甘いまんまる焼き
迷宮騎士たちは片付けを始めた。
素材は分裂した魔石だけで、使用した魔道具は1本を残して使用不可能になった。
一部は部品取りできるものの、分割された魔石の値段からすると赤字確定だ。
ちなみにダメージを集中された火属性の魔石はとても小さく、格安になるだろうことがわかっている。
「ふむ。我々であれば魔道具なしで倒すこともできそうですね。もう少し人数は必要でしょうが」
「あと2、3小隊は必要ですね。分裂前に倒すとなるとさらに3小隊でしょうか」
「そのぐらいが妥当か。行動させる前に潰すように攻め立てなければな」
指揮担当と記録係が話している内容を聞きくと、やろうと思えば分裂前に倒すことができそうらしい。
突っ込んだ人員に対して儲けが出るかは分裂前の魔石次第というところだろう。
そしてガドルフたちは、自分たちだけで倒せるかを考えていたけれど、難しいと判断された。
分割するのを前提にすれば、時間をかけて倒すことはできるけれど、ジャイアントスライムの状態で削り切ることはできないからだ。
強力な一撃を放てるベアロでも、スライムに対しては切り傷をつけるだけで終わる。
もっと魔法的なダメージを与えるか、内部をぐちゃぐちゃにする方法が必要らしい。
スライムだから元から中身はぐちゃぐちゃだろうけど。
「次回の討伐も我々で行います」
「分裂する前に倒すんやな?」
「そうです。今回無事に倒せましたから、次回はエルさんへの依頼はなしとなります」
「そりゃそうやな。苦戦せんかったし」
「はい。今回はありがとうございました」
迷宮騎士と別れ、先に迷宮を出る。
まだ昼過ぎだったから、屋台で食事を買って感想を言い合うことになった。
ウチはいつもの野菜ゴロゴロスープと、まんまる焼きトマトソース味を買うことにした。
「あんまり並んでへんな」
「お。帰ってきたのか。お帰り。やっぱりお好み焼きのほうがガッツリ食べられるからな。向こうに並ぶ人が多いぞ」
「お帰りだよ〜」
お好み焼きを見習い迷宮騎士に譲った屋台『エミール』は、まんまる焼き屋台にシフトしている。
串1本で食べられることから、おつまみとして買われることが増えた反面、メインの食事からは外れてしまったようで、あまり並んでいない。
お好み焼きの方は2パーティ並んでいるのに、こちらは2人だ。
「これはあれやな。テコ入れがいるな」
別に勝負しているわけではない。
しかし、どちらもウチらが始めた料理なのに、客入りが違うのが嫌なのだ。
仕方なく切り札を使うことにした。
「新しい料理か?」
「新しい……。う〜ん、形を変えて出すだけやな」
「そうなのか。俺は何を準備すればいい?」
「ハニービーのハチミツと、組合で出してるパンケーキの生地やな。あれを丸く焼いて、ハチミツかけて食べるねん」
「へぇ、焼くの難しそうだけど、楽しそうだなそれ」
ポールは新しい料理ができることが嬉しいようで、まんまる焼きをひっくり返す手が素早くなった。
ミミもこちらを気にして、耳をぴくぴく動かしながら店番をしている。
そして料理を受け取った人からは、いつから出すのか聞かれ、準備と試作をするので明後日からと答えた。
「うわっ!今度は中が焼けてない……。エル〜これ難しいぞ」
「うーん。焼いてる途中で火加減変えたらどない?」
「それしかないか。そうなると俺はこれにかかりっきりになるから、出汁ベースの方はミミに任せることになる。大丈夫か?」
「ミミまんまる焼き作れる?」
「練習したからできるんだよ!」
「じゃあ鉄板の半分はミミで、もう半分がポールの練習場所やな!」
翌日、諸々の準備をしたポールを迎えて早速焼いてみた。
しかし、一度目は生地が焦げ付いて丸くすることができず、二度目は中まで火が通らなかった。
どちらも魔道具によって火加減を一定にしたことが原因だとポールが推測し、生地の具合を見ながら火加減を調整することで落ち着いた。
そして、その隣では出汁入りの生地をミミが焼き、お客さんに提供する。
甘い匂いと出汁の匂いが合わさって、なんとも言えない香りが周囲に撒き散らされている。
屋台を分けたほうが良かったかもしれないけれど、半球にボコボコさせた鉄板は1枚しか依頼していない。
分けるために早めに注文することにしよう。
「できた!中を割って見たがふっくらしてるし、エルの言うとおりのものになったはずだ!」
「ほぉ〜。じゃあウチが味見するわ。……あふっ!はほはほっ……良いやん!ふんわりしつつも周囲はしっかりしてるし、出来立てを食べたら口の中が甘い香りでいっぱいや!これにハチミツかけたら温度も程よくなって甘味が増すやろな!」
「ハチミツかけるなら、生地に塩を混ぜても良いかもしれないな。甘いのに甘いの重ねるのは量食べるの辛いし」
「ふむふむ。その辺の研究は任せるわ!ということで今日のまんまる焼きにはこれをサービスで何個か付けたって!感想もらえたら嬉しい言いながらな!」
「わかったんだよ!」
「客に試食させるんだな。しっかり焼けるように練習してからだ」
今日限定で試食付きまんまる焼きを売ることに決めた。
そうして、朝から屋台で食事をして迷宮へ向かう請負人を驚かせることに成功した。
その後に帰ってきた腹ごしらえをする人が驚き、急いで食べ終わるとどこかへ走り去っていった。
少しすると組合側から若手の請負人を中心に、数十人が列を作った。
その誰もが女性である。
走り去っていったのは若い男性だったのに。
「エルちゃん!甘いものを出すなら言ってよ!」
「早いなエイミさん!よう見たらパーティ全員並んでるやん」
先頭にいるのは、ウチに甘いものを作れないか聞いてきたエイミのパーティ。
その後ろも含めて、屋台に近い人は全員ポールが焼いている甘いまんまる焼きに釘付けだった。
・・・いや、同じようなの組合で食えるやん!わざわざ並ばんでも落ち着いて食べられる方行ったらよかったのに!なんで走ってきてまでここ来るねん!
「あー、組合でパンケーキ食べたら良かったんちゃうん?甘いものなら今や組合やろ?」
「甘いよエルちゃん。パンケーキより甘々だよ」
「やかましいわ。上手いこと言ったつもりか」
「うっ……。こほん。新しい甘いものが出たのなら、わたし達が食べないとダメだよ」
「そのために請負人走らせるのはどうなん」
「あれは料理長だよ。新メニューが出たら知らせるように言われているうちの1人だったはず!」
「料理長……」
完成品を持って行くつもりだったのに、向こうの情報網が一枚上手だった。
試食した請負人がたまたま料理長にお願いされていた人で、甘いまんまる焼きを食べた結果急いで組合へ向かう。
そこで素材の買取や依頼を吟味していたエイミたち女性請負人たちが、料理長に向けて話されていた甘い料理を聞き先に組合を出たというわけだ。
よく見ると列の後ろに、組合の料理長が並ぶところだった。
料理長……。
「はいこれ。試食のケーキボールな。食べたら感想くれると嬉しい」
「任せて!」
エイミから順に並んでいる人へまんまる焼き15個と、甘いまんまる焼きことケーキボール5個を渡していく。
予定では試食のケーキボールは2個だったけど、エイミたちの視線に負けて5個に増やした。
2個乗せてハチミツをかけて渡したけれど、受け取らずにケーキボールをチラチラと何度も見るのである。
宣伝だからと受け入れるしかない。
その分しっかり感想は聞くけども。
「美味しい!一口サイズにしては少し大きいけど、外側しっかり、中はしっとり。ハチミツの甘さに追いハチミツもあって満足!」
「果実水とも合うのがいいね〜」
「わたしはハチミツかけなくて良いかな。優しい甘さが好き」
「塩と甘味を交互に食べるのがこれほど素晴らしいとは!もっと食べたい!」
反応はとても良かった。
誰もが絶賛。
試食だから数が少ないせいで、追加で買うこともできない。
中には出汁入りを買えばもう一度試食できるか聞いてくる人もいたぐらいだ。
形が変わったことで食感も変わり、見た目の可愛さも含めて女性にウケがいいとぶつぶつ言っている料理長は無視する。
落ち着いたら話しかけてくるだろう。
こうして屋台『エミール』に新メニューが追加されたけれど、出汁とハチミツの香りが混ざることに苦情が出たため、屋台を分けることになった。
まさかの2号店が立ち、ミミがケーキボール担当となった。
出汁を作るのはポール担当なので。
幸い半獣の作った料理と蔑む人は来ないから、揉めることなくオープンできた。




