川の魔物
ミミと背中合わせに川底に座る。
周囲を水が流れ、水草が揺れて、魚が泳いでいる。
そんな幻想的な景色にミミは「ほわぁ……」と気の抜けた音を出した。
そして、遠目だと水中に沈んだまま浮かんでこないことを心配したキュークスとアンリも、同じように景色を楽しんで川を上がったところで、ベアロが騒いでいることに気がついた。
「どしたんやろ?」
「何か出たのかもしれないわね」
「何かって?」
「川だから魚系の魔物かしら。水草の魔物もあり得るわ」
「あぁ、魔物か。水死体かと思ったわ」
「どうしてそうなるのよ……」
・・・川辺で出たって騒ぎになったらそういうもんちゃうん?ワニとかも騒ぎになるか。
「川辺の魔物って強いん?」
「沢蟹や川海老なんかの硬い魔物、ワニやカバなんかの水生動物の魔物は強いらしいわ。だけど、魚の魔物は人をそこまで襲わないし、水草も長さの問題でそこまで強くないはずよ。そもそもこの辺りで出てくるのは稀だからわからないわ」
「そうなんや。ミミはなんか知ってる?」
「肉食のお魚は人を襲うらしいんだよ。それ以外だと通り道の邪魔をしなければ大丈夫なはずだよ」
「へー。魔物やのに人を襲わんねや」
「小さいうちは大丈夫なはずだよ。大きくなったらわからないんだよ」
「あー、そういうことか。小さいから人を食べられへんねや。大きなったら丸呑みにできるっちゅうことやな」
「そうなんだよ」
奴隷商に連れまわされていた時に、魚の魔物について知ったことを教えてもらった。
ミミはもちろんキュークスとアンリも水生生物の魔物は倒したことがないらしい。
獣人組は砂漠を越えて草原を通りウアームの町に辿り着いたため、川や海に湖といった水が豊富な場所での戦闘経験が少ない。
町からほとんど出なかったアンリも同じ。
戦闘経験があるのは、故郷の川で同じように魚を獲っていたベアロだけらしい。
そんなベアロが騒ぐほどなので急いで川から上がって近づいて行くと、嬉しそうに腕を振るっているベアロがいた。
「うぉぉぉぉぉ!大漁だぞぉぉぉぉぉ!!」
バシャバシャと腕を振るうと、大きな塊が宙を舞う。
それは全て岩場付近に落ちてきて、釣り人やガドルフが受け取って木桶や木箱に入れて行く。
その魚はウチが両手で抱えても持てるかわからないぐらい大きく、木桶からはみ出た尻尾がビチビチと水を弾いている。
魔物特有の赤く光る目に、ギラギラと輝く鱗。
魔力を得て大きくなった魚だ。
「なにこれ?」
「ビッグトラウトだぁ!塩焼きにするだけでめちゃくちゃ美味いんだ!」
「おー。カツにもいいかもなぁ。トラウトカツ」
「絶対美味ぇな!間違いない!エルも手伝え!周りの水を無くすだけで入れ食いだろう!」
「わかった。やってみるわ」
ベアロは川下から逆上してくるビッグトラウトを、寸分違わず腕で掬い上げている。
しかし、今来ているのはちょっと早く来てしまった個体で、この後に川を埋め尽くすのではないかという数が来るそうだ。
川下にある村でも、このビッグトラウトの遡上は名物になっていて、干しビッグトラウトが名産らしい。
この時期に発生するという情報をベアロとガドルフは仕入れていたけれど、まさか遭遇するとは思っていなかったようで、獰猛にも見える笑顔を浮かべている。
そんなもう少ししたら魔物だらけになる川に、ウチは軽量袋を背負い棒を持って入る。
固有魔法の影響で棒の分まで水が無くなるのを狙ってだ。
軽量袋はその場で収納するため。
「あんまり上手くいかへんな」
「棒は細いからな!板でも投げてもらって、それを上手く使えば良いんじゃねぇか?」
「やってみるかー」
棒に水がつかなくなっても、周囲は流れてしまうため、魚の通り道は無くならなかった。
ウチにぶつかりにきたら水がなくなるけれど、ぶつかった勢いで跳ね返れば水の中に戻れる程度の隙間しかない。
一応川の中で気合を入れてみたけれど、水が流れなくなった範囲は広くならなかった。
「おぉ!これならいけるな!」
結果、キュークスが投げてくれた屋台用の大きな板に背中をつけて、川底に寝転がることで板の大きの空間がぽっかり開いた。
アンリいわく、板が水の中で浮かないように周囲全部を拒絶しているのだろうとのことだけど、なんとなくしかわからない。
ウチが寝転がれば板は浮かずに沈む。
そもそも水に触れてないのだから。
「来たぞ!多すぎるな……」
「え?大丈夫なん?」
「いざとなったらその板の上に避難するぜ!」
ベアロは水上を跳ねる水飛沫で判断したのだろうけど、身長の足りないウチは分断された水中を見ている。
バチャバチャと音を立てているビッグトラウトの下にもいるのだ。
むしろ下に収まらないビッグトラウトが水面に押しやられているんじゃないかと思うぐらいいる。
さながら魚の壁が迫ってきているように見えた。
どう考えても水中で相手するのは間違っているだろう。
結果、ベアロは最初の衝突で勢いに負けて板の上に移動することになった。
「結果良しだ!」
「いらん攻撃受けただけやけどな」
「ビッグトラウトの体当たりぐらいどうってことないぜ!」
当たった腕や足を摩りながら言われても説得力がない。
今は板に乗りながら、前面にある水の切れ目に腕を突っ込み、ビッグトラウトを掴んで岩場に投げている。
突如進行方向にできたウチの空間にも、岩が流れを遮っている程度の認識しかないのか、左右に分かれて避けようとしてきた。
だけど、流れが四角く切り取られているようなものなので、渋滞が起こって獲り放題になっている。
こうなることが先にわかっていれば、ガドルフもこちらに来て2人がかりで獲れただろう。
ウチは変わらず寝転がっているだけになるけど。
「ウチ暇やねんけど」
「はっはっは!それはエルにしかできないことだが、確かにやることがないな。仕方ない。こいつを隣に寝かせてやるぜ!」
「ビッグトラウト寝かせんなや!顔近い!ビチビチすごい!あ!ウチの上で跳ねてるやん!全然痛くも重くもないけど!」
「おぉ〜。人の上で魚が跳ねてるな!エルがまな板ってか!」
「誰が板の上のまな板や!これから大きなんねん!将来性に期待大や!」
「そうだな!未来はどうなるかわからねぇ!」
笑いながらビッグトラウトを獲るベアロ。
ウチも本気で怒っているわけではないから、お腹の上で飛び跳ねているビッグトラウトを掴む。
途端に動けなくなり、目だけがぎょろぎょろと動く。
ちょっと気持ち悪いから横に放ると、上手く水にヒレが当たったのか水に逃げた。
それを見たベアロは怒ることなく爆笑している。
何が面白いのかわからなかったけれど、笑うベアロがおかしく感じてウチも笑ってしまった。
「そろそろ終わりだな」
「減ってきたな」
疲れたベアロは板にドッカリと座り、切り抜かれた空間から断面を見ている。
引っ切り無しに向かってきていたビッグトラウトは減り、元の水草や川の流れが見えるようになってきている。
綺麗な光景に驚いてくれるかと思っていたけど、そこはベアロ。
「ふーん。こう見えるのか」の一言で片付けている。
戦闘と酒、美味しいものにしか興味がないベアロらしい。
「よし!じゃあ俺たちで半分!残りをそっちで分けてくれ!」
「「「おぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
岩場に戻り、獲った量を確認しながら分配する。
半分はウチらの物で、残り半分を手伝ってくれた釣り人で分けることになっていた。
あの騒ぎの中ガドルフが調整をしてくれて結果だ。
それでも1人当たり2、3尾は手に入るから、釣り人たちは大喜びだった。
「多ない?どうするんこれ?」
「ほとんどは塩漬けにするさ!後は干すな!エルも使いたい分好きに使え!」
「いや、持ち帰るのも大変やん」
「問題ない」
アンリは氷の魔石を手にしていた。
ウチがライテ小迷宮伯のところから受け取ったやつだろう。
スライムの皮の採取は、依頼に魔石がついてきていたし、今は吸い取るくんもある。
使わなかった魔石はそのまま使って良いと言われている。
それを使ってビッグトラウトを凍らせて、ライテまで持ち帰るようだ。
それでも箱に入り切らない分は、広場の屋台や商店に売ったけれど。
・・・30尾はあるな……。ほんまどうするんやろこれ。とりあえず料理長と組合長にライテ小迷宮伯へとお裾分けやな。干したやつができたらポコナに送ってもええやろうし。




