの?塩とハーブを燃やすの?」
「そんなことせぇへんよ。まだ内緒〜」
「え〜」
ランプ屋さんで無事植物油買うことができた。
今は宿に戻る途中で、ポコナの質問から逃げている。
・・・それにしても、油はウチが抱える大きさで銀貨1枚からしか売ってないのか。ちょっと使いすぎな気がするけど、苦いサラダが続くよりはええやろ。できれば色んな味のドレッシング作りたいけど、まずは最初のひとつ目を作らなあかん。どこで作ろう?
買った物を袋に入れて肩からかけたウチを、背負った籠に肉をたくさん入れたポコナが引っ張って歩いている。
岩塩とハーブは手提げ鞄に入っていて、どう考えてもウチより重いはずなのに、ウチより足取りが軽い。
これが獣人の身体能力かと驚いているうちに、宿に帰ってこれた。
息ひとつ乱してないポコナと、息切れしているウチ。
・・・決してウチの体力が少ないわけではない!慣れない荷物を持ってたからちょーーーーっと疲れただけや!きっとそうや!




