森の調査開始
昼食は野生味溢れる男料理が広場で振る舞われた。
依頼を受けたということで木こり仲間に紹介するため、広場で行われる昼食会に参加することになったからだ。
大きく切られた焼かれた肉。
ゴロゴロと歯応えのある野菜が浮かんでいるスープ。
大きさが街の倍近くある黒パン。
全体的に大ぶりなのは、男ばかりの仕事場だからだろう。
出された食事を細かく噛みちぎりながら、そんなことを考えた。
食べ終わったらアンリと一緒に北側の道を進み、調査を開始した。
「アンリさん何かわかる?ウチは何もわからん」
「エルの勉強に良さそう。ここ見て」
ウチの後ろを歩いていたアンリが前に出て、地面を指差した。
そこは木の根に覆われておらず、草が生えたり土が剥き出しになったり、枯れ葉がぱらぱらしている場所だった。
周りにも同じようなところはたくさんあるけれど、なぜここを指差すのかわからずじっと見ていると、隣と比べて違いがわかった。
「草が倒れてるな」
「そう。何かが踏んだ」
「おぉー」
「まだ対象の魔物かは分かってない」
「他の人かも知れへんもんな。こっからはどうするん?」
「同じような跡がないか探す。この時、広範囲を一気にではなく、小さな範囲をじっくり見る」
「わかった。やってみるわ」
「あと、倒れた草の形でわかることもある」
アンリに色々教わりながら不自然に倒れた草を見る。
大きさはウチの足よりも大きく、獣のように先が細くなった足跡ではないから、人か大きな獣だと思われるそうだ。
狼であればウチより小さい足跡になり、ウサギであればもっと広範囲に草が倒れているはず。
魔物であれば狼でもこのくらいは倒れるそうだけど、草が傷ついていないことから爪を立てていないことがわかるらしい。
言われるがまま草の状態を確認していくと、同じように草が倒れている場所が視界の隅に入った。
アンリはすでに分かっていたようで、ウチが指を刺しても頷くだけだった。
「森の奥から来てる……でいい?それとも休憩所から奥に向かってる?」
「草に倒れてる方向を見る。参考程度になら近くを踏むといい」
「わかった」
どの方向にも倒れていない草地を、ウチの小さな足で踏む。
すると、足を動かした方向に向けて草が踏みしめられる。
足の横は倒れておらず、踏み出した先に向けて倒れる草。
後ろ側も少し草を巻き込んでいるけれど、根元ではなく上の方が曲がっている。
これを経験して改めて見つけた跡を見てみると、森の中から休憩所の方角に向けて踏み出しているのがわかった。
「誰かが休憩所の方見に来た感じかな?」
「体の向きを予想するとそうなる。頭がいい魔物だと、わざと跡をつける場合もあるから注意が必要」
「そんな魔物もおるんか……」
猿などの人に近い魔物がそうらしい。
他にも請負人を何度も撃退した魔物や、人を真似る魔物も罠を使ってくることがあるから注意が必要だと教えてくれた。
罠を使わなくても小石や木の実を投げつけてくるリスの魔物や、蔦を伸ばして足を絡め取ってくる植物の魔物など、他にも森で出会う可能性のある魔物についてもたくさん注意を受ける。
その中でウチの固有魔法を突破できるのはいるのか尋ねたら、無言で首を横に振られたけれど。
「足跡に指がないことには気づいた?」
「え?草でわからんねんけど……」
「草と草の間にある地面にも足跡がある。ここ」
「ホンマや!草ばっか見て気づかんかったわ!」
草地と草地の間にある剥き出しになった土のところが凹んでいた。
その足跡も休憩所に向いていて、他の足跡と組み合わせると、この付近を歩いていたのがわかる。
そんな足跡は靴でも履いているのか、獣のような指先までわかる足跡ではなく、ウチが歩いた時と同じように凹んだだけのものだった。
ウチやアンリの靴は、革を使って靴底に木を張り付けたもので、森の中を歩いても石で足の裏が傷つくことはない。
あまりにも硬いものを勢いよく踏めば、木が割れて怪我をすることもあるはずだけど。
もっとお金を出せば木で鉄を挟んだものや、つま先部分を鉄で覆ったものになり、その次は鉄で作られた靴になる。
それは迷宮騎士などが使うもので、街の兵士は革の靴に鉄の装具を付けている。
「獣の足跡ちゃうから人ってことになるん?」
「そう。だけど決めつけはよくない。変わった魔物かもしれない」
「せやな。これからはどうするん?」
「次は活動範囲を調べる。その時、木に傷がついていないかなども調べる」
「ふむふむ」
足跡で休憩所付近まで近づいてきていることがわかった。
辿るように進むと、逆に森の中へと戻る足跡がたくさん見つかったことから、この先のどこかにいるのは確実だろう。
後はどういった存在かがわかればいいけれど、それを把握するためには足跡以外にも調べなければならない。
例えば毛が生えていれば、木に引っ掛けて残っているかもしれない。
縄張りの主張が激しいタイプなら、木や岩を傷つけてアピールしているかもしれない。
アンデッドなら生前の生活に沿った行動をしているかもしれないと、アンリは色々なことを話してくれた。
普段自分から話さないのに、聞けばたくさん話してくれるところがウチは好きだ。
本人曰く、何を話せばいいか考えているうちに、話題が変わっているそうだ。
その点、質問には答えを出すだけでいいから楽なのだとか。
「うーん、全然わからん……」
「ここに傷がある」
「いや小さすぎてわからんて!」
アンリが指差したのは、太い幹に小指の先ほどの欠けがあるところだった。
蔦や葉も生い茂っている中、剥き出しになっている幹に傷がついている。
位置はアンリの腰ほどだけど、言われて見てもすぐに見つけられない。
試しに3歩後ろに下がっただけで見失ってしまった。
「どうやって見つけるんこんなん……」
「色」
「色?魔力の?」
「違う。周囲と色が違う。ぼんやり見るといい」
「あー、んー……。茶色の中に白っぽいのが見える感じ?」
「そう」
「これ疲れるわ……」
「仕事は疲れる。そういうもの」
「せやな。だからこそ仕事になるんやし」
この傷を見つけるだけでも技術や経験がいる。
だからこそできる人に依頼を出しているのだろう。
ウチ1人だったら、赤い光を見つけてからダッシュするしか解決策はなかったはずなので、アンリが付いてきてくれて心の底から良かったと安堵した。
・・・そもそも追いつけるかわからんし、魔物の正体掴んだら終わりやったかもな。アンリさんおるし討伐まで考えてもええやろか。2人やと危ないんかな?
「アンリさんは調査対象なんやと思う?」
「それはこっちの質問。まずはエルが考えるべき」
「あー、せやな。ウチの依頼やった。うーん、獣ではないし、人っぽいかな。ウチの頭ぐらいに傷つけるってことは剣とか持ってそう。やっぱアンデッドなん?」
「恐らく。そして、まだアンデッドになりたてで自我が残っているはず」
「へ?魔物やのに?」
自我があるということは色々考えられるから、倒すのが面倒そうだ。
詳しくは休憩所に戻ってからということで、調査を終えて来た道を引き返す。
夕食をとって、部屋で休憩しながらアンデッドについて教えてもらうことになった。
食後で良かった。




