迷宮騎士にはなりたくない
2023/10/24 あらすじを少し変更しました。
ようやくスライムクッションが手に入った。
アンリが皮を売らずに持ち帰り、それを加工してもらったことでやっとだ。
発案者ということで、すぐに作ってくれた上に料金はいらないから、もっと皮を仕入れてくれと言われたけど。
それはアンリさんや魔道具を持った請負人に任せるしかない。
「おはよーさん」
「おはようだよ!」
「おはよう」
ミミと一緒に屋台まで来たら、ポールがすでに食材を運び終えて出汁を温めているところだった。
野菜や肉、キノコなどで濃く作った出汁はとてもいい匂いを周囲に撒き散らしている。
スープとして売らないことは知られているから、早朝にもかかわらず他のスープの屋台に人が並ぶ現象をしばらく前から引き起こしている。
日中は暑くなる時期とはいえ、日が昇る前などは少し冷え、その分温かいものが飲みたくなるのだ。
「らっしゃいらっしゃーい!迷宮前に腹ごしらえはいらんかー?迷宮帰りに美味しいお好み焼きはいらんかー?」
キャベツなどの野菜を刻んだり、出汁に小麦粉を溶き入れて生地作りするミミ。
鉄板を温めていつでも焼けるように準備するポール。
そんな2人を置いて、ウチは迷宮へと続く大通りで声をあげている。
朝早くから屋台エリアの端っこで呼びかけても誰にも聞かれないからだ。
今なら見習い迷宮騎士に聞こえるかもしれないけど。
「おぉ魔石狩り!朝から元気だな!さすが子ども!」
「おっちゃんたちも元気そうやん!今日は何狩るん?」
「俺たちは蛇だな。数日潜って肉と皮を取ってくる予定だ。終わったらお好み焼き食いに行くぞ」
「おおきに!夜やったら組合へ行ってなー」
「あぁ!」
おじさん達を見送り、他の請負人にも声をかける。
途中で他の屋台の宣伝を含めた雑談もするのがウチ流だ。
濃い味が好きな人、薄味が好きな人、野菜スペシャルに野菜ごろごろスープを合わせる人など、潜る前に刺激しておけば帰る頃には食べたくて堪らなくなっているはずだ。
少なくともウチはそうなる。
「やっぱ朝は食べてからくるから売れへんな〜」
「いつもならな。今日は違うぞ」
「お?ほんまや」
屋台の前に広がる食事スペースには、見習い迷宮騎士や監督騎士がいて、朝からスープとお好み焼きを食べていた。
普段からよく動くからか、あるいは行軍の疲れを癒すためかはわからないけれど、一人当たり3、4枚のお好み焼きを食べている。
朝から食べ過ぎだと思うし、その光景を見ているだけでお腹いっぱいになる。
朝食後だからかもしれないけど。
「あの分もツケなん?」
「そうじゃないか?あの人たちが注文した分って言ってたし」
「せやな。朝はなしとか言ってなかったな」
迷宮騎士の稼ぎがいくらか知らないけれど、屋台の食事を数十人分払うのは余裕だろう。
請負人見習いでも食べられる値段なのが屋台料理なのだし。
そんなことを考えていると、赤い髪の女の人と、副官らしきお兄さんがやってきた。
部下や見習いが朝からガッツリ食べているのを見て、女の人はニヤリと笑う。
「おうおうおう!朝食はしっかり食えよ!今日の訓練が軽くてよかったなお前ら!絶対に吐くなよ!食いもんを粗末にしたやつは、組み手であたしが直々に相手してやる!」
腕を組んで笑う女の人。
わざわざ吐くなと言うぐらいだ。
絶対に軽い訓練ではない。
その証拠に見習いの子供たちは手が止まっている。
それも、「残すなよ」と言われるまでだったけど。
そんな女の人が屋台に近づいてきた。
「よぉ。部下どもが世話になったな。まさか朝食まで食ってるとは思わなかったが。まぁいい」
「あ、想定外やったんや」
「夕食だけのつもりだったんだ。金は使わないからあたしとしては全然いいけど。でだ、お前がエルか?」
「ん?せやで。ウチはエル。お姉さんは?」
「あたしはセーラ。この部隊の隊長だ。よろしく」
「よろしゅう〜。ウチに話しかけてきたってことはなんかするん?」
「お!察しがいいじゃねぇか!ライテ小迷宮伯に聞いたんだけどよ、固有魔法持ちらしいな。あいつらの訓練に付き合ってくれ。もちろん報酬ありだ」
昨日到着の報告に向かった時にウチの話を聞いたのだろう。
ウチのことは割と話題になっているし、ベルデローナからライテ小迷宮伯へと色々話されているのも知っている。
ベルデローナはあくまで組合を管理する長だから、目玉商品になるようなスライムクッションやジャイアントスライムの魔石などは、街の長たる小迷宮伯に相談する必要がある。
その時に採取したのは誰か、倒し方や気をつける点、街への活かし方など色々話す。
最近では請負人組合で出される食事や屋台のことも話しているとベルデローナから聞いている。
そんな小迷宮伯がセーラにウチのことを固有魔法込みで話した結果、見習いの訓練に使いたいということになったらしい。
固有魔法持ちとの戦闘経験のためだ。
「ええけど、ウチは弱いで」
「あぁ。その辺も聞いてる。じゃあ今度指名依頼出しとくわ。こいつが」
セーラに指されたお兄さんが軽く頭を下げる。
事務仕事全部を任せていそうだ。
身体強化ができないことも聞いているらしく、ウチは見習いの攻撃を何度か受けた後、ハリセンで昏倒させればいいとのこと。
なんというか、見習いが可哀想になる訓練だと思う。
攻撃は通じないどころか、叩いた手が痛くなる。
更にはハリセンで叩かれると魔力が散って強化を解除されたり意識を失う。
どう考えても相手にしたくないだろう。
ウチが魔物じゃなくてよかったと思ってもらえるよう頑張ろう。
「なんか全員で一気に移動すると凄い光景やな」
「そういえば迷宮騎士を知らなかったな。エルはこれを初めて見るのか」
「せやで」
昨日の夕食と今日の朝食分のお金を払ったセーラは、全員を集合させると装備を確認してから迷宮に向かった。
小迷宮伯と話をつけているのか天幕はそのままに、武装が揃った40人近い集団が移動する迫力に驚いた。
歩き方の訓練もしているため、揃った足音に威圧感がある。
先頭がヘルムを付けたアンリよりも小柄なセーラのため、騎士ごっこをしている女の子が、騎士の前を歩いているようにも見えるけれど。
「今から見回りや地図作りの訓練をするんだろうな」
「見回りかー。面倒そう」
「実際面倒だと思う。普段人が行かない場所を重点的に回って、成長した魔物がいないか確認するのが目的だし。しかも、途中で見つけた宝箱や宝袋から出たアイテムやお金は部隊の物になるし、いい物だったらさらに上に持っていかれるらしいぞ。その分報酬はもらえるはずだけど」
「うわー……。なんというか、準貴族って感じやなぁ。ウチは請負人でええわ」
「組織はどこもそんなもんだろ」
「なになに?組合もそんなところあるん?」
「いや、組合は問題ない。俺の話は取引のある商会だ。見習いは雑用。新入りも雑用。美味いところは上のもの。うまくいかなければ下のせいってな」
「はー。それは面倒や」
人が集まればどこもそんなものだろうと、なんとなく思い浮かぶ。
もちろん組合のようにしっかりとした場所もあるのだろうけど、悪いことの方が記憶に残りやすいらしいのだから仕方がない。
ほとんどの人が適度に息抜きしつつ真面目に働いているだけなのに。
「ウチ結構迷宮潜っとるけど、一回も見かけたことないのなんでなんやろ」
「入る時間だろうな。朝と夕方は請負人が多いからずらして入るんだ。俺とミミは結構見かけてるぜ」
「えー。ウチも店番しとるのに」
「ぱっと見ただけじゃあ武装している請負人と見分けがつかないからな。金属鎧なだけだし。集団だと統一されて目立つんだけど」
迷宮の中では行動範囲と時間が会っていないだけで、気付かないうちに遭遇しているようだ。
スライム階層までは同じ道しか通らないから、人が来ない場所を見回っている迷宮騎士には会わない。
朝は請負人が多いから時間をずらしているらしいので会ったことはない。
もしかしたら迷宮から出た時にすれ違ったりしているかもしれないけど、珍しいことでもない限り他の人を気にしないのでわからない。
別に会いたいわけではないけど、知らなかったなことは少し恥ずかしい。
「そういや迷宮騎士は見回ってどうするん?魔物退治?」
「それもあるけど、むしろ人間同士のいざこざの解決とか、力尽きた人の回収とかもするぞ」
「あー。そりゃ大変やな……」
どっちが倒したかで揉めるぐらいならまだいい方で、嫌いな人を見かけたから殺しに向かうなんてこともあるかもしれない。
放置すれば死体は消えてしまうから、証拠も残らず逃げ切れる。
それ以外にも魔物の集団に負けて死ぬこともある。
ミミも助けなければ死んでいたし、魔導士見習いのジュナスを助けた時には奴隷が死んでいた。
そんな人たちを助けたり回収するのも仕事。
うまくいけば貴族になれるかもしれなくても、とても辛そうな仕事だ。
・・・ウチには絶対無理やな!




