まんまる焼き
模擬戦をした日はたっぷり昼寝をした。
夕食までに起きることはできたけど、翌日の今日は走り回ったせいか足が筋肉痛になっている。
身体強化をしないミミと同じぐらいの速度でしか歩けないことをベアロに笑われながら朝食を済ませる。
「エル。来客よ」
「ウチに?指名依頼でも入ったんやろか?」
「金物屋だったわ。また何か頼んだんでしょう?」
「色々頼んでるからなぁ〜」
キュークスに言われて外に出ると、大きな板を持った金物屋のおじさんが居た。
泡立て器やお好み焼きの型など、料理で使う色々な器具を注文しているせいだ。
そして、板状ということはなぜ作るのか意味がわからないと首を傾げられた一品がようやく完成したということだ。
「できたぞ嬢ちゃん。本当にこれで金がもらえるのか?」
「もちろんや!」
「作るのは面倒だったが、なにに使うのかがわからんからなぁ。調整がしづらい。できれば使ってるところをみたいんだが……」
「わかった。じゃあウチの屋台行こか。持ってもらってもええ?」
「ああ。そりゃ構わんぞ」
ひょいと肩の上に大きな板状の物を乗せるおじさん。
注文通りなら素材は鉄で、大きさは屋台で使っている鉄板と同じ。
屋台は2枚繋げて使っているけれど、おじさんが持っているのは1枚分だ。
それでもウチが寝転がれそうなほど大きい。
そんなおじさんを引き連れて、ミミと一緒に屋台『エミール』へと向かう。
休日でやることがないキュークスとアンリも一緒に。
キュークスはウチが何かしでかさないか確認するつもりだろうけど。
ちなみに、アンリはただの興味本位だ。
「おはようさん」
「おはようだよ!」
「おはよう……今日は大人数だな。もしかして新しい料理を作るのか?」
「おぉ。よぅわかったな!」
「いや、その包まれた鉄板みたいなのを見たらわかるだろ。屋台は増設できないから、一枚交換でいいか?」
「ええで。お好み焼きに影響は?」
「ないな。焼いたやつを保温するための2枚目だけど、今のところ注文されてから焼くだけで十分だ」
「確かに焼いて温めてるやつ見てへんな」
いつもポールの前には焼かれているお好み焼きがあった。
注文が偏れば横に置くものができるかもしれないけれど、今のところ食べ応えもあって人気だ。
請負人組合が協力していることもあって、真似をする人もいない。
ポールとしては出来立てを食べてもらいたいらしく、あまり作り置きはするつもりがないため、2枚目の鉄板はあまり使っていなかった。
ミミは材料の準備や受け渡しで忙しくしているし。
「こっちを変えてください」
「わかった。外した鉄板はどうする?」
「とりあえず裏手に置いてください。帰りに組合へ持ち帰ります」
「おう。じゃあパパッと入れ替えるわ」
おじさんが火を入れていない方の鉄板を外し、包みを解いた新しい鉄板を入れる。
その鉄板は丸い凹みが等間隔にある、お好み焼きを焼くには不便なものだった。
「この凹みは?」
「そこが大事やねん。そこで生地焼いたら丸くなるやろ?ほんで……おっちゃん!一緒に頼んだやつは?」
「これだろ?服飾でも似たようなものを使うから、割と簡単にできたぞ」
「そうそうこれこれ」
おじさんが取り出したものは、丸みを帯びた木の持ち手から鉄の先が細い針が生えている。
持ち手をウチに合わせたものと大人に合わせたものを、呼び含めて4本ずつ作ってもらった。
「それでどうするんだ?」
「生地がある程度固まったらくるんってするねん。そうしたら外はカリッと、中はとろとろに作れるんや」
「ふぅん」
「信じてへんな?」
「いやー、想像できないからさ。とりあえず作るんだよな?」
「作るで。ミミが」
「え?!なにも聞いてないんだよ!」
「言ってへんからな。今日鉄板が来るなんて思ってなかったし」
事前に言われていたら、料理用に生地を用意している。
突発的だったから、仕方なく屋台の材料を拝借する。
試作だから使っても問題ない。
むしろ名物が増えるなら必要経費になるはずだ。
ウチとしても美味しい出汁を使える方が良いし、そのために日々出汁を研究しているポールの協力は必要だ。
「ミミ。生地作って欲しいねんけど、いつもより水分多めでシャバシャバした感じでお願い」
「しゃばしゃば?どろどろより水っぽくていいの?」
「そんな感じ。足りひんかったら途中で足すわ」
「わかったんだよ」
生地はミミが問題なく作ってくれて、追加でキャベツを細かく刻んでもらった。
具材はリトルボアの肉しかないけど、切ったトマトを入れるのは何か違うので仕方がない。
「おい。入れすぎじゃないか?型からはみ出てるぞ」
「これでええねん」
ミミに作ってもらったシャバシャバの生地を、油を引いた球形に凹んでいる鉄板に流し込んだ。
球の凹みから溢れたことでポールが焦っていたけれど、これが正しいので問題ない。
焼けてからはみ出た部分を球に入れることで、量がちょうど良くなるのだ。
今のうちに刻んだキャベツと、隣の鉄板であらかじめ焼いたリトルボアの肉を球に入れる。
「周りが少し焼けてある程度固まったら球も固まってるから、周りをこの千枚通しで切り込みを入れて、球の中に入れながらひっくり返す」
「おぉ!」
「おぉ〜。綺麗な丸なんだよ!」
「スゲェな嬢ちゃん。このための型だったのか!」
「せやろ。あとはミミやってみる?ポールも」
「やるんだよ!」
「任せろ!」
2人とも新しい料理だからか、やる気が十分だ。
ミミにはウチのと同じ子供用を、ポールには大人用の千枚通しを渡してやってもらう。
最初は苦戦した2人だけど、数個挑戦しただけでひっくり返せるようになった。
あとは焼けたらもう一度ひっくり返して、外をカリカリにするだけだ。
人によってはカリとろではなくふわとろが好きな人もいるだろうから、その辺はポールとミミに伝えて試行錯誤してもらうつもりだ。
ウチは絶対にカリとろだけど。
「味付けは塩を散らして完成やな。クリアの葉でうまいこと包めば食べ歩きも……しまった!食べるための道具作ってないわ!」
「どんなのがいるんだ?」
「枝を尖らせてこれを刺せるやつ」
「そんぐらいならパパッと作れるわな。数がいるなら木工に頼むと良いぞ」
そう言いながらおじさんは手頃な枝を細かくして、先の尖った短い針を量産してくれた。
口に入れるから、念のために熱湯で茹でた。
少し湿っているけれど、刺して食べる分には問題なく使える。
少しの抵抗を受けつつもプスリと突き刺し、持ち上げて口の中へ。
カリッとした皮を破ると、出汁の効いたとろりとした生地が溢れてくる。
「はほっ!はほいっ!」
表面はなんとかなったけど、中はダメだった。
口を開けたり窄めたりしながら、なんとか熱さを逃がす。
固有魔法のおかげか火傷はしなかったようだけど、熱さはしっかり感じた。
そんなウチを見ていた周囲は、ちゃんと冷ましてから口に入れる。
「あつっ!……ふーふー……美味しいんだよ!」
「うめぇなこれ!この鉄板を作る甲斐があるってもんよ!」
「美味」
「外側はカリッと香ばしいのに、中から出てくるとろみのある生地は出汁が効いて美味い。噛めば肉の旨みも出てくるし、キャベツの歯応えもいいな。これは売れる」
「お。じゃあこれも屋台で出す?」
「様子を見ながら出してみるか。商品名はあるのか?」
「『まんまる焼き』やな」
「わかった。ころっと丸くて合ってると思うぞ」
名前にダメ出しされなくてよかった。
せっかく名付けた魔道具は、説明する時に顔を顰められた経験がある。
ミミはわかりやすくていいと喜んでいたけど。
「これは味の種類をどう分けるんだ?」
「生地の味以外やと……中に入れるもんやな。ただ、肉ばっかりやしなぁ。大きい川があれば貝とか沢蟹入れれるかも?海は遠いんやっけ?」
「海は遠いな。川は街から少し離れたところに細いのがあって、それを流れる方に進むとだんだん大きくなる。その先には海があるらしいけど、行ったことはないな。途中にいくつか街もあるし、たしか別の小迷宮もあるはずだぞ」
「へー。街や小迷宮はええとして、川見に行ってみよかな。魚とか獲りたいわ」
「エルには無理じゃないか?釣るにしても腕力ないだろ」
「せ、せやな……」
川まで行く道はないらしく、草原とはいえアップダウンはある。
場所によっては丘のようなところもあり、魔物が潜んでいたりするそうだ。
そこまで釣りをするための道具を持って移動するのは、ウチの場合軽量袋がなければ無理だろう。
しかも、帰りは釣った魚の分が増える上に、そもそも釣り上げることができそうにない。
暴れる魚、空中に引っ張り上げる力、針を外すために押さえつける力などなど、足りないことだらけだ。
これならお金を払ってでも依頼を出す方が楽だろう。
鮮度は落ちてしまうけれど。
「それにしても、また新しい料理か……。料理長が騒ぎそうだ」
「せやけど、これ焼き方変えただけやで?」
「それで食べ歩きができるようになるんだろ?十分新しい料理だ。……もしかしてホットケーキもこれで焼けば持ち運びやすくなるか?」
「なるけど、あれを焼く時は溢れさせたらあかんで。形は綺麗にできへん」
「それも試すか。1日だけ持ち運べるだけでも、迷宮に入る時に嬉しいだろうな」
「あー。確かに。アンリさんとキュークスは売ってたら買う?」
「買う」
「買うわ。迷宮だけじゃなくて、遠出する時のお供にも良いわね」
「干し肉の代わりやな」
移動中の暇つぶしは寝るか、話すか、何かを食べる程度しかない。
食べ物も街を出た直後であれば新鮮なものがあるけれど、結局は余っている干し肉に落ち着くことになる。
消費しないと新しいものを買えないからだ。
ウチのおかげでキュークスはナッツのハチミツ漬けを楽しむようになった結果、甘味は手放せなくなっている。
フルーツ入りも割高だけど好評のようで、請負人だけじゃなくて街の人や兵士も市場で購入しているらしい。
圧倒的に女性が購入しているけれど、一部の男性にもファンができるくらい人気だ。
その流れがこの屋台にまで影響するのはちょっと面倒になる。
お好み焼きを求める人と列が混ざるのはまずい。
「屋台分けた方がええかな?」
「甘い物も売るならそうなるな……」
ポールも客層が違うことに気づいたようだ。
その後も色々な条件で話し合った結果、働き手が足りないから甘味はなしになった。
しかし、ポールはまんまる焼きを売りたいので、お好み焼きと同じ屋台で塩味のみ売ることになった。
その結果、新しい料理のおかげで落ち着き始めた屋台がまた賑わった。
あと、料理長がしばらく屋台前で騒ぐことにも。
・・・仕事熱心もここまでくると邪魔やな。むしろ手伝ってくれへんやろか。




