野菜は魔力で育つ
ポコナに手を引かれながら、左右に小さく区切られた畑のある道を進む。
一つの区切りで作れる野菜は、昨日の夕飯で出てきた全座席分の野菜より少ない。
つまり、毎日あのサラダを提供する場合、区切り1つでは足りなくなる。
ポコナの宿がどれだけの畑を持っているかわからないけど、街の広さも考えるとそこまでたくさんではないはずだ。
畑のすぐ近くに建っている別の家が見えるくらいしかスペースがない。
「エルちゃんどうしたの?」
「畑が小さいなと思って」
「街の中だからね〜」
「でも、それやと昨日みたいな量のサラダを出せなくない?」
「え?出せるよ。もちろん、全部をわたしの家が持ってる畑じゃなくて、買ってる物もあるけど」
出せるそうだ。
1日1区画としても10日で10区画になり、100日だと100区画必要だけど、どう見てもそんな数はない。
買う分が多いのかも知れないけど、それだと採れたて野菜が売りにならなくなるはずだ。
それとも、その日に収穫していれば採れたて野菜なのだろうか。
ウチが考えながら歩いていると、ポコナが答えを教えてくれた。
「あれ?もしかしてエルちゃんは野菜の育て方を知らないのかな?」
「え?種を植えて、水を与えて、害虫駆除やろ?あ、肥料を与えるのもあるはず!」
「うーん。ちょっと違うかな。種と水は合ってるけど、あとは魔力含んだ土があればすぐに育つんだ。虫に食べられることもあるけど、それより早く収穫するからほとんど大丈夫なんだ〜」
ウチに教えられたことが嬉しかったのか、得意そうにポコナが笑う。
その笑顔には癒されるけど、それよりも虫に食べられるよりも早く収穫するという言葉がとても気になった。
食べられる部分が育つには何日も、作物によっては何十日もかかるはず。
その間に虫が来ないように何か対策をするならわかるんだけど、来るよりも早く収穫できるということは、育つのがとても早いということになるのかもしれない。
「もしかして、1日で種から食べられる実ができるん?」
「流石にそこまで早くはないよ!育てるものにもよるけど、わたしの家が管理している畑だと大体10日ぐらいかなぁ〜」
「魔力のおかげで?」
「魔力のおかげで」
「魔力が少なくなったら?」
「育つのも遅くなるし、実も小さくなったり、味も落ちるはずだけど、お父さんがしっかり管理しているから、そんな野菜は収穫したことないよ」
魔力が万能すぎる。
育つ早さだけじゃなく、味や大きさにも影響するとは思っていなかった。
しっかり管理すればそんな恩恵が得られるなら、宿で出す野菜は街の中にある小さな畑をいくつか使えば賄えるかも知れない。
「お父さんは魔力の含まれた土を採取しに森へ行ったり、お金を出して請負人に依頼してるんだ。他の人達はそこまでしないから、周りより美味しい野菜で有名になれたんだけどね」
「ポコナのお父さんすごいな!」
「うん!美味しい野菜を作りたくて、宿屋を止める人から土地とか買ったんだって!」
「めっちゃ凄い!」
ポコナのお父さんは夢のために宿と畑を全財産のほとんどを使って買ったそうだ。
元は迷宮で稼ごうと獣王国からやってきた請負人で、迷宮王国最大の大迷宮どころか、いくつかある中迷宮ですら苦戦する程の実力だったらしい。
ある程度貯まったら獣王国に帰るつもりで、この街に近い小迷宮周辺で稼いでいたところ、宿の前の持ち主を護衛する依頼を受けたそうだ。
その結果美味しい野菜に魅せられた、という話しをポコナがしてくれた。
・・・あれ?野菜のことはわかったけど、魔力で育つなら魔物になることもあるんちゃう?森オオカミは魔力の多い森に住むオオカミが魔物になるやつやし、畑で育った野菜も魔物になりそうや。トマトに襲われたり、ニンジンが回転しながら飛んできたらめっちゃ痛そう……。
「野菜は魔物になるん?」
「なるよ!野菜だけじゃなくて木もなるから、果物の木が魔物化していたら美味しい果物を手に入れるチャンスなんだー!」
「畑の野菜が魔物になったら危ないんとちゃうん?」
「えっとね、街や村は結界の魔道具が外の魔力の殆どを吸収してくれるの。だから、畑に使う魔力は自然に集まってくるか、魔力が含まれている土や水を追加するんだ。でも、それだけだと魔物化するには魔力が足りないの。だから、畑の野菜が魔物になることはないんだって」
「へー。じゃあ安全なんや」
「そうだよ!」
街中の畑で魔物が出ないことに安心したウチは、ポコナに手を引かれて宿屋エリアを進みながら、移動途中の宿屋の料理がどこも殆ど同じだった事や、昨日のサラダはとても新鮮だったけどウチには苦かったことを話した。
話を聞いたポコナからの答えは、庶民の食事はどこもパンと野菜スープで、塩で味付けした肉の種類で差ができる程度。
お酒もいくつかあるけれど、飲むためのもので料理に使うことはなく、野菜もこだわらない人の方が多い。
裕福な家や貴族の食事は砂糖や胡椒を使い、いくつかの料理が増えるそうだ。
・・・貴族でも野菜は塩で食べるんやな。何かをかけて味を変えることができたはずやねんけど、思い出せんなぁ。煮汁や肉汁とかより果汁の方が近い気がするねんけど……。
「宿屋が建っているところを抜けると商店が多くなるよ。路地裏は中古品だったり、取り扱いが難しい物、流通量が少ない物を売っているお店が多いの。普通のお店もあるけどね」
「掘り出し物が見つかるかもしれんお店ってことやね。あと、全体的に小さいお店やな」
「大通りに近いほど土地代が高いからね〜」
この辺りのお店は人が数人入れればいいぐらいの大きさのお店が多く、少し進むと10人ぐらいは入れそうな大きさになった。
もしかしたら奥行きが意外とあるお店かも知れないけど、店内には商品もあるはずだから余裕はそこまでないと思う。
「ここが大通りだよ!請負人組合も道沿いにあるけどわかる?」
「ここは覚えてるで!あの辺のお店で服とか道具も買った!」
「大通りは請負人向けの専門店が多いから、ほとんどの物はここを歩けば揃うらしいよ。お客さんが言ってた」
徐々に大きくなったり、品数が増えたりするお店を横目に進むと、キュークスと買い物をした大通りに出た。
ここから宿と請負人組合までの道は覚えているけど、細かいお店やさっき通った所にどんなお店があったかはうろ覚えだ。
荷物を運ぶことになったら迷いそう。
「食材とかは街の南側、入ってきた門からまっすぐ進んで大通りを右に曲がった所にあるの」
「門が西側で、宿が北西。請負人組合が真ん中で、そこから北に行けばいろんなお店。東に行けば領主様のお屋敷やっけ?」
「それで合ってるよ!エルちゃんは賢いんだね」
「まぁ、それほどでもあるけどな!」
「凄い凄い!」
笑われながら頭を撫でられた。
ウチが方角を把握しているのは、昼食の時にキュークスからしつこく言われたからだ。
方角さえわかっていれば、宿の名前を忘れたとしても帰りやすくなるし、東側を近づいてはいけない場所として認識しやすくなる。
意味なく貴族に近づくのは危ないので行くなと言われても、場所がわからなければ意味がない。
請負人組合が真ん中にあるおかげで覚えやすかった。
・・・方角も覚えたけど、言葉で覚えたというのが正しい気がするけどな。北西にある獣人に人気の宿って言えば道を教えてくれるから、北西を覚えたって感じや。だって、地図も見てないし、ウチが迷宮王国のどの辺にいるかもようわからんもん。
そんなことを考えながら、街の住人が住む通りへと足を踏み入れた。




