炎刃のセーラ
目が覚めたら知らない天井だった。
干し草を布で覆ったベッドで目覚めた後は、置いてあった水差しからコップに水を入れて飲み干す。
ウチの軽量袋は少し離れたところに置いてあり、水生みの魔道具を取り出すのが面倒だったからだ。
しかし、ウチの水の方が美味しいので、次からは水生みの魔道具を置いてほしいと、隣に座っているアンリに目で訴えてみた。
「おはよう」
「おはようさん」
通じなかった。
気にせずウチに起きたことを聞くと、どうやら魔力が回復するまで固有魔法が発動しないらしい。
その証拠に軽く手を叩いてもらったけれど、弾かれずしっかり痛かった。
久々の痛みに目を白黒させた後、ウチ以外のことを聞く。
「見習い迷宮騎士はどうなったん?」
「知らない」
「え?!やっぱ全滅したん?」
「違う。ジャイアントスライムから撤退した後別れた」
「あー、ウチをここに運ぶために?」
「そう」
ウチから溢れ出した魔力でジャイアントスライムからは逃げ切れたようだけど、その後のことは分からなかった。
アンリは興味がないらしい。
今の時間はわからないけれど、そんなことが起きたのなら組合に何かしらの情報があるだろう。
いるかどうかわからない迷宮騎士のテントに行くよりはいいはずだ。
迷宮エリアに行く時に組合前を通るから、ついでに確認しやすいのもある。
「ふ〜ん。じゃあ請負人組合見にいこか」
「だめ。今日は安静にすること」
「えー」
「襲われたら怪我する」
「ウチを襲う奴なんておらんと思うけどなぁ〜」
「転倒、落下物、不意の遭遇で吹っ飛ぶ」
「大人しくしてるわ……」
アンリにこう言われたら仕方がない。
固有魔法があるときでも転ぶことはあるし、請負人組合だとウチに気づかない大人にぶつかられることもある。
荷物の積み下ろしをしている近くを通る時に、バランスを崩して木箱が落ちるところを何回か見たことも。
今のウチが転べば擦りむくだろうし、請負人にぶつかられたら吹っ飛ばされるかもしれない。
荷物の下敷きになったら大怪我するだろう。
固有魔法が発動していれば転んでも怪我せず、ぶつかっても相手が少し痛いだけ。
下敷きはそんな目にあったことがないからわからないけれど、恐らく木箱が壊れるかズレて落ちるはず。
「それじゃあ見張りの交代を呼んでくる」
「そこまでせんでも……」
「呼んでくる」
「わかった。もう好きにして……」
ウチの意見は聞かないらしい。
そしてアンリが出ていった。
わざわざ鍵をかけてまで。
「え?トイレどうしたらええん?」
部屋にはベッドと棚、見舞客用の椅子ぐらいしかない。
幸いもよおす前にキュークスを連れたアンリが戻ってきたから良かったけれど。
そして2人と一緒に病室で一晩明かし、翌日には退院できた。
食事は屋台のもので済ませているけれど、家ではミミがガドルフとベアロに料理を作っているはずだ。
「んぉ?なんかいつもより力入らへん。ふにゃってする感じ?ちゃうな、ぼんやり?へんにょり?うーん、だるい感じかな?」
「魔力の使いすぎ」
「体の中に魔力が満ちてないのよ。普通なら2、3日で治るはずだけど、エルの場合背中に穴があるから時間かかりそうね」
「おー。そんなことなるんやな」
「わたしが見て確認する」
「そうね。そのあたりはアンリに任せるわ。わたしは護衛ね」
「よろしゅう」
念のためアンリと手を繋いで歩くことになった。
そして診療所を出たウチらが向かったのは請負人組合だ。
キュークスがひとっ走りして見習い迷宮騎士のテントを確認したところ、今日は全員組合で訓練しているらしい。
どうやら生きているようで、ひとまず安心だ。
「えぇ……何これ……」
「すごい」
組合の裏にある訓練場にやってきたら、炎を吹く大きな剣を持ったセーラに追いかけられる見習い15人が逃げ惑っていた。
どうやら今日は逃走訓練のようだ。
「セーラ……セーラ……あ!もしかすると炎刃のセーラかもしれないわ!」
「エンジンのセーラ?何なん、動力2つあるん?」
「動力は心臓一つでしょう?エルがよくわからないことを言うのは今更ね。炎の刃で炎刃と呼ぶのよ」
キュークスが教えてくれたところによると、魔力を流すと火を吹く魔剣が大迷宮の宝箱から発見された。
しかし、扱いが難しく、入手した人が手放したところを大迷宮伯が購入。
使い手を探すための『試しの儀式』を行い、広く使用者を募集した。
その時に適合したのがセーラで、手に入れる代わりに迷宮騎士になることになったそうだ。
孤児から請負人になったセーラは一躍有名になり、火を吹く大剣で暴れ回る姿から炎刃のセーラと二つ名が付いている。
「へぇ〜。ちなみに試しの儀式ってなんなん?いや、言葉から内容は想像できるんやけど、なんでやってるのかって意味な」
「さっきの話で出たように、迷宮から出てきた武具の使用者を募るための儀式よ。強い武具にはそれに合った使い手が必要という考え方から、過去の大迷宮伯が行い始めたの」
「ふむふむ。無駄なく使えるほうがええもんな」
「そうよ。魔道具は道具だから使い手を選ばないけれど、武具となると体に合うかどうかや、能力を十全に発揮できるかどうか。あとは継戦能力も評価に入ってたはずね」
「戦力になるかどうかが重要っちゅうわけやな」
「えぇ。それで、普通は自分のパーティが使用するわけだけど、合わなければ宝の持ち腐れ。売ることになるわ。それを大迷宮伯が大金叩いて買い上げて褒賞とし、大迷宮伯は自身やご子息の配下まで含めて試すの。それでも適合しない場合は市井に出すのよ」
「その結果セーラさんが選ばれたわけかぁ。はー、すごいなぁ」
そのセーラは未だに火を吹く大剣を振り回している。
身長ほどもある片刃の大剣の刃の部分から吹き出す炎は、振り下ろされると同時に正面へと吹き付ける。
それを必死に避ける見習いたちは汗まみれだ。
次に横薙ぎに放たれた剣線に合わせて、山形の炎の塊が飛んでいく。
それは大楯の子が防いだけれど、周囲に散る炎で炙られたのか皮膚が赤い。
「お前らに足りてないのは実力差を察知する能力だ!とくと味わえ!」
逃げられて距離が空いているにも関わらず、セーラは大剣を上段に構える。
刃だけでなく大剣全てを覆うような炎が吹き荒れ、それが地面へと叩きつけられる。
見習いに迫る炎。
熱気だけでも逃げたくなるぐらいだけれど、実際に炙られている見習いたちの恐怖は尋常じゃないだろう。
またもや大楯の子が正面から防ごうと盾を構えたところで、フッと炎が消える。
「こんなもんだろ!次無茶したやつは熱した刃で消えない傷をつけてやるからな!覚悟しろよ!てめぇの力を過信すんな!ボケがっ!解散っ!」
ぐったりと倒れ込んだ見習い迷宮騎士を尻目に、ウチらのような見物人が沢山いるところに向かってくるセーラ。
副官の指示で急いで水を与えたり、防具を外していくのは気にしていないようだ。
「お、エルじゃねぇか!今回は助かった!大迷宮に来た時は1杯……1食奢るぜ!あと、大迷宮都市でなんかあったらアタシに良いな!助けてやるよ!」
「おー。よろしゅう!」
ウチの頭をぐしゃぐしゃに撫でてから、アンリに促されて離れていった。
これから保護者の話し合いをするのだろう。
固有魔法のないウチは大人しく見送った。




