爆誕!スライムクッション!
「うるさいよ!静かにしな!!」
騒ぐ組合内にベルデローナの雷が落ちた。
途端にビッグスライムの皮から離れて、それぞれいた場所に戻る人たち。
残ったのはジャイアントスライムの皮の上に座るウチとエイミ、その周りで騒ぎがどうなるか見ていたウチとエイミのパーティメンバーだけだった。
「全く……。騒ぎの元は……はぁ、またエルかい。ほら、その変なものを全部回収してわたしの部屋に来な。パーティメンバーもだ」
「え〜。ウチ騒いでへんで」
「でも、原因はエルが持ち込んだ物だろう?」
「せやけど……」
「別に怒りはしないよ。騒ぎになるほどだ。今後の動きをどうするか決めるべきだろう。ちょうど保護者もいるからすぐに終わるさ」
ベルデローナはアンリを見ながら言った。
それに対して頷きで返していたけれど、この後何を話すのかわかっているのだろうか。
恐らく騒ぎの原因を話すことになるのだけど、最初からずっと見ていたアンリなら問題なく説明できるだろう。
言葉が出れば。
「それで、騒ぎの原因はなんだい?」
「スライムの皮」
「スライムの皮?それでどうしてあんな騒ぎに?」
「座り心地抜群」
「ほう。だからクッションがどうとか、馬車に使うだので騒いでいたのかい。どれ、ちょっと貸してみな」
組合長の部屋にウチとアンリ、チェリッシュとジーンで向かい、ベルデローナの質問に対してアンリが答えていく。
エイミたちはパンケーキに戻り、スティングは護衛終了と言って組合から出ていった。
けど、ウチにはわかる。
ベルデローナから逃げただけということを。
「ふむ。これはいいね。背中や腰にぴったり当たって包み込んでくれる。しかも、柔らかいから体重をかけても痛くない」
「組合長の椅子は痛いん?」
「この椅子は鞣した革を貼っただけの、ほとんど板だ。エルたちが座っているのも木組の長椅子に革を貼って形を整えただけさ。厚い革だから板に直接座るよりかはマシだが、長時間座るのは辛い。お貴族様なら綿を入れたりして座り心地を良くするんだけどね」
組合長の部屋に貴族を迎え入れることはほとんどなく、自分から向かうために見栄えが良ければ体面は保たれると説明してくれた。
買い換えるにしても、無理に高いものにしたら経費で落ちないとも続いたけれど、そのあたりはよくわからない。
とりあえず組合のお金で買うにも限度があるとだけ理解しておく。
「なるほどねぇ。数が取れるなら綿の代わりに入れるだけで随分楽になるね。これを使った製品ができればさらに良い。何か案はあるかい?」
「う〜ん。やっぱクッションちゃうかな。ウチはジャイアントスライムの皮でベッド作ってもらううつもりやけど」
「それだと、ジャイアントスライムの皮も確認する必要があるね」
「ほいこれ」
ジャイアントスライムの皮を渡すと、ビッグスライムの皮と同じように揉んだり座ったりし始めた。
しばらくその様子を見ていたけれど、ベルデローナの結論も請負人と同じく、分厚すぎるというものになった。
クッションや革張りの中に入れるならビッグスライムの皮で、ジャイアントスライムの皮は今のところベッド以外案は出ない。
ちなみに普通のスライムの皮についても聞いてみたけれど、薄くてクッション性はなく、何かを包むにしてもすぐに破けてしまうため、素材として使い道はないそうだ。
チェリッシュも研究目的で通常のスライムの皮は持っているけど、何かに使うことはなかった。
「とりあえずクッションを作りな。これは紹介状だ。買取についてはこの後組合内で相談するから、ひとまず物を作ってからだ。あぁ、ジャイアントスライムの皮は領主に献上する分残しておいてくれ。エルの使うベッド分はあるだろう?」
「あるで。ウチのベッド2枚分以上ある」
「アンリはスライムの皮が買い叩かれないよう注意しなよ」
「はい」
「チェリッシュとジーンは……今回の顛末を資料にまとめたらいいんじゃないかね」
「そうですね!これは報告書に現物を添えて出すべきかもしれません!」
「それじゃあ解散だ」
ベルデローナがパンと手を叩いて解散となった。
ウチとアンリは皮製品を作る工房へ、チェリッシュとジーンは宿に戻って資料を作ることになった。
そして街に数軒ある中で1番組合に近い工房へとやってきた。
紹介状に書かれていた店名は全く知らなかったけど、アンリが最近腰のポーチを新調した場所だったから、迷わずに行くことができた。
「こんちゃー」
「いらっしゃい。ん?アンリさんじゃないですか。ポーチに何かありました?その横の子は……ポーターですか?」
ウチの声に反応して顔を上げた店主には、軽量袋を背負っているからか、ポーターとして認識された。
立ち上がった店主は、皮に何かを打ち付けていたのか、右手にハンマーを持っていて、手元には何かしらの革が置かれていた。
店内には革鎧や革の胸当て以外にも、たくさんの革製品が並んでいる。
ベルトやポーチ、手提げ鞄に背負い鞄。
帽子や上着に、汚れ仕事用の革ズボン。
剣やナイフの鞘に、斧などの大きな物に付ける物まである。
日用品コーナーもあり、財布や小物入れなど色々置いてある。
基本的には入れ物が多いようだ。
「珍しいのか?」
「うん。ここって作る場所やんな?売る場所とちゃうのに、こんだけ商品置くんやなーって」
「お。ちっさいのに目の付け所がいいね。確かに武具販売の店にも同じような商品を卸しているから、ここに並べる必要はないかもしれない。けどな。うちに注文しに来たついでに、ベルトを目にして追加で買ってくれるかもしれないし、見たものをパーティメンバーに宣伝してくれるかもしれない。更に言えば俺が作った物を並べることで、腕をアピールしてるんだ」
「なるほどなー。色々見たら欲しなるもんな」
そういえばとウアームですりおろし器を作ってもらった『ハンス金物店』を思い出す。
あそこも受注生産が基本だけど、周りに色々置いていた。
日用品ばかりだったけど。
「それで、ポーチの具合はどうです?」
「使いやすい」
「調整は必要ですか?」
「いらない」
「じゃあ、今日は追加の注文か何かで来られたんですか?」
「そう。エル」
「える?」
「ウチのことや!ウチはエル!よろしゅう!」
「よろしく。俺はピューロだ。で、もしかしてお嬢ちゃんってことは注文の練習か何かか?今はあまり忙しくないとはいえ、やることはあるんだが……」
「ちゃうちゃう。ウチが注文すんねん。冷やかしでも練習でもないで」
ウチが前に出たら苦笑いしたピューロ。
子どもが注文すると言ってきたのだから気持ちはわかる。
ウチじゃなくて『ハンス金物店』のビンスがだけど。
言葉だけでは納得していないピューロに向けて、軽量袋から取り出したビッグスライムの皮をカウンターに置いた。
もちろん取り出して置くまではアンリにしてもらっている。
ウチには同じ高さの人に渡すのがやっとで、頭より高い位置にあるカウンターに置くことはできないからだ。
「これは……なんだ?いや、本当になんだ?ぶよぶよしているように見えてしっかりとした弾力がある。俺のところに持ってきたということは皮なんだろうが、水生魔物にこんなやつがいるのか?」
「なんやと思う?」
「うーん。魔物の体内にある何かか?産卵器官とか」
「ちゃうで!それビッグスライムの皮やねん」
「これがスライムの皮なのか!おぉー。言われてみるとそう見えてきた」
珍しい物を触ってる実感を得たからか、さっきまでの探るような手つきとは違い、裏返したり匂いを嗅いだり摘んだりと好き放題し始めるピューロ。
専門家が熱くなっている時は声をかけてはいけないとチェリッシュで学んでいるウチは、店内を回って道具や袋を見る。
荷運び用皮袋一つ取って見ても、組合で売っているものよりも質がいいことがわかる。
縫い目がしっかりしていて、綺麗に揃っている。
「すまない。夢中になってしまった」
「ええよ別に。初めて見たんやろ?」
「あぁ。これは凄い素材だ。防具の緩衝材にも使えるし、日用品にも色々使えそうだ」
「せやろ。でも、今回はクッション作って欲しいねん。あ、これ組合長からの紹介状な」
「おぉ。組合長からか。そりゃしっかり作らないとな」
言いながらピューロは紹介状を読んでいく。
ウチは表に書かれた宛先だけ確認したので、中に何が書かれているのかは知らない。
それでも「魔石狩り」という言葉や、組合内で商人が騒いでいたことなど、粗方書かれているようで「馬車の座面か……ありだな」などと呟いていたから、組合内で話題になった商品についても書かれているようだ。
読みながら色々考えていたようだけど、結論が出たのか顔を上げてウチを見てくるピューロ。
「とりあえずクッションを作れと書かれているんだが、中身はどうする?」
「中身?」
「干し草を入れるか、綿を入れるかだ。まぁ、ベッドと一緒だな。あぁ、クッションのサイズによっては端切れでもいけるかもしれないが、量を求めると綿より高く付くかもしれん」
「じゃあとりあえず干し草で」
「わかった。サッと作るから少し待っててくれ。鞣す必要がないのは楽で良いな」
話しながらピューロはビッグスライムの皮に切り込みを入れていく。
彼の中で完成品が思い浮かんでいるのか、その手つきに迷いはない。
そうして切り抜かれた皮に干し草を乗せ、包むように閉じると太い針と糸で縫い上げていく。
糸はビッグスパイダーの素材で、茹でて粘性をなくしてから紡いだ強靭なものに仕上がっている。
使っている素材を説明しながら、するすると皮を縫っていき、商品を見るまもなくスライムクッションが完成した。
それを職人の目で確かめ、何度も揉んだ後ウチに渡してくれる。
その目はどこか満足していないようだった。
「縫えてはいるんだが、干し草の交換が難しいな」
「緩めたり縛ったりできるようにしたらええやん。ズボンみたいに」
「そのためには紐を通す場所を作らなくちゃいけないんだが、折ると分厚すぎるんだよな」
「穴あけて紐を交互に出し入れするやり方は?肩からかける布袋みたいに」
「それでいくか。スライムの皮は魔力を流すと元に戻るだろ?小さな穴は塞がっちまうようだ。だから、切り取るか金具や木具で穴を固定するかなんだが、今回は切り取る方法でやってみる」
言いながらまたビッグスライムの皮を切るピューロ。
筒形に整えた後、底の部分を縫い止めて、口の側面に等間隔で穴を作るように切り取る。
そこに紐を通して口を縛ると、中に何も入っていないスライム袋が完成した。
後は紐を緩めて干し草を入れたり、魔力を流しても穴が塞がらないか試すだけだ。
その作業をウチとアンリは、渡されたスライムクッション1号をむぎゅむぎゅしながら見ていた。
半透明の皮の中に干し草が入っているため、中身が丸見えなのが残念ながら、反発力は変わらない上に形が整っているので、床に置いて座っても気持ちよかった。
椅子に置く場合、ウチには大きすぎるけど、アンリには丁度いい。
「他に何かアイデアはあるか?」
「中見えるのが嫌かなぁ。布貼ったりできへん?」
「それぐらいなら問題ないぞ」
「後は中身にバリエーション持たせたいな。スライムの皮にスライムの皮入れるのはどう?」
「それは面白いな。魔力を流したらどうなるかも気になる。作って見るか」
そうしてできたスライムの皮入りスライムクッションは、とても反発力のあるクッションになった。
ウチはもちろん座れず、アンリでも違和感があるようだったが、店の前を通った獣人を引き込んで座ってもらうと丁度よかった。
また、魔力を流すと中に入れた皮も元に戻るため、干し草と違って交換の頻度が下がるところも、雑な人が多い獣人向けだと言える。
「とりあえずこれで完成でいいか」
「おー。めっちゃ早いな。さすが本職!」
「いや、本当に鞣す必要がないおかげなんだ。縫うだけなら弟子でも問題ない素材だぞこれ」
話し合うウチらの前にはビッグスライムの皮と作られたクッションが並ぶ。
スライムの皮入りスライムクッションはハードスライムクッションとしてしっかり縫い合わされて獣人向けに、口を紐で縛るタイプの干し草入りソフトスライムクッションは普通の人や細身の獣人向けに、椅子に置くために切り出されただけのスライムの皮を通常のスライムクッションとすることにした。
しかも、干し草入りは布を内側に貼ることで中身が見えないようになり、更に中に入れる草によってはいい香りを出すこともできることがわかった。
ただ、属性付きスライムの皮は魔力を流すと属性に沿った現象が起きるため、クッションにはしないことに落ち着いた。
ピューロが使い方を考えるそうだ。
こうしてスライム階層を抱えるライテ小迷宮だからこその商品が完成した。




