文官からの呼び出しとお留守番
昼食のお金をウチが出す件は断られ、大人しくキュークスのお金で野菜スープと焼いた肉と硬いパンを食べた。
気持ちは凄く嬉しいけど、安定して稼げるようになってからで良いそうだ。
見習いとして色々な雑事を請け負う中で、必要な物を買う資金も残しておいた方がいいとも言われた。
雑事は主に掃除や荷運びが中心になるが、組合で貸し出される道具や、依頼先にある道具が体に合わない場合もある。
その時は自分に合ったサイズの物を買う必要があるからだ。
「お昼も食べたし、ひとまず宿に戻るわよ。体調診断は予約が必要だから、今日明日には無理ね」
「どこで診断するん?病院?」
「町医者のこと?町医者は薬で治る病気を担当するだけで、診断はできないわ。行くのは魔法使いのところね」
「魔法で調べるってこと?」
「そうよ。魔法が使える人は忙しいから予約が必要なの」
「大変やなー」
風邪や擦り傷、切り傷や打ち身などの薬や縫合で対処できるものは町医者が担当し、薬の素材となる薬草を請負人が集めている。
町医者では治せない即座に治療が必要な怪我は、魔法使いの担当となる。
千切れた手足の結合、魔力が原因の病気、ゆっくり治すには患者の体力が持たない場合に一気に治すなどだ。
キュークスは魔法使いを見たことはあっても、ほとんど話したことはないので、詳しく知りたいなら診断の時に聞けばいいと言われた。
もしかしたら母上のことを知っているかもしれないと、聞くことをいくつか提案してくれた。
「キュークス戻ったか。急いで貴族に会える服に着替えてくれ」
宿に戻ると、食堂から綺麗に整えられた服を着たガドルフがやってきた。
着替えてウチらが戻るのをずっと待っていたらしい。
いつ戻るか伝えていなかったので、待つしかなかったのだろう。
請負人組合へ行こうにも入れ違いになる可能性もあるし、お願いできそうなベアロはダウン中だ。
「何があったの?」
「ベランからなんだが……領主の文官から呼び出しだ。話を聞きたいらしい。戻り次第来いと言われているから、準備が済んだら直ぐに出るぞ」
「わかった。エルちゃんは?」
「エルは留守番だな。キュークスがエルから話を聞いているだろ?それで十分だとさ」
「そうね。エルちゃんがはっきりと覚えてないもの。その方がいいわ」
開拓村崩壊についての事情聴取で呼び出しだった。
当事者のウチはほとんど何も覚えていないので、村を探索したガドルフと、ウチと1番話をしているキュークスが行くことになっている。
ベアロは昼食を摂らずに寝続けているので、起きてきたら呼び出されたことを伝えてほしいと言われた。
飲んでも呑まれる大人にはなりたくないものである。
「それじゃあ行ってくる。夕食までには戻れるはずだ」
「出歩いてもいいけど、迷子にならないようにね。もしも迷ったら巡回している兵士に聞けばいいわ。あと、何かあったらベアロか女将さんに相談するのよ」
「わかった!行ってらっしゃーい!」
貴族などの偉い人に会うための、少し動きにくそうだけど綺麗に整えられた服を着た2人を、手を振って見送る。
2人はベアロにも声をかけていたけど、ぼんやりとしながら水を飲み、「頭がいてぇ……」と呟いていたと笑っていた。
・・・さて、ウチはどうしようかな。どこか行くにしても何があるかわからんし、やることもないからなぁ〜。買ってもらった服は着てるし、それまでの服や今使わない道具はキュークスが部屋に置いてくれたから、それの整理でもする?整えるだけですぐ終わるやろうけど。
部屋に戻らず、やることを考えながら食堂の椅子に座って、ぼんやりと残っている人を眺める。
何が書かれているのかわからないけど、羊皮紙を数人で覗き込みながら話している人達や、注文をしているのかたくさんの荷物を席に置いた人と話している人達など、それぞれ自由に過ごしている。
昼食を出さないからこその空間ができあがっているようだ。
そんなふうに観察していると、厨房から籠を背負い木の皮を編んだ手提げ鞄を持ったポコナと女将さんが出てきた。
ポコナだけが籠や手提げ鞄を持っているということは、お使いかもしれない。
「どうしたんだいお嬢ちゃん、こっちを見て」
「あ、エルちゃん……」
「ウチはお留守番なんやけど、1人で何しようかと考えてたところ〜」
「あぁ、呼び出しのことはガドルフから聞いてるよ。そうだねぇ……よし!せっかくだからこの子と一緒に市場まで買い物ついでの観光をしておいでよ!街に来たばかりだろう?依頼で街中を動き回ることもあるだろうし、下見は重要だよ!」
「あー、ポコナが良ければ着いて行ってもええ?」
女将さんの言ってることはわかる。
下見は重要だ。
でも、いくら子供といえども出会ったばかりなので、一緒に行動できるかどうかはわからない。
すでに子供から絡まれているため、恐る恐る聞く。
「うん!一緒に行こう!」
「返事がめっちゃ元気やん。それじゃあベアロに一言伝えてくるわ!」
ウチの心配は杞憂だったようで、キラキラとした目で嬉しそうに同行を許可してくれたポコナ。
椅子から降りてベアロの所へ向かおうとしたところ、女将さんが止めてきた。
「酒に溺れた熊にはアタシから言っておくから、気にせず行きな!」
「おおきに!じゃあ行こか!」
「出発〜!」
連絡は女将さんに任せ、初めて会った時よりテンションの高いポコナに、手を引かれて宿を出る。
指は5本あるけどちょっと硬めの毛で覆われていて、手のひらにはふにふにとした肉球があるようで、繋いだウチの手にその感触がある。
思わずむにむにしていると、立ち止まって手を開いてくれた。
「獣人の多くに薄い肉球があるんだよ。キュークスさん達の手は触ってないの?」
「うーん。手を繋ぐって言っても身長差が大きいから、指先を握ってもらうだけやからなぁ。抱き上げられたりもあるけど、それだけやと肉球はわからんなぁ」
街中を歩くときはキュークスと手を繋ぎ、馬車の乗り降りでは3人のウチの誰かに抱えられていた。
だけど、手をじっくり観察したことはないし、そもそも観察しようと思ったこともない。
ポコナの肉球を触って初めて気になったぐらいだ。
「そうなんだ。わたしの肉球でよければ好きなだけ堪能してね!……お使いの後で!」
「せやな!まずはお使いや!」
・・・お留守番なのに、別れてすぐに外に出ているけど、キュークスから外出許可は貰ってるから平気やろ。たぶん、固有魔法のことも考慮されているやろうし。
肉球の感触を堪能しながら、ポコナに手を引かれるまま道を進む。




