一応挑戦してみる
まんまる焼きも落ち着き、ジャイアントスライムを1回倒した翌日、川へ釣りに行くことになった。
別行動をしていたキュークスたちが屋台の話で盛り上がった時に、ウチが川に興味があることを聞いたからだ。
話を聞いたベアロとガドルフは川で涼みたくなって仕方がない状態だった。
「じゃあ行くぞー。しゅっぱーつ」
「しんこー」
ベアロが操る馬車で外に出る。
街で借りた馬車にはガドルフたち獣人3人とウチ、アンリにミミ、さらにポールと釣りの道具が乗っている。
ウチが遠出をするからミミを連れて行きたいと言い、そうなると屋台がポール1人になってしまう。
料理人なら乗り越えないといけないかもしれないけれど、せっかくだから休みにして一緒に行くことにした。
屋台に『本日休み』の札を下げるだけでいいため、当日たまに休むことも可能である。
作っていた出汁は組合の食堂が有効活用してくれる。
「ミミは川行ったことある?」
「あるんだよ。でも、通るだけだから、何か取ったことはないんだよ〜」
「そうなんか。じゃあウチと一緒で初めてやな!」
「そうなんだよ」
ウチはミミと喋り、それをアンリとキュークスが眺めている。
ポールはガドルフから森にある食材について聞いていて、機会があれば屋台に持って行ってくれると約束までしていた。
あまり気にしていなかったけれど、ガドルフたち獣人組は、森での行動に長けているらしく、人だけのパーティよりも依頼をこなしているから人気がある。
他の獣人パーティより戦闘力が高いため、採取よりも討伐が中心になり、そのおかげで今までよりも少し奥に入ることができるようになって、素材採取を中心にしているパーティから慕われたりもしているそうだ。
ベアロが戦闘大好きなことは知っていたけれど、そんなことになっているとは知らなかった。
ポールも組合に持ち込まれる素材からガドルフたちのことを知っており、話せることが嬉しそうだ。
「キュークスも人気なん?」
「わたしは戦闘よりも毛並みね。エルのおかげで獣人たちから羨望の眼差しを受けてるわ」
「さらさらツヤツヤやもんな」
ウチが梳くことで細かい汚れも弾いて取れる。
そんな狐獣人の毛皮は明るい中ではサラサラと流れ、光が当たるとキラキラ光る。
それが他の獣人から羨まれるそうだけど、依頼から帰った直後は逆に汚れが目立つ。
綺麗にしても仕事内容が合ってないと思う。
それを言ったら空き時間に手入れをしないとボロボロになってしまうものだと返ってきた。
そういうものらしい。
「おーい。もうすぐ着くぞー」
「はーい」
話したり、微睡んだりしているうちに着くようだ。
馬車から降りたウチの前には少しの丘があり、その先から水が流れる音が聞こえてくる。
今いる場所は街道から少し逸れたところにある休憩用の広場で、よく使われているのか焚き火用の薪を保管する小屋も用意されていた。
中にある薪は、この地を収める貴族が管理していて、主に商人と川で漁をする人たちが使うことになっている。
貧しい人たちが少しくすねて行く分には目を瞑る優しい領主と噂があるそうだ。
ちなみに見張りはいる。
「この先に船を停めている場所がある。そこから少し逸れたところが釣りポイントだ」
「おー。船乗れる?」
「投網で漁をするための船だが……もしかすると乗れるかもな」
ガドルフと話しながら丘を越えると、大きな川に出た。
向かう場所はそこまで大きくないと聞いていたけれど、どう見ても大人ですら渡ることのできない川幅で、思ったより深いのか真ん中の底は見えない。
流されたとしても大人であれば助けることができるぐらい緩やかな流れだから、近づいてみると浅い部分であれば底が見える。
そのまま視線を中央に向けると、途中で水草が生い茂り、水中で揺れる緑一色になった。
「おぉー。涼しいな」
「そうだろ。真ん中は俺たち大人でも溺れるぐらい深い上に、水草が絡みついてくるから近づくなよ。エルの場合固有魔法がどうなるかわからんが」
「どうせ絡みつかれねぇから問題ないだろ!なんなら俺が放り投げてやるぜ!」
「それはちょっと楽しそうやな」
注意をしてくれたガドルフには悪いけど、水草がウチに絡みつくことはないだろう。
それこそベアロの提案通り真ん中に投げ込まれたとしても、ウチは無事なはずだ。
その前に固有魔法で川がどうなるか調べる必要があるけど。
恐らくウチが拒否しているうちは濡れずに川の中に立てるはずだ。
「エル。初めて来た場所なら、軽く周りを巡って地形を把握する必要があるわ。いざという時に逃げるためにも。ミミも一緒に学びなさい」
「はーい」
「はいだよ!」
「俺たちは釣りの準備だ。ポール、手伝ってくれ」
「わかりました」
「釣りは初めてだな!」
男性陣が釣りの準備をしている間、女性陣で周囲を軽く回る。
馬車を止めた広場から川に向かうと、正面にはなにもなくひらけた風景を楽しめる。
川上には桟橋や休憩用の屋根付き東屋がいくつもあり、桟橋近くには倉庫や屋台などもあって活気がある。
川下には岩場があって、そこで釣りをしている人がいた。
岩場は川の中にも続いていて、うまくジャンプすれば少しだけ川の中程に近くなる。
大人は川の中にある岩場で、子供やお年寄り、女性は川岸の岩場で釣りをしているのが目に入る。
釣った魚を焚き火で焼いて塩で食べている人もいて、思わずごくりと喉を鳴らしてしまった。
絶対に美味しいやつだ。
「人結構おるな」
「暑い育みの季節はどこの川辺も人気が出るものよ」
「せやなぁ。街中のみんな暑そうやもんな」
「えぇ。その点エルの固有魔法は便利よね」
「せやろ。助かる部分多いわ。よし!ウチらも釣り行こう!」
屋台ではパンや野菜、焼いた魚が売られていた。
それにも惹かれつつ、ガドルフたちの元へと向かった。
それぞれ良くしなる枝に、ビッグスパイダーの糸を加工して作られた頑丈な釣り糸をくくり付けた竿を使っている。
竿には金属で作られた返しのある輪っかがいくつも嵌め込まれていて、引っ張った後に緩めた瞬間返しに引っ掛けることで、徐々に糸を巻きつけて行く手法だ。
どう考えてもウチにはそんな早技できないと言うと、糸を無理矢理引っ張って返しに巻きつけても良いと言われた。
まだその方が出来そうではある。
背が届かないけど。
・・・竿がウチより長いのが悪いわ。子供用の竿ぐらい用意しといてもええやろ。短くしたらええねんから。子供でも身体強化できるからってホンマに……。手抜きやろ……。ミミと一緒に釣ろ……。
大人用の竿を手に取り、何度か素振りのようなことをして糸を弛ませる。
そして一気に振り抜いて遠くに飛ばす……ことはできずに近くにぽちゃんと落ちる。
ミミがこっちを見ている気がするけれど気にしない。
手前に川の流れで徐々に伸びて行く糸を眺めつつ、食いつくのを待つ。
いや、待とうとしたけれど、ジッと川を見ているだけというのが耐えられない。
周りを見るとミミも竿を振って、ウチよりも遠くに飛ばしている。
キュークスは川近くの岩場にどっかりと座り、尻尾をうちに向けつつ釣り糸を垂らしていた。
アンリは川縁にしゃがみ込んで石をひっくり返したり、手を水に突っ込んだりとよくわからないことをしている。
アンリの分も釣竿はあるはずだけど、興味がないのだろうか。
「釣れたんだよ!」
「おぉー。ええな」
釣った魚は木桶に入れて、しばらく放置する。
数が増えたら焼いて食べたり、買い取ってもらうことができるけれど、ウチらは今のところ食べる一択だ。
ポールとミミに魚のカツを練習してもらい、できたものはベアロが食べ尽くす予定で、行きの馬車を動かしたのは、帰りまでにお酒を楽しく呑むためだったりする。
揚げ物と聞いたらベアロがいそいそとお酒を用意しているのを見て、ガドルフは苦笑していたくらい。
リーダーは大変だ。
「あかん。釣れへん」
「まだ全然待ってないんだよ〜」
「せやけど、ミミはもう2匹釣ってるやん」
「エルちゃんは投げる場所が悪いんだよ。竿をミミのと交換してみると良いんだよ」
「おおきに。これで釣れるかな?」
「お魚のいるところに投げてるから釣れるはずだよ〜」
「え?見えてるん?」
「見えてるんだよ。水草が変に動いたりしてるところが狙い目だよ〜」
そう言いながらウチから受け取った釣竿を操り、糸を巻き取るミミ。
その次は狙ったところに向けて振っと思ったら、すぐに食いついた。
これで竿が悪い訳じゃないと証明されてしまった。
「うぉ!かかった!」
「力が弱まった時に糸を巻くんだよ!」
「わかった!……無理!」
弱まる前にウチが川へと落ちてしまうぐらい、魚の引っ張る力が強い。
ミミが釣った魚もウチには大きかったから、力の差があるのだろう。
川の中を泳ぐ魚を素手で捕まえることは無理なように、身体強化できないウチは大人用の竿をうまく扱うことはできない。
屋台でポールが話した通りになった。
「手伝うんだよ!」
「ぬぐぐ……おおきに……。ウチは……引っ張られないようにするので精一杯や。これ以上動くと川に落ちるから、固有魔法で弾いてまうわ」
ミミが釣り糸を回収してウチの元へ。
一緒に引っ張ったり、ミミが竿を突き出してくるりと返しに糸を巻くのを眺めて、ようやく1匹釣ることができた。
外す時は固有魔法が発動して、身動きが取れない状態になったところを、針を外して木桶に入れた。
・・・引っかかった時点で発動してくれたらええのに。あー、でも、エサに食い付かれへんようになるか。その辺うまいこと調整してくれたらええのにな〜。とりあえず釣りはもうええわ。川で遊ぼう。




