対スライム魔道具『溶解液を吸い取るくん』
数日、屋台『エミール』で出た汚れ物を、固有魔法を使ってピカピカにしていたら、対スライム魔道具が完成した。
筒は細長くして先端を斜めに切って刺さりやすくし、中身が入っていなければウチでも持てる大きさにサイズ変更。
筒を通った溶解液が箱の中に溜まると同時に底部分から流れていくように、風といっしょに流れて行く隙間がいくつも作られている。
さらには床からの底上げとして木製の車輪を付けているので、押して移動もできる。
吸い込んでいる時は背面にあるストッパーを下ろすことで、車輪を止めつつ地面に引っかかるようになっていた。
素材は作りやすさから木になったけれど、パーツごとに交換可能で、吸い込み開始と同時に全体に魔石から魔力を流すことで耐久性も上がっている。
使う魔石は耐久力の強化で2つ、吸い込むのに風の魔石が1つで、魔道具に合わせたカットが必要になる。
効果な魔道具には、魔石の形で動きを制限させることで、長期的なメンテナンスをする反面魔石のカット代を貰う契約になっていた。
「よし!行こうか!」
「ええけど、チェリッシュさんも来るん?ウチとアンリさんだけでできるで?」
「こんな調査チャンス逃すわけないよ!」
「でも、ジーンさんおらんやん」
「ジーンは書類をまとめてるから宿で作業!ボクは迷宮で調査!作業分担は基本だよ!」
「なるほどなー。で、スティングさんもおると」
「おお。エルとアンリだけで問題ないだろうが、これも仕事だ。鬼婆から課題も出てるしな」
「ほー。どんな課題なん?」
「実力で皮を取れってやつだ。大きさは顔ぐらいだとよ」
「拳やと難しそうやな」
「あぁ。だからやりがいがあるんだ」
そう言ったスティングの目は挑戦しがいのある目標にギラついていた。
そんなにやる気を出しているところ申し訳ないけど、スライム階層に行くまで数日かかる。
やる気が減らないことを祈っておいた。
「しゃー!やるでー!」
「エルにはできない。わたしがやる」
「あー、せやった。じゃあ、アンリさんよろしく!」
無事にスライム階層に辿り着き、せっせと魔道具の準備をしていたウチをアンリが止める。
ウチが持つと固有魔法の影響を受けて、溶解液を弾いてしまうからだ。
空き地で溶解液を水に見立てて掛けたり、筒の中に流してみたら、掛かった水はすぐに落ち、筒の中の水はそれ以上入らなくなった。
さすがに掴んだ瞬間に逆流はしなかったけれど、少し傾けるだけで筒の中身が全部流れ落ちてしまう。
そういうこともあって、魔道具を使うのはアンリになった。
スティングは護衛だから除外されて、残念そうだった。
・・・やっぱ新しいものは使いたいわな。ウチが使うの無理な魔道具があるのは寂しいなぁ。ウチも盛り上がりたいわ。
溶解液吸い取るくんを押してビッグスライムに近づいたアンリは、触手が伸びてくる前に魔道具を作動させた。
細い筒に吸い込まれる空気。
それに合わせて表面が波立つビッグスライム。
ちょっと気持ち悪い動きだ。
その波立っている中心に向けて、勢いよく魔道具の先端を突き込むと、じゅぞぞぞぞと聞いたことがない音を立てて魔道具の下から溶解液が流れ落ちる。
魔道具自体も少し溶けているのか、薄っすらと白い煙が出ている気がする。
「おぉー。どんどん萎んでいくな」
「そうだね。そのせいで触手を伸ばせなくなっているのはいいことだけど、どうやって皮を切ればいいのかな?」
「持ち上げて切ればいいだろ」
「たぶん、持った手が取り込まれるよ。溶解液はないから溶かされないと思うけど……。内側についてる分はなんとも言えないかな」
溶解液が吸い出されたから、スライムは凹むように小さくなっている。
その凹んだ部分は残っている溶解液に触れるように萎んでいるため、切る前に伸ばす必要がある。
しかし、スライムの皮はスライムが操れる部分だから、掴んだりすると手が取り込まれてしまう可能性があるようで、しかも内部に残っている溶解液に触れてしまうと溶けてしまう。
どうやらスライムの皮を引っ張って切る用の道具も必要だったらしい。
「今回は余ってる木で、即席の掴み取り棒を作るよ!」
チェリッシュは手の長さほどの角材をナイフで二つに切り、全体を削って返し付きの突き刺すものを作った。
調査の時に足りないことが発覚した時に、戻るよりも作った方が早いとできるようになっている。
そんな木の棒をアンリが萎んだ部分に突き刺し、持ち上げると皮が上に伸びる。
その状態で振ると内部についていた溶解液が下に落ちるので、後は切り取るだけだった。
そして切り取られたビッグスライムは、空いた穴を塞ぐように皮を再生させて流れ出る溶解液を止める。
その結果、もうビッグとは言えないサイズまで小さくなった。
名付けるならミドルスライムかもしれない。
「皮に残った溶解液で少し溶けてる部分がある。凍らせるより質は落ちそう」
「切る前に乾燥させれたらええのにな」
「それなら逆に風を入れればいいんじゃねぇか?魔道具を2つ持ってくる必要はあるけどよ」
「それはあり」
「試すのは次回だな。今の魔道具もアンリが使って改善点も出てくるかもしれないし」
「そう」
ウチの言葉にスティングが提案してくれたおかげで、次回は雪払いの魔道具も持ってくることになった。
払う相手は雪じゃなくて溶解液だし、元の筒では大きすぎるから『溶解液吸い取るくん』と同じ細い筒に変える必要はあるだろうけど。
そうして何回かに分けて溶解液を吸い出し、皮を回収したら魔石を吸い込んでビッグスライムを倒した。
『溶解液吸い取るくん』を使う時は、魔石を吸い込まないように注意して筒を動かす必要がある。
ビッグスライムも魔石を逃がそうとするから、そうそう吸い込むことはないけれど、最後の方になると溶解液も少なくなるため、逃げ場がなくて簡単に吸い込める。
そうすると残った皮が残りの溶解液で溶け出し、吸い込んだ魔石は『溶解液吸い取るくん』の下部にある、溶解液吐き出し口のところを開けて回収すれば終わりだ。
「なんか魔石小さいな」
「皮の再生や溶解液を増やすのに魔力を使ったんだろうね。魔道具に向けて溶解液を放ったり、触手を伸ばしたのもあると思うよ」
「あー。それは確かに」
アンリが箱から伸びる細長い筒を刺してから、筒や箱を目掛けて溶解液を掛けたり、触手を伸ばして絡めとろうとしてきた。
溶解液は水生みの魔道具で流し、触手は切って対応していたけれど、筒や箱の一部は溶けたせいで爛れて固まっている。
筒は数本換えを持ってきているし、箱は外装だからある程度溶けても問題はない。
箱の中にある吸い込む本体の消耗はウチらにはわからないから、今回は何体連続で倒せるかも含めて調べる予定だった。
「次は魔道具を前に傾けて、さっきより下の溶解液も吸うテストだよ!」
「わかった」
作りの都合上、吸い込む筒は箱の上側に付いている。
下側につける場合、吸い込んだ溶解液は真後ろか上に出す必要があるらしく、そんなことをすれば大惨事間違いなしだから、上から吸って下から出す作りに落ち着いた。
そのため、最後の方に溶解液を吸い出すのが面倒になる。
さっきは傾けずに吸い出し、下の方は破棄する形になったけれど、今回はできるだけ溶解液を吸い出し、うまくできるか確かめる。
その結果、吸い込み口が皮に接触しない限り吸い出すことはできた。
接触すると詰まってしまい、魔道具から変な音が出たので慌てて止めた。
他には、吸い出すために斜めにすると、下部にある吐き出し口も斜めになるので、広範囲に溶解液が撒き散らされたのが問題となるだろう。
「使ってる間は『溶解液吸い取るくん』ばっか狙われるから、これがあればスライムとの戦い楽になるんちゃう?」
「そうだね。これがあればボクでも倒せるよ。剣や槍だけだとビッグスライムとは相性が悪いから」
チェリッシュとジーンは剣と槍と盾を使える。
実力は見習いよりはもちろん上だけど、普通に潜っている請負人よりは下で、ライテ小迷宮だとホーンボアは倒せるし、階層主以外の普通の魔物なら囲まれなければ倒せるぐらいの実力はある。
そもそも階層主は1人で戦う相手ではないから、比べることがおかしいけれど。
「次は吸い出し中に攻撃を加えたらどうなるかだね!」
「アンリさんよろしく〜」
「わかった」
スティングは護衛、ウチは一撃で倒してしまい、チェリッシュは護衛対象だから、アンリにお願いするしかない。
魔道具を使った後にストッパーで固定し、ナイフを抜いて切り付ける。
それに反応したビッグスライムは、穴の修復を行いつつも触手を伸ばしてアンリを捕らえようとする。
しかし、『溶解液吸い取るくん』にも触手を伸ばしているためか、アンリに伸ばす速度は遅く、精度も悪い。
自分を脅かす魔道具を優先するのは生物として当然だとチェリッシュは納得しているようだった。
「次は何体倒せるかだね。今のところ3体倒して外装は結構ぼろぼろ。筒は一回交換して新品と」
チェリッシュは状況をメモしながら確認していた。
現時点で倒したビッグスライムは3体で、吸い込み口となる筒が、溶けて固まったことで詰まってしまった。
筒を交換するさいに本体を確認した結果、外装はともかく中はまだ使えるようで、筒交換後の試運転でも、空気が漏れたり吸えなくなるということはなかった。
勢いは吸ってみないと細かいところまでわからないため、今からは何体続けて吸えるか確認する作業に入る。
その結果、5体までは問題なく吸い出せたけれど、6体目から異音が出て吸い出す量が減る。
箱の中身が限界を迎えたようで、溶けた箱の隙間から中の機構が溶けているのも見えた。
「なんとか吸い終わったけどまだ続ける?そろそろ壊れるんちゃう?」
「甘いよエルちゃん。壊れるまで使い倒してこそ試作品だよ。そして、壊れたものを見て改善するのが技術者だね!」
「おぉー!格好ええなそれ!」
チェリッシュの言葉に興奮したウチ。
それを受けてか、なぜか張り切ってビッグスライムに魔道具を突っ込むアンリ。
途切れ途切れに音を出しながらびちゃびちゃと溶解液を撒き散らす魔道具は、8体目の途中で吸い込めなくなり、それは筒を変えても同じだった。
どうやら溶けた部分が内部で完全に塞がったようだ。
その結果、『溶解液吸い取るくん』が止まったことで一気にアンリ諸共狙われたため、ウチが代わってハリセンで叩き潰した。
後は組合から支給された氷の魔石で取れるだけ皮を取って、ジャイアントスライムを倒したら終わりだ。
ぼろぼろになった『溶解液吸い取るくん』をドレアスに渡して解散となった。
次は魔道具が改良されるのを待つだけだ。




