懺悔するアンデッド
気づいたのは固有魔法のおかげだった。
なんとなくピリピリする方向に目を向けたら、左腕のない人がふらふらと揺れていた。
森の中で後ろ姿しか見えないけれど、右手に剣を持って足取り重く歩いている。
「アンリさん、あれ」
「よく見つけた」
2人で足音を立てずにゆっくりと近づく。
ここは休憩所から半日ほど歩いた森の中だから、休憩所に行くにしては遠すぎる場所で、なぜこんなところにいるのかわからない。
目撃される位置まで近づくにはとても時間がかかりそうなほど遅いのもある。
「ゔぁ……」
「ちょ、こっち見た」
「落ち着いて。固有魔法は?」
「問題ないで」
なぜか気付かれてこちらを見てきた。
両目は赤く光り、開けっぱなしになった口から濁った液体と、それに集まったのか蛆虫が蠢いている。
首から下の皮膚も腐っていて、ドロドロと液体が流れていた。
それでも一部に金属を使った革鎧やズボンは健在で、右手の剣もあって弱そうには見えない。
・・・ウチの固有魔法では安全判定やけど、あんま近づきたないな。あの人には悪いけど、さっさと退治させてほしいわ。
「何もしてけぇへんな」
アンデッドはこちらを見ているから、確実に気づいているはず。
なのに剣を振ってくることも、こちらに近づいてくることもなかった。
「ゔぅ……」
「は?剣捨てたで。しかも着いてこいってしてるよなあれ」
「人格が残っている?」
あろうことか魔物なのに武器である剣を捨てた。
さらに空いた右手で請負人講習で習うハンドサインをしてきた。
アンリの予想通り、今は元の人格が出てきているのかもしれない。
どう見ても正気には見えないけれど。
「どうする?」
「どうとでもなる。着いていく」
何か仕掛けてきても対応できるということだろう。
魔力を見ることができるアンリなら、仮に魔法を放ってきても直前の動きで感知できるから、不意打ちされる前に攻撃できる。
そもそも先頭はウチなので、固有魔法で弾くけれど。
「ここ?」
「ゔぁ……」
「返事したで!」
しばらく休憩所方面に歩くと、アンデッドが足を止めて振り返った。
思わず目的地に着いたのか確認したら、こくんと頷きを返してきた。
やはり正気なのだろう。
見た目だけなら即討伐だけど。
「ゔぅ……ゔぁ……あぁ……」
「いや、ほんまごめん。何言ってるかわからん」
「ゔ……ゔ、ゔ……」
「そこに何かあんの?」
「ゔぁ……」
「わかった。確認するから襲わんといてな」
「ゔぁ……」
こくんと頷くアンデッド。
アンデッドが唸りながら指差した場所は複数あり、そこには腐敗した遺体と汚れた武具があった。
戸惑うウチをよそに、アンリがそれぞれを確認していく。
個人を判別するための請負人証、受けた依頼の内容が書かれた依頼書、他にも持ち帰れそうなものを纏めていく。
それを見ているアンデッドは、無言で佇んでいるだけだ。
これで依頼は完了なのだろうか。
「3人で鉄角鹿を討伐に来たらしい」
「ゔぁ……」
「ほんで負けたん?」
「ゔぅ……」
負けたようだ。
そして、他の遺体は喰われたのに、このアンデッドになった人は喰われずにこうなった。
それが未練となって彷徨い、休憩所までやってきて弔いを願ったそうだ。
根気よく質問した結果、何とか聞き出せたのはこれだけ。
途中で何度も目の光が強くなって暴れかけるも、すぐに戻って落ち着いた。
抑えるのも限界のようで、早く対処しないとウチらが襲われてしまうだろう。
「ウチがやってええ?」
「構わない」
「ちゅうことで、せっかく仲良くなったし、ウチが止め刺すな。生きてるうちに会いたかったわ」
「……ゔぅ……」
頷いたアンデッドはゆっくりと膝を地面につき、頭をウチに向けて差し出すように項垂れた。
右手に退魔のハリセンを出し、頭上に掲げる。
「ほな、お疲れさん」
「ゔぁ……」
スパンと音を立てて、頭から倒れ込む。
魔力を失った体はアンデッドとして維持できず、ただの死体になっている。
アンリが無言で鎧を剥がし、魔石を取り出していくのをぼーっと眺める。
何故か妙に疲れているけれど、森の中なので気が抜けない。
そんなウチらの後方で、草ががさがさと揺れた。
「なんか近づいてきとる?」
「注意」
魔石に続けて請負人証も取り出したアンリが周囲を警戒する。
ウチは音がした方に注目して、いつでもハリセンを振れるように構える。
「うわ怖っ」
「鉄角鹿。鉄のように硬い角で獲物を突き刺す」
「角っていうか槍やん。色んな方向に伸びてて危ないやろあれ」
木々の間からぬぅっと出てきたのは、ベアロよりも大きな鹿だった。
枝分かれした大きな角は鈍い黒に輝いていて、下手な剣よりも質が良さそうで、一本を防いだとしても残りの角が刺さるほど色々な方向に伸びている。
アンリの説明では鉄のように硬いことから、鉄角鹿という名前が付いたそうで、肉と角が素材になる。
角は加工されて槍や投げナイフなど、突き刺すことに特化した物になるそうだ。
「でかいなぁ……」
「エル。問題は?」
「ないで」
「逃げられない。倒すしかない」
「了解や。ウチが前に出るから、アンリさんは止め刺して!」
「わかった」
ここは鉄角鹿の縄張りだったのか、ウチらを見たら草の少ない場所に移動して、後ろ足で何度も地面を蹴り付けている。
いつでも飛び出せるようになった鉄角鹿を前に、簡単に戦い方を話し合って立ち位置を整える。
ウチらの準備が整い切る前に、鉄角鹿が突っ込んできたけど。
「こっわ!……よいしょー!」
ガツンと大きな音が響く。
角は折れていないけれど、衝撃は根本の頭まで響いたのだろう。
ふらふらと足元がおぼつかない。
逃がさないように両手を広げて受け止めた甲斐があったものだ。
怖くなって全身で威嚇しただけではないということにしておく。
「アンリさん!」
「シッ!……くっ!毛で滑る!肉が硬い!」
「え?!ど、どうするん!?気絶させて逃げる?!」
隙をついたアンリの攻撃が通じなかった。
ナイフで切った首は、覆っていた毛を少し刈り取るだけだった。
魔力で強化されている魔物特有の現象だ。
ウチが思いつくのはアンリの魔法と、ウチのハリセンによる気絶だけで、アンリの魔法が通じるかはわからない。
ナイフが通じないぐらいには魔力で強化されているはずなので。
「エルがハリセンで叩けば魔力が抜ける。そこを切る。」
「おぉ!せやった!頑張るけど足と胴体ぐらいまでしか届かんで!」
「十分!足を止めさせたら逃げる!」
「わかった!おりゃああああ!」
ハリセンを出して足を狙う。
普通に四足で立っている時は、足か胴しか狙えないからだ。
突進してくる時は頭を下げているので、ギリギリ角や頭を叩けるだろうけど、こちらから攻めるなら足を狙う方がいいだろう。
「あかん!素早い!」
「エルが遅いだけ」
「それは言わん約束や!」
「してない」
様式美である。
へこたれずに何度もハリセンを振る。
脅威と感じているのか、鉄角鹿は大きく後ろに下がる。
どうにか動きを制限するしかないと考えたところで、ボーラの存在を思い出した。
軽量袋から取り出し、振り回しながら近づく。
ハリセンを消したからか、容易に近づけた。
後はタイミングを見計らって、足にボーラを巻き付けるだけだ。
「そぉい!……よっしゃぁ!」
いくら体が大きいとはいえ、ロープの方が長かった。
うまいこと両前足を巻き込んで動きを封じることができた。
まだ後ろに下がることはできるけど、その距離は封じる前と比べてうんと短くなっている。
今しかないとハリセンを出して近づき、わざと一振りして後ろに下がらせ、それを追いかける。
「よいしょお!」
「今!」
スパーンと足を叩いたら、魔力が抜けたせいで感覚が変わりガクッと体制を崩す。
そこにアンリがナイフで切り掛かり、切断することは叶わなくとも、足を引き摺らせるほどのダメージを当てることができた。
それを両前足に繰り返し、アンリがウチを片手で抱えてその場から離れる。
ボーラは鉄角鹿に巻きついたままだけど、回収するよりも逃げることを優先した。
それを荷物のように抱えられながら見送った。
「降ろす」
「うぃ〜。お疲れさん」
休憩所まで戻って降ろされた。
伸びをしてあてがわれた部屋へと向かう。
これからのことも気になるけれど、それよりも確認したいことがある。
「何で鉄角鹿から逃げたん?頑張れば倒せたんとちゃう?」
両足に力が入っていなければ頭の位置が下がり、ハリセンで叩いて気絶させることもできそうだ。
そうしたらアンリが首を裂いて倒すこともできただろう。
「倒すだけなら。でも、素材がダメになる。」
アンリの説明では、ウチが魔力を散らした結果倒せても、魔力のない毛や角では素材の価値が大きく下がる。
討伐の依頼書を拾いはしたけれど、ウチらが受けているわけではないから報酬は出ない。
そうなると素材の売値だけが稼ぎになるけれど、それも下がる。
かといって魔石だけ取って残りを捨てるには勿体無い。
さらにウチは傷つかないけれど、アンリは攻撃を受けてしまう。
ずっとウチが狙われるわけではないため、危険な相手と戦うならばもう数人はほしい。
一つだけではなく色々な理由があった。
「なるほどー。倒せばいいわけじゃないんやな。」
「もっと休憩所に近ければそれもあり。」
遭遇したあたりは木こりも入らない場所だから、放置しても問題ないということだった。
もちろん依頼の報告がてら話すことにはなる。
今日のところは疲れたのでのんびりと整理をして、報告は翌日となった。




