鉄角鹿狩り
アンデッドになった請負人は休憩所にも顔を出していたようで、報告した結果鉄角鹿の依頼を出し直すことになる。
その依頼出しは木材納品のついでに行われるため、ウチとアンリも荷馬車に乗せてもらえることになった。
ありがたいことに、行きと同じ人だったから簡単に決まった。
「おおきにー」
「おうよ。良かったら鉄角鹿討伐も受けてくれていいんだぜ!」
「ウチらだけじゃ難しいから、もっと人集まったら考えるわ」
「おうよ!じゃあな!」
荷馬車を引いていくおじさんを見送る。
請負人組合まで少し歩くところで降ろしてもらったから、移動は楽だ。
そして、組合では赤い光の調査依頼に対する完了報告と、森の中で見つけた遺体から取った請負人証と依頼書を提出する。
受付も慣れたものなのか、少し残念そうな顔をした後は淡々と処理を進めていく。
その間に他に拾った武具も提出して、ウチらの用事は終わりとなる。
「ありがとうございました」
これには依頼を完了したことだけでなく、請負人証を届けたことも含まれているのだろう。
回収された武具は見習いに貸し出されるものになったり、組合主催の露店で売られるそうだ。
もしも家族がいれば返されるけれど、今回の3人は該当しなかった。
「ただいま〜」
「おかえり〜」
「キュークス帰ってたんやな。ガドルフとベアロは?」
「ガドルフは武具の補修。ベアロはお酒よ」
「2人らしい行き先やな」
「でしょー。その点棒は手入れが楽でいいわよ。それで、エルとアンリはどこに行ってたの?」
キュークスの質問に、依頼に行ったことや起きたことを説明した。
ウチがアンデッドを倒したことを話す時にちょっとしょんぼりしたけれど、ふわふわの尻尾で撫でられて落ち着く。
やっぱり少し引きずってしまっているようだ。
ちなみに香油の華やかな香りがした。
そして、話した結果鉄角鹿に興味を示してしまった。
「3人で狩るのもありよね」
「ガドルフたちと?」
「違うわよ。エルとアンリとわたし」
「倒せる?切るの難しいやん」
キュークスの武器は棒。
身長より長い棒をすごい勢いで振り回し、相手をめった打ちにする戦い方をする。
アンリはナイフと魔法だから、3人で戦うとしても時間がかかりそう。
ウチは戦力になるか微妙なところだし。
足狙いなら頑張れるかもしれない。
「エルが足の魔力を抜いて、わたしが撃ち抜いて砕く。動けなくなったところをアンリが首を切れば綺麗に倒せるはずよ」
「ガドルフとベアロは誘わんの?」
「ガドルフはともかくベアロの斧だと毛皮に傷がつくわ。せっかくの大物だから綺麗に倒したいじゃない」
「大物なん?」
「えぇ。エルがハリセンを持っても届かないくらいの位置に頭があるのよね?だったら長い間生きた個体のはずよ。取れる素材も強力なものになるの」
「へー」
長く生きた魔物は、それだけ大量の魔力を得ている。
他の生物を倒して魔石を得たり、魔力の濃い場所で平然と過ごせるためだ。
そして得た魔力を自身の強化に使い、さらに強くなっていく。
そうなると微量の魔力では満足できなくなり、より魔力の濃い場所へと移動する。
辺境や人が入らない場所などにはそういった魔物が生息しているらしい。
その分倒せた時の素材は高価で、軽く加工しただけでも強力な魔道具に使える。
鉄角鹿も大きさからそんな個体だと想像できるそうだ。
「そんな強い魔物3人で大丈夫なん?やられてた人たちも3にんやったけど……」
「魔道具や罠、毒なんかを使えば生物系は意外と狩れるものよ。ガドルフたちと狩ってる魔物もそうだし」
「ほぇ〜。じゃあやられてた人たちも道具を使って倒すつもりやったんかな」
「恐らくね。どこかに仕掛けた罠が残ってるかもしれないから、挑む時は注意が必要かもしれないけれど、木こりにとっては踏み込まない場所だから気にしないかもしれないわ」
「はー。なるほどなー。鉄角鹿にとってはウチが罠みたいになるんやな」
「そうね。わたしの予想では3人いれば倒せると思うけど、アンリはどう思う?」
「上手くやればいけると予想する」
「アンリもこう言ってるし、エルもいいわよね?」
「しゃーないなー。ええで」
3人で鉄角鹿を狙うことになった。
キュークスに急かされて急いで組合に行くと、まだ依頼は張り出されていなかった。
受付で聞いても再度依頼は出されていないとのことからまだ木材を売り終わっていないと考えて、食事どころで休憩しながら待つことにした。
しばらくすると木材を売り終わったおじさんがやってきたから、ウチらが受けることを話した。
受付の人にも聞いてもらい、依頼書ができ次第キュークスの名前で受理された。
さすがに組合内で組合を通さず依頼を受けるようなことはしない。
「じゃあ行くぞー」
「おー!」
そしてまた荷馬車に乗せてもらって休憩所へ。
他にも日用品などの街で購入したものが積まれているから、3人だと若干狭いけれど歩く必要がないのは助かる。
ウチに合わせて進むと時間がかかるから。
「それじゃあよろしく頼む。一度遭遇しているなら場所もある程度わかるだろうし、案外早く済むかもな!」
「せやな!期待して待っててな!」
「おうよ!」
道中魔物に襲われることもなく休憩所に到着。
準備を整えておじさんと別れる。
ひとまず逃げることになった遭遇した場所へと向かうことになった。
アンリの案内で。
ウチはもう道がうろ覚えだし、魔力を得て育つ木は成長も早くて、傷がわからなくなっているのもある。
むしろ案内できるアンリがすごいのかもしれない。
今後はもっと深い傷を木に付けようと誓った。
「ここやっけ?」
「そう」
「さすがにもうおらんか」
「魔力を持っているなら回復も早いわ。切った前足も元通りに近いかもしれないわね」
「えぇ……。結構ざっくり言ってたのに、もう動けるようになってるん。さすが魔物」
感心しながら周囲を探索する。
血痕が見つかったけれど、少し追っている間に量が減っていき、やがて押しつぶされた草だけになった。
この時点で血が止まったというのがわかり、追跡を断念。
休憩所に戻って本格的に調査するのは明日になった。
「よっしゃー!行くでー!」
昨日帰りにイノシシを狩ることができたため、休憩所全体を巻き込んだ肉パーティが行われた。
朝もたっぷりの肉を使ったスープを食べたので、ウチら以外に木こりたちも元気いっぱいだ。
採取や他の狩りを受けた依頼人も多数いて、キノコや食べられる野草が提供されたことで、思ったより豪華なパーティになった。
そんな英気を養ったウチらは、血痕が途切れたところまで進んでいる。
ここからは踏まれた草などの痕跡を追って、できれば棲家や利用している水場を探すことになる。
「お。キノコ発見。固有魔法発動せんからこっちに入れてっと」
痕跡を探していると薬草やキノコ、木の実などが見つかる。
アンデッドを探していた時は放置していたけれど、今回はキュークスもいることなので採取していく。
普段あまり人が入らないせいか結構な数があり、これを狙ってパーティに参加した請負人が来ているのかと納得した。
探索と警戒はアンリとキュークスに、2人に教えてもらいながら素材採取をウチがする。
固有魔法が反応するかしないかで袋を分けるという雑な採取をしているので、根を残すとか葉を落とすといった採取方法までやるべきかちょっと悩んだ。
せっかく教えてもらっているんだから実践するけれど。
「水場」
「痕跡は?」
「ある」
「追う?待つ?」
「待つ」
「わかった。じゃああの茂みあたりに隠れるわよ」
探索した結果、痕跡は小さな泉に続いていた。
さらに追跡するのか、それとも再度ここを訪れるのを待つか2人で相談した結果、待つことになった。
キュークスの示した茂みに隠れるように座り込み、休憩をとる。
ここからはのんびり待ちながら周囲の素材を集める。
「来た」
「んぁ?」
「エル、起きて」
「うん……起きる……」
採取も終わっていつの間にか寝てしまっていた。
アンリとキュークスがいれば警戒は問題ないので寝かせてくれたようだけど、寝起きに戦闘はいかがなものかとウチは思う。
ちょっとだけ待ってもらって水を飲み、頭をスッキリさせる。
茂みの先を覗くと、泉の水を飲んでいる鉄角鹿がいた。
周囲には他の生き物がおらず、悠々と堪能している。
「よし、エル。後ろからゆっくり気付かれないように近づいて、後ろ足をハリセンで叩いてみて。気付かれても気にせず前足よ。できそう?」
「やってみるわ」
そろそろと足を動かしても、茂みを越える時はがさがさ音がする。
それに反応して鉄角鹿の耳がピクピクしていたけれど、幸いこっちを向くことはなかった。
風で揺れたと判断したのだろうか。
体が小さいから鳴った音も小さかったのもあるかもしれない。
「あ」
ゆっくり近づいていたけれど、ふと周囲を見回した際に後ろにも首を向けてきた。
そして目が合うウチと鉄角鹿。
先に動いたのはウチだった。
キュークスに失敗した場合のことを言われていたから、パニックにならず動けた。
ハリセンを出して走り出すウチ。
しかし、動きの遅いウチでは鉄角鹿が動く時間も十分にあった。
「せぇい!」
前足を狙ってハリセンを横に振るも、両前足を上げて避けられる。
そして足を下ろした勢いを使って、角をウチに叩きつけてきた。
ガインッと聞きなれない音が響いたと思ったら、先がぶるぶると振動している角を上に向けたまま動かなくなった鉄角鹿。
その隙に前足を叩くと、がくりと力が抜ける。
それを見ていたキュークスが飛ぶように近づいてきて、勢いそのままに棒で思いっきり叩く。
ばきりと鈍い音が鳴り、前足が折れる。
鉄角鹿は痛みに反応して角を闇雲に振るってきたけれど、深追いをしていないキュークスはひらりと下がって避ける。
「アンリ!」
「任せて」
しばらくウチとキュークスで戦い、両前足に加えて後ろ足も折った時、キュークスがアンリを呼ぶ。
呼ばれたアンリは鉄角鹿の背に跳び乗り、首を何度も切り付ける。
ハリセンで魔力を叩き出しておらず、死に物狂いに暴れられてはなかなか切れないけれど、足のほとんどが使い物にならない状態では長くは続かなかった。
徐々に流れる血で弱っていく鉄角鹿。
ダメ押しで空いた傷にナイフを突っ込まれると、流石に強化していても致命傷になったようで動かなくなった。
そのまま血抜きを行い、紐で縛ってキュークスが担ぐことになる。
「なんかあっけなかったなぁ」
「効率良く狩ればこんなものよ。人間だと役割がきっぱり分かれていなかったりするから、道具に頼る傾向があるけど」
「ふ〜ん。そういうもんか……」
帰りは流石に採取せず、途中で出会う獣はアンリが追い払って移動を優先する。
そうして休憩所に戻った頃には日が暮れてライトスティックがないと何も見えない時間だった。
それにも関わらず鉄角鹿の解体が始まり、またもや焼肉パーティが開催された。
魔物になると雑食になるにも関わらず、鉄角鹿の肉は美味しい。
一説によると魔力がいい感じに作用して味を整えているということだけど、それを証明できた人はいない。
「そういえばなんやけど、なんで実害もないのに鉄角鹿の討伐依頼出したん?木こりの人たちは襲われてへんやろ?」
「んぁ?あー、俺たちは襲われてないけどよぉ。採取で森の奥へ行く請負人たちが襲われるかもしれないだろ?単体でも金になるが、討伐依頼にした方が狩ってもらいやすくなるから、安全のために出すんだよ。いつここに来るかもわからんしなぁ」
「そういうもんか」
「あぁ。そういうもんだ」
顔見知りになったおじさんと話しながら焼肉を食べる。
キュークスは肉を焼いている場所から移動しないほど気に入ったようだ。
・・・ウチはそろそろお腹いっぱいやし、早めに寝るかー。いっぱい運動したからいい夢見れそうやわ。




