撒き散らされた魔力
2024年もどうぞ本作をよろしくお願いします。
- アンリ -
「あかーん!!!」
エルはジャイアントスライムに背を向けて、救助したばかりの見習い迷宮騎士をしっかりと掴んでいた。
両手で掴んでいるからか、道具と同じような扱いになって魔力で包み込めていた。
背中に背負わなくても効果が出るのは良い。
しかし、今のままだと1人しか救えないだろう。
そう考えていたら、エルの背中から爆発するように魔力が溢れ出した。
「すごい!」
魔力を見続けていたからこそわかる現象だった。
溢れ出た魔力は、複数の見習い迷宮騎士に向かっていた触手を弾けさせた。
さらにジャイアントスライムまで迫った魔力は、根本から触手を弾けさせ、ジャイアントスライム本体を奥へと押し込む勢いだった。
エルの助けが間に合わないと思われた2人は、放たれた魔力で触手から抜け出せている。
後退しようとした見習いも、大量の触手に慌てた前衛も無事だ。
後はエルが起き上がってジャイアントスライムを倒せば、全員無事に帰れるだろう。
「エル?」
安心して息を吐き、ジッと見つめるもエルは微動だにしなかった。
掴んでいた見習い迷宮騎士はゴホゴホと咳き込み、その場から動けていない。
残りの見習いたちも何が起きたのか分からず呆然としている。
わたしもできれば呆けたかった。
「エル!」
魔力を見るといつも溢れて体を覆っている魔力がない。
床に倒れ伏したままで、見習い迷宮騎士からも手を離していた。
幸いぺったりと倒れている床から溶解液は弾け飛んでいたけれど、いつまた触手が伸びてくるか分からない。
なぜ魔力で覆われていないのかは後にして、エルを助けるのが先だ。
「エル!エル?!」
身体強化して一気に近づき、エル抱えあげる。
息は止まっていないけれど、やはり背中から魔力は出ておらず、意識もない。
生きていることにホッとしつつも、その場を離れるべく足を動かす。
呆けている見習いに蹴りを入れながら。
「撤退!早く逃げろ!」
普段なら声を出さないし、助けるのは手が届く範囲と決めているけれど、今回はエルが守ったのだから仕方ない。
自らの力量を過信して、相手の強さも分からない奴はどうせすぐにくたばるのだから、助けなくていいのにとも思ってしまう。
エルがこんな状態になったのはこいつらのせいなのだから。
「早く退がれ!」
「は、はい!」
途中バランスを崩してうずくまっていた見習いを掴み、無理やり立たせる。
その次に転んだ奴は、鎧の首元を掴んで入り口へと放り投げた。
満足に逃げることもできないぐらい消耗しているのかと苛立ちながら、エルを抱え直す。
これでエルが怪我でもしたらこいつらを許さないだろう。
今回の責任はお願いしてきたセーラに取らせる。
わたしより強いだろうけど、引けないときもある。
「早くしろ!」
「魔道具が!」
「捨てて行け!」
この期に及んで魔道具を持って逃げようとしている奴もいた。
命より魔道具が大事なら勝手に死ねばいい。
一度は注意した。
それでも聞かないのなら、ただの自己責任だ。
しかし、魔道具を持って逃げようとした後衛は、少し悩んだそぶりを見せたものの、持っていくことは諦めて撤退した。
「あの……」
「全員いる?」
「は、はい!」
「なら次は帰還するだけ。わたしは先に行く」
「え?あ……」
無事に入り口を通過できた。
ここから階層主に攻撃しない限り、追撃はない。
息を整えていると誰かに話しかけられたけど、答えてる暇があったらエルを早く休ませたいから無視した。
そしてまだ冷静そうな大楯を持った子に全員生きているか確認したら、見習いを放って歩きだす。
向かうのは帰還の魔法陣だ。
ジャイアントスライムが生きているから、休憩所と化したジャイアントロックスネークのところまで戻らなければならない。
疲労した見習いを連れてゾロゾロと移動したら、ビッグスライムを避けづらいから別れて向かう。
わたしがそう決めた。
これで帰って来れなかったとしても、迷宮内の魔物にやられただけとなる。
見つけた時点でお願いは聞いたようなものだから、最後まで面倒を見る気はない。
エルなら連れて帰るだろうけど、わたしは違う。
エルの方が大事だ。
「おい!魔石狩りは大丈夫か?!」
「気を失っているだけ、だと思う」
「そうか。早く医者に見せに戻れ!」
「そうする」
エルを抱えて迷宮を駆けていると、ビッグスライムを狩っていた請負人に声をかけられた。
エルと話しているところを見たことがある。
軽く話して道を開けてもらい、すぐに移動を再開した。
ゆっくり進めば時間がかかる迷宮も、道がわかっていれば身体強化して駆け抜けることができる。
ビッグスライムは障害物としては大きいけれど、通路を完全に塞いでいるわけじゃないから、壁際を走り抜けたり、壁を蹴って飛び越えたりできる。
そうしているうちに階層主部屋奥にある帰還の魔法陣まで戻ることができたから、早速起動して街に戻る。
心配させるだけだから、屋台で働いているミミとポールには話さずに迷宮前の広場を出た。
屋台が奥まったところにあって良かった。
「魔力の使いすぎですな」
「やっぱり」
「ワシの診断ではそうなんですが、アンリさんから見てどうです?」
「寝ている間ですら出ている魔力が出ていない」
「ふむ。やはり使いすぎですな。普段は体を満たした上で溢れた魔力が出ているのでしょう。今回は危機に瀕して全力で魔力を流したから全て出し切ってしまい、今は回復している最中だと思われます」
「そう」
「まぁ、しばらく安静にしていれば目を覚ますでしょう。固有魔法の発現までどれだけかかるかはわかりませんがな。……とりあえずここで様子を見ておきましょう。隣の寝台部屋へ移動させてください」
「わかった」
エルを診てくれた街医者の指示通り、入院患者用の部屋へと移動する。
6つある寝台には誰も寝ておらず、貸切だった。
襲われることはないだろうけど、奥の一つにエルを寝かせて見舞い用の椅子に座る。
水差しに水を入れていつ起きてもいいようにして、服を緩めてあげればやることはなくなった。
「さて」
1人の時間だ。
つまり魔法のことを考えていい時間ということになる。
街医者の診断では魔力の使いすぎ。
その考えにはわたしも同意する。
ジャイアントスライムが毒を持っていれば別だけど、溶解液を直接飲んだ訳でもないからスライムは関係ない。
そうなると倒れる寸前に放った魔力が原因だろう。
いつも背中からぼんやりと湯気のように立ち上る魔力が、あの時は一気に広がって広間に光の壁を生み出していた。
魔力の壁が薄いとはいえ、わたしの魔力量ではできそうにない。
絞り出せばもしかするかもしれないけれど、それをした結果がエルだろう。
「本当に固有魔法が切れてる」
エルの小さな腕に、爪痕が残る程度の力で爪を立ててみた。
いつもなら弾かれるはずだけど、小さな痕がしっかり残っている。
これはしばらく気合を入れて守らないといけない。




