涼しくなってきたらしい
ジャイアントスライムの魔石を組合に預けて、食事処でトマトパスタを食べていると、周りの人たちが最近暑さが和らいできたと話しているのが聞こえた。
人によっては薄手の長袖を着ていて、収穫の季節に入りかけているのがわかる。
迷宮の中は外の暑さなんて関係なく一定だし、ウチは固有魔法で暑さに苦しむことはなかった。
「お?なんか兵士と見習い迷宮騎士が一緒におるな。何してるんやろ」
季節が変わるということは、市場に出る商品も変わるからと向かって見れば、なぜか見習い迷宮騎士が兵士監督の元聞き込みを行なっていた。
何か事件でも起きたのかと思ったけれど、話している雰囲気が穏やかなので違うだろう。
お店の人は笑いながら見習い迷宮騎士の肩を叩いているし、世間話でもしているんだろうか。
将来貴族になる人相手によくやると呆れかけたけど、ウチなんてハリセンで気絶させているのだから、どう考えてもウチの方がやらかしている。
でも、訓練だから問題ないはず。
「なぁなぁ、何してるん?なんで聞き込みなんかしてるん?」
「え?あ、エルさん!えっと、見回り方の訓練です。迷宮でするわけにはいかないので、兵士の皆さんに教わりながらいろんな話を聞いています」
「ほー。見回りで話す必要あるん?」
「ありますよ。エルさんは初めて会う人と知ってる人、どちらに助けを求めますか?」
「そりゃ知ってる人やな。求めやすさが違うし」
「そういうことです。将来いろいろな人に話しかけられるよう、これも訓練です」
「なるほどなー」
「あと、守るべき人たちがどういった仕事をしていて、どう繋がっているかも学んでいます」
「ほうほう。売る人だけでなく作る人や作り方も知るってことやな」
「そうです」
だから、街の人に近い兵士と一緒に行動しているみたい。
畑のことでは、育てる苦労に収穫物で満載になった荷馬車を眺める嬉しさ、採れたて野菜の美味しさを。
商売のことでは、品物を見極める難しさや望まれる商品をその時期に届けること、盗賊や魔物の脅威について聞いたそうだ。
そして、この後は職人や請負人にも話しを聞くそうだ。
「ふんふんふ〜ん。やっぱ季節変わったばっかやと変わりはないか〜」
「そうだねぇ。ハチミツ漬けにする果実も変わらずだし。ただ、木の実の季節だから、新しいのはこれからさね」
「せやな!」
いつものお店に顔を出して、あまり変わり映えのしない商品を眺めた後、組合へ向かう。
するとウチのことを待っていたのか、受付の人から組合長の部屋へ向かってほしいと促された。
「組合長〜、ウチウチ、ウチが来たで〜」
「入りな」
いつものようにノックをして、これまたいつもの返事をもらって中に入る。
促されるのを待つことなく来客用のソファに座って、組合長のベルデローナを見る。
今回はウチだけのようで、他には誰も呼ばれていなかった。
「最近はどうだい。順調かい?」
「特に困ったこともなくぼちぼちやってるで」
「見習い迷宮騎士との対決はどうだった?」
「ウチの体力の無さを思い知ったわ。やっぱり身体強化してる人相手に、ウチから攻めるのは難しいなー」
「未強化だとどうしてもねぇ。背中から出ている魔力でどうにか強化できれば良いんだろうけど、外に出た魔力を体に込め直すのは、少なくとも魔道具じゃ無理らしいよ」
「へー。そうなんや。わざわざ聞いてくれたん?おおきに」
「アンタがもっと活躍してくれたら稼ぎになるかと思ってね。今のままじゃ遠出して貴重な素材を集めるのも難しいだろう?」
「行くのにも時間かかるし、移動する道が綺麗じゃないと通れへんもんな」
「だからだよ」
身体強化できるようになるか、あるいはその補助ができれば道なき道も進むことができるようになる。
それを見越して色々考えてくれていたらしい。
「さて、呼んだ理由だが2つある」
「ほうほう」
「まずは一つ目、エルの屋台で見習い迷宮騎士を働かせてやってくれないか」
「へ?なんで?」
予想外の話に驚いた。
見習いの子供だから深い階層まで潜らせられないとかなのだろうか。
それにしても街の見回りや聞き込みなどでやる事は多そうに見えていたけれど。
「なに。これも経験さ。組合が助力している屋台だから、話しやすかったんだろうね」
「屋台の経験?料理を覚えたいとか?」
「後者だね。迷宮騎士とはいえ遠征訓練はあるし、仮に魔物の大量発生があれば騎士と一緒に出向くこともある。その時に調理できるかどうかは士気に関わるから、そこの改善といったところだ」
「ほーん。見習いやること多くてほんまに大変やな。ウチはええけど、ポールとミミの許可次第やな。屋台の料理長はポールやし」
「エルが良いと判断したなら奴隷のミミも許可になるよ。さすがに奴隷の意思で却下できる話じゃない。ポールは組合の人間だからあたしが許可を出せば終わりだね。よって、見習い迷宮騎士は受け入れるよ」
「すぐ決まった!」
ウチの意思確認だけだった。
そのためにわざわざ呼んだのだろう。
他にも何を教えれば良いかも相談したかったようだけど、その辺りはエミール料理長であるポールに丸投げである。
スープとパンにお好み焼き、あとはパスタの作り方を知ればどうとでもなるだろうとは言っておいたけれど。
どうやら最終的には見習い騎士だけで屋台を1つ出すのが目標らしく、何か売りになるものが無いかも聞かれたけれど、あいにく何も思いついていない。
・・・向こうもお好み焼き出すんやったら、しばらくまんまる焼きに絞ってもええかもな。そうしたら商品被らんし。なんなら甘いまんまる焼き出すチャンスちゃうか。
「もう一つの話だが、次のジャイアントスライムは迷宮騎士に譲ってほしい。魔道具で倒せるか試すそうだ」
「ええで。一回休みってことやな」
「残念ながら休みにはならないよ。エルには念のために一緒に行ってほしい。いざという時は代わりに倒してもらう」
「そういうことかー。別にええで。いつもと一緒になるか見てるだけになるかの違いやし」
「わかった。じゃあ指名依頼として処理するように通達しておくよ」
「はーい」
断る理由もないので受けた。
やることはいつも通りスライム階層を進み、階層主前の部屋で合流。
見習いではない迷宮騎士の皆さんがジャイアントスライムを倒すところを見届けるだけだ。
ウチに合わせて歩いてもらわなくて済むから、気疲れはしないだろう。
・・・大人数で行くこと考えると楽しそうやけどな。ベアロたち誘って見学するのもありかも?




